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「卒業」第三節

ー/ー



 数回瞬きをした。
 白い扉の前に立っている。
 
 鈴は湊の研究室前にいた。
 瞳の色が和らぐ。

 ――研究室前に到着しました。

 一言だけラインを送った。
 扉が開く。
 
 室内はベージュを基調として、清潔感がある。柔らかい湊の人柄が出ていた。

 デザインズ・ベイビーに関する資料も、ずらりと並んでいた。その他の書類も整理されていて、棚に置いてあった。

 湊の研究室に初めて入れただけでも進歩だなと思った。孝の研究室とは違って、優しい空間だった。

『山口さんがもう少し大きくなり、体力がついたら研究所を抜け出すために動きましょう』

  鈴との約束を、果たすつもりらしい。約束を覚えてくれていただけで、嬉しかった。

「都と会いましたか?」
「ええ。会いました。限界が近いようです」

「そう……ですか」

「それにしても、なぜ、そこまで、都君を思うのでしょうか?」
「知りたいですか?」

「はい」

 鈴の前に一枚の書類を差し出した。書類を覗き込む。

『十河湊は十河都との血のつながりを証明する』

 見たのは湊の遺伝子分析の結果だった。

――まさか、兄弟だったなんて。
 
 予想外の結果に、鈴は天を仰いだ。よくも、奈美は隠し通せたものだ。二人が兄弟だと知ってしまったら、逃げられなくなるとの思いがある。

「都の兄として何もできなかった。だから、山口さんだけでも、死なせたくない――守りたいと思いました」
「二人のお母さんが隠したい理由が分かった気がします」

「血のつながりが濃く、お互いがお互いを思うために、動けなくなると判断したのでしょう」

「会いに行きましょう」
「都には新しい家族がいます。その人たちと幸せになってほしい」

「後悔をしませんか? 私が案内をします」
「僕は行きません」

「十河さんは優しすぎます」
「僕の優しさは偽善でしかありません」

 鈴は時計を見た。一緒に来たのは午後十二時半。今の時間は一時四十二分。時間は立ってしまっていた。孝の研究所も近くにある。指紋照合があっても、安心とは言いきれなかった。

 いつ、緊急事態コールが押されてもおかしくはなかった。鈴にレンガを押してみてごらんと、指示を出す。

 音がしてレンガが動く。大人の人一人が通れる通路が、整備してあった。  

 緊急避難用の通路だった。

「十河さん。あなたも一緒に行きましょう。都さんに、愛情を注いであげてください」
「早く行きなさい」

  鈴の背中を軽く押した。気合を入れる。自分の頬をペチンと叩いて薄暗い通路を歩き始める。歩き出すと同時に、廊下の明かりが点く。

 鈴は湊が背中を押してくれている。笑みを浮かべた。出入り口からは太陽の零れ日が差し込んでいた。道を照らし出している。

 木製の扉を開ける。

 ――十河さん。
 ――あなたの優しさは忘れないわ。

 鈴は大地へと一歩を踏み出した。







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 数回瞬きをした。
 白い扉の前に立っている。
 鈴は湊の研究室前にいた。
 瞳の色が和らぐ。
 ――研究室前に到着しました。
 一言だけラインを送った。
 扉が開く。
 室内はベージュを基調として、清潔感がある。柔らかい湊の人柄が出ていた。
 デザインズ・ベイビーに関する資料も、ずらりと並んでいた。その他の書類も整理されていて、棚に置いてあった。
 湊の研究室に初めて入れただけでも進歩だなと思った。孝の研究室とは違って、優しい空間だった。
『山口さんがもう少し大きくなり、体力がついたら研究所を抜け出すために動きましょう』
  鈴との約束を、果たすつもりらしい。約束を覚えてくれていただけで、嬉しかった。
「都と会いましたか?」
「ええ。会いました。限界が近いようです」
「そう……ですか」
「それにしても、なぜ、そこまで、都君を思うのでしょうか?」
「知りたいですか?」
「はい」
 鈴の前に一枚の書類を差し出した。書類を覗き込む。
『十河湊は十河都との血のつながりを証明する』
 見たのは湊の遺伝子分析の結果だった。
――まさか、兄弟だったなんて。
 予想外の結果に、鈴は天を仰いだ。よくも、奈美は隠し通せたものだ。二人が兄弟だと知ってしまったら、逃げられなくなるとの思いがある。
「都の兄として何もできなかった。だから、山口さんだけでも、死なせたくない――守りたいと思いました」
「二人のお母さんが隠したい理由が分かった気がします」
「血のつながりが濃く、お互いがお互いを思うために、動けなくなると判断したのでしょう」
「会いに行きましょう」
「都には新しい家族がいます。その人たちと幸せになってほしい」
「後悔をしませんか? 私が案内をします」
「僕は行きません」
「十河さんは優しすぎます」
「僕の優しさは偽善でしかありません」
 鈴は時計を見た。一緒に来たのは午後十二時半。今の時間は一時四十二分。時間は立ってしまっていた。孝の研究所も近くにある。指紋照合があっても、安心とは言いきれなかった。
 いつ、緊急事態コールが押されてもおかしくはなかった。鈴にレンガを押してみてごらんと、指示を出す。
 音がしてレンガが動く。大人の人一人が通れる通路が、整備してあった。  
 緊急避難用の通路だった。
「十河さん。あなたも一緒に行きましょう。都さんに、愛情を注いであげてください」
「早く行きなさい」
  鈴の背中を軽く押した。気合を入れる。自分の頬をペチンと叩いて薄暗い通路を歩き始める。歩き出すと同時に、廊下の明かりが点く。
 鈴は湊が背中を押してくれている。笑みを浮かべた。出入り口からは太陽の零れ日が差し込んでいた。道を照らし出している。
 木製の扉を開ける。
 ――十河さん。
 ――あなたの優しさは忘れないわ。
 鈴は大地へと一歩を踏み出した。