通知が止まらないっ

ー/ー



「何焦ってるんだよ、和真は」
 慌ててエレベーターに乗る和真の後を、追いかける形で孔明も乗り込んだ。
「あと一分遅れてたら、いや10秒だったかもしれない。ヒュウマネ店中の女性客に囲まれてましたよ」
「? 何で」
「いい加減に気が付いてくださいよ。ったく」
 どーぞと、持ってきたエスプレッソマキアートを孔明に渡す。
「いーみが、分らんっ」
 ますます首をひねり、孔明は受け取ったマキアートに口をつけた。
「それより、アプリ登録完了させようよ」
「了解です」

 オフィスに戻ると、和真は孔明の隣に椅子を寄せ、膝もくっつかんばかりに引っ付いた。
「じゃ、始めますよ」 
「おうっ! さあ来いっ」
 コーポレイトが提供するマッチングアプリ「エスコート」。
 担当者の彼以上に知り尽くしている奴は、まぁ居ないだろうね。
 実際使ってるし、この男。
 お陰でサクサク入力項目が埋まっていく。
 プレゼンにも長けている和真の指導で、孔明のプロフィールの文面は完璧で最高に仕上がった。
 そして、登録が終わっても和真の口は止まらない。
 新たに導入した機能について、企画段階からの苦労話までをまるで自分の事のように話している。
 孔明はそれを止めるでもなく、静かに聞いていた。
「特に、他のアプリとの差別化として、大人気メンタリスト集団『ディエゴ』監修の心理テストを導入したんですよ。これは小池さんの提案だったんですけどね」
「さすがESM、どこにでも顔を出す」
「これやっとくと、相性もですが自分の事も分かって相手を選ぶときに凄く役立つんです」
 そうか、と孔明は笑顔で、
「いい商品開発に関われたんだね。それは幸せな事だよ和真」
 と言った。
 言われた和真は、一瞬動きが止まり孔明から目が離せなくなる。
「は……い。ヒュウマネ、なんで彼女いないんですか。いくらでもできそうなのに」
 いい人過ぎていないのか、自分に関心なさ過ぎてそうなのか。実はそっち系なのか。
「んー、ずっと好きだった人にフられちゃってね、それ以来もうどーでも良くなったというか。諦めちゃいないけど」
「その人の事、忘れられないんですか」
「あー、それはない。今でも連絡とってるし、絶対忘れない」
 そう答えると、一つ笑顔を返し視線を遠くへ向けた孔明であった。
 
 午後15時前、怜子がアポ通り戻って来た。
 
 ところが彼女との打ち合わせ中、突然孔明のスマホのバイブ音が鳴り始める。
 机に置いているから、振動が響いて煩いことこの上ない。
 通知音を切っておいて良かったと孔明は思ったが、
「あんた、何やらかしたの。さっきから五月蠅いんだけど」
 レイコパスのご機嫌が麗しくない。
「さぁ、特に何もして……」
「見せて、それ」
 というなり、机に置いてあったスマホを取り上げる。
 スワイプする端から通知が流れ出す。
 ----エスコート℮ 「イイね」が届きました----
 この文字がひっきりなしに続いている。
 怜子が持っている間もバイブが止まらない。
「通知とバイブも停止しといて。何の罰ゲームよコレ」
 気持ち悪っと、汚い物でも触ったようにスマホを手渡す。
 意味が分からないまま、孔明はバイブ機能を停止した。
「こうくん、エスコート入れたんだ」
「ああ、マッチングアプリね。昼休みに和真に教えてもらって登録したんだ」
「そう。業界ナンバーワンアプリなのよ。イイことあるといいね」
 そう言う怜子は笑顔だった。
「さて、企画の残り詰めちゃいますよ樋浦ゼネラルマネージャー」
「おうよ。しっかり売り込んでくるからマカセナサイ」

