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おかえりはタイフーンのあとで(後編)

ー/ー



「――医療班を呼んでくれ! マルシャを頼む!」

 中央展望室(コントロールルーム)に切迫した声が飛び込んできた。
 アリサ隊長の声だ。
 それはいつもの落ち着いたクールな声とは違い、切実な響きだった。

 モチコが振り返ると、マルシャを抱えた隊長が、螺旋階段を下りてくるところだった。
 最初に赤組のメンバーが駆け寄る。

 隊長もマルシャも、全身ずぶ濡れで、制服もボロボロだった。
 隊長に抱きかかえられたマルシャは、ぐったりとして意識がない。

 意識がない中でも、マルシャはまだホウキを握りしめていた。

 そのホウキがマルシャの手から離れて床に転がり、カラン、という音を立てる。
 そこでようやく気付いた。

 床に落ちたホウキ……だったと思われるものは。
 真ん中で折れて、後ろ半分が無くなっていた。

「たぶん手足の骨が折れてる。すぐに治療を!」

 隊長が叫ぶと、すぐにリサが通信で医療班を呼ぶ。

 赤組のメンバーたちはマルシャに必死で呼びかけている。
 その目には涙が滲んでいた。

 シズゥが走ってタオルや毛布を持ってきた。
 ずぶ濡れのマルシャを拭き、毛布で身体を温める。


 近くの壁にもたれて座り込んだ隊長に、ミライアが駆け寄った。
 隊長はひどい魔力酔いで、意識を保つのがやっと、という状態のようだ。
 ここまでマルシャを抱えて来られたのは、相当な意思の力によるものだろう。

「……すまない、ミライア。私の力不足だ」
「なにがあった?」
「台風が大きすぎる。風が強すぎて近づけない。仕方なく遠くから、私とマルシャで計8発撃ち込んだが、まったく衰えない」

 ミライアは険しい表情で聞いている。
 そばで聞いていたモチコも、今回の台風の凄まじさに、驚きを隠せなかった。

 8発撃っても、衰えない台風って……!

 隊長が、顔をしかめながら、言葉をしぼり出すように口を開いた。

「……台風の近くに一隻、逃げ遅れた漁船がいて、助けようとしたマルシャが負傷した」
「高波にやられたのか?」
「いや、船が……」
「船?」
「助けようとした漁船がまるごと飛んできて……マルシャに直撃した」

 それを聞いた周りの全員が、戦慄して息をのんだ。

 高波で船が飛んだ? それが身体に直撃した?
 マルシャのケガは、どれほど……!?

「私の判断ミスだ。本当に、すまない……。マルシャを……頼む」

 アリサ隊長はそこまで言うと、意識を失ってしまった。
 魔力切れだ。


「……隊長のせいじゃないわよ。あの馬鹿デカ台風と、私が距離感を誤ったせい」

 マルシャがわずかに意識を取り戻した。
 息も絶え絶えな、小さい声だった。

 周りのみんなが、心配と励ましの声をかける。

「まったく、不甲斐ないったらありゃしないわぁぁ。まあ、あのボロ漁船を助けられたから、骨の1本や2本なら良しとしますか……」

 マルシャはモチコの姿を見つけると、モチコをまっすぐに見つめて言った。

「白かっぱ……来たのね」
「うん……」
「よりによって、こんなサイアクにかっこ悪い姿の時に来なくていいのに」
「マルシャ……大丈夫?」
「ひとの心配してるんじゃないわよ。……あんた、行くんでしょ?」
「うん」
「あれは手ごわいわよ。必ず、戻ってきなさい」
「うん」
「白かっぱが無事に戻ってくるまで……」
「うん?」

