第5話:深紅の暴走騎士、現る

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 荒野を突き進む『デリシャス・ワゴナー号』の背後に、不穏な魔力反応が迫っていた。
 地平線の彼方から、砂塵を巻き上げて爆走してくる一団。
 その先頭を走るのは、燃えるような紅蓮に塗られた大型の魔導バイクだった。

「――っ、何ですかあの下品な色の乗り物は! 私の美意識(メイド・アイ)が、あれを『粗大ゴミ』と判定しましたわ!」

 リゼが窓から身を乗り出して叫ぶ。

「いや、あの色は……まずいな。一番厄介なのが来た」

 カイの網膜に映る『論理眼(タクティカル・アイ)』が、対象の識別信号を読み取る。
 帝国軍、真紅の騎士団。そしてその団長――ヴァネッサ・クイン。

 ワゴナー号の側面に並んだバイクが、激しい砂煙を上げて急停止した。
 ライダーがフルフェイスのヘルメットを脱ぎ捨てると、中から燃えるような深紅のロングヘアが鮮やかに広がる。
 その素顔は、誰もが二度見するような、冷徹さと高潔さを併せ持った超絶的な美人だった。
 鋭くも気品のある瞳、陶器のような肌、およびタイトな甲冑に包まれた完璧なプロポーション。

「見つけたわよ、カーーイー!!」

 だが、その絶世の美女が口を開いた瞬間、すべてが台無しになった。
 彼女は魔導拡声器を構え、鬼のような形相で一枚の紙を振りかざす。

「逃げようなんて無駄よ! これを見なさい! 署名も捺印も、証人のハンスの印鑑も全部揃ってるわ! カイ、今すぐ帝国に戻って私と入籍しなさい!!」
「……相変わらずだな。アカデミー時代から、お前のその『論理を無視した突進力』だけは、次席止まりの理由だって言っただろ」

 カイが窓から顔を出して呆れ果てた声を出すと、ヴァネッサは顔を真っ赤にして叫び返した。

「うるさいわね、万年首席の引きこもり分析官! あんたが帝国を抜けたせいで、私が自動的に首席に繰り上がっちゃったじゃない! そんなの認めないわよ! 実力で私があんたを捕まえて、家族という名の『終身雇用』にぶち込んでやるんだから!」

「……証人の判を無理やり押させられたハンスの顔が目に浮かぶな。あのなヴァネッサ、普通は婚姻届で人を追わないんだ」
「いいえ! これが私の必勝戦術よ!!」

 ヴァネッサの背後から、彼女を補佐するハンス副官が必死の形相でバイクを飛ばしてきた。
 彼の隈(くま)の濃い目は、今にも涙が零れ落ちそうだ。

「閣下……! 目的を、どうか目的を思い出してください! 亡命した聖女エルナの身柄確保こそが、皇帝陛下から直接下された勅命ですよ!?」
「黙ってなさいハンス! 陛下にはこう報告しておきなさい! 『聖女のついでに、最高の夫も捕まえてきます』ってね! 全機起動、リリ・シリーズ、突撃!」

 ヴァネッサが号令を下すと、彼女の周囲に控えていた数体の自動人形――『リリ・シリーズ』が同時に光翼を広げた。リゼのデータを元に帝国が量産した、感情を排したデッドコピーたちだ。

「……あうぅ、私のせいで皆さんが戦うことに……。それに、あの綺麗な人、なんだか凄く怖いです……」
「エルナ様、気に病む必要はありません。あの女は、あなたがここにいようがいまいが、ご主人様を略奪しに来たでしょうから。……それにしても、顔はいいのに回路の中身はジャンク品以下ですわね」

 リゼがワゴナー号のハッチを開け、外へと躍り出る。
 ヴァネッサはバイクから飛び降りると、愛剣である巨大な剛剣を抜き放ち、カイに向かって一直線に突っ込んできた。

「カイ! その不器用なドールなんて捨てて、私を選びなさい! 私の愛は、帝国の魔導炉より高熱なんだから!」
「……だからその熱が、論理的に見て『重すぎる』と言ってるんだ」

