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ep.39 諦念

ー/ー



「はぁはぁ……」

 傍らに聳え立つ大木に右手を付けて呼吸を整える。
 闇雲に走ってきた。右も左も分からないけど、真っ直ぐにただ、真っ直ぐに何も考えずに走り続けた。
 越えても越えても現れる大木の群れを前に、この場から一歩も進んでいないような錯覚に囚われる。

「まだ、休むな、あたしっ。シャルちゃんが待ってくれてるんだ」

 もう一度走り出す、胸が張り裂けそうに痛い。けど、ここで立ち止まってもしシャルちゃんが返ってこなかったら、あたしはこの痛みの何倍も苦しむのだろう。
 なら、こんな痛みなんて痛みのうちにも入らない。だから、もっと頑張れ。これ以上ないぐらいまで本気を出し尽くせ。

 三ツ池は高い木が聳え立つ森林ではある。どの角度からみても皆、口を揃えてそう言うだろう。
 しかし、入ったら出られない樹海でも無限回廊でもなんでもない。だから、走り続ければやがて終わりは見えてくる。
 森を抜けた先は小高い丘が広がっていた。
 目に入って邪魔な濡れた髪の毛を掻き分けて丘に目をやる。夜と雨のカーテンでたった一メートル先も何も視えない。
 けれど、迷いはなかった。先ほどから強くなり続ける雨で視界は最悪だったがこの先にシャルがいる。漠然とそう感じた。

 満身創痍の足でゆっくりと、それでも確実に前へと歩を進める。
 けれど、限界は訪れる。
 誰しも空腹に、睡魔に抗えないように、人である以上動けなくなる時が必ずやってくる。
 走りたいけれど、もうそこまでの体力は残っていなかった。

「はぁ、はぁ。まだ、頑張れる……もんっ!」

(痛い。辛い。疲れた。逃げ出したい。苦しい。きつい。痛い)

 心の中は反比例するように弱音で埋め尽くされている。友だちのためとはいえ、千寿流はまだ十歳の少女だ。光が一切射さないこの暗闇、悪天候、悪路の中ここまでこれたこと自体が奇跡に等しい話だ。だから、もう限界なのだ。

 けれど。
 それでも、必死に自己暗示をかけ体に鞭を打つ。
 一歩。一歩。少しづつ進む。
 限界を超えて歩き続ける。
 しかし、すぐに次の限界がやってくる。どれが本物の限界なのか見当もつかないが、どれも等しく限界であることに変わりはない。
 気持ちはまだまだ頑張れと励まし続けるが、肝心の体が動かない。

「はぁ、はぁ」

 どさり。
 ついに千寿流は地面に手を付けて倒れこんでしまった。
 雨が降り始めと比べると随分と強くなった気がする。刺すような雨が立ち止まってしまった千寿流を(さいな)めるように降り続けた。

(もう、限界だよ。もう、歩けない。ごめん、シャルちゃん)

 肺が痛くて声を出すのが辛かったから、心の中でシャルに謝り続けた。シャルちゃんは笑って許してくれそうだよね。それともシャルちゃんはあたしを恨み続けるのかな?

 あたしだったらどうなのかな?

(……)

 そうしてまた少し自己嫌悪になった。だめだな、あたし。
 うつ伏せで寝転ぶと泥が口に入って気持ち悪かった。
 だから仰向けになろうとしたけど体が痛くてできなかった。
 仰向けになれなかったから泥が口に入って気持ち悪かった。
 それ以上に友だちの一人も助けることができない自分が、もっと気持ち悪かった。

(あたし、友だちってずっと言ってるけど、シャルちゃんのこと何も解ってあげられてないんだな)





 ……ず……



 …ち………ず…

 ち……ず………る…

 雨音に混じって微かに声が聴こえた。聴き覚えのある声。あたしの友だちの声。

「!!」

(この声。間違いないよ。シャルちゃんだ。けど)

