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#8

ー/ー



 ともあれ簡単にだけど変装もできたので、これでこっそりと待ちを抜け出すことは出来そうだ。
 いや、魔物の襲撃を退けた勇者パーティがどうして変装し、顔を隠して街から逃げるように去らないといけないのか納得はいかないけど……。

 納得はいかないまでも最寄りの北門を抜けて私達は街の外、街道へと出た。

「んでサチ?もう夜中やけど今から黒騎士を倒しに行くんか?」
「行かないよ?」
「あ?なんでや?」
「だって結局、黒騎士討伐の依頼受けてないし、もう随分と先まで移動してるみたいだし」

 そう、私の眼鏡にまだ黒騎士の位置情報が出てるんだけど、さっき12Kmだった距離が小一時間の間に25Km以上になっている。
 まぁ相手は騎士だから当然馬に乗ってる訳だし、私達が徒歩で追いかけても追いつけないだろうからね。

 けど、私の言葉にイサミは眉をひそめて何かを考えている。
 きっと困ってる人がいるのに助けないのはけしからんとか、そういうお人好し発言をするんじゃないかな。
 と思ったのだけど。

「なぁ、そういや俺ら、ここへ何しに来たんやっけ?」

 その言葉に、私ははたと膝を打った。
 そうだ、私達は魔王を倒す旅をしてたんだっけ。
 魔王に苦しめられている当事者意識が無いから、ヘルハウンドとか黒騎士とかの騒ぎでですっかり忘れてたよ。

「そういや魔王の事、忘れてたね。ちょっと待って、最寄りの魔王の位置をナビで調べるから。ナビ、最寄りの魔王の位置を教えて……って」

 私はナビに指示を行い、そして……フリーズした。

 なぜなら。
 ナビの表示が更新されなかったからだ。

「……あれ?壊れた?」
「ん?なんかあったんか?」
「えっと……ナビに魔王の位置を表示させたかったんだけど、位置が出ないんだよ」
「出ぇへんってどういうことや?」
「さっきから黒騎士の位置をトレースしてたんだけどね、その表示のままになってるんだよ。おっかしいなぁ……」

 音声入力機能がおかしくなったのかと思って眼鏡を外してみたけど、そもそも普通の眼鏡がどうやって音声を認識して、ナビとして動いているのか原理がさっぱり判らないから対処のしようもない。
 私が眼鏡を様々な角度から調べていると、イサミがぼそっと言った。

「それ、黒騎士が魔王ってこととちゃうんか?」
「……!それだ!」

 イサミの言葉に思わず同意したけど……それって結局私達が黒騎士を倒すってこと?
 いや、倒すのは私じゃなくてイサミなんだけど。

「なら、黒騎士を倒しに行くちゅうことでええんか?」
「そうだね。……でもイサミ、根本的なこと聞いていい?」
「ん?なんや?」

 見当違いの方向へ歩き出したイサミの後を付いて行きながら、私は丁度良い機会だからとこれまで漠然と感じていた疑問を口に出した。

「イサミはなんで魔王を倒すの?王様に頼まれたお姫様の救出、もう終わったよね?……姫は魔王城に放置してきたけど」
「んー。改めて聞かれてもよう判らんけど……魔王相手ならガチでやっても誰も怒らへんやろ?」
「怒られるっていうか、むしろ歓迎されるだろうね」
「日本やと、イラついて喧嘩したらすぐにポリ飛んでくるやん?けどここやったらそんな事もないし」

 イラついて喧嘩して警察が飛んでくるような荒んだ生活してたんだ、イサミ……。
 うちはお父さんが警察官だから、荒れた若者の話は時々家でも聞いた事があるけど、まさかイサミもそんな無軌道な若者――ああ、これお父さんの受け売りね――だったなんて。

「でもイサミ、そんな荒れた雰囲気無いけど?」
「まぁ、さっきも暴れて発散したからな。それに……ここにはおとんもおかんもおらんし」

 そう言えばイサミは複雑な家庭環境を抱えていて、家にはあまり帰っていないと言ってたっけ。
 きっと生活が荒れているのもそれが原因だけど……事情を知らない私が変に同情したり励ましたりしたりするのも違う気がして。

