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真夜中のディスアームド。(後編)

ー/ー



 先輩のデコピンで、酔った意識が一瞬だけはっきりする。
 でも、それもすぐに元に戻ってしまった。

「モチコ、眠そうだね」

 先輩のやさしい声に、こくんとうなづく。

「残ってるデザート、片付けておくから。眠っていいよ」

 またこくんとうなづく。
 先輩の声でさえ子守歌になりそうだ。

「メガネ、外さないとね」

 そう言った先輩が、顔に手を伸ばしてきた。
 メガネを掴もうとするその指が、頬を撫でるように触れてくすぐったい。

 両手でそっと捕らえられた黒ぶちメガネが、ゆっくりと顔から引き抜かれていく。
 メガネのつるの部分が耳から外され、少しづつ、耳たぶのうえをかすめながら通る。
 触れるたび身体に走る、何とも言えない微かな心地よさ。

 やがてメガネの圧迫感がすっと消え、視界がぼやけた。

 先輩が丁寧にメガネを外す仕草は、やさしく外される服のボタンを想像させる。
 ふう、とため息をつく。

 静かな部屋に、コトリ、と音がした。
 メガネをベッド脇のテーブルにそっと置いてくれたらしい。

 ぼやけた視界。
 先輩のあまい香りがする。百合の花のような匂い。
 覆い被さっている先輩の身体から、たしかな重みと、体温を感じる。 

 メガネがないと本当に無防備だ。
 まるで心が裸にされている感じがする。
 先輩にこんなにやさしく裸にされてしまったら。
 視界が奪われたいま、何をされても、わからないかもしれない。

 先輩の表情もよく見えないから、ただ顔をじっと見つめてしまう。
 あたたかい息が顔にかかる。
 そうして無言で見つめあっていた。

 しばらくすると、視界がぼやけるのと同じように、頭もぼやけてきた。

 あれ? さっきまで、先輩と何の話をしていたっけ?
 あ、そうだ。残ってたデザートだ。もったいないから――。

「……先輩、食べちゃっても、いいですよ」

 眠くてささやくような声しか出ない。
 静かな部屋に、先輩が息を飲む音が聞こえた。

 せっかくの高いデザート。
 生ものだから明日まで残せないし。

「食べて……ほしいです。できれば今夜」

 ふたたびの静寂。
 先輩はぴたりと静止したまま動かない。

 なにか考えているみたいだ。
 どのタイミングで食べるか悩んでるのかな。

 メガネが無いと、先輩の表情がよくわからない。
 それでも、なんだか今まで見たことのない顔をしている気がする。

 先輩の吐く息が、胸のあたりに届いて熱い。

「モチコ」

 名前を呼ばれた気がして、先輩の顔を見つめる。
 その顔が、だんだんと近づいてくる。

 あれ? このままだとぶつかっちゃいますよ。
 先輩……?

 そこからはずっとお互い無言のまま。

 眠気のせいで時間の感覚もおかしくて、それがどのくらいの時間なのか、長いのか短いのかも分からない。
 いよいよ眠気がすとん、と意識の上に落ちてきて、まぶたを閉じる。

 そのとき。

 むにゅ?
 くちびるに、なにか柔らかいものが触れたような気がした。

 ――記憶は、そこで途切れた。





「ふぁ?」

 モチコは違和感で目を覚ました。
 いつもの、自分のベッドの上だ。

 窓から差し込む光の加減からすると、まだギリギリ朝と言えるあたりの時間だろう。
 起き上がったところで、違和感の正体に気づく。

「服、着たまま寝ちゃったんだ」

 夜のことを思い出してみる。
 先輩とうちでパーティーをして、食べものもお酒もおいしくて、ちょっと飲み過ぎた。
 記憶が無くなったりはしていないと思うが、とても眠かったので少し曖昧ではある。

