6話 竜人流でいこう

ー/ー







 学園の待合室など知ったことか。
 俺は道中見かけていた魔道具店内で精霊を閉じ込めるためのマジックアイテムを探していた。
 ここまでの移動は疲れるのでラッキーに跨って来たが、目立たないように建物の陰で待機させている。

 外装はお粗末だが、記憶によると質の良いマジックアイテム店はこの〈蜘蛛の巣〉をおいて他にないらしい。

 店内は古びた木棚と使い古された書籍の匂いが混じり、独特の古臭い香りで気分が悪くなった。
 それに目をつぶればかなり使えそうな魔道具が並んでいる。傷を癒すポーションは当然として、魔獣を捕らえるための麻痺作用がある巻物(スクロール)まで並べてある。
 色々と目移りしていると、目的の品が見つかった。

「お、これいいな。そこの人間!」
「は?」

 また竜人のつもりで話してしまった。訝しがる中年の店主を前に咳払いをし、極力スミレになったつもりで役に入る。

「……これが欲しいんですが」
「……ピクシーケージですね。一万セルになります」
「いちまんせる?」
「ええ。お値段一万セルです」
「まさか金取るのか!?」
「そりゃあ商売なんだから当然だろ」

(そうだった。人間はコインで物の交渉をするんだった)

 思わず額に手を当てた。
 竜人の頃はみんな親切で、種族問わず指さしたものは無条件に譲ってくれたのに。
 人間同士だとこうも融通がきかないのか。
 位の高い者にはダンジョンの魔鉱石を渡せば手に入らなかったものはなかった。それも今となっては使えない手段であるが。

「また学園の奴かと思ったらやっぱり冷やかしか。買わないなら帰ってくれ。今商売どころじゃないんだ」
「何かあったんですか?」
「白々しい。裏手の源泉――ポーション井戸が変なもので塞がれたんだよ」

 白々しい?
 こいつ、なぜか俺が悪いことをしたような目で見てくるな。

「その言いようだと、誰に塞がれたのか検討がついてそうですね?」
「あいにく証拠がないが、学園の悪ガキだろうさ。前に金髪を刈り上げた男から言いがかりをされてな。それからすぐに井戸で異変があったんだよ」

 やっぱり学園の生徒とトラブルがあったのか。聞いたところだとブラッカの奴しか思い当たらないな。
 俺への当たりが強いのは、このローブが学園の貸与物だからだろう。

「本当なら学園に直談判したいところだが、かなり遠いうえに、俺が店を留守にしたらまた誰かにイタズラされかねない。あんたもそこの生徒だろ? 悪いが学園の奴に良い印象がないから帰ってくれ」
「それって学園の悪ガキが悪いんですよね? そいつの風評被害で俺まで悪者にされるのは納得できない。――で、その井戸ってのは塞がれただけでそんなに困るものなんですか?」
「そりゃそうさ。売り物の大半はこの井戸の汲み水から作ってるんだから。魔力の源泉だよ。一日使えないだけで十万セルの赤字さ」

 ほう? 魔力の源泉か。
 店主の力ない表情を見るにかなり深刻な事態らしい。
 しかも恐らくブラッカの奴のせいで俺のマジックアイテムが手に入らない可能性もあるわけだ。本当に邪魔しかしないなあいつ。

「人間殿」
「ムドーだ」
「ムドー殿。俺がその井戸をなんとかしたら、そのうん十万って価値がまた生まれるわけですね?」
「できもしないことを――」
「できるさ」

 俺にはできる確信がある。
 前世が竜人だったからだけではない。この体の欠陥に気付いていて、その解決法を知っているからだ。
 つまり、俺の相棒――精霊から離れさえすればいい。
 なぜか精霊が主人の魔力行使を妨害していることは身をもって体験済みだ。
 だから、店長にカマをかけてみた。

「そもそもその檻、本当に使えるのか?」
「俺の商売にケチつけるつもりか?」
「使ったことないものを掴まされる身にもなってくれ。高い金払って不良品でしたなんてことがあったら補償してくれるのか?」
「お前さっき金ないって言ってただろ! ったく生意気なガキだな。不良品なんて有り得ねえよ。俺が作ってるんだから」
「じゃあ試させてくれ。店の中から持ち出さないなら別に問題ないだろ? 代わりに井戸を塞いでるものってやつをなんとかしてやるよ」