「……そっか」

 私の返事は、自分でもそっけないと思う程、あっさりしたものになってしまった。

「それより、や。魔王まであと何キロや!?」
「……勇者様、魔王はそちらではありません!」

 街道を逆方向へと歩いていたイサミの手を握り、私は彼を本来のルートへと導いた。
 魔王へのルートだけじゃなくて、彼の人生も正しい方向へナビできたらいいのに……なんて、烏滸がましいことを思いながら。


 ナビに表示されている魔王疑惑のある黒騎士までの距離は刻一刻と変化していた。
 それはすなわち、黒騎士が常時移動しているということで……実はその事は少し前から薄々私も感づいていたことではあった。

 私達は「最寄りの魔王」の場所を示すナビに従い、400Km近く離れた所からこの地方へやって来た。
 当初、私達の移動に伴い魔王への距離は確実に縮まっていたんだけど、ある時から時々移動した距離と残り距離が合わないように感じたことがあったんだ。

 400Kmというと私が住んでた東京から、イサミが住んでた大阪ぐらいまでの距離だ。
 例えば私がナビを使って「大阪内で移動しているイサミ」の位置へ東京から向かう場合で考えれば……。

 最初のうちはイサミがどれだけ大阪で移動しても経路全体からみればその位置変化は測定誤差的なものでしかない。
 だけど私が大阪が近づくにつれて、イサミの移動が私の移動ルートや残り距離に与える影響は相対的に大きくなる。

 つまり黒騎士についても同じで、遠方からだとこの地方を移動している黒騎士の細かい位置はナビに影響しなかったけど、同じ地域に足を踏み入れると途端に対象の位置がコロコロと変わって追いつくどころか位置把握が難しい状況になっている……ってことだ。

「んでサチ、この三叉路はどっち行ったらええんや?」
「うーん……黒騎士の現在位置だと左側なんだけど、さっき見た時との距離変化を考えると……真ん中のルートへ向かった方が遭遇できる可能性があるかな……?」
「なんやナビの精度えらい下がってないか?」
「いや、現在位置は正確に出てるよ?左方向17Kmって。でも移動してる相手だし、たぶん私達よりも移動速度が速いからナビ通りに追いかけてたら一生追いつかないんじゃないかな」
「ん……なら、黒騎士は諦めて別の魔王んとこへ行くか?」

 まぁ、イサミが言うのも1つの手だろう。
 私達は黒騎士討伐を依頼されている訳ではないし、この地方に出没する魔王を倒して欲しいと誰かに願われた訳でもない。
 イサミが大義名分をもって戦える相手を探す……というだけの話なら「二番目に近い魔王」へのルートを検索すれば済む話だ。

 ……けど、それってなんか違う気がする。
 倒せない相手を後から攻略するのは判るよ?

 でもエンカウントできないからってその場を去っても、結局またあとでここまで戻ってくることになりかねないじゃない。
 つまり、イサミが何体魔王を倒すつもりかは判らないけど、「諦めて次」をし始めると今後も先送りする癖がついてしまうかもしれない。

 なら、多少面倒でも今回はちゃんと片を付けるべきだ。

「いや、がんばってここの魔王を先に倒そうよ」
「まぁ俺は別にかまへんけど……どうするつもりなんや?」
「……私、大事なことを忘れてたんだ。ナビに頼りっきりで私達、この世界の地図って持ってなかったよね?」
「それは……そうやな」
「街道の配置が判ったら移動方向から黒騎士が次に向かう場所の見当が付くだろうし、そしたら先回りして待ち伏せも出来るだろうし」
「サチ、頭ええなぁ」
「まぁね?これでも一応、推薦入試で大学入学決まってたし」

 ……イサミには自慢げにそう行ったけど、私が入学予定だった大学は中堅校で偏差値も並だったからそう威張れるものじゃないのは秘密だ。
 それに……私はイサミと違って転生者だ。
 本当の私は日本では死んじゃってるから、大学どころじゃなくなってるだろうしね。

 ……あ、そんな事を考えてるとちょっと悲しくなってきた。
 いや、大学も楽しみだったけど……私が死んだって事を知った両親が悲しんでるだろうってこと、今さらながらに意識してしまった。