 情けないこの身体は動いてくれなかった。
 こんな時、アニメの世界なら最後の力を振り絞ったりして、秘められた力なんかが目覚めたりして、なんとなく上手くいくんだろうなって意味のないことを考える。
 ぼーっとした頭で考えられることなんてその程度のことしかない。
 でも、現実はそんなに甘くないんだ。動けないものはどう頑張っても動けない。もう気持ちも挫けてしまっていた。

(ごめん、シャルちゃん。ごめん。ごめん)

 薄れゆく意識の中。許しを請うように何度も何度も幻の向こう側の友だちに謝り続ける。
 諦念した彼女を許さないと昏い雨がその激しさを強めて降り続ける。気を失って動けなくなった少女に鞭を打ち続けた。
 周りには街灯らしきものが等間隔に並んでいたが、電気が通っていないのかそのどれもが光を放つことはない。今日は雨だ。だから月明かりもない。
 黒の空。明かり一つない世界。闇の中に影が揺れた。漆黒を装い、まるでこの空に広がる夜を纏ったような男が少女の傍らに立つ。

「……」

 少女を見下ろす男の目は酷く冷徹な眼差しだった。
 まるで、今遊んでいるモノに飽きた子供が、新しく買ってもらうためワザと置き去りにした玩具を一瞥するような。そんな何もかもを切り裂いてしまうような、細く鋭利な眼差し。
 そして、酷く悲しそうな表情にも見えた。何も知らない人が見たのなら、頬を伝い滴る雨が涙にも見えただろう。
 或いは、本当に泣いていたのかもしれない。
 期待していなかったといえば嘘になる。けれどこの少女はあまりにも弱く、脆い。体も心も何もかもが。だから、こうなることは必然だったのかもしれない。
 だから、そんな決まりきった未来が変わることなく確定してしまったことに、心が泣いていたのかもしれない。

「でもさ、ほら、もしかしたらってあるじゃないか。けど、君には期待外れだったよ。もう少し頑張れると思ってたんだけどな、僕は」

 そう言いながら、気を失っている少女の首に手をかけようとする。

「キヨミお兄さん?」

「……シャルちゃんかい? 君、どこいってたの、千寿流ちゃん、君のこと探してたんだよ。そりゃもう必死に」

 男は少し驚いたのち、冷静さを装いながら声のするほうに顔を向ける。シャルというイレギュラーの登場は男にとっても予想外の出来事だった。

「シャルルは ばかじゃないもん とちゅうで きづいたんだよ このカゲは わるいヤツだって」

 聞く話によると、初めはクラマの手掛かりを求めて影の魔獣(マインドイーター)の甘言に乗ってしまったものの、彼女の知るクラマの人物像と影が語る内容があまりにも乖離していたから気づけたとのこと。
 聞いてしまえば何もおかしいところはない当たり前の話なのだが、クラマのこととなると盲目的なシャルが、よく自分だけの解釈で善悪の判断をできたなと少し感心した。

「で キヨミおにいさんは なにをしようと していたの?」

 なんだろうか、背筋に冷たいものを感じた。シャルは自分を疑っている。この少女に限ってそんなことが有り得るのだろうか。

「……もちろん、君たちを助けに来ただけだよ」

「うん それなら いいよ」

 思ったよりも周りが見えているのかもしれない。脳内でシャルというキャラクターを修正した。
 追加で補足すると、別段おかしな話ではないことがより分かるだろう。
 シャルは先日千寿流に打ち明けられた“夜深をどう思う?”という話を聞いていたからこうして疑って訊ねたに過ぎない。そのことを知らない夜深がシャルという存在に、違和感を覚えるのも仕方がないことではある。