 俺の提案にムドー店長がうつむいて考え込んでいると、「なんとかなるなら」などとぶつぶつ呟き、やっと目を合わせてくれた。

「そりゃまあ……そうだが、商品に傷ひとつでもつけたら買い取ってもらうぞ?」
「それでいい。じゃあこいつ、そのケージの中で預かっててくれ」

 後ろで付きまとう精霊をどうにか摘むと、ムドー店長は俺を二度見した。

「こいつぁ精霊じゃねえか。魔術を使うのに欠かせないっていう――ほら、ある意味魔女の命だろ?」
「この商品もムドーさんの命じゃないのか? 商品保証としては釣り合ってると思うが」

 そこまで言って、ムドー店長も他に出来ることがないと分かったのか、頷いた。

「わかった。でも一時間だ。それ以上は営業に支障が出るから本当に出ていってもらう」
「いいさ。さほど時間はかけないから心配しないでくれ」
「ああ。あとお前しれっとタメ口になるのやめろ」
「ごめんなさい」

 くそ! そもそも人間にここまで親切にしてやる事なんてないんだぞ!
 スミレの体で竜人時代の話をしてやろうと思ったが、虚しいだけだからやめた。
 ひとまず嫌がる精霊をピクシーケージに押し込んで、裏手の井戸へ出た。



     ◆



「これはまた凝った障害物を作ったな。悪意の塊だ」

 裏手に出て目に入ったのは、岩のように膨れ上がり井戸を塞ぐ、紛れもない召喚物だった。
 ポップな見た目の巨大スライムと言った方がいいかもしれない。
 何も考えずにっこりしたような顔のスライムは、生命体としての機能は果たしておらず、本当に「ただでかいだけの置物」だった。

「さっそく試してみるか。魔女流の魔術とやらを」

 精霊と離れていると、体に流れる魔力が滞りなく循環しているのを感じた。やはりあの精霊が俺の邪魔をしているという仮説は正しいらしい。
 答えが分かれば単純明快な図式だが、魔女の一族ではまずこの仮説すら浮かばないのだろう。
 魔術を行使するには精霊の助けが必要不可欠という常識に囚われ続ければ、スミレは魔女としての人生を諦めるしかない。
 これも、魔の理に精通していた竜人だから察しがついただけだ。
 試しに、体内の魔力を操作してみる。

「いい感じだ。この魔力を目に集中させて――よし!」

 イメージ通り魔力が両目へ滞留し、『魔力の流れが見える』ようになる。竜人族の〈魔視〉を再現出来た。
 巨大スライムだけでなく、奴の居座る井戸の内部までよく見える。

「井戸が魔力の源泉というのは嘘じゃなかったな。気化した魔力が井戸入口まで届いて、それを吸収したスライムが魔力量に応じてでかくなる……ってところか?」

 魔力量だけで言えば竜族にも引けを取らない。まあ、自然の生成物だから比較する意味はないのだが。
 構造はわかったが、このスライムかなり厄介な性質をもってやがる。
 下からの魔力はそのまま吸い上げ、外部からの半端な攻撃にはびくともしない耐久性を誇っている。きっと外敵から身を守るマジックアイテムから着想を得て作ったのだろう。発想は褒めてやるが底意地の悪さが滲み出る逸品だった。

「かなり時間をかけて作ったように見えるが。これを作った奴はそれなりに優秀な魔女だろうな」

 つんつんとスライムをつついてみるが、力を逃がすように全身を大きく震わせる様子が本物のスライムと遜色ない反応だ。なまじデカいうえにヒンヤリしているから、つつくだけでも気持ちいい。

「かなり繊細な製法に見えるが……これをブラッカのやつが作ったとは思えないな」

 イタズラにしてはかなり手が込んでいる。
 とりあえず物理破壊は無理だな。かと言って到底移動させられる重さでも無くなっているし、破壊が最善手みたいだ。

「攻撃魔法の耐性も全身に付与されてるな」

 総合的に見ても魔術による破壊が妥当か。
 あとは、この体でどこまでのパフォーマンスが出せるかだが。

(精霊との繋がりが消えてから数分しか経っていないのに、まだ力が湧いてくる……やっぱりあのおじゃま虫が原因だったか)

