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ep.74 人形師と獣2

ー/ー



「それに、あの子は絶対に弱い者虐めなんかする子じゃないよ」

 風花は小さな声で呟くように言った。

「弱い者、どっちがだ」

「う」

 失言だった。
 決してそういうつもりで言ったわけではないが、この場合は雫という意味合いとなる。
 もちろん、弟の実力があれば雫とは良い勝負、いや、タイマンなら絶対に勝てると信じているが、それは君島の立場でも同じことが言えるだろう。
 言わば答えの出ない問いというやつだ。
 しまったと思った時にはもう遅かったが、言い切ってしまったからには仕方がない。

「う、ごめん。別に悪気はないよ。うん、これはホント」

「……」

 そうして二人黙り込む。沈黙が狭い車内を支配する。その沈黙に耐えきれなくなった岡田が、ニュースでもつけようと手を伸ばそうとした。

「いや謝るのはこっちだな。すまねえ。気を悪くしたんなら一発ぶん殴ってくれても構わねえ。身内を疑われるのは最低の気分だろ」

 しばらく時間をおいて君島は、昂っていた熱も引いたのか、隣にいる風花に謝罪をした。

「ううん。そんなことないよ。それにそうだったとしても許しちゃうよ、うん」

 努めて明るく振舞った口調でそう返した。
 その一言だけ。それだけ言ってあたしは黙ることにした。他に何か言おうとはしたけど、全部意味がない気がして。言葉は思いを伝える一番簡単な方法の一つだけどソレが無粋な時もある。

「雫ちゃんだって君島くんの肉親みたいなもんでしょ。二人とも孤児院育ちだもんね。君島くんの気持ち考えたら、あたし、何にも言えないよ」

 弟を疑われて嫌な気持ちにならなかったわけではない。けど、あたしにはまだ弟がいる。生きているんだ。
 だから、きっと、自分よりも辛いはずなんだ。
 あの君島くんが珍しく落ち込んでいる。あの傍若無人、血気盛んな『強欲(テラ)』の隊員を一声で従わせるあの君島くんがだ。
 こんなときは自分が手を差し伸べてやらなければいけないだろう。
 同じリベルレギオンに所属している身として、いや、一人の友人として。
 そうだ、ここは慎重に。言葉を選んで元気になってもらうんだ。
 そう思い、君島くんの顔を見て口を開く。

「あの、君島く……」

「んでよ、話は変わるが岡田の服に盗聴器仕込んだのお前か?」

「へ?」

 急に話を振られて、ぽかんと口を開けた間抜け顔で聞き返してしまう。
 あれ? たった今まで何の話をしていたんだろうか。突然すぎて記憶がすっぽ抜ける。
 あたしは君島くんが傷心なのだろうと気を遣って、そんならしくない君島くんを見ていたくなくて、何とか立ち直ってもらおうと思って。それで、こうやって言葉を選んでいざ話しかけようと思ってたわけだ。
 で、なんだこれは?

「おい、どうなんだ?」

「……」

(心配したあたしが馬鹿みたいじゃん! ていうか、この『暴食(ウェントス)』の頭でもあるあたしが、何でこんなに気を遣ってあげないといけないのよ!?)

 そうだ、君島はこういう男だった。表情には出さないようにしていたが、風花の心中は荒れに荒れていた。
 盗聴器とは穏やかな話じゃないが、仕掛けたと疑っているなら、その本人に問いただすだろうか。この男は変わってるなと思った。

「ないよ。ないない。そんなこと絶対にありえないって! あたし、そんな陰湿に見える?」

「見えねえ。けど、関係ねえだろ。上から言われたどうなんだ?」

「そりゃ上から言われたら仕方なしに。って、言われたとしてもそんなことやんないよ! どうしても岡田くんに仕掛けなきゃいけないんなら、仕掛けたこときみに告げ口しちゃうかも」

「ふん、お前みたいなやつは部下には持ちたくねえな」

 そう言いながらも、少し口元を緩ませる君島。

「そうだな、支部の誰かが犯人っていうならたぶん、嘘真朧(こまる)ちゃんじゃないかな?」

「嘘真朧? ああ、あの陰湿な女か」

「でもそのちょっとだけ気持ちわかるなー。好きな男の子のことは全部知っておきたいもんだもんねー。だから、そういう色恋沙汰っていっつもトラブルになっちゃうわけだし! こればっかはいつの時代もってやつじゃない?」

「わかるなよ、犯罪じゃねえか。つか、どういうことだ?」

 蚊帳の外ではあったが、岡田も無言でうんうんと頷く。

(というか、仮にそうだとしたら僕だけ完全な被害者じゃないか? そりゃ、君島さんに盗聴器なんて仕掛けられないのはそうだけど、僕のプライベートなんてあったもんじゃないって事!?)

