171. リナ、リナ、リナ

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 何度呼んでも妹は目を開けなかった。何度触れてもその身体は冷たくなっていくばかりだった。最後に見た妹の顔。苦しそうに歪んだ表情。それでも兄を見上げようとした、あの瞳。その光が消えていく瞬間を、レオンは今でも鮮明に覚えている。

 あの日からレオンの中で何かが壊れた。血を見ると動けなくなる。大切な人を守れなかった罪悪感が今も胸の奥で燃え続けている。自分がもっと強ければ。自分がもっと早く動けていれば。そんな後悔が七年間、一日も休むことなくレオンを苛み続けてきた。

 ところが――。

「え? リナちゃんならいるじゃん、そこに」

 シアンは不思議そうに首を傾げた。何を当たり前のことを言っているの、とでも言いたげな表情でルナを指さした。

 レオンの思考が、一瞬完全に停止した。

「……は?」

 ルナがリナ? 一体何がどうなったらそういう話になるのか――?

「何言ってるんですか! 彼女はルナです! リナは七年前に死んだ僕の妹のことです!」

 レオンは猛然と抗議した。当然だ。ルナとリナは別人だ。髪の色も瞳の色もまったく違う。似ているところなどどこにもない。身長も、声も何もかもが違う。

 同じなのは――性格が似ているということだけ。

 え?

 いや、待て。

 レオンの心臓が、急に激しく脈打ち始めた。

 まさか。そんなはずはない。そんなことがあるはずがない。

 もしかして何かを見落としている――?

「リナちゃん、何とか言ってやって」

 シアンはあきれ顔でルナに振った。まるで隠し事をしている子供を(さと)すかのように、まるで当たり前の事実を認めさせようとするかのように。

「……へ?」

 レオンは慌ててルナの方を振り向いた。

 そこにはキュッと口を結んでうつむくルナがいた。いつもの勝気な表情はどこにもない。どこか居心地悪そうに視線を泳がせ、落ち着かない様子で指先をいじっている。その姿はまるで秘密を暴かれた子供のようだった。

「ど、どうした……んだ? ルナはルナ……だよね?」

 レオンは声が震えてしまう。全く意味が分からなかった。なぜルナはシアンの言うことを否定しないのだろう。なぜ「違う」と言ってくれないのだろう。いつもなら真っ先に「何言ってんのよ!」と怒鳴り返すはずなのに。

「ちょ、ちょっと……。ど、どうしたの?」

 胸がキュッと締め付けられた。本当にルナはリナなのだろうか? 七年前に死んだはずの妹が、こんな形で生きているなんてことがあるのだろうか。

 ルナは相変わらずうつむいたまま、何も言わない。その沈黙が何よりも雄弁に真実を物語っていた。

 レオンの心臓が、さらに激しく脈打ち始めた。

「え? 本当に……リナ……なの?」

 レオンはそっとルナの顔を覗き込んだ。

 もし本当なら。もしルナがリナなら。七年間ずっと抱え続けてきた罪悪感は、どうなるのだろう。ずっと会いたかった妹は、こんなにも近くにいたというのか。初めて出会った時から、ずっと側にいたというのか。

「あたし……」

 ルナがポツリと呟いた。その声はいつもの元気さからは程遠く、小さくか細い。

「九歳の時に、魔法の暴走事故を起こしたらしいんだけど……その前の記憶が、無いの……」

 言葉を選びながら、ゆっくりと打ち明ける。

「きゅ、九歳……」

 レオンは息を呑んだ。九歳。計算すればちょうどその頃リナは死んでいた。時期が完全に一致する。

「じゃあ、その時に……」

 レオンは思わず両手で顔を覆った。頭の中が真っ白になる。信じられない。けれど、パズルのピースが次々とはまっていくように、すべてが一つの真実を指し示している。

「そうよ? 魔法の暴走で、元のルナちゃんの魂は焼かれて、深い眠りについてしまったの」

 シアンはニコニコしながら、世間話でもするかのような気軽さで説明した。彼女にとって魂の転生など、日常茶飯事なのだろう。

「でも、こんなポテンシャルのある子を失うのは損失だってことで、リナちゃんの魂が転生されたんだよ。リナちゃんには適性もあったしね。ふふっ」

 ルナはリナの転生後の姿。つまりルナはリナなのだ。あの日、目の前で息を引き取った妹が、今こうして目の前に立っている。別の身体で、別の名前で、けれど同じ魂で。

 レオンの視界が涙で滲んだ。七年間ずっと会いたかった。七年間ずっと謝りたかった。その妹がこんなにも近くにいたなんて。最初に出会った時から、ずっと一緒に旅をしてきた。一緒に笑い、一緒に戦い、一緒に涙を流してきた。その相手が、ずっと探し続けていた妹だったなんて。

