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プロローグ 私の世界

ー/ー



 初等学園の廊下を歩く、ボサボサな髪の少女がいた。
 名はロミエ・ハルベリィ、12歳。黒っぽい灰色の髪はボサボサで、ぴょこぴょこと跳ねている。

 深い青色にエメラルドグリーンが混ざっている、どこか神秘的な瞳は、虚ろに床を眺めるだけ。その目尻は力なく下げられていた。

 彼女は人とすれ違うたびにビクリと痩せこけた肩を震わせて、そそくさと距離を取っていく。
 しかし、人の声は聴きたくなくても入ってきた。

「――そいや、隣町でまた亀裂が発生したらしいぜ」

「……っ」

 その言葉に、ロミエの肩がビクリと震える。
 後ろを歩く男子生徒の会話に、自然と耳を傾けた。
 どうやら次元の亀裂が発生して、付近が封鎖されてしまったらしい。

「ったく、創世神サマはなんでこんな世界を創っちまったんだろな」

「無能だったからだろうね。英雄ロンドも殺したし、〈創世神ニヒリア〉は碌でもねぇやつだったんだろうね」

「ははっ、その通りだな。こんな世界を創っておいて、最期は火刑でサヨナラなんだろ? 死ぬなら死ぬ前に、世界を直してから死んでほしかったわ」

「だーから、創世神のくせして創った世界のことも分からない、無能で出来損ないなんだよ」

 ――無能で出来損ない。

 その言葉に、ロミエは唇を深く噛みこんだ。

(わたしの……私のせいで、みんなが困ってる……困らせてる……)

 ――直しに行かないと。

 心のメモに、隣町の亀裂を刻み込みながら、そそくさと道を譲る。
 男子生徒達が少女を追い抜き、姿が見えなくなったところで、ロミエは張りつめていた息を吐いた――
 
「――あらぁ? ロミエじゃない、ごきげんよう?」

「へぅ……っ!?」

 不意に名前を呼ばれて、ロミエはビクリと肩を震わせる。
 ぎこちなく振り返ると、そこには顔見知りの女子生徒が立っていた。

(こ、この人……か……)

 プラチナブロンドの長髪に、いくつもの宝石が装飾された髪留めを付ける伯爵令嬢。
 彼女は、広げた扇子の裏でニヤニヤと笑い、その手には課題のプリントが握られていた。

「ちょうどよかった。あなた、紙と向き合うのはお好きでしょう? だ、か、ら――」

「ぁ、ぅ……」

 俯き後ずさるロミエに、彼女はより大きな一歩で詰めてくる。

課題(これ)、やっておいて頂戴ね」

「…………(コクリ)」

 頷いたのを確認し、伯爵令嬢は課題を押し付けて踵を返して去っていく。

「……相変わらず、頼りになるわねぇ」

 その言葉の裏にある悪意に気づけないほど、ロミエは馬鹿じゃなかった。
 けれど、何も言い返すことはしない。……否、できない。

 どれだけ理不尽なことであっても、この世界の欠陥以上に理不尽なことはない。
 まして、その製作者であるが故に文句を言える立場ではない。

 それに、目的はなんにせよ期待されているのは確かだ。
 その期待を裏切るなんて、ロミエにはできない。

「……っ」

 ロミエはギュムッと唇を噛み締めて、寮の方へ歩き出す。
 渡された課題をしなければならないからだ。


***


 初等学園の寮はレンガ造りの5階建てで、各部屋4人ずつの相部屋である。
 寮についたロミエは、音をたてないようにそっとドアを開き、チラリと部屋を確認した。

(……誰か、いる)

 その人物が誰なのか、ロミエは知らない。
 話してすらいないから。話されてすらいないから。

(話す資格なんて、仲良くなる資格なんて……もう、ない……)

 ロミエはギュッと唇を噛み締めて、再び校舎へ踵を向ける。

 友達はいない。
 ……いや、居るにはいたのだ。だけど死んでしまった……いや、見殺しにしてしまった。

 他でもない、自分の保身を優先させたがために……。

「……あ」

 ふと、ロミエは妙な気配を感じ、空を見上げる。
 ちょうど
 そして、亀裂の先の異空間から悪魔が這い出てくる。

(倒さないと……)

 そう咄嗟に判断し、手を持ち上げようとして――やめる。
 ここは校舎のど真ん中であり、ここで力を使うのは少々目立ちすぎる。
 ロミエはそのまま校舎へ走り、トイレの個室へと駆け込んだ。

「わたしの居場所……唯一の、居場所……ふへへっ」

 へにゃりと、ロミエは不細工な笑顔を浮かべる。

 トイレの個室は、いわば絶対領域。
 ボッチが一人で安心して過ごせる空間である。

 だが、外から悲鳴が聞こえてきて、ロミエは我に返った。

「そうだ、はやく……悪魔を殺さないと」

 ひとまずロミエは〈感知魔法〉で状況を把握しようとして——目を見開いた。

(……学園全体に、次元の亀裂か発生してる……!?)

