05.
ー/ー「スミレちゃん。さっきの男は誰?」
「え?」
休憩を終えて執務室に戻ると、なぜかオルブライトさんが戻ってきていて、書類から目を離さないままそう聞いてきた。
「今日は予算会議と視察だったのでは…?」
「会議は可能な限り短縮して、視察は他部署の若手に任せてきたから大丈夫。」
「そうなんですか。」
色々と、絶対大丈夫じゃないやつだ。
「行きずりの男と仲良くお昼食べてたよね、公衆の面前で、何の恥じらいもなく。」
言い方、と思ったけどそんなことよりオルブライトさんの圧がすごい。
「別に屋外でお昼食べちゃいけない条例なんてないですよね。庶民ならごく普通のふるまいでは?」
「いや、あいつは冒険者とはいえ子爵家の次男。社交界デビューも済ませている立派な貴族だ。」
誰かって、聞く意味なかったじゃん。私はつとめて冷静に答えた。
「クラトさんとは昨日たまたま会ったので、ちょっと話しただけです。」
オルブライトさんはデスクから立ち上がると私の前に立ちふさがった。
「なんでアイツは名前で呼ぶの?」
「オルブライトさんは上司ですから。」
「俺のことも名前で呼んでよ。」
いや、上司って言ったじゃん。今日のオルブライトさんはちょっと様子がおかしい。いくら私のことが好きだからとはいえ、これじゃまるで彼氏面だ。
私が誰と話そうが、フリーの身である以上自由なはずなのに。
「そんなにアイツがいいの?」
この人頭の回転が速いしヘンに偉ぶったところもないから、ストレスなく仕事ができていい上司だと思っていたのに、こんなに面倒くさい人だったとは。私は小さくため息をついた。
少なくともクラトさんは、こんな風に詰め寄ってはこない。『助けられたら助ける』そんな適度な距離感がどれほどありがたいことだろう。
ここは職場で、今は勤務中。そしてオルブライトさんは丹精な佇まいと家柄もあって、男女ともにとても人気がある人だ。周りの人達がチラチラとこちらを気にして、完全に仕事の手が止まっている。
こういう視線は久しぶりだ。嫌だな。日本人コミュニティの中で、好きでもなんでもない人とうわさを立てられてだいぶ迷惑した時のことを思い出してげんなりしてきた。
どんなに美形でスペックが高くても、オルブライトさんだけはない。異世界人にちょっかいをかけるにしては、やりすぎだ。
私は彼を廊下に連れ出すと、彼の肩に触れるとダンっと壁に押し付けた。こうなったらもう、ヤケクソだった。
「クラトさんは勤務中に私的な会話で仕事を中断させたり、約束もなしに家まで押しかけてきたりしません。今だって周囲が私たちのことをどんな目で見ているか分かってますか?彼は私がちょうどいいと思う距離感で接してくれます。オルブライトさんにはもっといいお相手を探すべきだと思いますよ。家に押しかけても喜んで中に入れてくれるような女性なら沢山いるでしょう。異世界人が珍しいなら日本人コミュニティを紹介しますよ。私は仕事があるのでこれで失礼いたします。」
その時の、ひどく傷ついた表情が忘れられなかった。そして、周囲のいたたまれない視線も。
私が悪者みたいになってるけど、休みの日に家に押しかけられて受けいれない方が悪いの?ズボラで丁寧じゃない暮らしは罪なのか。ふざけんなっ!
オルブライトさんはゆっくりと辺りを見回した。そこでようやく、自分たちが噂の恰好の種になることに気付いたのだろう。
「ごめん…。」
それだけ残すと、執務室とは反対方向へ去っていった。その顔に良心が痛んだけれど、自分の心のうちにずかずか入ってくることを許可したくはない。
あー、これはクビだろうな。この国のことだから、最悪今月の給料カットで強制解雇になる可能性だって大いにある。せっかくの連休明けなのに気分は台無しだ。
とりあえず、残された人が困らないように今日できる仕事を片づけて、明日には引継ぎ書類を作ろう。それから、冒険者食堂で正採用してもらえないか掛け合ってみよう。
私は呼吸を整えると自分のデスクに戻った。
結局、その日私の勤務中にオルブライトさんが執務室に戻ってくることはなかった。
どこにもよらずにまっすぐ帰る。連休中はずっと家にいたからそろそろ買い物にいかないと食材が底を尽きるのだけど、あまり食欲もなかった。
こういう時は早く寝よう。ベッドに入って目を閉じても、なぜかオルブライトさんの傷ついた表情が脳裏に浮かんできてなかなか寝付けなかった。
翌日もオルブライトさんは終日不在になっていた。これは、俺のいないうちに出て行ってくれということなのだろうか。
どの道上司にあんな口をきいてしまっては居ずらいだけだ。私は自分のデスクの荷物をまとめた。それから一番優先して片づけなければいけない仕事だけを残すと、後の書類はロイドさんに返却した。
「あれ、もう終わったの?」
「いえ、今日明日にでもクビになりそうなので、申し訳ありませんがお返しします。今日のうちにできる限りの引継ぎ書類を作成しておきますので。」
「ああ、昨日の一件?」
いつも穏やかなロイドさんの声が、一段低くなる。
ここ外交総務室の副室長であるロイドさんは、オルブライトさんとは子どものころから仲が良かったそうだ。彼もオルブライトさんの肩を持つに違いない。
「引継ぎなんて必要ないよ。」
冷たい言い方。そうか、オルブライトさんを傷つけた私が残したものなんていらないよね。
なら今抱えている仕事をきっちり終わらせよう。私はちょっと泣きそうになりながらお腹にぐっと力をこめて「分かりました。」と答えた。
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