 お父さん、お母さん。
 あなた方の娘、幸薄いサチは猫を庇って交通事故にあい、死にました。
 けど、異世界でそれなりに楽しくやっています。

 ……もし猫の女神が今も私の事を見ているのであれば。
 この想いを両親に届けて欲しい……そんな事を思った。




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 いや、魔物の襲撃を退けた勇者パーティがどうして変装し、顔を隠して街から逃げるように去らないといけないのか納得はいかないけど……。
 納得はいかないまでも最寄りの北門を抜けて私達は街の外、街道へと出た。
「んでサチ?もう夜中やけど今から黒騎士を倒しに行くんか?」
「行かないよ?」
「あ?なんでや?」
「だって結局、黒騎士討伐の依頼受けてないし、もう随分と先まで移動してるみたいだし」
 そう、私の眼鏡にまだ黒騎士の位置情報が出てるんだけど、さっき12Kmだった距離が小一時間の間に25Km以上になっている。
 まぁ相手は騎士だから当然馬に乗ってる訳だし、私達が徒歩で追いかけても追いつけないだろうからね。
 けど、私の言葉にイサミは眉をひそめて何かを考えている。
 きっと困ってる人がいるのに助けないのはけしからんとか、そういうお人好し発言をするんじゃないかな。
 と思ったのだけど。
「なぁ、そういや俺ら、ここへ何しに来たんやっけ?」
 その言葉に、私ははたと膝を打った。
 そうだ、私達は魔王を倒す旅をしてたんだっけ。
 魔王に苦しめられている当事者意識が無いから、ヘルハウンドとか黒騎士とかの騒ぎでですっかり忘れてたよ。
「そういや魔王の事、忘れてたね。ちょっと待って、最寄りの魔王の位置をナビで調べるから。ナビ、最寄りの魔王の位置を教えて……って」
 私はナビに指示を行い、そして……フリーズした。
 なぜなら。
 ナビの表示が更新されなかったからだ。
「……あれ?壊れた?」
「ん?なんかあったんか?」
「えっと……ナビに魔王の位置を表示させたかったんだけど、位置が出ないんだよ」
「出ぇへんってどういうことや?」
「さっきから黒騎士の位置をトレースしてたんだけどね、その表示のままになってるんだよ。おっかしいなぁ……」
 音声入力機能がおかしくなったのかと思って眼鏡を外してみたけど、そもそも普通の眼鏡がどうやって音声を認識して、ナビとして動いているのか原理がさっぱり判らないから対処のしようもない。
 私が眼鏡を様々な角度から調べていると、イサミがぼそっと言った。
「それ、黒騎士が魔王ってこととちゃうんか?」
「……!それだ!」
 イサミの言葉に思わず同意したけど……それって結局私達が黒騎士を倒すってこと?
 いや、倒すのは私じゃなくてイサミなんだけど。
「なら、黒騎士を倒しに行くちゅうことでええんか?」
「そうだね。……でもイサミ、根本的なこと聞いていい?」
「ん?なんや?」
 見当違いの方向へ歩き出したイサミの後を付いて行きながら、私は丁度良い機会だからとこれまで漠然と感じていた疑問を口に出した。
「イサミはなんで魔王を倒すの?王様に頼まれたお姫様の救出、もう終わったよね?……姫は魔王城に放置してきたけど」
「んー。改めて聞かれてもよう判らんけど……魔王相手ならガチでやっても誰も怒らへんやろ?」
「怒られるっていうか、むしろ歓迎されるだろうね」
「日本やと、イラついて喧嘩したらすぐにポリ飛んでくるやん?けどここやったらそんな事もないし」
 イラついて喧嘩して警察が飛んでくるような荒んだ生活してたんだ、イサミ……。
 うちはお父さんが警察官だから、荒れた若者の話は時々家でも聞いた事があるけど、まさかイサミもそんな無軌道な若者――ああ、これお父さんの受け売りね――だったなんて。
「でもイサミ、そんな荒れた雰囲気無いけど?」
「まぁ、さっきも暴れて発散したからな。それに……ここにはおとんもおかんもおらんし」
 そう言えばイサミは複雑な家庭環境を抱えていて、家にはあまり帰っていないと言ってたっけ。
 きっと生活が荒れているのもそれが原因だけど……事情を知らない私が変に同情したり励ましたりしたりするのも違う気がして。
「……そっか」
 私の返事は、自分でもそっけないと思う程、あっさりしたものになってしまった。