 カイは、追い詰められたハンスの視線と一瞬だけ交差し、互いに「お疲れ様です」と言わんばかりの深い共感(シンパシー)を交わした。

 荒野で激突する、リゼの演算された細剣と、ヴァネッサの直感的な剛剣。
 リリ・シリーズがハンスの的確な遠隔指示によって連携攻撃を仕掛けてくるが、リゼはカイのサポートを得てそれを捌いていく。

「リゼ、左舷15度。ヴァネッサは今、俺と目が合って心拍数が15パーセント上昇した。……そこが致命的なバグだ!」
「了解です、ご主人様! ……乙女心の揺らぎを戦術に組み込まれるとは、流石ですわ!」

「キャーーー! ちょっと今の聞いた!? カイ、私の心拍数を計ってくれてるのね!? ああ、その冷徹な分析、やっぱり最高にカッコいいわぁ!!」

 ヴァネッサは激しい剣戟の最中だというのに、カイの指示を聞いて身悶えした。もはや戦いよりも、カイの「戦術モード」の声を聴くことに全精力を注いでいる。

「リゼ、そのまま潜り込め。ヴァネッサは今、俺の声に聞き惚れてガードが甘くなっている」
「もーー! バレてるわよ、カイ! 大好き!! もっと指示して! もっと私を分析してぇ!!」

 公私混同も甚だしい絶叫。敵であるはずのリゼへの指示にまで、ヴァネッサは一緒になって「キャーキャー」と歓声を上げている。

「……リゼ、一気にやれ。あの女の愛が物理的な質量を持ってワゴナー号を押し潰しそうだ」
「承知いたしました。……害虫ならぬ、『恋の暴走ゴミ』を排除しますわ!」
「しまっ――カイ、今の『一気にやれ』って声もセクシーすぎ――っ」

「『不器用なメイドの、全力往復ビンタ(物理衝撃波)』!」

 ドゴォォォン!!

 見惚れて棒立ちになったヴァネッサに、リゼの無慈悲な掌打が炸裂した。
 盾を弾き飛ばされ、地面に転がったヴァネッサだったが、その顔はなぜか恍惚としている。

「……あはぁ。……カイの指示で……カイのメイドに叩かれるなんて……。今日はこれくらいにしておいてあげるけど、次は婚姻届の予備を百枚と、ハンスに書かせた誓約書も持ってくるわよ!」

 ヴァネッサは上気した顔でバイクに飛び乗り、ハンスに無理やり引きずられるようにして去っていった。

 静かになった荒野。
 ピノが呆れ果てたようにカイを憐れみの目で見つめた。

「……あんた、あんなのに狙われてたの? ……正直、リゼよりあっちの方が『兵器』として完成されてるわよ。愛が物理的な破壊力に変換されてるもの。主席も楽じゃないわね」
「……否定できないのが、この旅で最大の論理的エラーだ」

「ご主人様。警戒度を緊急事態レベルに引き上げます。あの『赤いストーカー』をご主人様の半径一キロ以内に近づけさせるわけには参りませんわ」

 リゼは本気で火花を散らしながら、ワゴナー号のキッチンへ向かうカイをガードするように歩いた。

 その夜、激戦の興奮を鎮めるためにカイが作ったのは、爽やかな一品。

「お待たせ。……草原のハーブ・オムライスだ」

 細かく刻んだミントとパセリを混ぜ込んだライスを、ふんわりとした卵で包む。
 その上から、キリッと冷やした特製トマトソースをたっぷりとかけた。

「……はふぅ。……お口の中が、草原みたいです……」

 エルナが幸せそうに頬張る。
 リゼも冷たいソースの刺激に、熱暴走しかけていた演算回路を冷やしていく。

「……美味しいです。……ですがご主人様。……隠し味に、あの女への『愛の重さ』とか入っていませんわよね?」
「あるわけないだろ。……早く食べろ、明日も早いぞ」

 ワゴナー号は月明かりの下、再び走り出す。
 だが、ハンス副官の「もう辞めたい……」という溜息が、夜風に乗って聞こえてきたような気がした。

(第6話へ続く)