 スミレの記憶では、精霊というのは魔女の一族で切っても切り離せない最高の相棒らしい。魔術を使うにしても、精霊のサポートは必要不可欠だというのだ。
 俺に言わせれば、自力で魔の(ことわり)を操作出来ない生物は二流だ。
 そう考えると、前世のスミレには精霊が付いていなかった。度し難いが、正真正銘努力だけで俺を殺した一流の魔法使いに返り咲いたわけだ。

「褒められたやり方じゃなかったが――くそ、思い出すだけで腹が立ってきた」

 過ぎたことに腹を立てても仕方ない。今はやり直しの真っ最中なのだ。
 ――全身を巡る魔力に意識を向ける。
 予想通りだ。
 精霊が堰き止めていた魔力の流れが滞りなく循環しているのを感じる。少々巡りが速い気もするが、俺にかかれば体に負担なく制御できそうだった。

「他人の体だからこの魔力に慣れないと思っていたが、なかなかどうしてしっくりくるな。人間にも適応できるとは、さすが俺だ」

 試しに右手をスライムへ向けてみる。
 魔女の一族と竜人族では魔術の使い方が全くと言っていいほど異なる。人間が魔の力を使おうとすると、割と複雑なプロセスを踏んで魔術起動をさせるものだ。
 そんな面倒なやり方、俺には合わない。

「経験に物言わせればなんとかなるだろ」

 スライムの真後ろに立ち、手を当てて閉眼する。
 ここからは竜人流でいこう。
 このデカブツを粉々に砕いてやる。
 ――冷えた風が木々を揺する音。鳥の息遣いに、地を這う虫の脈動。
 全て感じ取れる。
 魔力の波を介して、この場に居合わせる全ての行動、現象が手に取るようにわかった。
 そして、巨大スライムの脆弱な部分を見極める。

「見つけたぞ。贋作め」

 にやける顔が止められない。魔力を操作するのがこんなに楽しいと感じるのは一体いつぶりだろうか。
 触れる右腕がスライムの核と直線で結ばれる。あとは、魔術を起動するだけだ。
 魔力が思い通りに巡り、右腕から掌へ集約する。

「いいぞ。思った通りだ」

 ――実の所、今の魔力量では魔術を発動できてもこいつを破壊する威力は出せない。
 だから、召喚物の特徴を利用する。
 召喚物の特徴――魔界大戦で傀儡をけしかける魔人から学んだものだ。
 召喚物を召喚物たらしめる魔力(エネルギー)。これが枯渇すると、それは機能を失い停止する。
 では逆に、不純物の魔力(エネルギー)が過剰に流れ込んだら?

「内側から焼却してやる」

 実行した。
 体内で循環する魔力をスライムの表面から内側へ溶かすように流しこむ。
 井戸の源泉から吸い上げた魔力と、俺の魔力が混じり合い、スライムの中で異常反応を起こした。
 有り体にいえば、燃焼するのだ。
 結合した異種の魔力が赤く発光し、反応がスライムの中心まで到達すると、光が増幅するように膨れ上がる。
 半液状の体内が沸騰したように激しく泡立ち始めた。次の瞬間。
 ――ドォン!
 ゲル状の体内で燃焼、もとい爆発を起こした。

「……ちっ。一発じゃ無理か」

 一筋縄ではいかないと思っていたがここまでとは。
 巨大スライムは爆発の衝撃を上手く逃がしたようで、体内に滞留した煙を吐き出すように、笑った口からだらしなく煙を放出した。実にふざけた様子で、「こんな攻撃でボクを壊せるとでも?」とでも言いそうなにんまり顔が余計に腹が立つ。

「もとより一回で終わらせるつもりもないさ」

 修行だと思えばこれほどおあつらえ向きな召喚物もない。
 再度燃焼反応を起こそうとして、手のひらに魔力を込めた矢先。
 丸いフォルムで悠々と鎮座していたスライムの背中が急旋回し、にっこりとした不気味な顔がこちらを向いた。