 定時きっかりに業務が終了すると、待ち構えていたかのように和真がやってきた。
 お疲れとあいさつを交わし、エレベーターホールへと向かう。
「僕、これからあの彼女と会うんです。今日で三回目なんですけど、今夜決めてき
ます」
「お、おう。頑張れ、しっかり決めてこい」
 先輩ツラして、肩を叩いてみる孔明だ。
 タイミングよくエレベーターが到着し、同じフロアの数人と一緒に乗り込んだ。
「で、ヒュウマネの方あれからどうですか」
「それがさ、よく分からないんだ。通知が五月蠅いってレイちゃんに叱られちゃったよ」
 と大人しくなったスマホをみせた。 
 画面解除し、アプリを呼び出し、和真に渡す。
「さすがっすね。昼に登録して『イイね』が三百件超えてます」
 もう、意味わかりませんよと和真が目を丸くして言う。
 いや、大半はお前の撮った写真が原因だ。片ほっぺ膨らませた顔なんて可愛すぎだろ、それ。
「これスキップで次の人に代わりますから。ピンときたらイイね返しでマッチングです」
 とスマホを返した。
「マッチングしたら、もういいの?」
「メッセージ交換して、そこからですよ勝負は」
 何言ってるんですか、もう、と和真は口をへの字に曲げる。
 分かったよと孔明はスマホとにらめっこを始めるが、いくらスキップしても終わらない。
「これ一括でスキップする機能無いんですよね、さすがに」
「それはさ、せっかく来てくれた女の子に悪いから付けちゃだめだよ」
 とせっせと一人一人確認してスキップしている。フリックする親指が疲れないか、ソレ。
「好みの子、居ました?」
「うーん。分かんない。こんなおじさんにイイねくれるんだから、みんないい子だよきっと」
「いや、それは面食いってだけです。いい子とは限らんですよ」
「そうなの?」
「外資の年収見に来たんですよ」
 
 夕飯やランチ目当ての子も居ましたと、和真が説明する。
「こっちは最初から食事代は全額払う気で誘っているんですけどね、何ていうか」
 どういう事と、孔明が訊く。
「誘ったんだから、払うのが当たり前みたいな感じで、食べ終わったらさっさと帰っちゃう子とか、まだ支払っている最中に帰る子とかいましたから」
 鳩が豆鉄砲食らってもそんな顔はしないだろうというくらい、孔明は目をむいて驚いている。
「それは、何というか言葉が出ないよ。……そうなんだ、それはそれで、凄いな」
 明らかに、目が泳いでいる。
「ボクだったら泣いちゃうよ。まずはお礼言ってごちそう様」
「そうそう。感謝して欲しいんじゃないんですけど、とにかくアプリの子ってそうなのかなって悲しくなりました」
「でも、ちゃんと見つけたんだから。やった価値はあったね」
「初めて3か月ですけど、諦めなくてよかったです」
 
 自分が担当ということもあって、半分意地になってましたと和真は目を伏せてうなずいた。
「とにかく、外資ってだけでも喰いつく子いますし、ましてやヒュウマネの顔と年収ならすぐ見つかりますよ」
「外資ってモテるんだ。少し安心した」
 和真が、こりゃだめだとため息をつく。
 お前は人の話をちゃんと聞け、孔明よ。外資は二の次だって和真が言ってんだろうがよ。
「とにかく、ピンときたらイイね返し。で、メッセージ送ってデートに誘ってください」
 いいですね、と真っ直ぐ孔明の目を見て両肩を手で掴む。
「お、おう! 詰めはセールストークのノリで」
 気圧されたのか、右手がガッツポーズを取っている。やる気はあるようだ、たぶん。
「そうです。その息です。メッセージは質問形式で。返事誘ってくださいよ。じゃ僕行ってきます」
「分からなくなったらメッセ送るから、また教えて」
「了解です。何でも聞いてください。とにかくヒュウマネ、諦めずにファイトです」
 負けじと和真もガッツポーズで答えた。
 もうこうなると、どっちが上司かわからない会話になってきた。
「おうっ。和真はしっかり決めて来いよ」
 そら行ってこいと和真の肩を押し、孔明は大げさに両手を振って見送る。
 和真が、片手をあげ名残惜しげにビル地下へ、メトロ入り口の階段を降りて行った。
 
 それを見送り、孔明がビルエントランスから通りに出ると、冷たい風が顔を直撃してきた。
 「うひゃぁ、さみぃ~」
 情けない声を上げ、孔明が鼻をすする。
 三月に入ったばかり、日が傾くとまだまだ肌寒い季節だ。
 上着羽織ってくればよかったなぁ、と孔明は一人ごちる。
 すっかり、見た目はくたびれた三十路のおっさんに戻っていた。

