表示設定
表示設定
目次 目次




第19話 銀騎の秘密

ー/ー



 週末が近づくにつれ、少しずつ雨が増えてきた。それでも今日はなんとか降らずにすんでいる。(はるか)蕾生(らいお)は傘も持たずに軽装で銀騎(しらき)邸に再びやってきた。
 
「いらっしゃい」
 
 前回と同じく星弥(せいや)に迎えられた二人は軽く挨拶を交わす。
 
「どうも、コンニチハ」
 
「おす」

 二人の姿を確認した星弥はほんのりと微笑む。以前にも増して全く飾らない服装だった。無地のTシャツに七部丈のパンツスタイルで、学校での「優等生のお嬢様」然とした印象は見られない。
 
「どうぞ、入って。今日はお勉強会だから」
 
「勉強?」
 
 蕾生が聞き返すと、星弥はフフと悪戯っぽく笑う。
 
「中間テストが近いでしょ? 入試成績一位の周防(すおう)くんが教えてくれるってお母様には言ってあるの」
 
「なるほど、いい口実だ」
 
 永は満足気に頷く。気持ち上から目線なのは、星弥が自分を立てて親に紹介したと言ったためだ。そんな永の気持ちを上手く転がして、星弥はダメ押しまでやってのける。
 
「入学式で新入生挨拶してたのをお母様も覚えてるから、あっさり許してくれたよ」
 
「手ぶらで来ちまったけど……」
 
 蕾生が少し困ってみせると、永はあっけらかんとしていた。
 
「まあ、僕は教科書いらないし。ライくんもそういうキャラじゃないからいいんでない?」
 
「そっか、前もって言えば良かったね。うっかりしちゃった」
 
 星弥はそう言いつつも全く悪びれていない。学校での「良い子」を演じるのを二人の前では辞めたようだった。
 
「永の理屈で通るなら別にいいけど」
 
 口先でなんとでも切り抜けられる永と違って、蕾生は多少不貞腐れながら呟いた。それを見て星弥はクスリと笑う。
 
(ただ)くんて、意外と慎重なんだね」
 
「そうなの、意外と理屈っぽいのよ、ライくんは」
 
「意外とね」
 
「そう、意外とね」
 
 永と星弥に揃っていじられて、蕾生もますます不機嫌になる。
 
「お前らみたいに口が上手くないからな、俺は」
 
「えー、周防くんと一緒にされたあ、不満だあ」
 
「僕も納得できないなー」
 
 コロコロとよく笑う星弥、それを受けて立つように明るく振る舞う永。優等生の皮をかぶる狸と狐の会話は怖い、と蕾生は薄ら寒くなった。

 
  
