表示設定
表示設定
目次 目次




ep.81 人形師の問いかけ

ー/ー



 自動扉を潜り外に出るとすっかり日が暮れていた。

(っち、ほとんど待ち時間でつぶれちまったな)

 オレはギルドを後にした後、そのまま家には向かわず、あえて遠回りとなるルートを選んで帰ることに決める。別に見物がしたいわけじゃない。ここらは庭みたいなものだ。改めて歩き回って楽しいような発見は一つもないだろう。

「おい、出て来いよ」

 返事はない。辺りは静寂に包まれたままだった。

「無視するなよ。出づらいと思って人気は撒いてやったんだ。クールに返せよ」

 再度誰もいない闇に向かって声をかける。

「へえ、面白いねアナタ。ちゃんと気づいてくれるなんて、うふふふ」

 暫くすると物陰からゆっくりと少女が現れる。腰まで伸びたゴールドアッシュの髪、小柄な体躯には大きすぎる服。それは数奇なる人形師、タルトレット・アニエスだった。

「誰だ、おめえ」

 小柄な女が無防備に距離を詰めてくる。それだけでも異常な出来事だ。

(一瞬、魔獣(マインドイーター)かなんかかと考えたが、女しか狙わないんだったな。真意は分からねえが、下手に刺激するべきじゃないか)

 戦闘になるのであれば、自身が最も動ける距離をキープし続けるのが基本だ。つまり、詰められたなら離し、離れられたのなら詰める。そして、相手の隙を窺い、気が緩んだところを噛みつき千切れるまで放さない。
 しかし、それは警戒の合図。いうならば敵として意識をしたということ。相手がそれを理解していなくても拒絶の意思は伝わるだろう。
 なんらかの目的があってオレに近づいてきた。それは事実。なら、警戒されても面倒なだけだ。それに、戦闘に発展しても面倒だ。
 だから、オレは動かない。本能が言っている。狼の勘が工藤風太に動く必要はない。ここで彼女と戦闘を構えるのは得策じゃない、と。

「ああ、肝が据わってるのね、アナタ。あたしが近づくとみーんな後退りしちゃうのよね。それって失礼な話だと思わない?」

「知らねえよ。アンタが嫌われモンってだけじゃねえのか。んで、何の用だよ」

 じっとしているのが苦手なのか、女はゆらゆらと体を揺らしながらゆっくりと時計回りに歩く。
 後ろには逃げてくださいと言わんばかりの細い路地。地元だからその先が大通りに面しているのは理解している。逃げたきゃ逃げろということか。
 女はオレが動かないとみると、見定めるように視線で舐めまわしてきた。そんなことをされて気分が良い奴はいないだろう。だが、それはペースを握られるという事と同義だ。
 別に構わない。まだ様子を見ろ。

「あらら、怖い怖い。初対面の相手にそんな顔しちゃだめだと思うけど。それともあたしの顔、身内の誰かさんに似てたかしら?」

「もう一度だけ聞く。何の用だ」

 オレより上手だ。直感でそう感じた。最初の読みは当たったと言っていいだろう。だから、この場での戦闘は出来れば避けたいところだが、あの大きな袖に何を隠してるのか分からない以上、不用意に動くことは出来ない。
 例えばの話だが、袖の中に仕込んだ投擲武器で後退して逃げた先に、仲間が待ち受けていて挟み撃ちにするとか、通り抜けると作動するトラップのような魔装陣が仕掛けられてるとか。そんなところだろう。
 動かないではなく、動けない。
 見ず知らずの女に出合い頭に喧嘩を売られ、そのまま殺されるなど笑えない話だ。さて、この状況どうするか。

「いいね! 良い危機感よ。そして、ちゃんと前を向けてる。それで憎たらしいほどに冷静。あたしの苦手なタイプね。アナタとやり合ったらあたしは勝てないかもしれないね」

 いけしゃあしゃあと言う。

「馬鹿言えよ。どっちもまだ一枚たりともカードを切っちゃいねえんだ。テメエのそのにやけ面が曇らねえうちはジャッジの行方は判らねえよ」

「そういう部分を含めて評価してるって話よ。なんて、まあアナタと喧嘩する気は全くないけどね?」

 女は背を向けて離れていく。
 人は無防備を晒されると、一瞬でも気が緩んでしまう生き物だ。
 オレは奴の手元から目線を離さない。気を許す隙を作る気はなかった。

「ねえ、自分では敵わない相手と対峙した時、尻尾を巻いて逃げるという行為は正しいと思う?」

「……」

「もちろん、決死で挑めば勝てるかもしれないけど、もしかしたら刺し違えてしまうかもしれない。そんなリスクの中、命を張ることに意味はあると思う?」

 足を止めると女は背を向けたまま問いかける。

「逃げることはいつだって敗北者の選択だ。だが、間違ってるとも思わねえよ。勝利の条件は人それぞれだ。逃げることが勝利に繋がることもあんだろ」

「つまんない回答ね」

「……」

「まあいいわ。アナタへ声をかけた理由はね、ちっちゃな狐耳の女の子のことを知らないか、ってことを聞きたかったからなのよ」

 どこか含みのある笑みを作りながら、女はこちらに振り返りながらそう言った。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む ep.82 動揺


