第3話:聖女の責務
ー/ー玉座の間から連れ出されたあと、
王の命により、セリスは王宮奥深くに用意された「聖女専用の部屋」へと隔離された。
装飾品に囲まれ、柔らかな絨毯と香の薫る室内。
だが、彼女にとっては落ちけるような場所ではなかった。
やがて、扉が開く。
現れたのは王・エルヴァン。
変わらぬ威厳を纏いながら、部屋の中央までゆっくりと歩み寄る。
セリスは立ち上がり、ついにその想いを口にした。
「……王よ、どうか……もう一度だけ、お聞きください。
私は……聖女になど、なりたくありません」
震える声。
けれど、目だけは真っ直ぐだった。
「私はただの村の娘です。神の声など聞こえたこともあいません。
この役目は、私ではなく……他の、もっとふさわしい方が……!」
王の瞳が、わずかに細まる。
そして、笑みとも嘲りともつかぬ薄い笑みを浮かべて、口を開いた。
「“なりたくない”? ……では、お前は神の選びを否定するのか?」
セリスは言葉を詰まらせる。
王はその沈黙を待たず、歩み寄って続ける。
「いいか、セリス。お前は神に選ばれた。
その“奇跡”に従うことこそが、この国の秩序であり、恩恵だ。
――そして、その奇跡をどう使うかは、王たる私が決める」
王の手が、彼女の肩を軽く叩く。
その指先は、優しく見せかけて鉄のように重い。
「お前がどう思おうと関係はない。
“国が求める聖女”であることに、お前の意思など必要ないのだ」
セリスは、何も言い返せなかった。
あらゆる言葉が、王の正しさにねじ伏せられていく。
「諦めろ、セリス。聖女はすべて王が望む形で捧げられる。それがこの国の理ことわりだ」
セリスはその場に崩れ落ち、
小さく震える声で、誰にも届かぬ言葉を落とした。
「(カイン……どこにいるの……)」
声にならない問いが、心の奥で何度も繰り返される。
その名を呼ぶたびに、かつての記憶が浮かび上がり、今の現実と鋭くぶつかって砕けていった。
──あの人がいた。
ただの村娘だった私を、目を逸らさず見てくれた人。
どんなときでも、私を「セリス」と呼んでくれた。
けれど今――
私の名前は、もう私のものじゃない。
呼ばれるたびに、別の意味に染まっていく。
王の手が、彼女の肩に触れた。
その手は冷たくはない。
けれど、そこにあったのは愛でも思いやりでもない。
ただ、奪う者の手だった。
「……震えるな。お前は、選ばれたのだ。神にも、そしてこの私にも」
王の声が低く響く。
「セリス、お前は今日から聖女としてこの国に仕える。そして私の“女”として──王の隣で生きるのだ」
「その身も、声も、涙も、笑みも。
すべて王のために存在する。すべて、私のものだ」
セリフは顔を背けて想い人の名前をだす。
「カイン・・・助けて・・・」
「カイン? あの男の名を、この先お前が口にすることはない。
彼の影は、お前の記憶ごと私が塗り潰してやる」
王の手が、髪をそっと撫でる。
その仕草に優しさはある。だがそれは、支配の余韻を味わうための手だった。
「大人しく、私のものになれ。
そうすれば、お前は神の寵愛と王の庇護、両方を得られる」
セリスの足元から、世界が崩れていく。
何も言い返せない。
言葉を持ったところで、彼の前では意味をなさない。
「(……お願い、カイン。来て……)」
そう願っても、その名を呼ぶ自由さえ、もう奪われつつあった。
王の手に導かれ、ゆっくりと寝台へと倒れていく。
「お前は、王のものだ。身も心も、祈りも、全てが私の支配の内にある」
(いやだ、逃げたい──)
そう思ったはずなのに、身体は動かなかった。
手はもう震えることさえ忘れていた。
(……もう、抗う意味なんて、残っていないのかもしれない)
私がどれだけ叫んでも、拒んでも、願っても──
聖女となった私の意志はもう何ひとつ価値を持たない。
王の為に王国の為にただ“使われるための存在”だった。
ならばせめて、痛みが少ない方を選びたい。
この地獄のような夜を、静かに終わらせるために。
私はそっと目を閉じた。
寝台の冷たさに背を預け、蝋燭の灯が遠のいていくのを見つめる。
「(カイン、ごめんね……もう、私は……)」
あの人の声も、ぬくもりも、想い出も、
すべて遠くへと霞んでいく。
諦めは、痛みを和らげてくれる。
けれど、それは生きることをやめることと同義だった。
夜は深く、永遠のように長く、
彼女という存在を静かに飲み込んでいった。