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 荒野を突き進む『デリシャス・ワゴナー号』の背後に、不穏な魔力反応が迫っていた。
 地平線の彼方から、砂塵を巻き上げて爆走してくる一団。
 その先頭を走るのは、燃えるような紅蓮に塗られた大型の魔導バイクだった。
「――っ、何ですかあの下品な色の乗り物は! 私の美意識(メイド・アイ)が、あれを『粗大ゴミ』と判定しましたわ!」
 リゼが窓から身を乗り出して叫ぶ。
「いや、あの色は……まずいな。一番厄介なのが来た」
 カイの網膜に映る『論理眼(タクティカル・アイ)』が、対象の識別信号を読み取る。
 帝国軍、真紅の騎士団。そしてその団長――ヴァネッサ・クイン。
 ワゴナー号の側面に並んだバイクが、激しい砂煙を上げて急停止した。
 ライダーがフルフェイスのヘルメットを脱ぎ捨てると、中から燃えるような深紅のロングヘアが鮮やかに広がる。
 その素顔は、誰もが二度見するような、冷徹さと高潔さを併せ持った超絶的な美人だった。
 鋭くも気品のある瞳、陶器のような肌、およびタイトな甲冑に包まれた完璧なプロポーション。
「見つけたわよ、カーーイー!!」
 だが、その絶世の美女が口を開いた瞬間、すべてが台無しになった。
 彼女は魔導拡声器を構え、鬼のような形相で一枚の紙を振りかざす。
「逃げようなんて無駄よ! これを見なさい! 署名も捺印も、証人のハンスの印鑑も全部揃ってるわ! カイ、今すぐ帝国に戻って私と入籍しなさい!!」
「……相変わらずだな。アカデミー時代から、お前のその『論理を無視した突進力』だけは、次席止まりの理由だって言っただろ」
 カイが窓から顔を出して呆れ果てた声を出すと、ヴァネッサは顔を真っ赤にして叫び返した。
「うるさいわね、万年首席の引きこもり分析官! あんたが帝国を抜けたせいで、私が自動的に首席に繰り上がっちゃったじゃない! そんなの認めないわよ! 実力で私があんたを捕まえて、家族という名の『終身雇用』にぶち込んでやるんだから!」
「……証人の判を無理やり押させられたハンスの顔が目に浮かぶな。あのなヴァネッサ、普通は婚姻届で人を追わないんだ」
「いいえ! これが私の必勝戦術よ!!」
 ヴァネッサの背後から、彼女を補佐するハンス副官が必死の形相でバイクを飛ばしてきた。
 彼の隈(くま)の濃い目は、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「閣下……! 目的を、どうか目的を思い出してください! 亡命した聖女エルナの身柄確保こそが、皇帝陛下から直接下された勅命ですよ!?」
「黙ってなさいハンス! 陛下にはこう報告しておきなさい! 『聖女のついでに、最高の夫も捕まえてきます』ってね! 全機起動、リリ・シリーズ、突撃!」
 ヴァネッサが号令を下すと、彼女の周囲に控えていた数体の自動人形――『リリ・シリーズ』が同時に光翼を広げた。リゼのデータを元に帝国が量産した、感情を排したデッドコピーたちだ。
「……あうぅ、私のせいで皆さんが戦うことに……。それに、あの綺麗な人、なんだか凄く怖いです……」
「エルナ様、気に病む必要はありません。あの女は、あなたがここにいようがいまいが、ご主人様を略奪しに来たでしょうから。……それにしても、顔はいいのに回路の中身はジャンク品以下ですわね」
 リゼがワゴナー号のハッチを開け、外へと躍り出る。
 ヴァネッサはバイクから飛び降りると、愛剣である巨大な剛剣を抜き放ち、カイに向かって一直線に突っ込んできた。
「カイ! その不器用なドールなんて捨てて、私を選びなさい! 私の愛は、帝国の魔導炉より高熱なんだから!」
