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9話 夜狐を殺したぜ

ー/ー






「また会おうぜ妖精女王(ティターニア)。生きていればな」
「待て!」

 弾道(スペツナズ)ナイフを射出するが一歩届かない。
 巨大な蛇が横から飛び出してブレードを弾いた。そのままアルニスタを呑み込むと、焼き菓子を砕くように容易く地を穿ち、地中深くへと消えていった。

「やられた……!」
「今のがアルニスタだな。規格外の怪物といい、あいつは何をしたんだ」
「初めは……彼はスタクを兵器モデルにする腹積りだと思っていました。でも、違うようです」

 巨大な花の機人は禍々(まがまが)しい産声をあげてから微動だにしない。
 アルニスタは「機械細胞の花粉」と言っていた。
 おそらく「機人の卵殻(マシーナシェル)」と無関係では無いだろう。
 それにしても。
 なぜわざわざスタクから引き剥がして暴走させた?
 機人化した状態では目的達成に不十分だったのか?
 考えている間にも、狐面の視界に映し出された被害状況は悪い方向へ加速している。
 シュテインリッヒ国全域で発生している機人モドキの生産量も、その速度も尋常ではない。
 リーレニカは混沌とした事態でなんとか言葉を発そうとしたが、割と希望とは遠い考えしか出なかった。

「こうなった以上……もはや、何が起きても不思議ではありません」


     ****


「俺のせいだ……」

 リーレニカの隣で、スタクは青白い顔で地面を見つめていた。

「自分を責めないでください」
「責めるなだと? 俺は死のうと思えばいつでも死ねたんだ! それを……我が身可愛さに今のいままで先延ばしにした」
「それは自分のためだけじゃないでしょう。ソフィア嬢のことを思ったのではないですか?」
「俺は一方的に彼女を救いたかっただけだ。……ただのエゴだ」
「でも結果的にソフィア嬢を救ったじゃないですか」
「救った……?」

 スタクは立ち上がると、口を震わせて乱暴にリーレニカの胸ぐらを掴んだ。
 喚きながら遠くの化物を指差す。

「救っただと⁉︎ あれを見ろ! これから何が始まるかわかってるのか!」

 子供が駄々をこねるように、スタクは何の解決にもならないことを訴える。

「一方的な虐殺だ! ソフィアだってあいつに殺されるかもしれない。スラムの子供だって……!」

 あの巨大な怪物からすれば、自分たちはそこらの蟻と等しい。何かの拍子に歩き出せば、大勢の命が踏み潰されるのだろう。
 スタクはそういうことを予感したのか、泣きつくように膝から崩れ落ちた。

「あの時……! 俺が死んでいればこうはなっていなかったんだ!」

 ――どいつもこいつも。

「どうして――自分をそんなに粗末に扱えるの?」

 蝶の耳飾りに触れる。
 何か信号を飛ばすように発光すると、どこからか激しい駆動音を鳴らして棺桶が走ってきた。
 運送屋――シビィ社長の本稼働製品。四輪駆動の棺桶。
 自走箱(オートボット)だった。
 棺桶は車輪から押し上げられるように傾くと、蓋を開けて場違いな自動音声を発した。

『シビィ・デリバリーヲゴ利用頂キアリガトウゴザイマス! 商品ヲ入レテクダサイー』

 間の抜けた声がかけられると、スタクを棺桶に蹴り入れ、使い古した弾道(スペツナズ)ナイフを放り渡した。

「そこまで死にたいなら好きにすればいい! その中でよく考えて、自分の意思で決めろ!」

 蹴り入れると勢いよく閉まり、『発送シマス』と、どこかへ走り去ってしまった。
 あの箱は盗難防止用に外装を強化している。大型の化物でない限り簡単にはやられないはずだ。

「リーレニカ……思ったより乱暴だな」

 剣鬼が呆れたように眉を下げた。


     ****


 コウモリスカートが市街地を疾走する。

「ああ、もうッ」

 道中で夜狐の仮面を起動し、漆黒の影を纏ったリーレニカは苛立ちを隠せなかった。
 目についた機人モドキをナイフで葬りながら、アルニスタの反応を追う。
 場所を移したアルニスタと、圧倒的な存在感を放つ巨大な花の怪物。怪物への対応者は自然と集まるだろうが、半端な実力では逆効果だ。
 そしてアルニスタへ急行できる人間はリーレニカ、またはファナリスのどちらかしかいない。

