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第26話【悪巧み編】投げ込まれた小石――ワインに誓う陰謀、パンに誓う再戦

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第26話【悪巧み編】投げ込まれた小石――ワインに誓う陰謀、パンに誓う再戦


「壊すことしか能のない破壊兵器が……!」

​政府庁舎の最奥にあるネプチューン大臣の執務室。
ネプチューンは、机の上に広げられた数枚の資料を眺め、不愉快そうにチッ!と舌を鳴らした。
資料には、勇者テラの戦績――というよりは、彼女が破壊した街の修繕費と、殴り倒された悪者たちの医療費のリストが延々と並んでいる。

「……野良犬め。飼い主の顔を立てるどころか、噛みつくことしか知らんな!」

​ネプチューンの背後には、政府のお抱え魔導師である〝偽筆の魔術師〟が控えていた。
机の上には、セレネが以前、道中から送ってきた一通の定期報告書がある。
その末尾には、彼女が個人的に大切にしているであろう一文。

〝スピカ司教様に、私は元気だとお伝えください〟

という書き置きが添えられていた。

「ふん、健気なことだ。だが、その想いが仇となるとは夢にも思うまい」

​ネプチューンが合図すると、魔導師が怪しく光る羽根ペンを出現させた。
魔導師は、セレネが大切にしている〝シモン司教〟が過去に書いた公文書を並べ、その筆跡に宿る〝魔力の癖〟を解析し始める。

「……完了しました。大臣。私の〝模写魔法(レプリカ・トレース)〟に抜かりはありません。本人ですら見間違える、完璧な偽造です」

「よろしい。文面はこうだ。〝セレネ、君が仕える勇者にこの聖遺物を渡しなさい。彼女を守る盾となるだろう――〟。……くく、彼女なら、尊敬する師の言葉を疑うはずがない」

​ネプチューンは、傍らに置かれた黒い小箱を指先で叩いた。
中には、政府の魔導技師たちが作り上げた呪具――〝日蝕の石〟が収められている。

「司教の名でこの石を届けさせろ。セレネは、テラの身を案じるあまり、自らの手でその首輪をはめることになる」

​魔導師が魔法を込めた手紙を小箱に封じる。その手紙からは、シモン司教の温かな慈愛の魔力が偽装されて漂っていた。

「……勇者という名の〝狂犬〟に、我ら飼い主が〝首輪〟を授ける。これほど美しい構図があるか?」

「……しかし大臣。もしテラが呪いを跳ね除けたら?」

「その時は、セレネという〝共犯者〟に絶望を与えればいい。自分が勇者を殺しかけたという事実は、あの真面目な女の心を折るには十分だ」

​窓のない部屋に、ネプチューンの濁った笑い声が響く。

「……さあ、伝書鳥を放て。荒野で待つ、哀れな羊たちのもとへ」

数日後、荒野の焚き火のそばで、セレネがその小箱を〝恩師からの奇跡〟だと信じて涙ぐむ姿を想像し、彼は最高級のワインを飲み干した。


※※※


「……魔王様。報告いたします」

​魔王城の謁見の間。
アレスはボロボロになった黒の騎士服で跪き、沈痛な面持ちで頭を垂れていた。

「​勇者テラと接触、交戦いたしました。……ですが、私の修行不足ゆえ、奴を仕留めるには至りませんでした」

『……魔王様。私からも報告を』

​アレスの腰で、魔剣サタンブレイドが低く震えるような声を漏らす。

『​光る君……いえ、聖剣ガイアセイバー……あれは、これまでの勇者が振るっていたような、澄まし顔の〝正義の道具〟ではありませんでした。私の刃の芯に、熱く、剥き出しの意志を叩き込んできた……』

「……ほう。聖剣に対してそこまでの〝反応〟を見せたか」

『正直、あれほどの圧力を受けたのは、私が生まれて以来、初めてのことです』

​玉座に深く腰掛けた魔王は、美しい顔に薄い笑みを浮かべた。
その瞳はアレスではなく、もっと遠い何かを見つめている。

「……勇者テラか。アレス、お前は彼女に〝光〟を見たか?それとも、滅ぼすべき〝悪〟を見たか?」

「……分かりません。ただ、あいつが剣を振るう時、周囲の空気が、まるで何かの鎖から解き放たれるように震えていました。あんなものは、救世主でも破壊者でもない。ただの……どうしようもない〝不純物〟です」

「……〝不純物〟か。くくく、面白い。この清濁あわせ持った調和の世界に、ようやく投げ込まれた〝小石〟というわけだ」

​魔王はゆっくりと立ち上がり、アレスの元へとコツコツと歩み寄る。

「……だからこそ、聖剣も魔剣もお前も、その不純な響きに当てられて狂い始めている」

その足音はアレスの背筋に冷たい緊張を走らせた。

「アレス。お前が感じたその異質な響きこそが、この世界に足りなかったものだ。お前の気が済むまで、彼女とぶつかり合うがいい。その怒りも、その執着も、すべてをあいつに叩き込め」