 運命の皮肉に、笑うべきなのか泣くべきなのか分からなかった。

「い、嫌ッ!」

 突然ルナが叫んだ。そしてレオンの胸に飛び込んできた。

「おわぁ!」

 小さな身体が激しくぶつかってくる。細い腕が必死にレオンの背中に回され、しがみつくように抱きついてくる。

「もう結婚したんだからね! いまさら妹だからって離れないんだから!!」

 その声は必死で、切実で、心の底からの叫びだった。しがみつく腕にはありったけの力が込められていて、まるで離したら二度と会えなくなるとでも言うように必死だった。



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 何度呼んでも妹は目を開けなかった。何度触れてもその身体は冷たくなっていくばかりだった。最後に見た妹の顔。苦しそうに歪んだ表情。それでも兄を見上げようとした、あの瞳。その光が消えていく瞬間を、レオンは今でも鮮明に覚えている。
 あの日からレオンの中で何かが壊れた。血を見ると動けなくなる。大切な人を守れなかった罪悪感が今も胸の奥で燃え続けている。自分がもっと強ければ。自分がもっと早く動けていれば。そんな後悔が七年間、一日も休むことなくレオンを苛み続けてきた。
 ところが――。
「え? リナちゃんならいるじゃん、そこに」
 シアンは不思議そうに首を傾げた。何を当たり前のことを言っているの、とでも言いたげな表情でルナを指さした。
 レオンの思考が、一瞬完全に停止した。
「……は?」
 ルナがリナ? 一体何がどうなったらそういう話になるのか――?
「何言ってるんですか! 彼女はルナです! リナは七年前に死んだ僕の妹のことです!」
 レオンは猛然と抗議した。当然だ。ルナとリナは別人だ。髪の色も瞳の色もまったく違う。似ているところなどどこにもない。身長も、声も何もかもが違う。
 同じなのは――性格が似ているということだけ。
 え?
 いや、待て。
 レオンの心臓が、急に激しく脈打ち始めた。
 まさか。そんなはずはない。そんなことがあるはずがない。
 もしかして何かを見落としている――?
「リナちゃん、何とか言ってやって」
 シアンはあきれ顔でルナに振った。まるで隠し事をしている子供を|諭《さと》すかのように、まるで当たり前の事実を認めさせようとするかのように。
「……へ?」
 レオンは慌ててルナの方を振り向いた。
 そこにはキュッと口を結んでうつむくルナがいた。いつもの勝気な表情はどこにもない。どこか居心地悪そうに視線を泳がせ、落ち着かない様子で指先をいじっている。その姿はまるで秘密を暴かれた子供のようだった。
「ど、どうした……んだ? ルナはルナ……だよね?」
 レオンは声が震えてしまう。全く意味が分からなかった。なぜルナはシアンの言うことを否定しないのだろう。なぜ「違う」と言ってくれないのだろう。いつもなら真っ先に「何言ってんのよ!」と怒鳴り返すはずなのに。
「ちょ、ちょっと……。ど、どうしたの?」
 胸がキュッと締め付けられた。本当にルナはリナなのだろうか? 七年前に死んだはずの妹が、こんな形で生きているなんてことがあるのだろうか。
 ルナは相変わらずうつむいたまま、何も言わない。その沈黙が何よりも雄弁に真実を物語っていた。
 レオンの心臓が、さらに激しく脈打ち始めた。
「え? 本当に……リナ……なの?」
 レオンはそっとルナの顔を覗き込んだ。
 もし本当なら。もしルナがリナなら。七年間ずっと抱え続けてきた罪悪感は、どうなるのだろう。ずっと会いたかった妹は、こんなにも近くにいたというのか。初めて出会った時から、ずっと側にいたというのか。
「あたし……」
 ルナがポツリと呟いた。その声はいつもの元気さからは程遠く、小さくか細い。
「九歳の時に、魔法の暴走事故を起こしたらしいんだけど……その前の記憶が、無いの……」
 言葉を選びながら、ゆっくりと打ち明ける。
「きゅ、九歳……」
 レオンは息を呑んだ。九歳。計算すればちょうどその頃リナは死んでいた。時期が完全に一致する。
「じゃあ、その時に……」
 レオンは思わず両手で顔を覆った。頭の中が真っ白になる。信じられない。けれど、パズルのピースが次々とはまっていくように、すべてが一つの真実を指し示している。
「そうよ? 魔法の暴走で、元のルナちゃんの魂は焼かれて、深い眠りについてしまったの」
 シアンはニコニコしながら、世間話でもするかのような気軽さで説明した。彼女にとって魂の転生など、日常茶飯事なのだろう。
「でも、こんなポテンシャルのある子を失うのは損失だってことで、リナちゃんの魂が転生されたんだよ。リナちゃんには適性もあったしね。ふふっ」
 ルナはリナの転生後の姿。つまりルナはリナなのだ。あの日、目の前で息を引き取った妹が、今こうして目の前に立っている。別の身体で、別の名前で、けれど同じ魂で。
 レオンの視界が涙で滲んだ。七年間ずっと会いたかった。七年間ずっと謝りたかった。その妹がこんなにも近くにいたなんて。最初に出会った時から、ずっと一緒に旅をしてきた。一緒に笑い、一緒に戦い、一緒に涙を流してきた。その相手が、ずっと探し続けていた妹だったなんて。
 運命の皮肉に、笑うべきなのか泣くべきなのか分からなかった。
「い、嫌ッ!」
 突然ルナが叫んだ。そしてレオンの胸に飛び込んできた。
「おわぁ!」
 小さな身体が激しくぶつかってくる。細い腕が必死にレオンの背中に回され、しがみつくように抱きついてくる。
「もう結婚したんだからね! いまさら妹だからって離れないんだから!!」
 その声は必死で、切実で、心の底からの叫びだった。しがみつく腕にはありったけの力が込められていて、まるで離したら二度と会えなくなるとでも言うように必死だった。