 マルシャは一瞬、痛そうに顔をしかめたあと、ふたたびモチコを見つめて言った。

「――『おかえり』って言ってあげないから」
「……!」

 モチコがこくり、と強く頷いたところで、医療スタッフが到着してマルシャの応急処置が始まった。
 中央展望室(コントロールルーム)がたくさんのスタッフで騒然となる。

「モチコ、行こう」

 ミライアが言った。
 モチコはミライアのあとに続いて、緊張しながら螺旋階段を上っていく。

 階段の途中で下を見ると、リサが今までに見たことがないほど、大量の白いオーラをまとって机に向かっていた。
 すでに全力で台風の分析を始めているのだ。

「ミライアもモッチーもがんばって~。相手は超大物だから、気を付けてねえ~」

 螺旋階段を上るふたりに向けて、シズゥが手を振ってくれた。
 こんな時でもいつもと変わらない振る舞いを見せてくれるシズゥが、とても頼もしく感じて、モチコは落ち着きを取り戻せた。


 屋上展望台(フライトデッキ)は、すでに大雨だった。

 モチコはホウキの後ろにまたがると、モチコ大回転に備えて、お互いの身体を紐で結んでおく。
 結び終わると同時に、ホウキが飛び立った。

「――こちらタワー。ふたりとも、聞こえるわね?」

 すぐにリサからの通信が入る。

「聞こえる」「聞こえてます!」
「まずは現状を伝えるわ。台風はタワーから南南西。位置はもう通信圏内よ。やや遅い速度で、まっすぐタワーに向かって進行中」

 台風は、すでに通信圏内まで来ているとのことだった。かなり近い。

「シグナルは9。とにかく大きい台風ね。上陸したら、このあたりの陸地がすべて覆い尽くされるくらい」
「それはすごいね」
「陸地が全部って……。マジですか……」
「赤組からの情報によると、風が強すぎて、暴風域まで近づくのも難しいそうよ。だから私が、風の隙間を縫って最短でいけるルートを伝えるわ」
「リサさん、そんなこと出来るんですか?」
「任せて。たとえホウキ1本しか通れない細い道でも、すべて見通してみせる」
「了解。リサ、任せたよ」

 そのとき強烈な突風が吹いて、ホウキが思いっきり揺さぶられた。
 ホウキが横に倒れて一回転しそうな勢いだったが、ミライアが何とかコントロールして持ち直す。
 この風では確かに、暴風域まで近づくのも難しいかもしれない。

 リサからの通信が来た。

「いまから、暴風域の手前まで誘導するわ。指示した方向へ飛んで!」
「オーケー。モチコ、いくよ!」
「はいっ!」

 リサの指示に従い、ホウキは上下左右に細かく向きを変えながら飛んだ。
 まわりには明らかに強い風が吹いているのに、なぜかホウキだけはほとんど風の影響を受けずに飛んでいる。
 不思議な感覚だった。

「ははっ。リサ、いいね!」
「リサさん。……す、すごいです」

 驚くほどホウキは快調に飛び、あっという間に暴風域の手前までたどり着いた。
 こんなすごい魔法、どれだけの魔力があれば出来るんだろう?


 通信にノイズが混ざり始める。
 暴風域が近づいてきたのだ。

「私ができるのはここまで。暴風域に入ったら通信は切れるわ」
「了解、じゃあ、行ってくる」

 リサはすこし黙ったあと、続けた。

「……今回の台風、私が観測したデータを見る限りでは、シグナル8の強さなの」
「えっ? どういうことですか?」

 意外な言葉に、モチコは思わず尋ねる。

「だけどこんなに魔女の攻撃(アタック)が効かないなんて、想定外すぎる。だからシグナル9と判断されたわ」
「……なるほど」
「この台風は、何かがおかしい。本当は、ふたりを行かせたくない」
「リサさん……」

