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第1話 世界が彼女を見つけた日

ー/ー



 その時、大地が裂けた。

 空が悲鳴を上げるように、揺れた。

 熱風と衝撃が森を薙ぎ払った。
 地表はえぐれ、円形に削られた巨大なクレーターが出現した。
 すべての草木は燃え、石すらも熔けていた。

 爆心に、ただ一人──レナ・ファリスが立っていた。
 赤毛の小柄な少女だった。
 その血が、魔力と共に暴発していた。
 抑えきれずに。

 次の瞬間、膝が折れた。
 身体は熱の塊のまま、重力だけが先に戻ってきて、彼女は崩れ落ちた。

 あの日、彼女の巨大な魔力反応は、確かに、世界中の“探していた者たち”の網に引っかかっていた。

 ただ、普通に生きたかっただけなのに。

 
***

 
 ◆レオン視点/森・爆心(クレーター)
 
 爆心の中心で、レナは倒れていた。
 呼吸は浅く、瞳の焦点が揺れる。
 暴発した熱だけが、まだ彼女の周囲に残っている。

 その傍らに、レオン・ヴァレントはしゃがみ込んでいた。
 金髪碧眼の少年が、無表情のまま。
 彼はレナの顔を覗き込み、すぐに視線を地面へ落とす。

 焦げた土。熔けた石。赤黒く染み込んだ残滓。
 セルトリア王国の禁術監視班が追跡するのは目に見えていた。あの監視網に触れた以上、先発が来るのは時間の問題だ。

「……レナ」

 指先が、彼女の頬に触れかけて止まる。

「……ん……」

 レナはゆっくりと瞼を開けた。
 夜のように深い青色の瞳がレナを見ていた。

 彼はずっとレナの顔を見下ろしていた。
 その目にはいつもの冷静さと、何か壊れかけたような脆さが混じっていた。
 
「レ……オン……? ああ…夢……?こんな所……来るわけないし……」

「夢じゃない。お前は生きてる」

「……私……魔竜に……」

「魔竜なら……お前の暴発で、消えたよ。骨も残ってない」

 レオンは抑えた声で伝えた。

「……そっか」

 レナはうっすらと笑った。
 あれは自分の血を狙ったものだったと思うと、なぜだか、泣きそうになって喉が詰まった。

「もう喋るな。お前の魔力の痕跡は、俺が隠す。学院に戻るぞ」
 
 レナが再度気を失った間に、レオンは一人で動いた。

 周囲の木々、焼けた土壌、魔力の残滓。
 彼はそれらすべてに干渉し、追跡の手掛かりになる部分を潰していった。

 手のひらに展開される封印術式。
 複合した結界を幾重にも重ね、暴発の中心に残った反応を広く薄く散らす。
 完全な抹消はできない。だが「確定」だけはさせない。

 風向きが変わり、焦げ臭さが森の奥へ流れていく。

 日が沈みきった頃。
 夜の闇の中、遠くで、規律の揃った足音がした。
 金属の擦れる気配。魔術具の乾いた鳴り。

 思ったよりは遅い。
 レオンはレナの前に立ち、息を殺した。

 木々の隙間から現れた影は三つ。黒い外套。胸元の紋章。腰の短杖と魔術具。
 視線だけで分かる。禁術の監視班。現場慣れした少数精鋭だ。
 近づくほど、森の音が消えていった。

「反応が散っている。中心は──」

「薄い。攪乱が入ってる」

 彼らはクレーターの縁で止まり、魔術具を展開し始めた。探知結界だ。

(張らせるな)

