金属音が静かに響いた。
拘束室のロックが外され、重い扉が開く。
「……カイ……」
リアナが目を見開く。
その姿は憔悴しきっていたが、その瞳だけは鋭く怯えてはいなかった。
「無事だったか」と、カイは静かに呟きながら彼女のもとに駆け寄り、拘束具のロックを解き始める。
冷たい鎖が床に落ちる音。
だが、解放の音のはずなのにリアナは泣くでも、安堵するでもなかった。
代わりに、声を震わせながら言った。
「……どうして来たのよ!」
カイの手が止まる。
リアナは腕を振り払うようにして立ち上がり、睨みつけた。
「来たら、あなたが捕まるかもしれないって分かってたはずでしょう!
捕まったらあなたがどんな目に遭うか……どうして!」
彼女の声は怒りと悲しみに満ちていた。
その瞳には、恐怖よりも重い何かが宿っていた。
カイは短く息をつき、静かに答えた。
「……お前がいたからだよ」
「え……?」
「俺は、お前が助けてくれたから、生き延びてここまで来られた。
だったら今度は、俺がお前を信じて、救いに来る番だろう?」
リアナの肩が震える。
「バカ……本当に、バカ……!」
涙がにじんだ。
怒りも、後悔も、罪悪感も、すべてが入り混じって、彼女はただ、カイの胸に顔を伏せるしかなかった。
カイは何も言わず、静かにその背中を抱きしめた。
この時だけは、互いに言葉を交わさずとも――すべてが伝わっていた。
警報が鳴り響く中、カイはリアナの手を引いて薄暗い通路を駆ける。
頭上の赤い警告灯が点滅を繰り返し、セントラル中枢の施設全体が異常事態に包まれていた。
「待って……このままじゃ、すぐ包囲されるわ……!」
リアナが息を荒げながら言う。
彼女の体力は限界に近かった。
それでもカイは、決して手を緩めない。
「大丈夫だ。クラリッサが道を作ってくれている」
その言葉が終わるか否かのうちに、カイの耳に通信音が届く。
《こちらクラリッサ。構造マップ掌握完了。予備動力をハッキングし、地下冷却線ルートを開放します》
「よし……!」
カイはリアナの手を引き、左手の壁を蹴って別ルートに飛び込む。
直後、背後の通路に警備兵たちの足音と怒声が響いた。
「発見! 目標は南通路へ――!」
だが、追いつく前に――
「今だ!」
クラリッサの声が通信越しに響いたと同時、周囲の照明が一斉に瞬く。
その瞬間、通路の天井が音もなくスライドし、隠されていた通路が開いた。
白く冷たい空気が一気に流れ込む。
「ここ……冷却管の空間……」
リアナが驚いたように呟くが、カイは迷わず飛び込んだ。
金属と霧の中をかき分け、足音も吸われるほどの静寂の通路を、二人は駆け抜ける。
《追跡部隊が目標位置を見失いました。遮蔽フィールド成功です。最短脱出口へ誘導を継続します》
「助かる、クラリッサ」
《当然です。私は、あなたの盾ですから》
通信の向こうのその言葉に、リアナが目を伏せたまま、小さく呟いた。
「……随分と信頼されてるのね」
カイは一瞬振り返り、静かに笑った。
「だが、お前を信じたのは俺だ」
リアナの頬に、わずかに赤みが差す。
やがて二人は、開かれた格納庫へと抜ける。
クラリッサが事前に用意したエデン便の偽装輸送機が待っていた。
「ここから出るぞ」
「……ええ、一緒に」
リアナの声は震えていたが、それはもう迷いの色ではなかった。
輸送機のハッチが閉じる直前、セントラルの追手がようやく辿り着く。
だが時すでに遅く、クラリッサが遠隔でハッキングし、彼らの装備を一瞬で沈黙させた。白い光の中を、二人を乗せた機体は夜の空へと消えていった。
セントラル中枢・作戦管理棟。
報告と怒声が飛び交い、いつもの無機質な空間がざわめきと焦燥に染まっていた。
「カイとリアナ、脱出を確認! 警備網突破、外部輸送機を使用!」
「だが、転送管制室の記録には接触データがありません。正規経路ではない可能性が高い!」
「監視システムは? なぜ侵入に気づけなかった!?」
上層部の参謀たちが次々と詰問を飛ばすなか、モニターに映し出された最後の映像には、逃げるホログラム・カイと、地下施設を駆けるもう一人のカイの姿が並んでいた。
「……まさか、片方はホログラムだったのか……」
「いや、それだけじゃない。システム内部に何者かの協力があった」
「内部犯か?」
「それとも……外部から侵入したAIか」
現場には、誰も明確な答えを持っていなかった。
ただ一つ、明らかになったのは――
セントラルは突破された。
かつて不可能とされた聖域の侵入を、たった一人の男と一人の女、そしてその仲間たちが成し遂げたという事実だった。
そしてそれは、組織全体の神話を揺るがすものだった。
背後から怒声が響く。
現場に姿を現したのは、管理評議会直属の査察官・フォルスだった。
白銀のスーツに身を包み、端整な顔に感情を浮かべることはない。
「裏切者への対応は迅速に。エデンの再封鎖計画を含め、戦略の見直しが急務だ」
レイモンドの不在により、指揮権が一時的に彼へと移行していた。
だが、そのレイモンドこそが、今回の情報流出や拘束の失敗を招いた張本人であると、一部の幹部は静かに疑念を募らせ始めていた。