 ――ファナリスと別れる前、彼と交わした会話を思い返す。

『これで終わるとは思えません。私はアルニスタを食い止めます。ファナリスさんは……』
『あの怪物を斬り伏せよう』

 すぐに絶大な被害を生むのは怪物の方だ。ファナリスの意思も固まっていたらしい。

『だがキミ一人では』
『アルニスタは私を狙っていました。何を隠し持っているかわかりません。下手に大勢で叩くよりは、時間を稼げるはずです』
『……わかった。だが無茶はするな。他の兵士は市民の保護で手が空かない。何より、奴を捕らえるのは我々の仕事だ』

 そう言ってくれはしたものの、捕らえるなんて生易しい考えでは奴を止められないだろう。
 やがて反応のある地点まで辿り着くと、そこはオーロレイツ劇場の隣接エリア――中央広場だった。
 アルニスタが嫌な笑みを浮かべている。

「まさかブリアーレイスを放置して来たのか?」
「いいえ。信頼のおける騎士に任せました」
「剣鬼か。何をしたって無駄なのにな。どうせ全員死ぬんだ」
「……他国にスカルデュラ家の兵器を見せつけるつもり?」
「おいおい、アレで完成だと思ってるのか? おめでたいやつだ。――ダメ押しはここからさ」

 アルニスタは乱暴な態度で言った。何か隠し球を待っているのか。
 確かに怪物は離れた位置に出現し、雄叫びを上げてから微動だにしていない。
 そもそもアルニスタの起動句で出現したのだ。止め方も理解しているはず。
 すると、

「待たせたなリーダー」

 血の気の多い女の声が近づいてくる。
 オレンジ色の髪。街には似合わない水着パーカーの奇抜な格好。ベレッタ・レバレッティだった。
 おかしい。
 リーレニカがベレッタを見て目を泳がせる。
 なぜここに居るのかと。
 まさかレイヴンを――騎士団長を倒したのか?

「ふん、噂をすれば」
「あんたの言ってた夜狐。殺してきたぜ」

 ベレッタの言葉に、眉間に力が入る。
 ――今なんと言った?
 リーレニカの表情に構わず、ベレッタは「ほら」と突き出す。
 赤黒い血で濡れた狐の仮面――ベータの登録反応。
 ソフィアの仮面だった。

「ソフィアに……何をした!」

 熱くなって飛び出す。
 途端、リーレニカの横腹を衝撃が捉え、地面に押し倒された。
 衝撃の正体が姿を表す――透明な大蛇がリーレニカごと地面に食らいついていた。
 強烈な咬合(こうごう)(りょく)は、かろうじてリーレニカを噛み砕くことはなかったが、地面ごと(はりつけ)にするように拘束されてしまう。
 もがきながら、ベレッタを睨んだ。

「この……! お前ッッ」
「なーに熱くなってんだよ。頼まれた依頼をこなすのが賞金稼ぎの仕事なの」

 ベレッタは手をひらひらとさせてリーレニカを一蹴した。
 アルニスタは仮面を見ると残念そうに肩を落とした。

「すこしタイミングが遅かったな。待ちきれずに収穫してしまった」
「はあ? 頭金もらってるが言われた仕事はしたんだぜ? 旦那が早とちりしただけなんだから、依頼料くらい払ってくれよな」
「わかってるさ。だが後にしろ。いいところなんだ」