 ベッド脇のテーブルに置かれていた黒ぶちメガネを手に取り、両手でしっかりと掛ける。

「あれ、先輩はどこだ?」

 ミライアがいないことに気づいたモチコは、ベッドから降りて家のなかを見回してみる。
 リビングにもいなかった。

 テーブルの上にあった食器は片付けられて、キッチンの流しに入っていた。
 モチコが食べられなかったケーキも、ミライアが代わりに食べてくれたようだ。

 家の中にいないとなると、外か。
 玄関のドアを開けると、家の前にある池のそばに、ミライアが立っていた。

 池には小さな木製の橋が架かっていて、その橋の手すりに寄りかかって池のほうを眺めている。

 池にはたくさんの(ハス)の葉っぱが、水面を覆い尽くすように浮かんでいた。
 朝の光に照らされたピンク色の蓮の花が、緑色の水面に映えて綺麗だ。

 そして、その景色に負けないほど、先輩が朝の光のなかに佇む姿も美しかった。
 こうしてあらためて見ると、つくづく絵になる人だ。

「先輩、おはようございます」

 モチコの声かけに振り返ったミライアは、笑顔を作って言った。

「おはよう。モチコ、身体は大丈夫?」
「え、身体ですか? 大丈夫ですよ」

 モチコは自分の身体のあちこちをポンポンと手のひらで叩きながら答えた。
 二日酔いを心配してくれたのだろう。
 幸いなことに、気分はすっきり、全く問題なさそうだ。

 先輩は今朝もいつも通りだった。
 もちろんモチコも、いつも通りだ。

 そのあとふたりで家のなかに戻って、先輩のリクエストでコーヒーを淹れて飲む。
 これからとても暑くなりそうな気配のする、夏の朝だった。

 なんかちょっと先輩は眠そうだったけど。










 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 <作者コメント>
 お読みいただきありがとうございます。
 ここまでが、第3章となります。
 モチコの成長と、ミライアとの接近(!)の章でした。

 残りの4章と5章で、ストーリーが動きます。
 ホウキとともに一気に翔け抜けます。
 起承転結で言うところの、転と結です。

 4章では、モチコにいよいよ試練が訪れます。
 果たしてどのように乗り越えるのか、数話ほど試練にお付き合いください。

 長いお話をここまで読んでくださっているみなさまには、
 もう感謝しかありません…。 

 いつも応援、本当にありがとうございます。
 そのひと推しが、作者の大きなエネルギーになっております!


