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第16話:追跡するリスと、隠れる猫。-3

ー/ー



「魔王様…!あの女の動きは、まるで幻のようです…!我々の包囲網が、全く機能しません!何という恐るべき機動力…!」

 シエルは、苛立ちを募らせる。彼のリスとしての本能が、目の前の獲物が、いかに捕らえがたい存在であるかを告げていた。

「くっ…あの女め…!何という神出鬼没な奇襲戦術だ!まるで影のようだ…!しかし、必ず捕らえてやる!このシエル様が、必ずや!」

 人間側は、リリアーナの行動を「魔王軍を攪乱するための奇策」と解釈し、歓喜していた。彼らの目には、リリアーナが魔王軍を翻弄し、その戦力を削いでいる姿が映っていた。

「賢者様が、魔王軍を翻弄されているぞ!これは、我々が攻め込む絶好の機会だ!賢者様が道を開いてくださっているのだ!」

 アリアは、リリアーナの行動を「囮作戦」だと信じ、兵士たちに総攻撃の指示を出した。彼女の声には、確信と、そしてリリアーナへの感謝が込められていた。

「全軍突撃!賢者様が魔王軍の目を引きつけてくださっている!その間に、我々は魔王軍の側面を攻撃するぞ!賢者様のご期待に応えるのだ!この勝利は、賢者様がもたらしてくださる!」

 人間軍は、リリアーナの「囮作戦」に奮い立ち、魔王軍へと突撃した。彼らの雄叫びが、街中に響き渡る。

 その頃、ルーナは、王都の街外れにある見晴らしの良い丘に座り、双眼鏡を覗き込んでいた。

 彼女の傍らには、淹れたての温かいハーブティーが湯気を立てている。

 彼女は元来、各地を巡る古物商であり、その旅の傍らで「中立の情報屋」として生計を立てていた。この世界に突如として現れた「伝説の賢者」と「魔王」が引き起こす騒乱は、彼女にとって最高の情報源であり、同時に興味深い観察対象だった。

「ふむ、相変わらずの追いかけっこね。人間も魔族も、本当に大げさなこと。たかが『賢者』と『魔王』の遊戯に、よくもここまで真面になれるものだわ。」

 ルーナは、双眼鏡の焦点を合わせながら、眼下の混沌を観察した。
 彼女は古くから伝わる転生の古文書や、異世界に関する秘匿された記録を読み解く中で、稀に異なる世界の魂がこの世界に宿ることがあると知っていた。

 そして、リリアーナの時折見せる猫のような仕草や、シエルが備蓄に異常なまでの執着を見せる姿を、これまでも幾度となく目撃してきた。その卓越した洞察力と知識が結びつき、ルーナの脳裏には一つの仮説が浮かび上がっていた。

「あの『賢者』は、まるで猫のよう。気まぐれに動き、獲物を見れば一直線。そしてあの『魔王』も、ひたすら何かを貯め込もうとする。リスのようね。

 まさか、この世界の命運が、異世界から転生した『動物たち』の本能に左右されているなんてね。彼らの行動は、人間や魔族の論理では到底理解できない。だが、もし彼らが動物だとしたら…全てが腑に落ちる。」

 彼女の口元には、真実に近づいた者の冷ややかな笑みが浮かんだ。
 この類を見ない「動物的本能による戦争」を、歴史の裏側に克明に記録しようと決意し、以来、両軍の動向を影から見守り続けていたのだ。

「結局、あの猫は、ただうるさいネズミから逃げ回って、快適な場所を探し、美味しいものを食べてるだけよ。一方、あのリスは、自分の備蓄を荒らされたことに腹を立てて、必死に追いかけているだけ。彼らの真意に気づかない周りの大真面目さには、呆れるばかりだわ。この茶番劇、一体どこまで続くのかしらね。」

 ルーナは、そう呟きながら、カップに残ったハーブティーを飲み干した。
 熱い液体が喉を通り過ぎるたびに、彼女の冷静な思考はより研ぎ澄まされていく。

 彼女は、この世界の真実を知る唯一の傍観者として、この「誤解」の連鎖が織りなす歴史の変遷を、克明に記録し続けるつもりだった。
 そして、この奇妙な戦いがどのような結末を迎えるのか、密かに楽しみにしていた。