 またすこしの沈黙のあと、リサが意を決したように口を開く。

「お願い、無事に戻ってきて」
「大丈夫、必ず戻るよ」

 とても心配そうなリサの声に、ミライアはいつもより優しい声で答えた。
 イヤリングを通して、リサの深呼吸する音が聞こえる。

 そして、ふたたび透き通った声が届いた。

「……では、ふたりとも。良きフライトを」
「良きフライトを」「良きフライトを」

 通信が切れる前、最後に交わしたのは、任務の無事を祈るいつもの挨拶だった。

 それは、お互いに敢えていつも通りの、落ち着いたテンションで。
 ――いつも通り、無事に任務を終えて帰ってみせる。


 ふたりを乗せたホウキが、いよいよ巨大な台風へと近づく。
 そして、嵐の渦まく暴風域へと突入していった。


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「――医療班を呼んでくれ! マルシャを頼む!」
 |中央展望室《コントロールルーム》に切迫した声が飛び込んできた。
 アリサ隊長の声だ。
 それはいつもの落ち着いたクールな声とは違い、切実な響きだった。
 モチコが振り返ると、マルシャを抱えた隊長が、螺旋階段を下りてくるところだった。
 最初に赤組のメンバーが駆け寄る。
 隊長もマルシャも、全身ずぶ濡れで、制服もボロボロだった。
 隊長に抱きかかえられたマルシャは、ぐったりとして意識がない。
 意識がない中でも、マルシャはまだホウキを握りしめていた。
 そのホウキがマルシャの手から離れて床に転がり、カラン、という音を立てる。
 そこでようやく気付いた。
 床に落ちたホウキ……だったと思われるものは。
 真ん中で折れて、後ろ半分が無くなっていた。
「たぶん手足の骨が折れてる。すぐに治療を!」
 隊長が叫ぶと、すぐにリサが通信で医療班を呼ぶ。
 赤組のメンバーたちはマルシャに必死で呼びかけている。
 その目には涙が滲んでいた。
 シズゥが走ってタオルや毛布を持ってきた。
 ずぶ濡れのマルシャを拭き、毛布で身体を温める。
 近くの壁にもたれて座り込んだ隊長に、ミライアが駆け寄った。
 隊長はひどい魔力酔いで、意識を保つのがやっと、という状態のようだ。
 ここまでマルシャを抱えて来られたのは、相当な意思の力によるものだろう。
「……すまない、ミライア。私の力不足だ」
「なにがあった?」
「台風が大きすぎる。風が強すぎて近づけない。仕方なく遠くから、私とマルシャで計8発撃ち込んだが、まったく衰えない」
 ミライアは険しい表情で聞いている。
 そばで聞いていたモチコも、今回の台風の凄まじさに、驚きを隠せなかった。
 8発撃っても、衰えない台風って……!
 隊長が、顔をしかめながら、言葉をしぼり出すように口を開いた。
「……台風の近くに一隻、逃げ遅れた漁船がいて、助けようとしたマルシャが負傷した」
「高波にやられたのか?」
「いや、船が……」
「船?」
「助けようとした漁船がまるごと飛んできて……マルシャに直撃した」
 それを聞いた周りの全員が、戦慄して息をのんだ。
 高波で船が飛んだ? それが身体に直撃した?
 マルシャのケガは、どれほど……!?
「私の判断ミスだ。本当に、すまない……。マルシャを……頼む」
 アリサ隊長はそこまで言うと、意識を失ってしまった。
 魔力切れだ。
「……隊長のせいじゃないわよ。あの馬鹿デカ台風と、私が距離感を誤ったせい」
 マルシャがわずかに意識を取り戻した。
 息も絶え絶えな、小さい声だった。
 周りのみんなが、心配と励ましの声をかける。
「まったく、不甲斐ないったらありゃしないわぁぁ。まあ、あのボロ漁船を助けられたから、骨の1本や2本なら良しとしますか……」
 マルシャはモチコの姿を見つけると、モチコをまっすぐに見つめて言った。
「白かっぱ……来たのね」
「うん……」
「よりによって、こんなサイアクにかっこ悪い姿の時に来なくていいのに」
「マルシャ……大丈夫?」
「ひとの心配してるんじゃないわよ。……あんた、行くんでしょ?」
「うん」
「あれは手ごわいわよ。必ず、戻ってきなさい」
「うん」
「白かっぱが無事に戻ってくるまで……」
「うん?」
 マルシャは一瞬、痛そうに顔をしかめたあと、ふたたびモチコを見つめて言った。