 アルニスタは捕縛したリーレニカを見て、邪悪な蛇のように笑っている。
 意外なことにベレッタは引き下がらなかった。

「いーや今くれ。好き放題やって未払いで逃げられたんじゃたまったもんじゃねえからな」
「……仕方ないな。ほら」
「へへ……サンキュー」

 ため息をついたアルニスタが、懐から金貨の詰まった布袋を差し出す。近づきながら報酬に笑いを堪えられない様子のベレッタが、ふとこちらを見た。

「えっ……?」

 リーレニカがベレッタの口を見て虚をつかれたように声を漏らす。
 確かにあの女はこう言った。
 ――〝()()()()〟と。

 次の瞬間。
 アルニスタ目掛け、灼熱の一撃が煌々と炸裂した。


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「待て!」
 |弾道《スペツナズ》ナイフを射出するが一歩届かない。
 巨大な蛇が横から飛び出してブレードを弾いた。そのままアルニスタを呑み込むと、焼き菓子を砕くように容易く地を穿ち、地中深くへと消えていった。
「やられた……!」
「今のがアルニスタだな。規格外の怪物といい、あいつは何をしたんだ」
「初めは……彼はスタクを兵器モデルにする腹積りだと思っていました。でも、違うようです」
 巨大な花の機人は|禍々《まがまが》しい産声をあげてから微動だにしない。
 アルニスタは「機械細胞の花粉」と言っていた。
 おそらく「|機人の卵殻《マシーナシェル》」と無関係では無いだろう。
 それにしても。
 なぜわざわざスタクから引き剥がして暴走させた?
 機人化した状態では目的達成に不十分だったのか?
 考えている間にも、狐面の視界に映し出された被害状況は悪い方向へ加速している。
 シュテインリッヒ国全域で発生している機人モドキの生産量も、その速度も尋常ではない。
 リーレニカは混沌とした事態でなんとか言葉を発そうとしたが、割と希望とは遠い考えしか出なかった。
「こうなった以上……もはや、何が起きても不思議ではありません」
     ****
「俺のせいだ……」
 リーレニカの隣で、スタクは青白い顔で地面を見つめていた。
「自分を責めないでください」
「責めるなだと? 俺は死のうと思えばいつでも死ねたんだ! それを……我が身可愛さに今のいままで先延ばしにした」
「それは自分のためだけじゃないでしょう。ソフィア嬢のことを思ったのではないですか?」
「俺は一方的に彼女を救いたかっただけだ。……ただのエゴだ」
「でも結果的にソフィア嬢を救ったじゃないですか」
「救った……?」
 スタクは立ち上がると、口を震わせて乱暴にリーレニカの胸ぐらを掴んだ。
 喚きながら遠くの化物を指差す。
「救っただと⁉︎ あれを見ろ! これから何が始まるかわかってるのか!」
 子供が駄々をこねるように、スタクは何の解決にもならないことを訴える。
「一方的な虐殺だ! ソフィアだってあいつに殺されるかもしれない。スラムの子供だって……!」
 あの巨大な怪物からすれば、自分たちはそこらの蟻と等しい。何かの拍子に歩き出せば、大勢の命が踏み潰されるのだろう。
 スタクはそういうことを予感したのか、泣きつくように膝から崩れ落ちた。
「あの時……! 俺が死んでいればこうはなっていなかったんだ!」
 ――どいつもこいつも。
「どうして――自分をそんなに粗末に扱えるの?」
 蝶の耳飾りに触れる。
 何か信号を飛ばすように発光すると、どこからか激しい駆動音を鳴らして棺桶が走ってきた。
 運送屋――シビィ社長の本稼働製品。四輪駆動の棺桶。
 |自走箱《オートボット》だった。
 棺桶は車輪から押し上げられるように傾くと、蓋を開けて場違いな自動音声を発した。
『シビィ・デリバリーヲゴ利用頂キアリガトウゴザイマス! 商品ヲ入レテクダサイー』
 間の抜けた声がかけられると、スタクを棺桶に蹴り入れ、使い古した|弾道《スペツナズ》ナイフを放り渡した。
「そこまで死にたいなら好きにすればいい! その中でよく考えて、自分の意思で決めろ!」
 蹴り入れると勢いよく閉まり、『発送シマス』と、どこかへ走り去ってしまった。
 あの箱は盗難防止用に外装を強化している。大型の化物でない限り簡単にはやられないはずだ。
「リーレニカ……思ったより乱暴だな」
 剣鬼が呆れたように眉を下げた。