 冷静に考えて、完全なとばっちりを受けていることに気づいた岡田は心の中で一人憤慨する。やはり彼はどこまで行っても損な役回りというか苦労性のようだ。

「だって、嘘真朧ちゃん、君島くんのことたぶん好きだと思うよ? 本人は隠し通せてるかもしれないけどさ、バレバレっていうか、やっぱ傍から見るとわかるもんだよね」

「そうなのか?」

「うわ、今のそうなのか?って君島くん、ハーレム物の主人公みたいだよ。鈍感振り回し系主人公の素質あり?」

 しかめっ面を作って君島の物まねをする風花。それは物まね番組であったなら鐘一つを鳴らすことも躊躇われるほどに、口が微妙にしゃくれてしまっている部分も含めて全然似ていなかった。

「あははは、似てない! 工藤さん似てないですよ! それにそんな君島さんみたいな暴力的な人が主人公になれるわけないですよ! あははははっ!」

 フロントミラー越しに見たその物まねが、あまりに似てなくてつい吹き出してしまう岡田。そしてツボに入ってしまったのかそのまま笑い続ける。

「痛った!? ちょ、君島さん、いま運転中!?」

「岡田うるせえ。笑い過ぎだ」

「今のは、うん。岡田くんが悪いね」

 後部座席に座る二人に責められる哀れな岡田。今のは流石に彼が悪いとしても、その空気が絶妙に読めない部分も含めて、元来の苦労性だけは治りそうにない。

「そ、そんな、工藤さんまで!? 四面楚歌はやめてくださいよ。泣きますよ?」

「やめろ、気色が悪い」


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「それに、あの子は絶対に弱い者虐めなんかする子じゃないよ」
 風花は小さな声で呟くように言った。
「弱い者、どっちがだ」
「う」
 失言だった。
 決してそういうつもりで言ったわけではないが、この場合は雫という意味合いとなる。
 もちろん、弟の実力があれば雫とは良い勝負、いや、タイマンなら絶対に勝てると信じているが、それは君島の立場でも同じことが言えるだろう。
 言わば答えの出ない問いというやつだ。
 しまったと思った時にはもう遅かったが、言い切ってしまったからには仕方がない。
「う、ごめん。別に悪気はないよ。うん、これはホント」
「……」
 そうして二人黙り込む。沈黙が狭い車内を支配する。その沈黙に耐えきれなくなった岡田が、ニュースでもつけようと手を伸ばそうとした。
「いや謝るのはこっちだな。すまねえ。気を悪くしたんなら一発ぶん殴ってくれても構わねえ。身内を疑われるのは最低の気分だろ」
 しばらく時間をおいて君島は、昂っていた熱も引いたのか、隣にいる風花に謝罪をした。
「ううん。そんなことないよ。それにそうだったとしても許しちゃうよ、うん」
 努めて明るく振舞った口調でそう返した。
 その一言だけ。それだけ言ってあたしは黙ることにした。他に何か言おうとはしたけど、全部意味がない気がして。言葉は思いを伝える一番簡単な方法の一つだけどソレが無粋な時もある。
「雫ちゃんだって君島くんの肉親みたいなもんでしょ。二人とも孤児院育ちだもんね。君島くんの気持ち考えたら、あたし、何にも言えないよ」
 弟を疑われて嫌な気持ちにならなかったわけではない。けど、あたしにはまだ弟がいる。生きているんだ。
 だから、きっと、自分よりも辛いはずなんだ。
 あの君島くんが珍しく落ち込んでいる。あの傍若無人、血気盛んな『|強欲《テラ》』の隊員を一声で従わせるあの君島くんがだ。
 こんなときは自分が手を差し伸べてやらなければいけないだろう。
 同じリベルレギオンに所属している身として、いや、一人の友人として。
 そうだ、ここは慎重に。言葉を選んで元気になってもらうんだ。