「それより、や。魔王まであと何キロや!?」
「……勇者様、魔王はそちらではありません!」
 街道を逆方向へと歩いていたイサミの手を握り、私は彼を本来のルートへと導いた。
 魔王へのルートだけじゃなくて、彼の人生も正しい方向へナビできたらいいのに……なんて、烏滸がましいことを思いながら。
 ナビに表示されている魔王疑惑のある黒騎士までの距離は刻一刻と変化していた。
 それはすなわち、黒騎士が常時移動しているということで……実はその事は少し前から薄々私も感づいていたことではあった。
 私達は「最寄りの魔王」の場所を示すナビに従い、400Km近く離れた所からこの地方へやって来た。
 当初、私達の移動に伴い魔王への距離は確実に縮まっていたんだけど、ある時から時々移動した距離と残り距離が合わないように感じたことがあったんだ。
 400Kmというと私が住んでた東京から、イサミが住んでた大阪ぐらいまでの距離だ。
 例えば私がナビを使って「大阪内で移動しているイサミ」の位置へ東京から向かう場合で考えれば……。
 最初のうちはイサミがどれだけ大阪で移動しても経路全体からみればその位置変化は測定誤差的なものでしかない。
 だけど私が大阪が近づくにつれて、イサミの移動が私の移動ルートや残り距離に与える影響は相対的に大きくなる。
 つまり黒騎士についても同じで、遠方からだとこの地方を移動している黒騎士の細かい位置はナビに影響しなかったけど、同じ地域に足を踏み入れると途端に対象の位置がコロコロと変わって追いつくどころか位置把握が難しい状況になっている……ってことだ。
「んでサチ、この三叉路はどっち行ったらええんや?」
「うーん……黒騎士の現在位置だと左側なんだけど、さっき見た時との距離変化を考えると……真ん中のルートへ向かった方が遭遇できる可能性があるかな……?」
「なんやナビの精度えらい下がってないか?」
「いや、現在位置は正確に出てるよ?左方向17Kmって。でも移動してる相手だし、たぶん私達よりも移動速度が速いからナビ通りに追いかけてたら一生追いつかないんじゃないかな」
「ん……なら、黒騎士は諦めて別の魔王んとこへ行くか?」
 まぁ、イサミが言うのも1つの手だろう。
 私達は黒騎士討伐を依頼されている訳ではないし、この地方に出没する魔王を倒して欲しいと誰かに願われた訳でもない。
 イサミが大義名分をもって戦える相手を探す……というだけの話なら「二番目に近い魔王」へのルートを検索すれば済む話だ。
 ……けど、それってなんか違う気がする。
 倒せない相手を後から攻略するのは判るよ?
 でもエンカウントできないからってその場を去っても、結局またあとでここまで戻ってくることになりかねないじゃない。
 つまり、イサミが何体魔王を倒すつもりかは判らないけど、「諦めて次」をし始めると今後も先送りする癖がついてしまうかもしれない。
 なら、多少面倒でも今回はちゃんと片を付けるべきだ。
「いや、がんばってここの魔王を先に倒そうよ」
「まぁ俺は別にかまへんけど……どうするつもりなんや?」
「……私、大事なことを忘れてたんだ。ナビに頼りっきりで私達、この世界の地図って持ってなかったよね?」
「それは……そうやな」
「街道の配置が判ったら移動方向から黒騎士が次に向かう場所の見当が付くだろうし、そしたら先回りして待ち伏せも出来るだろうし」
「サチ、頭ええなぁ」
「まぁね?これでも一応、推薦入試で大学入学決まってたし」
 ……イサミには自慢げにそう行ったけど、私が入学予定だった大学は中堅校で偏差値も並だったからそう威張れるものじゃないのは秘密だ。
 それに……私はイサミと違って転生者だ。
 本当の私は日本では死んじゃってるから、大学どころじゃなくなってるだろうしね。
 ……あ、そんな事を考えてるとちょっと悲しくなってきた。
 いや、大学も楽しみだったけど……私が死んだって事を知った両親が悲しんでるだろうってこと、今さらながらに意識してしまった。
 お父さん、お母さん。
 あなた方の娘、幸薄いサチは猫を庇って交通事故にあい、死にました。
 けど、異世界でそれなりに楽しくやっています。
 ……もし猫の女神が今も私の事を見ているのであれば。
 この想いを両親に届けて欲しい……そんな事を思った。