 先週と同じ応接室に通されると、すでに一通りの来客用のお茶などは運び込まれていた。今日は家政婦も全く顔を見せない。
 
「そんな訳で、この部屋にはお母様も家政婦さんも入ってこないから安心してね」
 
「オーケー、オーケー」
 
 永はすっかり我が物顔でソファにどっかりと腰掛けた。
 
鈴心(すずね)はどうしてる?」
 
 蕾生が聞くと、星弥は少し言いにくそうに答える。永も前のめりで注視した。
 
「うん……一応二人が今日来ることは話してあるんだけど、部屋からは出てきてくれなくて」
 
「なんか言ってた?」
 
「えーっと、睨まれた」
 
「ハハッ、リンらしいや」
 
 永は思わず苦笑してしまったが、蕾生は鈴心の態度にはまだ納得がいっていない。
 
「どうする? 部屋から引きずり出すか?」
 
「乱暴だな、ライくんは! だからモテないんだよ」

 驚きながら、永は少しふざけて言う。蕾生が鈴心に対して良い感情を持っていない事を気にしているのだ。
 
「無理強いは、まだちょっと早いかな……」
 
 星弥も困りながら笑う。それなら、と永は星弥の方を見て話題を変えた。
 
「せっかくだから、銀騎のことについて知識の擦り合わせをしたいな」
 
「わたしと?」
 
「そう。考えてみれば、銀騎のごく身内に話を聞けるなんて今回が初めてだからね」
 
「わたしは兄さんと違って、そんなに詳しくはないけど……」
 
 誤魔化してお茶を濁そうとしているととった永は、はっきりと星弥に挑戦状を叩きつける。
 
「ふうん。でも、銀騎が元は陰陽師の家系だってことは当然わかってるよね?」
 
「それは、まあ」

 星弥は何でもない事のように頷いたが、蕾生にとっては突然の爆弾投下にも等しい新事実だった。
 
「は? 俺は初めて聞いたぞ」
 
 驚き過ぎて声が上ずってしまった。永はそんな蕾生を見て目を細めて言う。
 
「そうだね、銀騎のこっちの一面は完全に秘匿されてるからね」
 
銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)って化学者なんだよな? 陰陽師って言ったら真逆だろ」
 
 あんなに技術の粋を集めた化学研究所と非現実的なオカルト要素が同居しているだなんて、蕾生でなくても夢にも思わない。
 
「たしか、銀騎のじいさんにはそういう力はないって聞いたなあ。でも、孫の皓矢(こうや)は違うんじゃない?」
 
「え!?」
 
 永の言葉に蕾生は更に驚いた。説明会の時の銀騎(しらき)皓矢(こうや)の化学者然とした姿を思い出す。一体、どこをどう見たら彼が陰陽師だと言うのか。

「いやあ、ごめんねライくん。タイミングがなくて言いそびれちゃった」

 永は舌をペロっと出して笑う。その態度で蕾生は驚きが苛立ちに変わる。おかげで不安になったり怖がったりする余裕は無くなった。
 長年の永からのオカルト英才教育で、「陰陽師」という言葉が身近なせいもある。


 
 二人のやり取りを見て、星弥は少し驚いていた。永はもちろん、蕾生もそれくらいは知っていると踏んでいたからだ。
 本当に蕾生は何も知らない、永が何も教えていないのだと言う事実が、星弥に得体の知れない違和感を与えていた。だが、自分がそう感じた事を悟られたくなくて、星弥は差し障りのないような事から話す。
 
「えっと、まず前提としてだけど、うちのそっち関係については後継者になる人にしか伝えられないの。わたしもお母様も知ってることはほとんどないよ。それでも、兄さんの力は……まあ、多分、修行したらしいからそれなりにあるんだとは思う。でもわたしは見たことがない」
 
 星弥の説明を聞いて、蕾生の心の中に黒い何かが広がっていく。自分達だけでなく、銀騎にも現実離れした秘密があった。ここから先の道には暗くおどろおどろしいものが渦巻いている。背筋がゾクリと寒くなるけれど、どこかで冷静に恐怖を見つめている感覚もあった。
 
「君には?」
 
 永は蕾生の様子を少し気にした後、星弥に詰問するような声で尋ねた。
 
「わたし? ……わからない。わたしが生まれた時にはすでに兄さんは修行を始めてたから、わたしにそういう話はきたことがないし、自覚もないよ」
 
「ふうん……未知数ってことか」
 
「ううん、きっとわたしにはそんな力ないよ。蚊帳の外っていうか、普通の子として生きてきたもの」
 
 それを聞いて蕾生は少しほっとする。星弥すらも不思議な力があるなんてことになったら、さすがに蕾生の許容範囲を越える。
 だが、そう言う星弥の表情が寂しそうなのが気になった。

 ふと、隣を見てみると、永はそんな星弥の様子を注視している。何かを考えているように見えた。
 永は星弥にも何か力があるとまだ疑っているのかもしれない。


 
 友好的な態度で質問に答えてくれている星弥。
 蕾生にはそう見えていた。けれど永はそうではない思いがあるのだろう。

 協力を取り付けてはいるけれど、ここが依然「敵地」である事を忘れてはならない。
 蕾生は少し背筋を正して、改めて緊張を高めた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第20話 禁忌に触れる