「なんっ――」

 ――唐突に。
 非生命体だと思っていたスライムが動いた。
 スライムの大口が開いた途端、視界全てがオレンジ色に変わる。
 とてつもない息苦しさ。
 コイツに食われたのだと気づいた時には、すでに奴の腹の中だった。


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次のエピソードへ進む 7話 覚醒の予兆


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 学園の待合室など知ったことか。
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 外装はお粗末だが、記憶によると質の良いマジックアイテム店はこの〈蜘蛛の巣〉をおいて他にないらしい。
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 それに目をつぶればかなり使えそうな魔道具が並んでいる。傷を癒すポーションは当然として、魔獣を捕らえるための麻痺作用がある|巻物《スクロール》まで並べてある。
 色々と目移りしていると、目的の品が見つかった。
「お、これいいな。そこの人間!」
「は?」
 また竜人のつもりで話してしまった。訝しがる中年の店主を前に咳払いをし、極力スミレになったつもりで役に入る。
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「いちまんせる?」
「ええ。お値段一万セルです」
「まさか金取るのか!?」
「そりゃあ商売なんだから当然だろ」
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 人間同士だとこうも融通がきかないのか。
 位の高い者にはダンジョンの魔鉱石を渡せば手に入らなかったものはなかった。それも今となっては使えない手段であるが。
「また学園の奴かと思ったらやっぱり冷やかしか。買わないなら帰ってくれ。今商売どころじゃないんだ」
「何かあったんですか?」
「白々しい。裏手の源泉――ポーション井戸が変なもので塞がれたんだよ」
 白々しい?
 こいつ、なぜか俺が悪いことをしたような目で見てくるな。
「その言いようだと、誰に塞がれたのか検討がついてそうですね?」
「あいにく証拠がないが、学園の悪ガキだろうさ。前に金髪を刈り上げた男から言いがかりをされてな。それからすぐに井戸で異変があったんだよ」
 やっぱり学園の生徒とトラブルがあったのか。聞いたところだとブラッカの奴しか思い当たらないな。
 俺への当たりが強いのは、このローブが学園の貸与物だからだろう。
「本当なら学園に直談判したいところだが、かなり遠いうえに、俺が店を留守にしたらまた誰かにイタズラされかねない。あんたもそこの生徒だろ? 悪いが学園の奴に良い印象がないから帰ってくれ」
「それって学園の悪ガキが悪いんですよね? そいつの風評被害で俺まで悪者にされるのは納得できない。――で、その井戸ってのは塞がれただけでそんなに困るものなんですか?」
「そりゃそうさ。売り物の大半はこの井戸の汲み水から作ってるんだから。魔力の源泉だよ。一日使えないだけで十万セルの赤字さ」
 ほう? 魔力の源泉か。
 店主の力ない表情を見るにかなり深刻な事態らしい。
 しかも恐らくブラッカの奴のせいで俺のマジックアイテムが手に入らない可能性もあるわけだ。本当に邪魔しかしないなあいつ。
「人間殿」
「ムドーだ」
「ムドー殿。俺がその井戸をなんとかしたら、そのうん十万って価値がまた生まれるわけですね?」
「できもしないことを――」
「できるさ」
 俺にはできる確信がある。
 前世が竜人だったからだけではない。この体の欠陥に気付いていて、その解決法を知っているからだ。
 つまり、俺の相棒――精霊から離れさえすればいい。
 なぜか精霊が主人の魔力行使を妨害していることは身をもって体験済みだ。
 だから、店長にカマをかけてみた。
「そもそもその檻、本当に使えるのか?」