 〈次元の亀裂〉。

 空間の歪みにより開かれてしまう亀裂は、周囲の物を飲み込んだり、その中から悪魔が這い出てくるのだ。
 しかし、同時多発的に亀裂が開くなんて、今の時代じゃなかなかない。
 だが現実として、学園全体を取り囲むように複数開いているのだ。

「……やだ」

 ボソリ、と呟く。駄々こねるようなその言葉は、ロミエの本心であった。
 完璧じゃない。完全じゃない。こんなこと、亀裂がたくさん発生するなんて——

「……ゆる、せない。ここはわたしの——

 あどけなかったロミエの顔から、表情が消える。
 力なく下がっていた目尻はキリリと鋭く立ち、神秘的な瞳には怒りの光彩が灯る。
 ロミエはおもむろに右手を掲げ──詠唱する。


『――我が名はニヒリア。この世界の管理者権限を執行。要件、を召喚』


 ――ニヒリア。

 それはこの世界の創世神。欠陥だらけの世界を生み出した、張本人である。
 空間に窓が開き、そこから〈世界の本〉と呼ばれる青い半透明な本を召喚された。

 パラパラパラパラ――と開かれるページ。

「……ここ」

 あるページで止めたロミエはは右手をかざし魔力を流す。本に刻まれた幾何学模様(コマンド)を抜き出して――ギュッと握りつぶした。
 そして空いた箇所に、今度は完璧な幾何学模様(コマンド)を書き込んでいく。


『――我が世界よ、管理者たるニヒリアが命ずる。正しき世界よ(ことわり)よ、正しき法則に導かれて動き出せ』


 それと同時に、学園に生まれた亀裂は修復され、閉じていく。

 それはありえない光景だ。
 人間が世界の欠陥を、次元の亀裂を直す事は絶対に不可能である。
 だが、ロミエはまだ顔を緩めない。

「これで亀裂は塞いだ。でも……」

 外では、亀裂から這い出てきた異形の悪魔たちが、生徒たちに襲いかかっている。
 何人かの魔術師が戦っているが、悪魔はその痩せこけた見た目に反して頑丈だ。
 両手の長いクローも厄介で、何より――。

「……魔人がいる」

 〈魔人〉。それは悪魔の中でも別格の存在だ。

 その魔人は黒いスーツの様な衣装を着て、手には黒剣が握られていた。
 魔力量も膨大であり、応戦していた魔術師は絶望して跪いてしまう。

 だがロミエにとって――ニヒリアにとって、顕現したばかりの魔人など脅威ではない。

 彼女は意図的に空間に窓を生み出して、そこから聖剣を召喚させた。
 一つや二つではない。学園全体にまんべんなく、数十の窓を同時に、だ。

「——舞え、聖剣」

 ロミエの凛とした声が、誰もいない女子トイレに響く。
 同時に、鈍く黄金の輝きを放つその剣が、窓から放たれた。

 魔人が受け止めようと黒剣をかざすが、諸共両断して消滅する。
 他の悪魔も同様だ。聖剣がキラリと舞うたびに、悪魔たちは無慈悲に、平等に切り伏せられていった。
 一体も残らず、完璧に。

「……ふぅぅ、終わった……かな……?」

 悪魔が全滅したのを確認したロミエは、ダラリと脱力して猫背になる。
 淡く光る〈世界の本〉を閉じ、少し考えたあと膝に乗せて、伯爵令嬢から渡された課題を広げた。

 課題の内容は王国史。
 神が英雄ロンドを見殺しにし、そこから始まる親族や戦友たちの建国譚である。
 そこに書かれた懐かしい文字に、ロミエ(ニヒリア)は目を落とす。

「ロンド……」

(わたしに、出来損ないの私なんかに……この世界を直せる……のかな)

 ニヒリアはもう神ではない。
 神界から追放されて、記憶を引き継いだままロミエ・ハルベリィとして生を受けた。

 創世神ニヒリアが転生した姿。それがロミエ・ハルベリィという少女である。

 この世界は、かつてニヒリアが創ってしまった欠陥だらけの世界。
 出来損ないと言われるのも仕方ない。実際そうなのだから。

 ――でも。

「……この世界を、直すこと」

(それがわたしに出来ること、だから……)