 そう思い、君島くんの顔を見て口を開く。
「あの、君島く……」
「んでよ、話は変わるが岡田の服に盗聴器仕込んだのお前か?」
「へ?」
 急に話を振られて、ぽかんと口を開けた間抜け顔で聞き返してしまう。
 あれ? たった今まで何の話をしていたんだろうか。突然すぎて記憶がすっぽ抜ける。
 あたしは君島くんが傷心なのだろうと気を遣って、そんならしくない君島くんを見ていたくなくて、何とか立ち直ってもらおうと思って。それで、こうやって言葉を選んでいざ話しかけようと思ってたわけだ。
 で、なんだこれは?
「おい、どうなんだ?」
「……」
(心配したあたしが馬鹿みたいじゃん! ていうか、この『|暴食《ウェントス》』の頭でもあるあたしが、何でこんなに気を遣ってあげないといけないのよ!?)
 そうだ、君島はこういう男だった。表情には出さないようにしていたが、風花の心中は荒れに荒れていた。
 盗聴器とは穏やかな話じゃないが、仕掛けたと疑っているなら、その本人に問いただすだろうか。この男は変わってるなと思った。
「ないよ。ないない。そんなこと絶対にありえないって! あたし、そんな陰湿に見える?」
「見えねえ。けど、関係ねえだろ。上から言われたどうなんだ?」
「そりゃ上から言われたら仕方なしに。って、言われたとしてもそんなことやんないよ! どうしても岡田くんに仕掛けなきゃいけないんなら、仕掛けたこときみに告げ口しちゃうかも」
「ふん、お前みたいなやつは部下には持ちたくねえな」
 そう言いながらも、少し口元を緩ませる君島。
「そうだな、支部の誰かが犯人っていうならたぶん、|嘘真朧《こまる》ちゃんじゃないかな?」
「嘘真朧? ああ、あの陰湿な女か」
「でもそのちょっとだけ気持ちわかるなー。好きな男の子のことは全部知っておきたいもんだもんねー。だから、そういう色恋沙汰っていっつもトラブルになっちゃうわけだし! こればっかはいつの時代もってやつじゃない?」
「わかるなよ、犯罪じゃねえか。つか、どういうことだ?」
 蚊帳の外ではあったが、岡田も無言でうんうんと頷く。
(というか、仮にそうだとしたら僕だけ完全な被害者じゃないか? そりゃ、君島さんに盗聴器なんて仕掛けられないのはそうだけど、僕のプライベートなんてあったもんじゃないって事!?)
 冷静に考えて、完全なとばっちりを受けていることに気づいた岡田は心の中で一人憤慨する。やはり彼はどこまで行っても損な役回りというか苦労性のようだ。
「だって、嘘真朧ちゃん、君島くんのことたぶん好きだと思うよ? 本人は隠し通せてるかもしれないけどさ、バレバレっていうか、やっぱ傍から見るとわかるもんだよね」
「そうなのか?」
「うわ、今のそうなのか?って君島くん、ハーレム物の主人公みたいだよ。鈍感振り回し系主人公の素質あり?」
 しかめっ面を作って君島の物まねをする風花。それは物まね番組であったなら鐘一つを鳴らすことも躊躇われるほどに、口が微妙にしゃくれてしまっている部分も含めて全然似ていなかった。
「あははは、似てない! 工藤さん似てないですよ! それにそんな君島さんみたいな暴力的な人が主人公になれるわけないですよ! あははははっ!」
 フロントミラー越しに見たその物まねが、あまりに似てなくてつい吹き出してしまう岡田。そしてツボに入ってしまったのかそのまま笑い続ける。
「痛った!? ちょ、君島さん、いま運転中!?」
「岡田うるせえ。笑い過ぎだ」
「今のは、うん。岡田くんが悪いね」
 後部座席に座る二人に責められる哀れな岡田。今のは流石に彼が悪いとしても、その空気が絶妙に読めない部分も含めて、元来の苦労性だけは治りそうにない。
「そ、そんな、工藤さんまで!? 四面楚歌はやめてくださいよ。泣きますよ?」
「やめろ、気色が悪い」