第05話 さらば英世と柴三郎!ラノベ三冊分の放課後
ー/ー これまでほとんど話したことがなかったクラスメートの女子生徒が、ヨネダ珈琲の名物ホワイトノワールを完食したのを確認し、オレは、彼女に声を掛ける。
「落ち着いたのなら、そろそろ帰るか?」
「うん……そうだね……」
「ホワイトノワールも含めて、ドリンクの代金もオレが出しておくわ。この店のコーヒー・チケットを持ってるから、心配すんな」
そう言って、2つのテーブル席の伝票を持って、レジへと向かったのだが……。
「アイスコーヒーと、クリームオーレ、ストロベリーシェイク、ホワイトノワール……コーヒーチケットのご利用で、合計2050円になります」
先ほど、机に突っ伏して号泣する上坂部葉月を落ち着かせないと、「店を出禁にする」と脅してきた女性店員が笑顔でレジの値段を読み上げる。
「えっ? チケットは三枚出したんですけど……」
「申し訳ございません。クリームオーレとストロベリーシェイクは、チケットご利用の対象外となっております」
(…………何…………だと…………)
自分の必殺技をいとも簡単に退ける強大な敵を前にした少年マンガの主人公のように、絶望的な表情を浮かべると、さすがに、オレの顔色を察したのか、隣にいたクラスメートがたずねてくる。
「どうしたの? やっぱり、私が払った方が良い?」
「いや、全然大丈夫だから……」
そう言って、オレは野口英世と北里柴三郎の肖像が描かれた紙幣一枚づつと五十円玉を取り出す。
今月は、ガ◯ガ文庫に続いて、さらに二冊の新刊ライトノベルの購入を見送らければならない。
(さらば、電◯文庫と富◯見ファ◯タジア文庫の新刊)
伝染病の対策に取り組んだ師弟コンビが、財布から消えていく悲しみを笑顔で取り繕いながら、ヨネダ珈琲をあとにする。
時刻は、午後六時を過ぎようとしていたが、5月の大型連休も終わり、日に日に陽射しの強さが増していく季節の空は、まだ明るい。
上坂部葉月の自宅は、ひとつ隣の冢口駅に近いということで、彼女を武甲之荘駅の改札口で見送ったオレは、自宅に戻る。
(まったく……二人とも地元のワクドで話しを済ましてくれてりゃ、オレがラノベの新刊を三冊も諦めることは無かったのに……)
心の中でため息をつきながら、母親への帰宅のあいさつもそこそに、夕飯まで二階の自室に引きこもることを決めたオレは、ゲーム機のPFBETAを起動させるかどうか思案する。
今日は、ヨネダ珈琲の店内で、待望の綾辻さんルートのエンディングを見届ける予定でいたのだが……。
ゲームは終盤まで近づいているものの、ラストのヒロインとのエンディングエピソードをじっくり読み込むと、どのイベントも、たっぷり40分程度の時間を要する。
大事なベストエンドを夕食の呼び出しで中断されるのは、どうしても避けたい。
(仕方ない……夕飯まで他のことで時間を潰すか……)
そう考えながら、スマホを手にして、ゲームアプリを起動させる。
ログインボーナスとデイリーの周回を行ったあとは、夕飯まで適当に旧トゥイッターのタイムラインを眺めることに決めた。
せっかくなので、ここで、小学校の入学前を除いて、女子と親しく話す経験を持たずに高校生になった自分が、なぜ、15年も前に発売されたゲームを熱心にプレイしているか、説明しておこう。
オレが、ゲームやアニメ、マンガやラノベなどの作品に親しむようになったのは、母親の妹にあたる叔母の若葉さん(以後、ワカ姉と呼ぶ)の影響が大きい。
いま考えると、オレが、恋に敗れる不憫なダメヒロインに注目する理由は、彼女から薦められた少女マンガやラブコメ作品が、きっかけになっているように思う。
(もしかして、ラブコメマンガやアニメに登場する想いが報われないキャラクターは、不幸を回避することはできないのか?)
小学生の自分でも、こんな結論にたどり着いたように、ストーリーが一本道である以上、ヒロインレースに敗れる敗者というものは必ず存在することになる(注:いわゆるハーレムエンドをのぞく)。
もう、恋に敗れて不憫な目に遭うキャラクターを見るのはゴメンだ―――。
ということで、中学生になる頃、必然的に自分が楽しむメディアは、複数のルート選択が可能なゲームに移っていった。
残念ながら、オレが、この道に目覚めたころには、いわゆるギャルゲー文化もとっくに衰退期に入っていて、次々と話題の新作が発売されるような状況ではなかったが……。
それでも、数十年に渡って培われた文化の遺産は偉大なもので、過去に評判になったゲームをプレイするだけでも、十分にこのジャンルを楽しむことが出来ている。
すでに中学時代の数年の間に、スマホや持ち運び可能な運天堂ウイッチでプレイできる移植ゲームは、あらかたプレイし尽くした。
高校に入学する頃、ワカ姉が使わなくなったプレイ・フォーメーション・ポータブルとプレイ・フォーメーションBETAを譲り受けると、オレのゲームライフは、さらに充実するようになっていた。
「乙女ゲー専用機だった、私のPFPとBETAちゃんが、ギャルゲー専用機になっちゃうなんて……」
と、ワカ姉はゲーム機との別れを惜しんでいたが、負けヒロインに関するトラウマを植え付けた張本人として、ここは、責任を取ってもらいたい、とオレは考えている。
そんな訳で、
「誰ひとり取り残さない」
という、小中学校で大いに学んだSDGsにも通じるスローガンを胸に、オレは日々、ゲームの世界に耽溺している。
今日の夕方のように、リアルな世界でのイザコザに巻き込まれるなんて、まっぴらだし、ヨネダ珈琲にいた幼なじみ同士の委員長コンビとも、今後は大して関わり合いになることはないだろう―――。
正直なところ、食い逃げならぬ、飲み逃げ同然で店を出て行った久々知大成には、ラノベ1冊分の対価を請求したいところではあるが、わざわざ、そのためにコミュニケーションを取りに行くのも面倒だ。
明日からは、また教室内で無害な空気キャラとして過ごそう―――。
そんなことを考えつつ、自分のクラスの二人の委員長のことを思いながら、オレは、いつの間にか、幼なじみという関係性について、想いを巡らせていた。
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