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第01話 現実の幼なじみルートはセーブできない

ー/ー



「ホントに大切なのは、周りヒトたちのことを気にして、ウジウジ悩まないようにすることだと思うよ。周りの目を気にしたり、誰かに言われるから、自分の想いを簡単に手放すのっては違うんじゃないかな? ()()()()()()()()強さって、そういうこと思うよ?」

 幼い日の彼女は、たしかにそう言った。
 
 正直なところ、自分には、難しすぎて彼女の言っていることは、良くわからない。
 それでも、こう答えないといけない気がした。
 
「わかった! 強くなって、いつか、キミみたいに、他の人たちを笑顔に出来るようになるから!」

「そっか! じゃあ、約束ね!」

 そう言って、少女は、小指を差し出す。

「指切りげんまん、ウソついたら、ムネリンをイ〜ジる! 指切った!」

 勝手に歌詞を変える少女に、

「ちょっと! ムネリンをイジるって、どういうこと?」

と抗議すると、彼女は、また可笑しそうにクスクスと笑い声をあげる。

 そして、彼女のこちらを真っ直ぐ見つめる瞳に、吸い込まれてしまいそうな感覚を覚えた。

 そのとき、保育園の年長組の部屋の窓際では、換気のために開け放たれた窓から、まだ寒さの残る季節の冷たい風に乗って、オレンジなどの柑橘の実を思わせる爽やかで明るい香りがただよい、鼻をくすぐる。

 いま、一人の女の子を目の前にしたシチュエーションで、オレは、そんな何年も前の出来事を鮮明に思い出していた。

 ・

 ・

 ・
 
 「祐一……」

 不安げな表情で、ポツリとつぶやいた目の前の少女は、こちらを見つめている。
 親の顔より見慣れた彼女の表情を曇らせてしまったのは、なによりも、自分自身の行動と選択に原因がある。

 これ以上、彼女を苦しませるわけにはいかない―――と、意を決して自らの想いを告げることにした。
 
 ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが―――
 ・ぼ、僕はずっと前から志穂子のことが―――

 選択肢を選んでください。

 ⇨ ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが―――

 カーソルで選んだセリフが点滅すると同時に、志穂子の表情は、さらに曇り、泣き出す寸前になっている。

「どうして―――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが……彼女が居るってこと……」

「志穂子……」

「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しはわたしのこと……」

「いや、その……」

「えへへ……一回だけなら、見間違いかなって……わたしの勘違いかなって済ませただろうけど……祐一はかっこいいから……やっぱり、モテるよね」

 その切なげな表情を見つめたまま、何も言葉を発することのできない自分に向かって、彼女は言葉を続ける。

「少しの間だけだったけど……恋人みたいで嬉しかったよ。迷惑かけてゴメンね。こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」

「…………」

「祐一は、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、綾辻さんがかわいそうだよ」

「…………」

「わたしのことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、なるべく声を掛けないようにするね」

「…………」

「えへへ……彼女のことは、紹介してくれなくてイイからね!」

 幼馴染みは、そう言い残して走り去る―――。
 
「あっ! お、おい! 志穂子!」

 ―――やってしまった……最悪の形で志穂子のことを傷つけてしまった……僕がフラフラしてたせいで……。

 ・

 ・

 ・

 ううっ……すまない志穂子……。

 幼き日のあの日、「誰かを笑顔に出来るようになるから!」と幼なじみの少女と誓った自分は、こうして、同級生の女子生徒からも慕われるような存在になった。

 おもに、()()()()()|の()()()()《・》――――――。

 涙ぐみそうになりながら、イヤホンを外したオレは、ヨネダ珈琲・武甲之荘(むこのそう)店のテーブルに携帯ゲーム機のプレイ・フォーメーションBETA(ベータ)をそっと置いた。

 まったく……こんなに可愛くて性格も良い幼なじみを振って、他の女子にフラフラとなびくなど、ヒドイ主人公もいたものである。いや、もちろん、今回のプレイで志穂子ではなく、綾辻さんルートを選んだのはオレ自身なのだが……。