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 週末が近づくにつれ、少しずつ雨が増えてきた。それでも今日はなんとか降らずにすんでいる。|永《はるか》と|蕾生《らいお》は傘も持たずに軽装で|銀騎《しらき》邸に再びやってきた。
「いらっしゃい」
 前回と同じく|星弥《せいや》に迎えられた二人は軽く挨拶を交わす。
「どうも、コンニチハ」
「おす」
 二人の姿を確認した星弥はほんのりと微笑む。以前にも増して全く飾らない服装だった。無地のTシャツに七部丈のパンツスタイルで、学校での「優等生のお嬢様」然とした印象は見られない。
「どうぞ、入って。今日はお勉強会だから」
「勉強?」
 蕾生が聞き返すと、星弥はフフと悪戯っぽく笑う。
「中間テストが近いでしょ? 入試成績一位の|周防《すおう》くんが教えてくれるってお母様には言ってあるの」
「なるほど、いい口実だ」
 永は満足気に頷く。気持ち上から目線なのは、星弥が自分を立てて親に紹介したと言ったためだ。そんな永の気持ちを上手く転がして、星弥はダメ押しまでやってのける。
「入学式で新入生挨拶してたのをお母様も覚えてるから、あっさり許してくれたよ」
「手ぶらで来ちまったけど……」
 蕾生が少し困ってみせると、永はあっけらかんとしていた。
「まあ、僕は教科書いらないし。ライくんもそういうキャラじゃないからいいんでない?」
「そっか、前もって言えば良かったね。うっかりしちゃった」
 星弥はそう言いつつも全く悪びれていない。学校での「良い子」を演じるのを二人の前では辞めたようだった。
「永の理屈で通るなら別にいいけど」
 口先でなんとでも切り抜けられる永と違って、蕾生は多少不貞腐れながら呟いた。それを見て星弥はクスリと笑う。
「|唯《ただ》くんて、意外と慎重なんだね」
「そうなの、意外と理屈っぽいのよ、ライくんは」
「意外とね」
「そう、意外とね」
 永と星弥に揃っていじられて、蕾生もますます不機嫌になる。
「お前らみたいに口が上手くないからな、俺は」
「えー、周防くんと一緒にされたあ、不満だあ」
「僕も納得できないなー」
 コロコロとよく笑う星弥、それを受けて立つように明るく振る舞う永。優等生の皮をかぶる狸と狐の会話は怖い、と蕾生は薄ら寒くなった。
 先週と同じ応接室に通されると、すでに一通りの来客用のお茶などは運び込まれていた。今日は家政婦も全く顔を見せない。
「そんな訳で、この部屋にはお母様も家政婦さんも入ってこないから安心してね」
「オーケー、オーケー」
 永はすっかり我が物顔でソファにどっかりと腰掛けた。
「|鈴心《すずね》はどうしてる?」
 蕾生が聞くと、星弥は少し言いにくそうに答える。永も前のめりで注視した。
「うん……一応二人が今日来ることは話してあるんだけど、部屋からは出てきてくれなくて」
「なんか言ってた?」
「えーっと、睨まれた」
「ハハッ、リンらしいや」
 永は思わず苦笑してしまったが、蕾生は鈴心の態度にはまだ納得がいっていない。
「どうする? 部屋から引きずり出すか?」
「乱暴だな、ライくんは! だからモテないんだよ」
 驚きながら、永は少しふざけて言う。蕾生が鈴心に対して良い感情を持っていない事を気にしているのだ。
「無理強いは、まだちょっと早いかな……」
 星弥も困りながら笑う。それなら、と永は星弥の方を見て話題を変えた。
「せっかくだから、銀騎のことについて知識の擦り合わせをしたいな」
「わたしと?」