 さて、今夜は何喰おう。
 焼きめしオムライスでも久しぶりに作ろうかな。
 ミックスベジタブルあったっけ、などと独り言をつぶやきながら、朝とは反対に一駅先に向け歩きだす。
 せっかく始めたアプリだ。今夜はじっくりお相手を探してみよう、などと考えたかどうかは分からないが、本日の孔明はそのまま自分の部屋に帰ったのであった。


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 慌ててエレベーターに乗る和真の後を、追いかける形で孔明も乗り込んだ。
「あと一分遅れてたら、いや10秒だったかもしれない。ヒュウマネ店中の女性客に囲まれてましたよ」
「? 何で」
「いい加減に気が付いてくださいよ。ったく」
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 ますます首をひねり、孔明は受け取ったマキアートに口をつけた。
「それより、アプリ登録完了させようよ」
「了解です」
 オフィスに戻ると、和真は孔明の隣に椅子を寄せ、膝もくっつかんばかりに引っ付いた。
「じゃ、始めますよ」 
「おうっ! さあ来いっ」
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 担当者の彼以上に知り尽くしている奴は、まぁ居ないだろうね。
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 孔明はそれを止めるでもなく、静かに聞いていた。
「特に、他のアプリとの差別化として、大人気メンタリスト集団『ディエゴ』監修の心理テストを導入したんですよ。これは小池さんの提案だったんですけどね」
「さすがESM、どこにでも顔を出す」
「これやっとくと、相性もですが自分の事も分かって相手を選ぶときに凄く役立つんです」
 そうか、と孔明は笑顔で、
「いい商品開発に関われたんだね。それは幸せな事だよ和真」
 と言った。
 言われた和真は、一瞬動きが止まり孔明から目が離せなくなる。
「は……い。ヒュウマネ、なんで彼女いないんですか。いくらでもできそうなのに」
 いい人過ぎていないのか、自分に関心なさ過ぎてそうなのか。実はそっち系なのか。
「んー、ずっと好きだった人にフられちゃってね、それ以来もうどーでも良くなったというか。諦めちゃいないけど」
「その人の事、忘れられないんですか」
「あー、それはない。今でも連絡とってるし、絶対忘れない」
 そう答えると、一つ笑顔を返し視線を遠くへ向けた孔明であった。
 午後15時前、怜子がアポ通り戻って来た。
 ところが彼女との打ち合わせ中、突然孔明のスマホのバイブ音が鳴り始める。
 机に置いているから、振動が響いて煩いことこの上ない。
 通知音を切っておいて良かったと孔明は思ったが、
「あんた、何やらかしたの。さっきから五月蠅いんだけど」
 レイコパスのご機嫌が麗しくない。
「さぁ、特に何もして……」
「見せて、それ」
 というなり、机に置いてあったスマホを取り上げる。
 スワイプする端から通知が流れ出す。
 ----エスコート℮ 「イイね」が届きました----
 この文字がひっきりなしに続いている。
 怜子が持っている間もバイブが止まらない。
「通知とバイブも停止しといて。何の罰ゲームよコレ」
 気持ち悪っと、汚い物でも触ったようにスマホを手渡す。
 意味が分からないまま、孔明はバイブ機能を停止した。
「こうくん、エスコート入れたんだ」
「ああ、マッチングアプリね。昼休みに和真に教えてもらって登録したんだ」
「そう。業界ナンバーワンアプリなのよ。イイことあるといいね」
 そう言う怜子は笑顔だった。
「さて、企画の残り詰めちゃいますよ樋浦ゼネラルマネージャー」
「おうよ。しっかり売り込んでくるからマカセナサイ」
 定時きっかりに業務が終了すると、待ち構えていたかのように和真がやってきた。
 お疲れとあいさつを交わし、エレベーターホールへと向かう。
「僕、これからあの彼女と会うんです。今日で三回目なんですけど、今夜決めてき
ます」
「お、おう。頑張れ、しっかり決めてこい」
 先輩ツラして、肩を叩いてみる孔明だ。
 タイミングよくエレベーターが到着し、同じフロアの数人と一緒に乗り込んだ。
「で、ヒュウマネの方あれからどうですか」