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次のエピソードへ進む 【1‐1】貧弱ロミエの無謀な挑戦


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 初等学園の廊下を歩く、ボサボサな髪の少女がいた。
 名はロミエ・ハルベリィ、12歳。黒っぽい灰色の髪はボサボサで、ぴょこぴょこと跳ねている。
 深い青色にエメラルドグリーンが混ざっている、どこか神秘的な瞳は、虚ろに床を眺めるだけ。その目尻は力なく下げられていた。
 彼女は人とすれ違うたびにビクリと痩せこけた肩を震わせて、そそくさと距離を取っていく。
 しかし、人の声は聴きたくなくても入ってきた。
「――そいや、隣町でまた亀裂が発生したらしいぜ」
「……っ」
 その言葉に、ロミエの肩がビクリと震える。
 後ろを歩く男子生徒の会話に、自然と耳を傾けた。
 どうやら次元の亀裂が発生して、付近が封鎖されてしまったらしい。
「ったく、創世神サマはなんでこんな世界を創っちまったんだろな」
「無能だったからだろうね。英雄ロンドも殺したし、〈創世神ニヒリア〉は碌でもねぇやつだったんだろうね」
「ははっ、その通りだな。こんな世界を創っておいて、最期は火刑でサヨナラなんだろ? 死ぬなら死ぬ前に、世界を直してから死んでほしかったわ」
「だーから、創世神のくせして創った世界のことも分からない、無能で出来損ないなんだよ」
 ――無能で出来損ない。
 その言葉に、ロミエは唇を深く噛みこんだ。
(わたしの……私のせいで、みんなが困ってる……困らせてる……)
 ――直しに行かないと。
 心のメモに、隣町の亀裂を刻み込みながら、そそくさと道を譲る。
 男子生徒達が少女を追い抜き、姿が見えなくなったところで、ロミエは張りつめていた息を吐いた――
「――あらぁ? ロミエじゃない、ごきげんよう?」
「へぅ……っ!?」
 不意に名前を呼ばれて、ロミエはビクリと肩を震わせる。
 ぎこちなく振り返ると、そこには顔見知りの女子生徒が立っていた。
(こ、この人……か……)
 プラチナブロンドの長髪に、いくつもの宝石が装飾された髪留めを付ける伯爵令嬢。
 彼女は、広げた扇子の裏でニヤニヤと笑い、その手には課題のプリントが握られていた。
「ちょうどよかった。あなた、紙と向き合うのはお好きでしょう? だ、か、ら――」
「ぁ、ぅ……」
 俯き後ずさるロミエに、彼女はより大きな一歩で詰めてくる。
「|課題《これ》、やっておいて頂戴ね」
「…………(コクリ)」
 頷いたのを確認し、伯爵令嬢は課題を押し付けて踵を返して去っていく。
「……相変わらず、頼りになるわねぇ」
 その言葉の裏にある悪意に気づけないほど、ロミエは馬鹿じゃなかった。
 けれど、何も言い返すことはしない。……否、できない。
 どれだけ理不尽なことであっても、この世界の欠陥以上に理不尽なことはない。
 まして、その製作者であるが故に文句を言える立場ではない。
 それに、目的はなんにせよ期待されているのは確かだ。
 その期待を裏切るなんて、ロミエにはできない。
「……っ」
 ロミエはギュムッと唇を噛み締めて、寮の方へ歩き出す。
 渡された課題をしなければならないからだ。
***
 初等学園の寮はレンガ造りの5階建てで、各部屋4人ずつの相部屋である。
 寮についたロミエは、音をたてないようにそっとドアを開き、チラリと部屋を確認した。
(……誰か、いる)
 その人物が誰なのか、ロミエは知らない。
 話してすらいないから。話されてすらいないから。
(話す資格なんて、仲良くなる資格なんて……もう、ない……)
 ロミエはギュッと唇を噛み締めて、再び校舎へ踵を向ける。
 友達はいない。
 ……いや、居るにはいたのだ。だけど死んでしまった……いや、見殺しにしてしまった。
 他でもない、自分の保身を優先させたがために……。
「……あ」
 ふと、ロミエは妙な気配を感じ、空を見上げる。
 ちょうど《《その空間に亀裂が入ったところだ》》。
 そして、亀裂の先の異空間から悪魔が這い出てくる。
(倒さないと……)
 そう咄嗟に判断し、手を持ち上げようとして――やめる。
 ここは校舎のど真ん中であり、ここで力を使うのは少々目立ちすぎる。
 ロミエはそのまま校舎へ走り、トイレの個室へと駆け込んだ。