「でさ、千寿流ちゃん、もう限界みたいだから一度町まで戻ろうと思うけど、その影の魔獣(マインドイーター)はどうしようか?」

「もちろん やっつける! シャルルが やっつけてやろうと おもってたんだけど にがしちゃった!」

「そうか、じゃあ、千寿流ちゃんが目を覚めるのを待ってから行動に移すとしようか」

 この風景がくだらない戯れ事で翳ることないようにと、心中で祈る。

 この世界に守りたいものなんかない。
 町行く人、そこで働く住人、惰性を貪る者、街頭に映る芸能人、それをネタにするマスコミ、考察するユーチューバー。老いも若いも、どれをとってもこれをとっても取るに足らない。
 目に映るどれもが、無駄な人間(ゴミ)無駄な資源(ゴミ)無駄な景色(ゴミ)。生きていても死んでいても変わらない。

 人は変わらない。
 今日生まれそして死んでいく。その循環に誰も疑問を抱かず、何も感じず。何も起こさず。
 他人(ひと)の死を悼む(いとま)はあれどそれは他人事でしかない。

 一九九九年、七の月、空から恐怖の大王が降ってきて人類が滅亡する。
 これはミシェル・ノストラダムスが書いた百詩篇第十巻に登場するもっとも有名な予言の一つ。
 当時の人々は未知という恐怖に恐れながらもこれから始まる“変化”に少し期待をしたんじゃないのかと僕は思う。
 皆、熱に浮かされたような、脳内を焼くようなオーガズムに達したような、そんな気持ちを共有した。理由が何であれ、それは一つの一体感だといえるだろう。

 二〇〇〇年、世界の節目。これから困難が次々と訪れる。それを越えて未来をより良いものに変えていくと言われ早数百年、あの頃そう息巻いていた人間たちは今やもう土の中だ。
 未来への保障なんて誰もしてくれやしない。それはいつだってそうだ。
 あの頃から何一つとして変わっちゃあいない。