「――『おかえり』って言ってあげないから」
「……!」
 モチコがこくり、と強く頷いたところで、医療スタッフが到着してマルシャの応急処置が始まった。
 |中央展望室《コントロールルーム》がたくさんのスタッフで騒然となる。
「モチコ、行こう」
 ミライアが言った。
 モチコはミライアのあとに続いて、緊張しながら螺旋階段を上っていく。
 階段の途中で下を見ると、リサが今までに見たことがないほど、大量の白いオーラをまとって机に向かっていた。
 すでに全力で台風の分析を始めているのだ。
「ミライアもモッチーもがんばって~。相手は超大物だから、気を付けてねえ~」
 螺旋階段を上るふたりに向けて、シズゥが手を振ってくれた。
 こんな時でもいつもと変わらない振る舞いを見せてくれるシズゥが、とても頼もしく感じて、モチコは落ち着きを取り戻せた。
 |屋上展望台《フライトデッキ》は、すでに大雨だった。
 モチコはホウキの後ろにまたがると、モチコ大回転に備えて、お互いの身体を紐で結んでおく。
 結び終わると同時に、ホウキが飛び立った。
「――こちらタワー。ふたりとも、聞こえるわね?」
 すぐにリサからの通信が入る。
「聞こえる」「聞こえてます!」
「まずは現状を伝えるわ。台風はタワーから南南西。位置はもう通信圏内よ。やや遅い速度で、まっすぐタワーに向かって進行中」
 台風は、すでに通信圏内まで来ているとのことだった。かなり近い。
「シグナルは9。とにかく大きい台風ね。上陸したら、このあたりの陸地がすべて覆い尽くされるくらい」
「それはすごいね」
「陸地が全部って……。マジですか……」
「赤組からの情報によると、風が強すぎて、暴風域まで近づくのも難しいそうよ。だから私が、風の隙間を縫って最短でいけるルートを伝えるわ」
「リサさん、そんなこと出来るんですか?」
「任せて。たとえホウキ1本しか通れない細い道でも、すべて見通してみせる」
「了解。リサ、任せたよ」
 そのとき強烈な突風が吹いて、ホウキが思いっきり揺さぶられた。
 ホウキが横に倒れて一回転しそうな勢いだったが、ミライアが何とかコントロールして持ち直す。
 この風では確かに、暴風域まで近づくのも難しいかもしれない。
 リサからの通信が来た。
「いまから、暴風域の手前まで誘導するわ。指示した方向へ飛んで!」
「オーケー。モチコ、いくよ!」
「はいっ!」
 リサの指示に従い、ホウキは上下左右に細かく向きを変えながら飛んだ。
 まわりには明らかに強い風が吹いているのに、なぜかホウキだけはほとんど風の影響を受けずに飛んでいる。
 不思議な感覚だった。
「ははっ。リサ、いいね!」
「リサさん。……す、すごいです」
 驚くほどホウキは快調に飛び、あっという間に暴風域の手前までたどり着いた。
 こんなすごい魔法、どれだけの魔力があれば出来るんだろう?
 通信にノイズが混ざり始める。
 暴風域が近づいてきたのだ。
「私ができるのはここまで。暴風域に入ったら通信は切れるわ」
「了解、じゃあ、行ってくる」
 リサはすこし黙ったあと、続けた。
「……今回の台風、私が観測したデータを見る限りでは、シグナル8の強さなの」
「えっ? どういうことですか?」
 意外な言葉に、モチコは思わず尋ねる。
「だけどこんなに魔女の|攻撃《アタック》が効かないなんて、想定外すぎる。だからシグナル9と判断されたわ」
「……なるほど」
「この台風は、何かがおかしい。本当は、ふたりを行かせたくない」
「リサさん……」
 またすこしの沈黙のあと、リサが意を決したように口を開く。
「お願い、無事に戻ってきて」
「大丈夫、必ず戻るよ」
 とても心配そうなリサの声に、ミライアはいつもより優しい声で答えた。
 イヤリングを通して、リサの深呼吸する音が聞こえる。
 そして、ふたたび透き通った声が届いた。
「……では、ふたりとも。良きフライトを」
「良きフライトを」「良きフライトを」
 通信が切れる前、最後に交わしたのは、任務の無事を祈るいつもの挨拶だった。
 それは、お互いに敢えていつも通りの、落ち着いたテンションで。
 ――いつも通り、無事に任務を終えて帰ってみせる。
 ふたりを乗せたホウキが、いよいよ巨大な台風へと近づく。
 そして、嵐の渦まく暴風域へと突入していった。