 レオンは影のまま足音を立てずに近づく。
 結界は完成してから壊すのが面倒だ。
 起動の瞬間、骨が露出する。そこを折る。

「誰だ」

 声が広がる前に、レオンは剣の柄へ触れた。
 青い眼が細まる。世界が遅くなる。音が遠のく。
 浮遊する魔力の線が、彼には見えていた。

 剣が一閃する。

 光の線の結び目が断たれた。
 探知結界は立ち上がる直前に崩れ、伸びかけた線だけが千切れて消える。

「なっ……!」

 隊長格が短杖を構えた。

「結界班、張れ! 対象は剣士だ!」

 遅い。

 レオンは距離を詰める。
 狙うのは術式を動かす指と声だ。

 一人目が護りの輪郭を浮かべた。
 輪が閉じる前に、刃が継ぎ目を断つ。
 結界が落ちた瞬間、剣先が喉を裂く。
 男は声を出せずに崩れた。

 二人目が半歩下がる。腰の通信具へ指が伸びる。
 報告だけは通させない。

 レオンは男へ向かう角度を変えない。
 間合いだけで押し潰すように詰める。
 指先が回路に触れる、その一拍前。

「待て、我々は──」

 言葉は終わらない。
 剣先が通信具を貫き、魔力回路を潰した。
 火花が散り、男の顔色が変わる。

 その男が、苦し紛れに名を吐いた。
 
「国家魔術省──」

 その名が出た瞬間、これはレナの回収だと確信した。
 捕まれば終わりだ。レナはもう人間扱いされない。
 
 言い切らせない。
 刃は喉の奥へではなく、発声を断つ角度で走った。
 倒れる音が、妙に軽い。

 残る一人が、地面に短杖を突き立てた。
 拘束の術式。光の鎖が地表から伸び、空間を縫い止めようとする。
 レオンは鎖を避けず、鎖を生む“起点”を見る。

 刃が走り、地面の結節点が断たれる。
 鎖はほどけ、術者が息を吸う前に最後の一撃。
 首の側面が断たれ、男は膝から崩れた。

 森に残ったのは、焼けた空気と血の匂いだけだった。

 次の部隊が来るまでの猶予を、頭の中で数える。
 ここに残る理由はない。
 彼は血のついた剣を払った。
 
 レオンは爆心にいるレナを背負い森を出た。

 
***

 
 ◆オルフェ視点/静養用別荘・寝室
 
 その瞬間。

 カリグレア魔術学院最上位──Sクラス、休学中のオルフェ・クライドは、悪寒で目を覚ました。

 白銀の髪が額に張り付き、汗が枕に滲んでいる。
 学院が用意した静養用の別荘。
 山間の静けさのはずが、今は薄く軋んでいた。

(……なんだ、今のは)