 リリアーナとシエルの「追いかけっこ」は、数日に及んだ。

 シエルは、リリアーナの魔力の残滓を辿り、執拗に追い続ける。
 彼の体は疲弊し、魔力も消耗していくが、リスとしての本能が彼を突き動かす。

 リリアーナは、その「しつこさ」にうんざりしながらも、猫らしい身軽さと知恵で、魔王の追跡をかわし続ける。彼女は、ただ、静かで、日当たりの良い場所を求めていた。

 その過程で、リリアーナは、偶然にも魔王軍の隠された拠点をいくつか発見し、そこにあった備蓄品(ミーコにとっては「おもちゃ」や「美味しいもの」)を「回収」していった。

 ある時は、魔王軍の食料庫で、大量のネズミのおもちゃ(実は魔王軍の秘密兵器の部品)を見つけ、じゃれついて壊してしまったり、またある時は、魔王軍の秘密文書保管庫で、キラキラ光るインクの瓶(実は貴重な魔力インク)を見つけ、それを爪で引っ掻いて、壁に奇妙な模様を描いたりした。

 もちろん、人間側はそれを

「賢者様が魔王軍の秘密拠点を次々と破壊されている!」
「賢者様が、魔王軍の秘密兵器の設計図を解読し、その弱点を示してくださったのだ!」

 と大々的に報じ、魔王軍は

「あの女め…!何という恐るべき破壊工作だ!」
「魔王様の秘密兵器が…!あの女に全て見破られたのか!」

 と頭を抱えることになる。

 リリアーナの「追いかけっこ」は、結果的に魔王軍の勢力をさらに削ぎ、人間側の士気を高めることになった。

 しかし、リリアーナの目的は、ただ「うるさいネズミから逃れること」と「面白いものを見つけること」だけだった。彼女は、自分が世界の命運を左右する存在になっていることなど、夢にも思っていなかった。