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 先輩のデコピンで、酔った意識が一瞬だけはっきりする。
 でも、それもすぐに元に戻ってしまった。
「モチコ、眠そうだね」
 先輩のやさしい声に、こくんとうなづく。
「残ってるデザート、片付けておくから。眠っていいよ」
 またこくんとうなづく。
 先輩の声でさえ子守歌になりそうだ。
「メガネ、外さないとね」
 そう言った先輩が、顔に手を伸ばしてきた。
 メガネを掴もうとするその指が、頬を撫でるように触れてくすぐったい。
 両手でそっと捕らえられた黒ぶちメガネが、ゆっくりと顔から引き抜かれていく。
 メガネのつるの部分が耳から外され、少しづつ、耳たぶのうえをかすめながら通る。
 触れるたび身体に走る、何とも言えない微かな心地よさ。
 やがてメガネの圧迫感がすっと消え、視界がぼやけた。
 先輩が丁寧にメガネを外す仕草は、やさしく外される服のボタンを想像させる。
 ふう、とため息をつく。
 静かな部屋に、コトリ、と音がした。
 メガネをベッド脇のテーブルにそっと置いてくれたらしい。
 ぼやけた視界。
 先輩のあまい香りがする。百合の花のような匂い。
 覆い被さっている先輩の身体から、たしかな重みと、体温を感じる。 
 メガネがないと本当に無防備だ。
 まるで心が裸にされている感じがする。
 先輩にこんなにやさしく裸にされてしまったら。
 視界が奪われたいま、何をされても、わからないかもしれない。
 先輩の表情もよく見えないから、ただ顔をじっと見つめてしまう。
 あたたかい息が顔にかかる。
 そうして無言で見つめあっていた。
 しばらくすると、視界がぼやけるのと同じように、頭もぼやけてきた。
 あれ? さっきまで、先輩と何の話をしていたっけ?
 あ、そうだ。残ってたデザートだ。もったいないから――。
「……先輩、食べちゃっても、いいですよ」
 眠くてささやくような声しか出ない。
 静かな部屋に、先輩が息を飲む音が聞こえた。
 せっかくの高いデザート。
 生ものだから明日まで残せないし。
「食べて……ほしいです。できれば今夜」
 ふたたびの静寂。
 先輩はぴたりと静止したまま動かない。
 なにか考えているみたいだ。
 どのタイミングで食べるか悩んでるのかな。
 メガネが無いと、先輩の表情がよくわからない。
 それでも、なんだか今まで見たことのない顔をしている気がする。
 先輩の吐く息が、胸のあたりに届いて熱い。
「モチコ」
 名前を呼ばれた気がして、先輩の顔を見つめる。
 その顔が、だんだんと近づいてくる。
 あれ? このままだとぶつかっちゃいますよ。
 先輩……?
 そこからはずっとお互い無言のまま。
 眠気のせいで時間の感覚もおかしくて、それがどのくらいの時間なのか、長いのか短いのかも分からない。
 いよいよ眠気がすとん、と意識の上に落ちてきて、まぶたを閉じる。
 そのとき。
 むにゅ?
 くちびるに、なにか柔らかいものが触れたような気がした。
 ――記憶は、そこで途切れた。
「ふぁ?」
 モチコは違和感で目を覚ました。
 いつもの、自分のベッドの上だ。
 窓から差し込む光の加減からすると、まだギリギリ朝と言えるあたりの時間だろう。
 起き上がったところで、違和感の正体に気づく。
「服、着たまま寝ちゃったんだ」
 夜のことを思い出してみる。
 先輩とうちでパーティーをして、食べものもお酒もおいしくて、ちょっと飲み過ぎた。
 記憶が無くなったりはしていないと思うが、とても眠かったので少し曖昧ではある。
 ベッド脇のテーブルに置かれていた黒ぶちメガネを手に取り、両手でしっかりと掛ける。
「あれ、先輩はどこだ?」
 ミライアがいないことに気づいたモチコは、ベッドから降りて家のなかを見回してみる。
 リビングにもいなかった。
 テーブルの上にあった食器は片付けられて、キッチンの流しに入っていた。
 モチコが食べられなかったケーキも、ミライアが代わりに食べてくれたようだ。
 家の中にいないとなると、外か。
 玄関のドアを開けると、家の前にある池のそばに、ミライアが立っていた。
 池には小さな木製の橋が架かっていて、その橋の手すりに寄りかかって池のほうを眺めている。
 池にはたくさんの|蓮《ハス》の葉っぱが、水面を覆い尽くすように浮かんでいた。
 朝の光に照らされたピンク色の蓮の花が、緑色の水面に映えて綺麗だ。
 そして、その景色に負けないほど、先輩が朝の光のなかに佇む姿も美しかった。
 こうしてあらためて見ると、つくづく絵になる人だ。
「先輩、おはようございます」
 モチコの声かけに振り返ったミライアは、笑顔を作って言った。
「おはよう。モチコ、身体は大丈夫?」
「え、身体ですか? 大丈夫ですよ」
 モチコは自分の身体のあちこちをポンポンと手のひらで叩きながら答えた。
 二日酔いを心配してくれたのだろう。
 幸いなことに、気分はすっきり、全く問題なさそうだ。
 先輩は今朝もいつも通りだった。
 もちろんモチコも、いつも通りだ。
 そのあとふたりで家のなかに戻って、先輩のリクエストでコーヒーを淹れて飲む。
 これからとても暑くなりそうな気配のする、夏の朝だった。
 なんかちょっと先輩は眠そうだったけど。
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 <作者コメント>
 お読みいただきありがとうございます。
 ここまでが、第3章となります。
 モチコの成長と、ミライアとの接近(!)の章でした。
 残りの4章と5章で、ストーリーが動きます。
 ホウキとともに一気に翔け抜けます。
 起承転結で言うところの、転と結です。
 4章では、モチコにいよいよ試練が訪れます。
 果たしてどのように乗り越えるのか、数話ほど試練にお付き合いください。
 長いお話をここまで読んでくださっているみなさまには、
 もう感謝しかありません…。 
 いつも応援、本当にありがとうございます。
 そのひと推しが、作者の大きなエネルギーになっております!