 人生とは旅をすることに他ならない。
 旅をするということは景色を観るということだ。
 だから、この世界には意味がない。

 男は意味のないこんな日々が嫌いだった。
 だから、今は楽しい。
 目の前の想定外(景色)に少し面白くなるのではないかと、内心沸き立つ興奮を抑えきれずにいた。


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「はぁはぁ……」
 傍らに聳え立つ大木に右手を付けて呼吸を整える。
 闇雲に走ってきた。右も左も分からないけど、真っ直ぐにただ、真っ直ぐに何も考えずに走り続けた。
 越えても越えても現れる大木の群れを前に、この場から一歩も進んでいないような錯覚に囚われる。
「まだ、休むな、あたしっ。シャルちゃんが待ってくれてるんだ」
 もう一度走り出す、胸が張り裂けそうに痛い。けど、ここで立ち止まってもしシャルちゃんが返ってこなかったら、あたしはこの痛みの何倍も苦しむのだろう。
 なら、こんな痛みなんて痛みのうちにも入らない。だから、もっと頑張れ。これ以上ないぐらいまで本気を出し尽くせ。
 三ツ池は高い木が聳え立つ森林ではある。どの角度からみても皆、口を揃えてそう言うだろう。
 しかし、入ったら出られない樹海でも無限回廊でもなんでもない。だから、走り続ければやがて終わりは見えてくる。
 森を抜けた先は小高い丘が広がっていた。
 目に入って邪魔な濡れた髪の毛を掻き分けて丘に目をやる。夜と雨のカーテンでたった一メートル先も何も視えない。
 けれど、迷いはなかった。先ほどから強くなり続ける雨で視界は最悪だったがこの先にシャルがいる。漠然とそう感じた。
 満身創痍の足でゆっくりと、それでも確実に前へと歩を進める。
 けれど、限界は訪れる。
 誰しも空腹に、睡魔に抗えないように、人である以上動けなくなる時が必ずやってくる。
 走りたいけれど、もうそこまでの体力は残っていなかった。
「はぁ、はぁ。まだ、頑張れる……もんっ!」
(痛い。辛い。疲れた。逃げ出したい。苦しい。きつい。痛い)
 心の中は反比例するように弱音で埋め尽くされている。友だちのためとはいえ、千寿流はまだ十歳の少女だ。光が一切射さないこの暗闇、悪天候、悪路の中ここまでこれたこと自体が奇跡に等しい話だ。だから、もう限界なのだ。
 けれど。
 それでも、必死に自己暗示をかけ体に鞭を打つ。
 一歩。一歩。少しづつ進む。
 限界を超えて歩き続ける。
 しかし、すぐに次の限界がやってくる。どれが本物の限界なのか見当もつかないが、どれも等しく限界であることに変わりはない。
 気持ちはまだまだ頑張れと励まし続けるが、肝心の体が動かない。
「はぁ、はぁ」
 どさり。
 ついに千寿流は地面に手を付けて倒れこんでしまった。
 雨が降り始めと比べると随分と強くなった気がする。刺すような雨が立ち止まってしまった千寿流を|苛《さいな》めるように降り続けた。
(もう、限界だよ。もう、歩けない。ごめん、シャルちゃん)
 肺が痛くて声を出すのが辛かったから、心の中でシャルに謝り続けた。シャルちゃんは笑って許してくれそうだよね。それともシャルちゃんはあたしを恨み続けるのかな?
 あたしだったらどうなのかな?
(……)
 そうしてまた少し自己嫌悪になった。だめだな、あたし。
 うつ伏せで寝転ぶと泥が口に入って気持ち悪かった。
 だから仰向けになろうとしたけど体が痛くてできなかった。
 仰向けになれなかったから泥が口に入って気持ち悪かった。
 それ以上に友だちの一人も助けることができない自分が、もっと気持ち悪かった。
(あたし、友だちってずっと言ってるけど、シャルちゃんのこと何も解ってあげられてないんだな)
 ……ず……
 …ち………ず…
 ち……ず………る…
 雨音に混じって微かに声が聴こえた。聴き覚えのある声。あたしの友だちの声。
「!!」
(この声。間違いないよ。シャルちゃんだ。けど)
 情けないこの身体は動いてくれなかった。
 こんな時、アニメの世界なら最後の力を振り絞ったりして、秘められた力なんかが目覚めたりして、なんとなく上手くいくんだろうなって意味のないことを考える。
 ぼーっとした頭で考えられることなんてその程度のことしかない。
 でも、現実はそんなに甘くないんだ。動けないものはどう頑張っても動けない。もう気持ちも挫けてしまっていた。
(ごめん、シャルちゃん。ごめん。ごめん)
 薄れゆく意識の中。許しを請うように何度も何度も幻の向こう側の友だちに謝り続ける。
 諦念した彼女を許さないと昏い雨がその激しさを強めて降り続ける。気を失って動けなくなった少女に鞭を打ち続けた。
 周りには街灯らしきものが等間隔に並んでいたが、電気が通っていないのかそのどれもが光を放つことはない。今日は雨だ。だから月明かりもない。