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 自動扉を潜り外に出るとすっかり日が暮れていた。
(っち、ほとんど待ち時間でつぶれちまったな)
 オレはギルドを後にした後、そのまま家には向かわず、あえて遠回りとなるルートを選んで帰ることに決める。別に見物がしたいわけじゃない。ここらは庭みたいなものだ。改めて歩き回って楽しいような発見は一つもないだろう。
「おい、出て来いよ」
 返事はない。辺りは静寂に包まれたままだった。
「無視するなよ。出づらいと思って人気は撒いてやったんだ。クールに返せよ」
 再度誰もいない闇に向かって声をかける。
「へえ、面白いねアナタ。ちゃんと気づいてくれるなんて、うふふふ」
 暫くすると物陰からゆっくりと少女が現れる。腰まで伸びたゴールドアッシュの髪、小柄な体躯には大きすぎる服。それは数奇なる人形師、タルトレット・アニエスだった。
「誰だ、おめえ」
 小柄な女が無防備に距離を詰めてくる。それだけでも異常な出来事だ。
(一瞬、|魔獣《マインドイーター》かなんかかと考えたが、女しか狙わないんだったな。真意は分からねえが、下手に刺激するべきじゃないか)
 戦闘になるのであれば、自身が最も動ける距離をキープし続けるのが基本だ。つまり、詰められたなら離し、離れられたのなら詰める。そして、相手の隙を窺い、気が緩んだところを噛みつき千切れるまで放さない。
 しかし、それは警戒の合図。いうならば敵として意識をしたということ。相手がそれを理解していなくても拒絶の意思は伝わるだろう。
 なんらかの目的があってオレに近づいてきた。それは事実。なら、警戒されても面倒なだけだ。それに、戦闘に発展しても面倒だ。
 だから、オレは動かない。本能が言っている。狼の勘が工藤風太に動く必要はない。ここで彼女と戦闘を構えるのは得策じゃない、と。
「ああ、肝が据わってるのね、アナタ。あたしが近づくとみーんな後退りしちゃうのよね。それって失礼な話だと思わない?」
「知らねえよ。アンタが嫌われモンってだけじゃねえのか。んで、何の用だよ」
 じっとしているのが苦手なのか、女はゆらゆらと体を揺らしながらゆっくりと時計回りに歩く。
 後ろには逃げてくださいと言わんばかりの細い路地。地元だからその先が大通りに面しているのは理解している。逃げたきゃ逃げろということか。
 女はオレが動かないとみると、見定めるように視線で舐めまわしてきた。そんなことをされて気分が良い奴はいないだろう。だが、それはペースを握られるという事と同義だ。
 別に構わない。まだ様子を見ろ。
「あらら、怖い怖い。初対面の相手にそんな顔しちゃだめだと思うけど。それともあたしの顔、身内の誰かさんに似てたかしら?」
「もう一度だけ聞く。何の用だ」
 オレより上手だ。直感でそう感じた。最初の読みは当たったと言っていいだろう。だから、この場での戦闘は出来れば避けたいところだが、あの大きな袖に何を隠してるのか分からない以上、不用意に動くことは出来ない。
 例えばの話だが、袖の中に仕込んだ投擲武器で後退して逃げた先に、仲間が待ち受けていて挟み撃ちにするとか、通り抜けると作動するトラップのような魔装陣が仕掛けられてるとか。そんなところだろう。
 動かないではなく、動けない。
 見ず知らずの女に出合い頭に喧嘩を売られ、そのまま殺されるなど笑えない話だ。さて、この状況どうするか。
「いいね! 良い危機感よ。そして、ちゃんと前を向けてる。それで憎たらしいほどに冷静。あたしの苦手なタイプね。アナタとやり合ったらあたしは勝てないかもしれないね」
 いけしゃあしゃあと言う。
「馬鹿言えよ。どっちもまだ一枚たりともカードを切っちゃいねえんだ。テメエのそのにやけ面が曇らねえうちはジャッジの行方は判らねえよ」
「そういう部分を含めて評価してるって話よ。なんて、まあアナタと喧嘩する気は全くないけどね?」
 女は背を向けて離れていく。
 人は無防備を晒されると、一瞬でも気が緩んでしまう生き物だ。
 オレは奴の手元から目線を離さない。気を許す隙を作る気はなかった。
「ねえ、自分では敵わない相手と対峙した時、尻尾を巻いて逃げるという行為は正しいと思う?」
「……」
「もちろん、決死で挑めば勝てるかもしれないけど、もしかしたら刺し違えてしまうかもしれない。そんなリスクの中、命を張ることに意味はあると思う?」
 足を止めると女は背を向けたまま問いかける。
「逃げることはいつだって敗北者の選択だ。だが、間違ってるとも思わねえよ。勝利の条件は人それぞれだ。逃げることが勝利に繋がることもあんだろ」
「つまんない回答ね」
「……」
「まあいいわ。アナタへ声をかけた理由はね、ちっちゃな狐耳の女の子のことを知らないか、ってことを聞きたかったからなのよ」
 どこか含みのある笑みを作りながら、女はこちらに振り返りながらそう言った。