「わたしの居場所……唯一の、居場所……ふへへっ」
 へにゃりと、ロミエは不細工な笑顔を浮かべる。
 トイレの個室は、いわば絶対領域。
 ボッチが一人で安心して過ごせる空間である。
 だが、外から悲鳴が聞こえてきて、ロミエは我に返った。
「そうだ、はやく……悪魔を殺さないと」
 ひとまずロミエは〈感知魔法〉で状況を把握しようとして——目を見開いた。
(……学園全体に、次元の亀裂か発生してる……!?)
 〈次元の亀裂〉。
 空間の歪みにより開かれてしまう亀裂は、周囲の物を飲み込んだり、その中から悪魔が這い出てくるのだ。
 しかし、同時多発的に亀裂が開くなんて、今の時代じゃなかなかない。
 だが現実として、学園全体を取り囲むように複数開いているのだ。
「……やだ」
 ボソリ、と呟く。駄々こねるようなその言葉は、ロミエの本心であった。
 完璧じゃない。完全じゃない。こんなこと、亀裂がたくさん発生するなんて——
「……ゆる、せない。ここはわたしの——《《私の世界だ》》」
 あどけなかったロミエの顔から、表情が消える。
 力なく下がっていた目尻はキリリと鋭く立ち、神秘的な瞳には怒りの光彩が灯る。
 ロミエはおもむろに右手を掲げ──詠唱する。
『――我が名はニヒリア。この世界の管理者権限を執行。要件、《《世界の本》》を召喚』
 ――ニヒリア。
 それはこの世界の創世神。欠陥だらけの世界を生み出した、張本人である。
 空間に窓が開き、そこから〈世界の本〉と呼ばれる青い半透明な本を召喚された。
 パラパラパラパラ――と開かれるページ。
「……ここ」
 あるページで止めたロミエはは右手をかざし魔力を流す。本に刻まれた|幾何学模様《コマンド》を抜き出して――ギュッと握りつぶした。
 そして空いた箇所に、今度は完璧な|幾何学模様《コマンド》を書き込んでいく。
『――我が世界よ、管理者たるニヒリアが命ずる。正しき世界よ理《ことわり》よ、正しき法則に導かれて動き出せ』
 それと同時に、学園に生まれた亀裂は修復され、閉じていく。
 それはありえない光景だ。
 人間が世界の欠陥を、次元の亀裂を直す事は絶対に不可能である。
 だが、ロミエはまだ顔を緩めない。
「これで亀裂は塞いだ。でも……」
 外では、亀裂から這い出てきた異形の悪魔たちが、生徒たちに襲いかかっている。
 何人かの魔術師が戦っているが、悪魔はその痩せこけた見た目に反して頑丈だ。
 両手の長いクローも厄介で、何より――。
「……魔人がいる」
 〈魔人〉。それは悪魔の中でも別格の存在だ。
 その魔人は黒いスーツの様な衣装を着て、手には黒剣が握られていた。
 魔力量も膨大であり、応戦していた魔術師は絶望して跪いてしまう。
 だがロミエにとって――ニヒリアにとって、顕現したばかりの魔人など脅威ではない。
 彼女は意図的に空間に窓を生み出して、そこから聖剣を召喚させた。
 一つや二つではない。学園全体にまんべんなく、数十の窓を同時に、だ。
「——舞え、聖剣」
 ロミエの凛とした声が、誰もいない女子トイレに響く。
 同時に、鈍く黄金の輝きを放つその剣が、窓から放たれた。
 魔人が受け止めようと黒剣をかざすが、諸共両断して消滅する。
 他の悪魔も同様だ。聖剣がキラリと舞うたびに、悪魔たちは無慈悲に、平等に切り伏せられていった。
 一体も残らず、完璧に。
「……ふぅぅ、終わった……かな……?」
 悪魔が全滅したのを確認したロミエは、ダラリと脱力して猫背になる。
 淡く光る〈世界の本〉を閉じ、少し考えたあと膝に乗せて、伯爵令嬢から渡された課題を広げた。
 課題の内容は王国史。
 神が英雄ロンドを見殺しにし、そこから始まる親族や戦友たちの建国譚である。
 そこに書かれた懐かしい文字に、|ロミエ《ニヒリア》は目を落とす。
「ロンド……」
(わたしに、出来損ないの私なんかに……この世界を直せる……のかな)
 ニヒリアはもう神ではない。
 神界から追放されて、記憶を引き継いだままロミエ・ハルベリィとして生を受けた。
 創世神ニヒリアが転生した姿。それがロミエ・ハルベリィという少女である。
 この世界は、かつてニヒリアが創ってしまった欠陥だらけの世界。
 出来損ないと言われるのも仕方ない。実際そうなのだから。
 ――でも。
「……この世界を、直すこと」
(それがわたしに出来ること、だから……)