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障らぬ猫に祟りなし

ー/ー



 それは、単なる偶然だった。
 ()いて言うなら、気まぐれで――、
 あえて言うなら……なんだろう。
 とにかく、私はただ何となく、月でも見れたらいいと思ってベランダに出たのだったが、生憎(あいにく)、空は生温(なまぬる)く曇っていて、月を拝むことは叶わなかった。
 この際、(しら)けた夜空を見たきり何事もなく部屋の中に戻っていれば、あるいは(さいわ)いだったのかもしれないが、不幸にも私はそれ(、、)を見てしまった。
 この場合――それ(、、)は、猫だった。
 一匹の黒い子猫だ。
 無駄に広いベランダの端の方、寂しげな物干し竿の下に落ちている。
 力なく横たわるそれは、暗がりの中で遠目から見てもわかるほど傷だらけだった。
 一旦、この部屋がマンションの十二階に位置していることは考えないとして、普通であれば、救急の動物病院に連絡をいれるのが正解かもしれない。
 だが、現在のこの状況は普通ではなかった。
 (しお)れたように()せている二本の尻尾――
 化け猫だ。
 まったく、有っても無くても猫の尻尾とは言うが、どうやら有りすぎる場合は大問題になるらしい。
 (さわ)らぬ神に祟りなし。
 これは猫も(また)いで通るべき事象。
 ここは間違いなく、我関(われかん)せずが正解だ――
 そんな思考の末、知らぬふりで部屋に戻ろうと後ろを振り返ったとき、その小さな猫が、か弱く鳴いた。
 思わず、足が止まった。
「あぁ……もうっ!」
 私はそれのもとへと早足(はやあし)で行くと、丁寧に抱き上げ、室内へと入れた。そして、できうる限りの手当てを(ほどこ)した。
 この場合、弱みにつけこまれたと言うべきなのだろうか。
 そうであって欲しい。
 実にそうであって欲しいが、きっとこれは違う。
 単に、私が弱いだけだ。
 猫のせいではない。
 私が猫を放っておくことができなかったのだ。
 何故か。
 自分に助けを求めるそれを、見捨てることが怖かったのだ。
 それが例え、人間じゃなかったとしても。
 化け物だったとしても。
 知ってしまった以上、見て見ぬふりはできなかった。
 自分でもわかっている。
 これは決して優しさなんかではない。
 これは弱さだ。
 人間としての弱さ。
 生き物としての弱さ。
 私が救おうとしているのは、猫ではない。
 自分だ。
 自分を救うために、猫を救っている。
 私は、ずるい人間だ。
 しかしながら、それでも誰かを救えることがあるんじゃないかなんて、このときの私は心のどこかでそう信じていた。
 まったく愉快な勘違いだった――なんて、そんな非情な落ちが待っていようとは思いもよらなかった。
 結構毛だらけ猫灰だらけ。
 因果応報の失敗談としては上出来だった。
 そう、これは――
 強いて言うなら、滑稽話。
 あえて言うなら、猫に(さわ)り、(さわ)られる話だ。
 例え手を噛まれることがわかっていても、バッドエンドを迎えるとわかっていても、それでも(さわ)らずにはいられない。
 それが、猫という生き物だろう。



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 それは、単なる偶然だった。
 強《し》いて言うなら、気まぐれで――、
 あえて言うなら……なんだろう。
 とにかく、私はただ何となく、月でも見れたらいいと思ってベランダに出たのだったが、|生憎《あいにく》、空は生温《なまぬる》く曇っていて、月を拝むことは叶わなかった。
 この際、|白《しら》けた夜空を見たきり何事もなく部屋の中に戻っていれば、あるいは幸《さいわ》いだったのかもしれないが、不幸にも私は|それ《、、》を見てしまった。
 この場合――|それ《、、》は、猫だった。
 一匹の黒い子猫だ。
 無駄に広いベランダの端の方、寂しげな物干し竿の下に落ちている。
 力なく横たわるそれは、暗がりの中で遠目から見てもわかるほど傷だらけだった。
 一旦、この部屋がマンションの十二階に位置していることは考えないとして、普通であれば、救急の動物病院に連絡をいれるのが正解かもしれない。
 だが、現在のこの状況は普通ではなかった。
 萎《しお》れたように伏《ふ》せている二本の尻尾――
 化け猫だ。
 まったく、有っても無くても猫の尻尾とは言うが、どうやら有りすぎる場合は大問題になるらしい。
 障《さわ》らぬ神に祟りなし。
 これは猫も跨《また》いで通るべき事象。
 ここは間違いなく、|我関《われかん》せずが正解だ――
 そんな思考の末、知らぬふりで部屋に戻ろうと後ろを振り返ったとき、その小さな猫が、か弱く鳴いた。
 思わず、足が止まった。
「あぁ……もうっ!」
 私はそれのもとへと早足《はやあし》で行くと、丁寧に抱き上げ、室内へと入れた。そして、できうる限りの手当てを施《ほどこ》した。
 この場合、弱みにつけこまれたと言うべきなのだろうか。
 そうであって欲しい。
 実にそうであって欲しいが、きっとこれは違う。
 単に、私が弱いだけだ。
 猫のせいではない。
 私が猫を放っておくことができなかったのだ。
 何故か。
 自分に助けを求めるそれを、見捨てることが怖かったのだ。
 それが例え、人間じゃなかったとしても。
 化け物だったとしても。
 知ってしまった以上、見て見ぬふりはできなかった。
 自分でもわかっている。
 これは決して優しさなんかではない。
 これは弱さだ。
 人間としての弱さ。
 生き物としての弱さ。
 私が救おうとしているのは、猫ではない。
 自分だ。
 自分を救うために、猫を救っている。
 私は、ずるい人間だ。
 しかしながら、それでも誰かを救えることがあるんじゃないかなんて、このときの私は心のどこかでそう信じていた。
 まったく愉快な勘違いだった――なんて、そんな非情な落ちが待っていようとは思いもよらなかった。
 結構毛だらけ猫灰だらけ。
 因果応報の失敗談としては上出来だった。
 そう、これは――
 強いて言うなら、滑稽話。
 あえて言うなら、猫に障《さわ》り、|障《さわ》られる話だ。
 例え手を噛まれることがわかっていても、バッドエンドを迎えるとわかっていても、それでも触《さわ》らずにはいられない。
 それが、猫という生き物だろう。