 そして、シエルは、リリアーナを捕らえることができないまま、彼のリスとしての本能が、次の段階へと彼を突き動かし始める。

 それは、来るべき「大いなる冬」への、さらなる大規模で、そしてより強固な備蓄計画だった。彼の焦燥感は、もはや限界に達していた。





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「魔王様…!あの女の動きは、まるで幻のようです…!我々の包囲網が、全く機能しません!何という恐るべき機動力…!」
 シエルは、苛立ちを募らせる。彼のリスとしての本能が、目の前の獲物が、いかに捕らえがたい存在であるかを告げていた。
「くっ…あの女め…!何という神出鬼没な奇襲戦術だ!まるで影のようだ…!しかし、必ず捕らえてやる!このシエル様が、必ずや!」
 人間側は、リリアーナの行動を「魔王軍を攪乱するための奇策」と解釈し、歓喜していた。彼らの目には、リリアーナが魔王軍を翻弄し、その戦力を削いでいる姿が映っていた。
「賢者様が、魔王軍を翻弄されているぞ!これは、我々が攻め込む絶好の機会だ!賢者様が道を開いてくださっているのだ!」
 アリアは、リリアーナの行動を「囮作戦」だと信じ、兵士たちに総攻撃の指示を出した。彼女の声には、確信と、そしてリリアーナへの感謝が込められていた。
「全軍突撃!賢者様が魔王軍の目を引きつけてくださっている!その間に、我々は魔王軍の側面を攻撃するぞ!賢者様のご期待に応えるのだ!この勝利は、賢者様がもたらしてくださる!」
 人間軍は、リリアーナの「囮作戦」に奮い立ち、魔王軍へと突撃した。彼らの雄叫びが、街中に響き渡る。
 その頃、ルーナは、王都の街外れにある見晴らしの良い丘に座り、双眼鏡を覗き込んでいた。
 彼女の傍らには、淹れたての温かいハーブティーが湯気を立てている。
 彼女は元来、各地を巡る古物商であり、その旅の傍らで「中立の情報屋」として生計を立てていた。この世界に突如として現れた「伝説の賢者」と「魔王」が引き起こす騒乱は、彼女にとって最高の情報源であり、同時に興味深い観察対象だった。
「ふむ、相変わらずの追いかけっこね。人間も魔族も、本当に大げさなこと。たかが『賢者』と『魔王』の遊戯に、よくもここまで真面になれるものだわ。」
 ルーナは、双眼鏡の焦点を合わせながら、眼下の混沌を観察した。
 彼女は古くから伝わる転生の古文書や、異世界に関する秘匿された記録を読み解く中で、稀に異なる世界の魂がこの世界に宿ることがあると知っていた。
 そして、リリアーナの時折見せる猫のような仕草や、シエルが備蓄に異常なまでの執着を見せる姿を、これまでも幾度となく目撃してきた。その卓越した洞察力と知識が結びつき、ルーナの脳裏には一つの仮説が浮かび上がっていた。
「あの『賢者』は、まるで猫のよう。気まぐれに動き、獲物を見れば一直線。そしてあの『魔王』も、ひたすら何かを貯め込もうとする。リスのようね。
 まさか、この世界の命運が、異世界から転生した『動物たち』の本能に左右されているなんてね。彼らの行動は、人間や魔族の論理では到底理解できない。だが、もし彼らが動物だとしたら…全てが腑に落ちる。」
 彼女の口元には、真実に近づいた者の冷ややかな笑みが浮かんだ。
 この類を見ない「動物的本能による戦争」を、歴史の裏側に克明に記録しようと決意し、以来、両軍の動向を影から見守り続けていたのだ。
「結局、あの猫は、ただうるさいネズミから逃げ回って、快適な場所を探し、美味しいものを食べてるだけよ。一方、あのリスは、自分の備蓄を荒らされたことに腹を立てて、必死に追いかけているだけ。彼らの真意に気づかない周りの大真面目さには、呆れるばかりだわ。この茶番劇、一体どこまで続くのかしらね。」
 ルーナは、そう呟きながら、カップに残ったハーブティーを飲み干した。
 熱い液体が喉を通り過ぎるたびに、彼女の冷静な思考はより研ぎ澄まされていく。
 彼女は、この世界の真実を知る唯一の傍観者として、この「誤解」の連鎖が織りなす歴史の変遷を、克明に記録し続けるつもりだった。
 そして、この奇妙な戦いがどのような結末を迎えるのか、密かに楽しみにしていた。
 リリアーナとシエルの「追いかけっこ」は、数日に及んだ。
 シエルは、リリアーナの魔力の残滓を辿り、執拗に追い続ける。
 彼の体は疲弊し、魔力も消耗していくが、リスとしての本能が彼を突き動かす。
 リリアーナは、その「しつこさ」にうんざりしながらも、猫らしい身軽さと知恵で、魔王の追跡をかわし続ける。彼女は、ただ、静かで、日当たりの良い場所を求めていた。
 その過程で、リリアーナは、偶然にも魔王軍の隠された拠点をいくつか発見し、そこにあった備蓄品(ミーコにとっては「おもちゃ」や「美味しいもの」)を「回収」していった。
 ある時は、魔王軍の食料庫で、大量のネズミのおもちゃ(実は魔王軍の秘密兵器の部品)を見つけ、じゃれついて壊してしまったり、またある時は、魔王軍の秘密文書保管庫で、キラキラ光るインクの瓶(実は貴重な魔力インク)を見つけ、それを爪で引っ掻いて、壁に奇妙な模様を描いたりした。
 もちろん、人間側はそれを
「賢者様が魔王軍の秘密拠点を次々と破壊されている!」
「賢者様が、魔王軍の秘密兵器の設計図を解読し、その弱点を示してくださったのだ!」
 と大々的に報じ、魔王軍は
「あの女め…!何という恐るべき破壊工作だ!」
「魔王様の秘密兵器が…!あの女に全て見破られたのか!」
 と頭を抱えることになる。
 リリアーナの「追いかけっこ」は、結果的に魔王軍の勢力をさらに削ぎ、人間側の士気を高めることになった。
 しかし、リリアーナの目的は、ただ「うるさいネズミから逃れること」と「面白いものを見つけること」だけだった。彼女は、自分が世界の命運を左右する存在になっていることなど、夢にも思っていなかった。
 そして、シエルは、リリアーナを捕らえることができないまま、彼のリスとしての本能が、次の段階へと彼を突き動かし始める。
 それは、来るべき「大いなる冬」への、さらなる大規模で、そしてより強固な備蓄計画だった。彼の焦燥感は、もはや限界に達していた。