 発売から十五年が経過した大ヒット恋愛シミュレーションゲーム『ナマガミ』のシナリオの素晴らしさとヒロインの恋が終わってしまう《嗚咽イベント》の切なさに、あらためて胸を打たれてしまった。
 
 大丈夫、ちゃんとルート分岐直前のセーブデータを残しているので、次回のプレイ(おそらく明日の放課後になるだろう)では、志穂子、(きみ)を幸せにしよう……。

 そう心に誓って、これから始まる綾辻さんルートのイチャイチャ描写に対する期待に胸を膨らませながら、シナリオが一段落したことで、オレはトイレに立つことにする。

 自分の通う高校から、私鉄電車の駅で二つ離れたこの喫茶店を利用する同級生が居ないことは、一年以上の高校生活ですでにリサーチ済みである。
 親戚から定期的にもらうコーヒーチケットの恩恵や長居をしても責められない店内の雰囲気も含めて、自宅の近所にこうした店舗が存在してくれていることに感謝をしながら、トイレに向かうと、不意に聞き覚えのある声が耳に入った。

大成(たいせい)……どうして―――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが居るってこと……」

葉月(はづき)……」

 耳に馴染みがある声だと感じたのは、一人だけではなく複数人のものだった。
 
 本当に、無意識に……思わず、声の主たちの方向に顔を向けた次の瞬間、オレは空席になっていたヨネダ珈琲特有のフカフカした座席に身を滑り込ませる。

(ど、どうして、この店に久々知(くくち)上坂部(かみさかべ)が居るんだよ!?)

 声の主は、久々知大成(くくちたいせい)上坂部葉月(かみさかべはづき)
 オレが通う市浜(いちはま)高校2年1組の正・副委員長コンビだ。

 自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、高校生は高校生らしく、ワクドナルドやツター・バックスに行っておけば良いものを、なぜ、この店を選んだ……!?

 そんな自分自身でも理不尽だと感じる憤りを覚えながら、フカフカの座席に身を潜めていると、さっきよりも小さいながら、彼らの声が耳に入ってきた。

「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しは私のことをそういう対象として考えてくれてたの?」

「あっ……いや、その……」

「一回だけなら、見間違いかなって……私の勘違いかなって思うこともできたけど……大成(たいせい)はかカッコいいから……やっぱり、モテるよね」

「いや、モテるなんて、そんな……」

「少しの間だけだったけど……二人で委員長の仕事ができたこと、とても楽しかった。迷惑かけてゴメンね……こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」

「…………」

大成(たいせい)は、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、リッカがかわいそうだよ」

「…………」

「私のことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、声を掛けるのは控えるようにするね」

「…………」

「えへへ……彼女に告白が成功しても、報告はしてくれなくてイイからね!」

葉月(はづき)……」

「もう行って……! 私、もう少ししたら、帰るから……ちゃんと、リッカに気持ちを伝えなよ」

葉月(はづき)、ゴメン……オレ……」

(あやま)んな……バカ……」

 上坂部葉月(かみさかべはづき)がつぶやくと同時に立ち上がり、直立不動の体勢から、九十度の最敬礼の姿勢で最大限の謝罪の意志を示した我がクラスの委員長にして中心人物の筆頭男子・久々知大成(くくちたいせい)は、何かを思い立ったかのように、通学カバンを手にして、

「じゃあ、行ってくる!」

と言い残して、店を去って行った。
 
 その姿を身を隠したテーブル席の影から確認したオレは、

(あいつ、レジに寄らなかった気がするけど、支払いはどうすんだ?)