「俺の商売にケチつけるつもりか?」
「使ったことないものを掴まされる身にもなってくれ。高い金払って不良品でしたなんてことがあったら補償してくれるのか?」
「お前さっき金ないって言ってただろ! ったく生意気なガキだな。不良品なんて有り得ねえよ。俺が作ってるんだから」
「じゃあ試させてくれ。店の中から持ち出さないなら別に問題ないだろ? 代わりに井戸を塞いでるものってやつをなんとかしてやるよ」
 俺の提案にムドー店長がうつむいて考え込んでいると、「なんとかなるなら」などとぶつぶつ呟き、やっと目を合わせてくれた。
「そりゃまあ……そうだが、商品に傷ひとつでもつけたら買い取ってもらうぞ?」
「それでいい。じゃあこいつ、そのケージの中で預かっててくれ」
 後ろで付きまとう精霊をどうにか摘むと、ムドー店長は俺を二度見した。
「こいつぁ精霊じゃねえか。魔術を使うのに欠かせないっていう――ほら、ある意味魔女の命だろ?」
「この商品もムドーさんの命じゃないのか? 商品保証としては釣り合ってると思うが」
 そこまで言って、ムドー店長も他に出来ることがないと分かったのか、頷いた。
「わかった。でも一時間だ。それ以上は営業に支障が出るから本当に出ていってもらう」
「いいさ。さほど時間はかけないから心配しないでくれ」
「ああ。あとお前しれっとタメ口になるのやめろ」
「ごめんなさい」
 くそ! そもそも人間にここまで親切にしてやる事なんてないんだぞ!
 スミレの体で竜人時代の話をしてやろうと思ったが、虚しいだけだからやめた。
 ひとまず嫌がる精霊をピクシーケージに押し込んで、裏手の井戸へ出た。
     ◆
「これはまた凝った障害物を作ったな。悪意の塊だ」
 裏手に出て目に入ったのは、岩のように膨れ上がり井戸を塞ぐ、紛れもない召喚物だった。
 ポップな見た目の巨大スライムと言った方がいいかもしれない。
 何も考えずにっこりしたような顔のスライムは、生命体としての機能は果たしておらず、本当に「ただでかいだけの置物」だった。
「さっそく試してみるか。魔女流の魔術とやらを」
 精霊と離れていると、体に流れる魔力が滞りなく循環しているのを感じた。やはりあの精霊が俺の邪魔をしているという仮説は正しいらしい。
 答えが分かれば単純明快な図式だが、魔女の一族ではまずこの仮説すら浮かばないのだろう。
 魔術を行使するには精霊の助けが必要不可欠という常識に囚われ続ければ、スミレは魔女としての人生を諦めるしかない。
 これも、魔の理に精通していた竜人だから察しがついただけだ。
 試しに、体内の魔力を操作してみる。
「いい感じだ。この魔力を目に集中させて――よし!」
 イメージ通り魔力が両目へ滞留し、『魔力の流れが見える』ようになる。竜人族の〈魔視〉を再現出来た。
 巨大スライムだけでなく、奴の居座る井戸の内部までよく見える。
「井戸が魔力の源泉というのは嘘じゃなかったな。気化した魔力が井戸入口まで届いて、それを吸収したスライムが魔力量に応じてでかくなる……ってところか?」
 魔力量だけで言えば竜族にも引けを取らない。まあ、自然の生成物だから比較する意味はないのだが。
 構造はわかったが、このスライムかなり厄介な性質をもってやがる。
 下からの魔力はそのまま吸い上げ、外部からの半端な攻撃にはびくともしない耐久性を誇っている。きっと外敵から身を守るマジックアイテムから着想を得て作ったのだろう。発想は褒めてやるが底意地の悪さが滲み出る逸品だった。
「かなり時間をかけて作ったように見えるが。これを作った奴はそれなりに優秀な魔女だろうな」
 つんつんとスライムをつついてみるが、力を逃がすように全身を大きく震わせる様子が本物のスライムと遜色ない反応だ。なまじデカいうえにヒンヤリしているから、つつくだけでも気持ちいい。
「かなり繊細な製法に見えるが……これをブラッカのやつが作ったとは思えないな」
 イタズラにしてはかなり手が込んでいる。
 とりあえず物理破壊は無理だな。かと言って到底移動させられる重さでも無くなっているし、破壊が最善手みたいだ。
「攻撃魔法の耐性も全身に付与されてるな」