     ****
 コウモリスカートが市街地を疾走する。
「ああ、もうッ」
 道中で夜狐の仮面を起動し、漆黒の影を纏ったリーレニカは苛立ちを隠せなかった。
 目についた機人モドキをナイフで葬りながら、アルニスタの反応を追う。
 場所を移したアルニスタと、圧倒的な存在感を放つ巨大な花の怪物。怪物への対応者は自然と集まるだろうが、半端な実力では逆効果だ。
 そしてアルニスタへ急行できる人間はリーレニカ、またはファナリスのどちらかしかいない。
 ――ファナリスと別れる前、彼と交わした会話を思い返す。
『これで終わるとは思えません。私はアルニスタを食い止めます。ファナリスさんは……』
『あの怪物を斬り伏せよう』
 すぐに絶大な被害を生むのは怪物の方だ。ファナリスの意思も固まっていたらしい。
『だがキミ一人では』
『アルニスタは私を狙っていました。何を隠し持っているかわかりません。下手に大勢で叩くよりは、時間を稼げるはずです』
『……わかった。だが無茶はするな。他の兵士は市民の保護で手が空かない。何より、奴を捕らえるのは我々の仕事だ』
 そう言ってくれはしたものの、捕らえるなんて生易しい考えでは奴を止められないだろう。
 やがて反応のある地点まで辿り着くと、そこはオーロレイツ劇場の隣接エリア――中央広場だった。
 アルニスタが嫌な笑みを浮かべている。
「まさかブリアーレイスを放置して来たのか?」
「いいえ。信頼のおける騎士に任せました」
「剣鬼か。何をしたって無駄なのにな。どうせ全員死ぬんだ」
「……他国にスカルデュラ家の兵器を見せつけるつもり?」
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 アルニスタは乱暴な態度で言った。何か隠し球を待っているのか。
 確かに怪物は離れた位置に出現し、雄叫びを上げてから微動だにしていない。
 そもそもアルニスタの起動句で出現したのだ。止め方も理解しているはず。
 すると、
「待たせたなリーダー」
 血の気の多い女の声が近づいてくる。
 オレンジ色の髪。街には似合わない水着パーカーの奇抜な格好。ベレッタ・レバレッティだった。
 おかしい。
 リーレニカがベレッタを見て目を泳がせる。
 なぜここに居るのかと。
 まさかレイヴンを――騎士団長を倒したのか?
「ふん、噂をすれば」
「あんたの言ってた夜狐。殺してきたぜ」
 ベレッタの言葉に、眉間に力が入る。
 ――今なんと言った?
 リーレニカの表情に構わず、ベレッタは「ほら」と突き出す。
 赤黒い血で濡れた狐の仮面――ベータの登録反応。
 ソフィアの仮面だった。
「ソフィアに……何をした!」
 熱くなって飛び出す。
 途端、リーレニカの横腹を衝撃が捉え、地面に押し倒された。
 衝撃の正体が姿を表す――透明な大蛇がリーレニカごと地面に食らいついていた。
 強烈な|咬合《こうごう》|力《りょく》は、かろうじてリーレニカを噛み砕くことはなかったが、地面ごと|磔《はりつけ》にするように拘束されてしまう。
 もがきながら、ベレッタを睨んだ。
「この……! お前ッッ」
「なーに熱くなってんだよ。頼まれた依頼をこなすのが賞金稼ぎの仕事なの」
 ベレッタは手をひらひらとさせてリーレニカを一蹴した。
 アルニスタは仮面を見ると残念そうに肩を落とした。
「すこしタイミングが遅かったな。待ちきれずに収穫してしまった」
「はあ? 頭金もらってるが言われた仕事はしたんだぜ? 旦那が早とちりしただけなんだから、依頼料くらい払ってくれよな」
「わかってるさ。だが後にしろ。いいところなんだ」
 アルニスタは捕縛したリーレニカを見て、邪悪な蛇のように笑っている。
 意外なことにベレッタは引き下がらなかった。
「いーや今くれ。好き放題やって未払いで逃げられたんじゃたまったもんじゃねえからな」
「……仕方ないな。ほら」
「へへ……サンキュー」
 ため息をついたアルニスタが、懐から金貨の詰まった布袋を差し出す。近づきながら報酬に笑いを堪えられない様子のベレッタが、ふとこちらを見た。
「えっ……?」
 リーレニカがベレッタの口を見て虚をつかれたように声を漏らす。
 確かにあの女はこう言った。
 ――〝|ブ《・》|ラ《・》|ス《・》|ト《・》〟と。
 次の瞬間。
 アルニスタ目掛け、灼熱の一撃が煌々と炸裂した。