「そう。考えてみれば、銀騎のごく身内に話を聞けるなんて今回が初めてだからね」
「わたしは兄さんと違って、そんなに詳しくはないけど……」
 誤魔化してお茶を濁そうとしているととった永は、はっきりと星弥に挑戦状を叩きつける。
「ふうん。でも、銀騎が元は陰陽師の家系だってことは当然わかってるよね?」
「それは、まあ」
 星弥は何でもない事のように頷いたが、蕾生にとっては突然の爆弾投下にも等しい新事実だった。
「は? 俺は初めて聞いたぞ」
 驚き過ぎて声が上ずってしまった。永はそんな蕾生を見て目を細めて言う。
「そうだね、銀騎のこっちの一面は完全に秘匿されてるからね」
「|銀騎《しらき》|詮充郎《せんじゅうろう》って化学者なんだよな? 陰陽師って言ったら真逆だろ」
 あんなに技術の粋を集めた化学研究所と非現実的なオカルト要素が同居しているだなんて、蕾生でなくても夢にも思わない。
「たしか、銀騎のじいさんにはそういう力はないって聞いたなあ。でも、孫の|皓矢《こうや》は違うんじゃない?」
「え!?」
 永の言葉に蕾生は更に驚いた。説明会の時の|銀騎《しらき》|皓矢《こうや》の化学者然とした姿を思い出す。一体、どこをどう見たら彼が陰陽師だと言うのか。
「いやあ、ごめんねライくん。タイミングがなくて言いそびれちゃった」
 永は舌をペロっと出して笑う。その態度で蕾生は驚きが苛立ちに変わる。おかげで不安になったり怖がったりする余裕は無くなった。
 長年の永からのオカルト英才教育で、「陰陽師」という言葉が身近なせいもある。
 二人のやり取りを見て、星弥は少し驚いていた。永はもちろん、蕾生もそれくらいは知っていると踏んでいたからだ。
 本当に蕾生は何も知らない、永が何も教えていないのだと言う事実が、星弥に得体の知れない違和感を与えていた。だが、自分がそう感じた事を悟られたくなくて、星弥は差し障りのないような事から話す。
「えっと、まず前提としてだけど、うちのそっち関係については後継者になる人にしか伝えられないの。わたしもお母様も知ってることはほとんどないよ。それでも、兄さんの力は……まあ、多分、修行したらしいからそれなりにあるんだとは思う。でもわたしは見たことがない」
 星弥の説明を聞いて、蕾生の心の中に黒い何かが広がっていく。自分達だけでなく、銀騎にも現実離れした秘密があった。ここから先の道には暗くおどろおどろしいものが渦巻いている。背筋がゾクリと寒くなるけれど、どこかで冷静に恐怖を見つめている感覚もあった。
「君には?」
 永は蕾生の様子を少し気にした後、星弥に詰問するような声で尋ねた。
「わたし? ……わからない。わたしが生まれた時にはすでに兄さんは修行を始めてたから、わたしにそういう話はきたことがないし、自覚もないよ」
「ふうん……未知数ってことか」
「ううん、きっとわたしにはそんな力ないよ。蚊帳の外っていうか、普通の子として生きてきたもの」
 それを聞いて蕾生は少しほっとする。星弥すらも不思議な力があるなんてことになったら、さすがに蕾生の許容範囲を越える。
 だが、そう言う星弥の表情が寂しそうなのが気になった。
 ふと、隣を見てみると、永はそんな星弥の様子を注視している。何かを考えているように見えた。
 永は星弥にも何か力があるとまだ疑っているのかもしれない。
 友好的な態度で質問に答えてくれている星弥。
 蕾生にはそう見えていた。けれど永はそうではない思いがあるのだろう。
 協力を取り付けてはいるけれど、ここが依然「敵地」である事を忘れてはならない。
 蕾生は少し背筋を正して、改めて緊張を高めた。