と思いながら、息を潜めて立ち上がる。
 その体勢から、高校生活で身につけた、周りの空気に溶け込んで自分の気配を消す、B2爆撃機並と称される()()()()のステルス特性を活かしつつ、上坂部葉月(かみさかべはづき)の座る席から死角になる動線を選んでトイレに急ぐことにした。

★   ★   ★   ★

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「ホントに大切なのは、周りヒトたちのことを気にして、ウジウジ悩まないようにすることだと思うよ。周りの目を気にしたり、誰かに言われるから、自分の想いを簡単に手放すのっては違うんじゃないかな? |自《・》|分《・》|の《・》|世《・》|界《・》|を《・》|守《・》|る《・》強さって、そういうこと思うよ?」
 幼い日の彼女は、たしかにそう言った。
 正直なところ、自分には、難しすぎて彼女の言っていることは、良くわからない。
 それでも、こう答えないといけない気がした。
「わかった! 強くなって、いつか、キミみたいに、他の人たちを笑顔に出来るようになるから!」
「そっか! じゃあ、約束ね!」
 そう言って、少女は、小指を差し出す。
「指切りげんまん、ウソついたら、ムネリンをイ〜ジる! 指切った!」
 勝手に歌詞を変える少女に、
「ちょっと! ムネリンをイジるって、どういうこと?」
と抗議すると、彼女は、また可笑しそうにクスクスと笑い声をあげる。
 そして、彼女のこちらを真っ直ぐ見つめる瞳に、吸い込まれてしまいそうな感覚を覚えた。
 そのとき、保育園の年長組の部屋の窓際では、換気のために開け放たれた窓から、まだ寒さの残る季節の冷たい風に乗って、オレンジなどの柑橘の実を思わせる爽やかで明るい香りがただよい、鼻をくすぐる。
 いま、一人の女の子を目の前にしたシチュエーションで、オレは、そんな何年も前の出来事を鮮明に思い出していた。
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 「祐一……」
 不安げな表情で、ポツリとつぶやいた目の前の少女は、こちらを見つめている。
 親の顔より見慣れた彼女の表情を曇らせてしまったのは、なによりも、自分自身の行動と選択に原因がある。
 これ以上、彼女を苦しませるわけにはいかない―――と、意を決して自らの想いを告げることにした。
 ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが―――
 ・ぼ、僕はずっと前から志穂子のことが―――
 選択肢を選んでください。
 ⇨ ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが―――
 カーソルで選んだセリフが点滅すると同時に、志穂子の表情は、さらに曇り、泣き出す寸前になっている。
「どうして―――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが……彼女が居るってこと……」
「志穂子……」
「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しはわたしのこと……」
「いや、その……」
「えへへ……一回だけなら、見間違いかなって……わたしの勘違いかなって済ませただろうけど……祐一はかっこいいから……やっぱり、モテるよね」
 その切なげな表情を見つめたまま、何も言葉を発することのできない自分に向かって、彼女は言葉を続ける。
「少しの間だけだったけど……恋人みたいで嬉しかったよ。迷惑かけてゴメンね。こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」
「…………」
「祐一は、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、綾辻さんがかわいそうだよ」
「…………」
「わたしのことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、なるべく声を掛けないようにするね」
「…………」
「えへへ……彼女のことは、紹介してくれなくてイイからね!」
 幼馴染みは、そう言い残して走り去る―――。
「あっ! お、おい! 志穂子!」
 ―――やってしまった……最悪の形で志穂子のことを傷つけてしまった……僕がフラフラしてたせいで……。
 ・
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 ・
 ううっ……すまない志穂子……。
 幼き日のあの日、「誰かを笑顔に出来るようになるから!」と幼なじみの少女と誓った自分は、こうして、同級生の女子生徒からも慕われるような存在になった。
 おもに、|ゲ《・》|ー《・》|ム《・》|の《・》|中《・》||の《・》|世《・》|界《・》|で《・》《・》――――――。
 涙ぐみそうになりながら、イヤホンを外したオレは、ヨネダ珈琲・|武甲之荘《むこのそう》店のテーブルに携帯ゲーム機のプレイ・フォーメーション|BETA《ベータ》をそっと置いた。