 総合的に見ても魔術による破壊が妥当か。
 あとは、この体でどこまでのパフォーマンスが出せるかだが。
(精霊との繋がりが消えてから数分しか経っていないのに、まだ力が湧いてくる……やっぱりあのおじゃま虫が原因だったか)
 スミレの記憶では、精霊というのは魔女の一族で切っても切り離せない最高の相棒らしい。魔術を使うにしても、精霊のサポートは必要不可欠だというのだ。
 俺に言わせれば、自力で魔の|理《ことわり》を操作出来ない生物は二流だ。
 そう考えると、前世のスミレには精霊が付いていなかった。度し難いが、正真正銘努力だけで俺を殺した一流の魔法使いに返り咲いたわけだ。
「褒められたやり方じゃなかったが――くそ、思い出すだけで腹が立ってきた」
 過ぎたことに腹を立てても仕方ない。今はやり直しの真っ最中なのだ。
 ――全身を巡る魔力に意識を向ける。
 予想通りだ。
 精霊が堰き止めていた魔力の流れが滞りなく循環しているのを感じる。少々巡りが速い気もするが、俺にかかれば体に負担なく制御できそうだった。
「他人の体だからこの魔力に慣れないと思っていたが、なかなかどうしてしっくりくるな。人間にも適応できるとは、さすが俺だ」
 試しに右手をスライムへ向けてみる。
 魔女の一族と竜人族では魔術の使い方が全くと言っていいほど異なる。人間が魔の力を使おうとすると、割と複雑なプロセスを踏んで魔術起動をさせるものだ。
 そんな面倒なやり方、俺には合わない。
「経験に物言わせればなんとかなるだろ」
 スライムの真後ろに立ち、手を当てて閉眼する。
 ここからは竜人流でいこう。
 このデカブツを粉々に砕いてやる。
 ――冷えた風が木々を揺する音。鳥の息遣いに、地を這う虫の脈動。
 全て感じ取れる。
 魔力の波を介して、この場に居合わせる全ての行動、現象が手に取るようにわかった。
 そして、巨大スライムの脆弱な部分を見極める。
「見つけたぞ。贋作め」
 にやける顔が止められない。魔力を操作するのがこんなに楽しいと感じるのは一体いつぶりだろうか。
 触れる右腕がスライムの核と直線で結ばれる。あとは、魔術を起動するだけだ。
 魔力が思い通りに巡り、右腕から掌へ集約する。
「いいぞ。思った通りだ」
 ――実の所、今の魔力量では魔術を発動できてもこいつを破壊する威力は出せない。
 だから、召喚物の特徴を利用する。
 召喚物の特徴――魔界大戦で傀儡をけしかける魔人から学んだものだ。
 召喚物を召喚物たらしめる|魔力《エネルギー》。これが枯渇すると、それは機能を失い停止する。
 では逆に、不純物の|魔力《エネルギー》が過剰に流れ込んだら?
「内側から焼却してやる」
 実行した。
 体内で循環する魔力をスライムの表面から内側へ溶かすように流しこむ。
 井戸の源泉から吸い上げた魔力と、俺の魔力が混じり合い、スライムの中で異常反応を起こした。
 有り体にいえば、燃焼するのだ。
 結合した異種の魔力が赤く発光し、反応がスライムの中心まで到達すると、光が増幅するように膨れ上がる。
 半液状の体内が沸騰したように激しく泡立ち始めた。次の瞬間。
 ――ドォン!
 ゲル状の体内で燃焼、もとい爆発を起こした。
「……ちっ。一発じゃ無理か」
 一筋縄ではいかないと思っていたがここまでとは。
 巨大スライムは爆発の衝撃を上手く逃がしたようで、体内に滞留した煙を吐き出すように、笑った口からだらしなく煙を放出した。実にふざけた様子で、「こんな攻撃でボクを壊せるとでも?」とでも言いそうなにんまり顔が余計に腹が立つ。
「もとより一回で終わらせるつもりもないさ」
 修行だと思えばこれほどおあつらえ向きな召喚物もない。
 再度燃焼反応を起こそうとして、手のひらに魔力を込めた矢先。
 丸いフォルムで悠々と鎮座していたスライムの背中が急旋回し、にっこりとした不気味な顔がこちらを向いた。
「なんっ――」
 ――唐突に。
 非生命体だと思っていたスライムが動いた。
 スライムの大口が開いた途端、視界全てがオレンジ色に変わる。
 とてつもない息苦しさ。
 コイツに食われたのだと気づいた時には、すでに奴の腹の中だった。