「それがさ、よく分からないんだ。通知が五月蠅いってレイちゃんに叱られちゃったよ」
 と大人しくなったスマホをみせた。 
 画面解除し、アプリを呼び出し、和真に渡す。
「さすがっすね。昼に登録して『イイね』が三百件超えてます」
 もう、意味わかりませんよと和真が目を丸くして言う。
 いや、大半はお前の撮った写真が原因だ。片ほっぺ膨らませた顔なんて可愛すぎだろ、それ。
「これスキップで次の人に代わりますから。ピンときたらイイね返しでマッチングです」
 とスマホを返した。
「マッチングしたら、もういいの?」
「メッセージ交換して、そこからですよ勝負は」
 何言ってるんですか、もう、と和真は口をへの字に曲げる。
 分かったよと孔明はスマホとにらめっこを始めるが、いくらスキップしても終わらない。
「これ一括でスキップする機能無いんですよね、さすがに」
「それはさ、せっかく来てくれた女の子に悪いから付けちゃだめだよ」
 とせっせと一人一人確認してスキップしている。フリックする親指が疲れないか、ソレ。
「好みの子、居ました?」
「うーん。分かんない。こんなおじさんにイイねくれるんだから、みんないい子だよきっと」
「いや、それは面食いってだけです。いい子とは限らんですよ」
「そうなの?」
「外資の年収見に来たんですよ」
 夕飯やランチ目当ての子も居ましたと、和真が説明する。
「こっちは最初から食事代は全額払う気で誘っているんですけどね、何ていうか」
 どういう事と、孔明が訊く。
「誘ったんだから、払うのが当たり前みたいな感じで、食べ終わったらさっさと帰っちゃう子とか、まだ支払っている最中に帰る子とかいましたから」
 鳩が豆鉄砲食らってもそんな顔はしないだろうというくらい、孔明は目をむいて驚いている。
「それは、何というか言葉が出ないよ。……そうなんだ、それはそれで、凄いな」
 明らかに、目が泳いでいる。
「ボクだったら泣いちゃうよ。まずはお礼言ってごちそう様」
「そうそう。感謝して欲しいんじゃないんですけど、とにかくアプリの子ってそうなのかなって悲しくなりました」
「でも、ちゃんと見つけたんだから。やった価値はあったね」
「初めて3か月ですけど、諦めなくてよかったです」
 自分が担当ということもあって、半分意地になってましたと和真は目を伏せてうなずいた。
「とにかく、外資ってだけでも喰いつく子いますし、ましてやヒュウマネの顔と年収ならすぐ見つかりますよ」
「外資ってモテるんだ。少し安心した」
 和真が、こりゃだめだとため息をつく。
 お前は人の話をちゃんと聞け、孔明よ。外資は二の次だって和真が言ってんだろうがよ。
「とにかく、ピンときたらイイね返し。で、メッセージ送ってデートに誘ってください」
 いいですね、と真っ直ぐ孔明の目を見て両肩を手で掴む。
「お、おう! 詰めはセールストークのノリで」
 気圧されたのか、右手がガッツポーズを取っている。やる気はあるようだ、たぶん。
「そうです。その息です。メッセージは質問形式で。返事誘ってくださいよ。じゃ僕行ってきます」
「分からなくなったらメッセ送るから、また教えて」
「了解です。何でも聞いてください。とにかくヒュウマネ、諦めずにファイトです」
 負けじと和真もガッツポーズで答えた。
 もうこうなると、どっちが上司かわからない会話になってきた。
「おうっ。和真はしっかり決めて来いよ」
 そら行ってこいと和真の肩を押し、孔明は大げさに両手を振って見送る。
 和真が、片手をあげ名残惜しげにビル地下へ、メトロ入り口の階段を降りて行った。
 それを見送り、孔明がビルエントランスから通りに出ると、冷たい風が顔を直撃してきた。
 「うひゃぁ、さみぃ~」
 情けない声を上げ、孔明が鼻をすする。
 三月に入ったばかり、日が傾くとまだまだ肌寒い季節だ。
 上着羽織ってくればよかったなぁ、と孔明は一人ごちる。
 すっかり、見た目はくたびれた三十路のおっさんに戻っていた。
 さて、今夜は何喰おう。
 焼きめしオムライスでも久しぶりに作ろうかな。
 ミックスベジタブルあったっけ、などと独り言をつぶやきながら、朝とは反対に一駅先に向け歩きだす。
 せっかく始めたアプリだ。今夜はじっくりお相手を探してみよう、などと考えたかどうかは分からないが、本日の孔明はそのまま自分の部屋に帰ったのであった。