 世界の層が、ひとつ剥がれた気がした。
 その感覚に引かれるように、手が首元へ伸びる。

 封印式のペンダント。
 自分の魔力を抑える結界核であり、外部の異常を拾う“耳”でもある。

 だが、今この瞬間、彼の結界核が示したのは、その枠を逸脱した存在の痕跡だった。

 オルフェはゆっくりと体を起こし、窓を開けた。

 空気の層が歪んでいた。東の森の方向に、何かがいた。

「学院に戻るか」

 紫の瞳の奥に、光が灯る。
 何かが始まった。そう確信できるほどの、異常な“力”だった。

 まだ名も知らぬ誰かが、今夜、世界の法則に爪痕を刻んだ。

 彼は立ち上がった。

「異端、か……」

 オルフェは窓辺に立ったまま、指先で首元のペンダントを一度だけ弾いた。結界核が、微細に鳴る。

 その夜のうちに、オルフェは机に向かった。
 便箋を一枚。ペン先は迷わず、文字は短い。

『復学を申請する。至急、許可を』

 封をする代わりに、送達式の印を一つ落とす。
 便箋は淡く熱を帯び、次の瞬間には机上から消えた。

 そして、もう一度だけ東の森の方向を見た。


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次のエピソードへ進む 第2話 学院への帰還


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 その時、大地が裂けた。
 空が悲鳴を上げるように、揺れた。
 熱風と衝撃が森を薙ぎ払った。
 地表はえぐれ、円形に削られた巨大なクレーターが出現した。
 すべての草木は燃え、石すらも熔けていた。
 爆心に、ただ一人──レナ・ファリスが立っていた。
 赤毛の小柄な少女だった。
 その血が、魔力と共に暴発していた。
 抑えきれずに。
 次の瞬間、膝が折れた。
 身体は熱の塊のまま、重力だけが先に戻ってきて、彼女は崩れ落ちた。
 あの日、彼女の巨大な魔力反応は、確かに、世界中の“探していた者たち”の網に引っかかっていた。
 ただ、普通に生きたかっただけなのに。
***
 ◆レオン視点/森・爆心(クレーター)
 爆心の中心で、レナは倒れていた。
 呼吸は浅く、瞳の焦点が揺れる。
 暴発した熱だけが、まだ彼女の周囲に残っている。
 その傍らに、レオン・ヴァレントはしゃがみ込んでいた。
 金髪碧眼の少年が、無表情のまま。
 彼はレナの顔を覗き込み、すぐに視線を地面へ落とす。
 焦げた土。熔けた石。赤黒く染み込んだ残滓。
 セルトリア王国の禁術監視班が追跡するのは目に見えていた。あの監視網に触れた以上、先発が来るのは時間の問題だ。
「……レナ」
 指先が、彼女の頬に触れかけて止まる。
「……ん……」
 レナはゆっくりと瞼を開けた。
 夜のように深い青色の瞳がレナを見ていた。
 彼はずっとレナの顔を見下ろしていた。
 その目にはいつもの冷静さと、何か壊れかけたような脆さが混じっていた。
「レ……オン……? ああ…夢……?こんな所……来るわけないし……」
「夢じゃない。お前は生きてる」
「……私……魔竜に……」
「魔竜なら……お前の暴発で、消えたよ。骨も残ってない」
 レオンは抑えた声で伝えた。
「……そっか」
 レナはうっすらと笑った。
 あれは自分の血を狙ったものだったと思うと、なぜだか、泣きそうになって喉が詰まった。
「もう喋るな。お前の魔力の痕跡は、俺が隠す。学院に戻るぞ」
 レナが再度気を失った間に、レオンは一人で動いた。
 周囲の木々、焼けた土壌、魔力の残滓。
 彼はそれらすべてに干渉し、追跡の手掛かりになる部分を潰していった。
 手のひらに展開される封印術式。
 複合した結界を幾重にも重ね、暴発の中心に残った反応を広く薄く散らす。
 完全な抹消はできない。だが「確定」だけはさせない。
 風向きが変わり、焦げ臭さが森の奥へ流れていく。
 日が沈みきった頃。
 夜の闇の中、遠くで、規律の揃った足音がした。
 金属の擦れる気配。魔術具の乾いた鳴り。
 思ったよりは遅い。
 レオンはレナの前に立ち、息を殺した。
 木々の隙間から現れた影は三つ。黒い外套。胸元の紋章。腰の短杖と魔術具。
 視線だけで分かる。禁術の監視班。現場慣れした少数精鋭だ。
 近づくほど、森の音が消えていった。
「反応が散っている。中心は──」
「薄い。攪乱が入ってる」
 彼らはクレーターの縁で止まり、魔術具を展開し始めた。探知結界だ。
(張らせるな)
 レオンは影のまま足音を立てずに近づく。
 結界は完成してから壊すのが面倒だ。
 起動の瞬間、骨が露出する。そこを折る。
「誰だ」
 声が広がる前に、レオンは剣の柄へ触れた。
 青い眼が細まる。世界が遅くなる。音が遠のく。
 浮遊する魔力の線が、彼には見えていた。
 剣が一閃する。
 光の線の結び目が断たれた。
 探知結界は立ち上がる直前に崩れ、伸びかけた線だけが千切れて消える。
「なっ……!」
 隊長格が短杖を構えた。
「結界班、張れ! 対象は剣士だ!」
 遅い。
 レオンは距離を詰める。
 狙うのは術式を動かす指と声だ。
 一人目が護りの輪郭を浮かべた。
 輪が閉じる前に、刃が継ぎ目を断つ。
 結界が落ちた瞬間、剣先が喉を裂く。
 男は声を出せずに崩れた。
 二人目が半歩下がる。腰の通信具へ指が伸びる。
 報告だけは通させない。
 レオンは男へ向かう角度を変えない。
 間合いだけで押し潰すように詰める。
 指先が回路に触れる、その一拍前。
「待て、我々は──」
 言葉は終わらない。
 剣先が通信具を貫き、魔力回路を潰した。
 火花が散り、男の顔色が変わる。
 その男が、苦し紛れに名を吐いた。
「国家魔術省──」
 その名が出た瞬間、これはレナの回収だと確信した。
 捕まれば終わりだ。レナはもう人間扱いされない。
 言い切らせない。
 刃は喉の奥へではなく、発声を断つ角度で走った。
 倒れる音が、妙に軽い。
 残る一人が、地面に短杖を突き立てた。
 拘束の術式。光の鎖が地表から伸び、空間を縫い止めようとする。
 レオンは鎖を避けず、鎖を生む“起点”を見る。
 刃が走り、地面の結節点が断たれる。
 鎖はほどけ、術者が息を吸う前に最後の一撃。
 首の側面が断たれ、男は膝から崩れた。
 森に残ったのは、焼けた空気と血の匂いだけだった。
 次の部隊が来るまでの猶予を、頭の中で数える。
 ここに残る理由はない。
 彼は血のついた剣を払った。
 レオンは爆心にいるレナを背負い森を出た。
***
 ◆オルフェ視点/静養用別荘・寝室
 その瞬間。
 カリグレア魔術学院最上位──Sクラス、休学中のオルフェ・クライドは、悪寒で目を覚ました。
 白銀の髪が額に張り付き、汗が枕に滲んでいる。
 学院が用意した静養用の別荘。
 山間の静けさのはずが、今は薄く軋んでいた。
(……なんだ、今のは)
 世界の層が、ひとつ剥がれた気がした。
 その感覚に引かれるように、手が首元へ伸びる。
 封印式のペンダント。
 自分の魔力を抑える結界核であり、外部の異常を拾う“耳”でもある。
 だが、今この瞬間、彼の結界核が示したのは、その枠を逸脱した存在の痕跡だった。
 オルフェはゆっくりと体を起こし、窓を開けた。
 空気の層が歪んでいた。東の森の方向に、何かがいた。
「学院に戻るか」
 紫の瞳の奥に、光が灯る。
 何かが始まった。そう確信できるほどの、異常な“力”だった。
 まだ名も知らぬ誰かが、今夜、世界の法則に爪痕を刻んだ。
 彼は立ち上がった。
「異端、か……」
 オルフェは窓辺に立ったまま、指先で首元のペンダントを一度だけ弾いた。結界核が、微細に鳴る。
 その夜のうちに、オルフェは机に向かった。
 便箋を一枚。ペン先は迷わず、文字は短い。
『復学を申請する。至急、許可を』
 封をする代わりに、送達式の印を一つ落とす。
 便箋は淡く熱を帯び、次の瞬間には机上から消えた。
 そして、もう一度だけ東の森の方向を見た。