 まったく……こんなに可愛くて性格も良い幼なじみを振って、他の女子にフラフラとなびくなど、ヒドイ主人公もいたものである。いや、もちろん、今回のプレイで志穂子ではなく、綾辻さんルートを選んだのはオレ自身なのだが……。
 発売から十五年が経過した大ヒット恋愛シミュレーションゲーム『ナマガミ』のシナリオの素晴らしさとヒロインの恋が終わってしまう《嗚咽イベント》の切なさに、あらためて胸を打たれてしまった。
 大丈夫、ちゃんとルート分岐直前のセーブデータを残しているので、次回のプレイ(おそらく明日の放課後になるだろう)では、志穂子、|君《きみ》を幸せにしよう……。
 そう心に誓って、これから始まる綾辻さんルートのイチャイチャ描写に対する期待に胸を膨らませながら、シナリオが一段落したことで、オレはトイレに立つことにする。
 自分の通う高校から、私鉄電車の駅で二つ離れたこの喫茶店を利用する同級生が居ないことは、一年以上の高校生活ですでにリサーチ済みである。
 親戚から定期的にもらうコーヒーチケットの恩恵や長居をしても責められない店内の雰囲気も含めて、自宅の近所にこうした店舗が存在してくれていることに感謝をしながら、トイレに向かうと、不意に聞き覚えのある声が耳に入った。
「|大成《たいせい》……どうして―――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが居るってこと……」
「|葉月《はづき》……」
 耳に馴染みがある声だと感じたのは、一人だけではなく複数人のものだった。
 本当に、無意識に……思わず、声の主たちの方向に顔を向けた次の瞬間、オレは空席になっていたヨネダ珈琲特有のフカフカした座席に身を滑り込ませる。
(ど、どうして、この店に|久々知《くくち》と|上坂部《かみさかべ》が居るんだよ!?)
 声の主は、|久々知大成《くくちたいせい》と|上坂部葉月《かみさかべはづき》。
 オレが通う|市浜《いちはま》高校2年1組の正・副委員長コンビだ。
 自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、高校生は高校生らしく、ワクドナルドやツター・バックスに行っておけば良いものを、なぜ、この店を選んだ……!?
 そんな自分自身でも理不尽だと感じる憤りを覚えながら、フカフカの座席に身を潜めていると、さっきよりも小さいながら、彼らの声が耳に入ってきた。
「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しは私のことをそういう対象として考えてくれてたの?」
「あっ……いや、その……」
「一回だけなら、見間違いかなって……私の勘違いかなって思うこともできたけど……|大成《たいせい》はかカッコいいから……やっぱり、モテるよね」
「いや、モテるなんて、そんな……」
「少しの間だけだったけど……二人で委員長の仕事ができたこと、とても楽しかった。迷惑かけてゴメンね……こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」
「…………」
「|大成《たいせい》は、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、リッカがかわいそうだよ」
「…………」
「私のことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、声を掛けるのは控えるようにするね」
「…………」
「えへへ……彼女に告白が成功しても、報告はしてくれなくてイイからね!」
「|葉月《はづき》……」
「もう行って……! 私、もう少ししたら、帰るから……ちゃんと、リッカに気持ちを伝えなよ」
「|葉月《はづき》、ゴメン……オレ……」
「|謝《あやま》んな……バカ……」
 |上坂部葉月《かみさかべはづき》がつぶやくと同時に立ち上がり、直立不動の体勢から、九十度の最敬礼の姿勢で最大限の謝罪の意志を示した我がクラスの委員長にして中心人物の筆頭男子・|久々知大成《くくちたいせい》は、何かを思い立ったかのように、通学カバンを手にして、
「じゃあ、行ってくる!」
と言い残して、店を去って行った。
 その姿を身を隠したテーブル席の影から確認したオレは、
(あいつ、レジに寄らなかった気がするけど、支払いはどうすんだ?)
と思いながら、息を潜めて立ち上がる。
 その体勢から、高校生活で身につけた、周りの空気に溶け込んで自分の気配を消す、B2爆撃機並と称される|非《・》|リ《・》|ア《・》|充《・》のステルス特性を活かしつつ、|上坂部葉月《かみさかべはづき》の座る席から死角になる動線を選んでトイレに急ぐことにした。
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第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
登場人物の言動に共感やツッコミがありましたら、応援やコメントをお願いします。
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