「……だからその熱が、論理的に見て『重すぎる』と言ってるんだ」
 カイは、追い詰められたハンスの視線と一瞬だけ交差し、互いに「お疲れ様です」と言わんばかりの深い共感(シンパシー)を交わした。
 荒野で激突する、リゼの演算された細剣と、ヴァネッサの直感的な剛剣。
 リリ・シリーズがハンスの的確な遠隔指示によって連携攻撃を仕掛けてくるが、リゼはカイのサポートを得てそれを捌いていく。
「リゼ、左舷15度。ヴァネッサは今、俺と目が合って心拍数が15パーセント上昇した。……そこが致命的なバグだ!」
「了解です、ご主人様! ……乙女心の揺らぎを戦術に組み込まれるとは、流石ですわ!」
「キャーーー! ちょっと今の聞いた!? カイ、私の心拍数を計ってくれてるのね!? ああ、その冷徹な分析、やっぱり最高にカッコいいわぁ!!」
 ヴァネッサは激しい剣戟の最中だというのに、カイの指示を聞いて身悶えした。もはや戦いよりも、カイの「戦術モード」の声を聴くことに全精力を注いでいる。
「リゼ、そのまま潜り込め。ヴァネッサは今、俺の声に聞き惚れてガードが甘くなっている」
「もーー! バレてるわよ、カイ! 大好き!! もっと指示して! もっと私を分析してぇ!!」
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「承知いたしました。……害虫ならぬ、『恋の暴走ゴミ』を排除しますわ!」
「しまっ――カイ、今の『一気にやれ』って声もセクシーすぎ――っ」
「『不器用なメイドの、全力往復ビンタ(物理衝撃波)』!」
 ドゴォォォン!!
 見惚れて棒立ちになったヴァネッサに、リゼの無慈悲な掌打が炸裂した。
 盾を弾き飛ばされ、地面に転がったヴァネッサだったが、その顔はなぜか恍惚としている。
「……あはぁ。……カイの指示で……カイのメイドに叩かれるなんて……。今日はこれくらいにしておいてあげるけど、次は婚姻届の予備を百枚と、ハンスに書かせた誓約書も持ってくるわよ!」
 ヴァネッサは上気した顔でバイクに飛び乗り、ハンスに無理やり引きずられるようにして去っていった。
 静かになった荒野。
 ピノが呆れ果てたようにカイを憐れみの目で見つめた。
「……あんた、あんなのに狙われてたの? ……正直、リゼよりあっちの方が『兵器』として完成されてるわよ。愛が物理的な破壊力に変換されてるもの。主席も楽じゃないわね」
「……否定できないのが、この旅で最大の論理的エラーだ」
「ご主人様。警戒度を緊急事態レベルに引き上げます。あの『赤いストーカー』をご主人様の半径一キロ以内に近づけさせるわけには参りませんわ」
 リゼは本気で火花を散らしながら、ワゴナー号のキッチンへ向かうカイをガードするように歩いた。
 その夜、激戦の興奮を鎮めるためにカイが作ったのは、爽やかな一品。
「お待たせ。……草原のハーブ・オムライスだ」
 細かく刻んだミントとパセリを混ぜ込んだライスを、ふんわりとした卵で包む。
 その上から、キリッと冷やした特製トマトソースをたっぷりとかけた。
「……はふぅ。……お口の中が、草原みたいです……」
 エルナが幸せそうに頬張る。
 リゼも冷たいソースの刺激に、熱暴走しかけていた演算回路を冷やしていく。
「……美味しいです。……ですがご主人様。……隠し味に、あの女への『愛の重さ』とか入っていませんわよね?」
「あるわけないだろ。……早く食べろ、明日も早いぞ」
 ワゴナー号は月明かりの下、再び走り出す。
 だが、ハンス副官の「もう辞めたい……」という溜息が、夜風に乗って聞こえてきたような気がした。
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