 黒の空。明かり一つない世界。闇の中に影が揺れた。漆黒を装い、まるでこの空に広がる夜を纏ったような男が少女の傍らに立つ。
「……」
 少女を見下ろす男の目は酷く冷徹な眼差しだった。
 まるで、今遊んでいるモノに飽きた子供が、新しく買ってもらうためワザと置き去りにした玩具を一瞥するような。そんな何もかもを切り裂いてしまうような、細く鋭利な眼差し。
 そして、酷く悲しそうな表情にも見えた。何も知らない人が見たのなら、頬を伝い滴る雨が涙にも見えただろう。
 或いは、本当に泣いていたのかもしれない。
 期待していなかったといえば嘘になる。けれどこの少女はあまりにも弱く、脆い。体も心も何もかもが。だから、こうなることは必然だったのかもしれない。
 だから、そんな決まりきった未来が変わることなく確定してしまったことに、心が泣いていたのかもしれない。
「でもさ、ほら、もしかしたらってあるじゃないか。けど、君には期待外れだったよ。もう少し頑張れると思ってたんだけどな、僕は」
 そう言いながら、気を失っている少女の首に手をかけようとする。
「キヨミお兄さん?」
「……シャルちゃんかい? 君、どこいってたの、千寿流ちゃん、君のこと探してたんだよ。そりゃもう必死に」
 男は少し驚いたのち、冷静さを装いながら声のするほうに顔を向ける。シャルというイレギュラーの登場は男にとっても予想外の出来事だった。
「シャルルは ばかじゃないもん とちゅうで きづいたんだよ このカゲは わるいヤツだって」
 聞く話によると、初めはクラマの手掛かりを求めて影の|魔獣《マインドイーター》の甘言に乗ってしまったものの、彼女の知るクラマの人物像と影が語る内容があまりにも乖離していたから気づけたとのこと。
 聞いてしまえば何もおかしいところはない当たり前の話なのだが、クラマのこととなると盲目的なシャルが、よく自分だけの解釈で善悪の判断をできたなと少し感心した。
「で キヨミおにいさんは なにをしようと していたの?」
 なんだろうか、背筋に冷たいものを感じた。シャルは自分を疑っている。この少女に限ってそんなことが有り得るのだろうか。
「……もちろん、君たちを助けに来ただけだよ」
「うん それなら いいよ」
 思ったよりも周りが見えているのかもしれない。脳内でシャルというキャラクターを修正した。
 追加で補足すると、別段おかしな話ではないことがより分かるだろう。
 シャルは先日千寿流に打ち明けられた“夜深をどう思う?”という話を聞いていたからこうして疑って訊ねたに過ぎない。そのことを知らない夜深がシャルという存在に、違和感を覚えるのも仕方がないことではある。
「でさ、千寿流ちゃん、もう限界みたいだから一度町まで戻ろうと思うけど、その影の|魔獣《マインドイーター》はどうしようか?」
「もちろん やっつける! シャルルが やっつけてやろうと おもってたんだけど にがしちゃった!」
「そうか、じゃあ、千寿流ちゃんが目を覚めるのを待ってから行動に移すとしようか」
 この風景がくだらない戯れ事で翳ることないようにと、心中で祈る。
 この世界に守りたいものなんかない。
 町行く人、そこで働く住人、惰性を貪る者、街頭に映る芸能人、それをネタにするマスコミ、考察するユーチューバー。老いも若いも、どれをとってもこれをとっても取るに足らない。
 目に映るどれもが、|無駄な人間《ゴミ》、|無駄な資源《ゴミ》、|無駄な景色《ゴミ》。生きていても死んでいても変わらない。
 人は変わらない。
 今日生まれそして死んでいく。その循環に誰も疑問を抱かず、何も感じず。何も起こさず。
 |他人《ひと》の死を悼む|暇《いとま》はあれどそれは他人事でしかない。
 一九九九年、七の月、空から恐怖の大王が降ってきて人類が滅亡する。
 これはミシェル・ノストラダムスが書いた百詩篇第十巻に登場するもっとも有名な予言の一つ。
 当時の人々は未知という恐怖に恐れながらもこれから始まる“変化”に少し期待をしたんじゃないのかと僕は思う。
 皆、熱に浮かされたような、脳内を焼くようなオーガズムに達したような、そんな気持ちを共有した。理由が何であれ、それは一つの一体感だといえるだろう。
 二〇〇〇年、世界の節目。これから困難が次々と訪れる。それを越えて未来をより良いものに変えていくと言われ早数百年、あの頃そう息巻いていた人間たちは今やもう土の中だ。
 未来への保障なんて誰もしてくれやしない。それはいつだってそうだ。
 あの頃から何一つとして変わっちゃあいない。
 人生とは旅をすることに他ならない。
 旅をするということは景色を観るということだ。
 だから、この世界には意味がない。
 男は意味のないこんな日々が嫌いだった。
 だから、今は楽しい。
 目の前の|想定外《景色》に少し面白くなるのではないかと、内心沸き立つ興奮を抑えきれずにいた。