王の命により、セリスは王宮奥深くに用意された「聖女専用の部屋」へと隔離された。
装飾品に囲まれ、柔らかな絨毯と香の薫る室内。
だが、彼女にとっては落ちけるような場所ではなかった。
やがて、扉が開く。
現れたのは王・エルヴァン。
変わらぬ威厳を纏いながら、部屋の中央までゆっくりと歩み寄る。
セリスは立ち上がり、ついにその想いを口にした。
「……王よ、どうか……もう一度だけ、お聞きください。
私は……聖女になど、なりたくありません」
震える声。
けれど、目だけは真っ直ぐだった。
「私はただの村の娘です。神の声など聞こえたこともあいません。
この役目は、私ではなく……他の、もっとふさわしい方が……!」
王の瞳が、わずかに細まる。
そして、笑みとも嘲りともつかぬ薄い笑みを浮かべて、口を開いた。
「“なりたくない”? ……では、お前は神の選びを否定するのか?」
セリスは言葉を詰まらせる。
王はその沈黙を待たず、歩み寄って続ける。
「いいか、セリス。お前は神に選ばれた。
その“奇跡”に従うことこそが、この国の秩序であり、恩恵だ。
――そして、その奇跡をどう使うかは、王たる私が決める」
王の手が、彼女の肩を軽く叩く。
その指先は、優しく見せかけて鉄のように重い。
「お前がどう思おうと関係はない。
“国が求める聖女”であることに、お前の意思など必要ないのだ」
セリスは、何も言い返せなかった。
あらゆる言葉が、王の正しさにねじ伏せられていく。
「諦めろ、セリス。聖女はすべて王が望む形で捧げられる。それがこの国の理ことわりだ」
セリスはその場に崩れ落ち、
小さく震える声で、誰にも届かぬ言葉を落とした。
「(カイン……どこにいるの……)」
声にならない問いが、心の奥で何度も繰り返される。
その名を呼ぶたびに、かつての記憶が浮かび上がり、今の現実と鋭くぶつかって砕けていった。
──あの人がいた。
ただの村娘だった私を、目を逸らさず見てくれた人。
どんなときでも、私を「セリス」と呼んでくれた。
けれど今――
私の名前は、もう私のものじゃない。
呼ばれるたびに、別の意味に染まっていく。
王の手が、彼女の肩に触れた。
その手は冷たくはない。
けれど、そこにあったのは愛でも思いやりでもない。
ただ、奪う者の手だった。
「……震えるな。お前は、選ばれたのだ。神にも、そしてこの私にも」
王の声が低く響く。
「セリス、お前は今日から聖女としてこの国に仕える。そして私の“女”として──王の隣で生きるのだ」
「その身も、声も、涙も、笑みも。
すべて王のために存在する。すべて、私のものだ」
セリフは顔を背けて想い人の名前をだす。
「カイン・・・助けて・・・」
「カイン? あの男の名を、この先お前が口にすることはない。
彼の影は、お前の記憶ごと私が塗り潰してやる」
王の手が、髪をそっと撫でる。
その仕草に優しさはある。だがそれは、支配の余韻を味わうための手だった。
「大人しく、私のものになれ。
そうすれば、お前は神の寵愛と王の庇護、両方を得られる」
セリスの足元から、世界が崩れていく。
何も言い返せない。
言葉を持ったところで、彼の前では意味をなさない。
「(……お願い、カイン。来て……)」
そう願っても、その名を呼ぶ自由さえ、もう奪われつつあった。
王の手に導かれ、ゆっくりと寝台へと倒れていく。
「お前は、王のものだ。身も心も、祈りも、全てが私の支配の内にある」
(いやだ、逃げたい──)
そう思ったはずなのに、身体は動かなかった。
手はもう震えることさえ忘れていた。
(……もう、抗う意味なんて、残っていないのかもしれない)
私がどれだけ叫んでも、拒んでも、願っても──
聖女となった私の意志はもう何ひとつ価値を持たない。
王の為に王国の為にただ“使われるための存在”だった。
ならばせめて、痛みが少ない方を選びたい。
この地獄のような夜を、静かに終わらせるために。
私はそっと目を閉じた。
寝台の冷たさに背を預け、蝋燭の灯が遠のいていくのを見つめる。
「(カイン、ごめんね……もう、私は……)」
あの人の声も、ぬくもりも、想い出も、
すべて遠くへと霞んでいく。
諦めは、痛みを和らげてくれる。
けれど、それは生きることをやめることと同義だった。
夜は深く、永遠のように長く、
彼女という存在を静かに飲み込んでいった。
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