「はっ……!期待に応えてみせます。私の闇(あん)パン……この深淵の味を奴の魂に刻み込み、二度と逆らえぬよう分からせてやります!」

『(キャー!私もまた光る君に叩かれるのね!楽しみですわー!)』

​アレスは、魔王の言葉を〝全力で再戦せよ〟という激励として受け取り、殺気とパンの香ばしい匂いを身に纏いながら退室していった。







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第26話【悪巧み編】投げ込まれた小石――ワインに誓う陰謀、パンに誓う再戦
「壊すことしか能のない破壊兵器が……!」
​政府庁舎の最奥にあるネプチューン大臣の執務室。
ネプチューンは、机の上に広げられた数枚の資料を眺め、不愉快そうにチッ!と舌を鳴らした。
資料には、勇者テラの戦績――というよりは、彼女が破壊した街の修繕費と、殴り倒された悪者たちの医療費のリストが延々と並んでいる。
「……野良犬め。飼い主の顔を立てるどころか、噛みつくことしか知らんな!」
​ネプチューンの背後には、政府のお抱え魔導師である〝偽筆の魔術師〟が控えていた。
机の上には、セレネが以前、道中から送ってきた一通の定期報告書がある。
その末尾には、彼女が個人的に大切にしているであろう一文。
〝スピカ司教様に、私は元気だとお伝えください〟
という書き置きが添えられていた。
「ふん、健気なことだ。だが、その想いが仇となるとは夢にも思うまい」
​ネプチューンが合図すると、魔導師が怪しく光る羽根ペンを出現させた。
魔導師は、セレネが大切にしている〝シモン司教〟が過去に書いた公文書を並べ、その筆跡に宿る〝魔力の癖〟を解析し始める。
「……完了しました。大臣。私の〝模写魔法(レプリカ・トレース)〟に抜かりはありません。本人ですら見間違える、完璧な偽造です」
「よろしい。文面はこうだ。〝セレネ、君が仕える勇者にこの聖遺物を渡しなさい。彼女を守る盾となるだろう――〟。……くく、彼女なら、尊敬する師の言葉を疑うはずがない」
​ネプチューンは、傍らに置かれた黒い小箱を指先で叩いた。
中には、政府の魔導技師たちが作り上げた呪具――〝日蝕の石〟が収められている。
「司教の名でこの石を届けさせろ。セレネは、テラの身を案じるあまり、自らの手でその首輪をはめることになる」
​魔導師が魔法を込めた手紙を小箱に封じる。その手紙からは、シモン司教の温かな慈愛の魔力が偽装されて漂っていた。
「……勇者という名の〝狂犬〟に、我ら飼い主が〝首輪〟を授ける。これほど美しい構図があるか?」
「……しかし大臣。もしテラが呪いを跳ね除けたら?」
「その時は、セレネという〝共犯者〟に絶望を与えればいい。自分が勇者を殺しかけたという事実は、あの真面目な女の心を折るには十分だ」
​窓のない部屋に、ネプチューンの濁った笑い声が響く。
「……さあ、伝書鳥を放て。荒野で待つ、哀れな羊たちのもとへ」
数日後、荒野の焚き火のそばで、セレネがその小箱を〝恩師からの奇跡〟だと信じて涙ぐむ姿を想像し、彼は最高級のワインを飲み干した。
※※※
「……魔王様。報告いたします」
​魔王城の謁見の間。
アレスはボロボロになった黒の騎士服で跪き、沈痛な面持ちで頭を垂れていた。
「​勇者テラと接触、交戦いたしました。……ですが、私の修行不足ゆえ、奴を仕留めるには至りませんでした」
『……魔王様。私からも報告を』
​アレスの腰で、魔剣サタンブレイドが低く震えるような声を漏らす。
『​光る君……いえ、聖剣ガイアセイバー……あれは、これまでの勇者が振るっていたような、澄まし顔の〝正義の道具〟ではありませんでした。私の刃の芯に、熱く、剥き出しの意志を叩き込んできた……』
「……ほう。聖剣に対してそこまでの〝反応〟を見せたか」
『正直、あれほどの圧力を受けたのは、私が生まれて以来、初めてのことです』
​玉座に深く腰掛けた魔王は、美しい顔に薄い笑みを浮かべた。
その瞳はアレスではなく、もっと遠い何かを見つめている。
「……勇者テラか。アレス、お前は彼女に〝光〟を見たか?それとも、滅ぼすべき〝悪〟を見たか?」
「……分かりません。ただ、あいつが剣を振るう時、周囲の空気が、まるで何かの鎖から解き放たれるように震えていました。あんなものは、救世主でも破壊者でもない。ただの……どうしようもない〝不純物〟です」
「……〝不純物〟か。くくく、面白い。この清濁あわせ持った調和の世界に、ようやく投げ込まれた〝小石〟というわけだ」
​魔王はゆっくりと立ち上がり、アレスの元へとコツコツと歩み寄る。
「……だからこそ、聖剣も魔剣もお前も、その不純な響きに当てられて狂い始めている」
その足音はアレスの背筋に冷たい緊張を走らせた。
「アレス。お前が感じたその異質な響きこそが、この世界に足りなかったものだ。お前の気が済むまで、彼女とぶつかり合うがいい。その怒りも、その執着も、すべてをあいつに叩き込め」
「はっ……!期待に応えてみせます。私の闇(あん)パン……この深淵の味を奴の魂に刻み込み、二度と逆らえぬよう分からせてやります!」
『(キャー!私もまた光る君に叩かれるのね!楽しみですわー!)』
​アレスは、魔王の言葉を〝全力で再戦せよ〟という激励として受け取り、殺気とパンの香ばしい匂いを身に纏いながら退室していった。