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ep.34 睥睨

ー/ー



 降りしきる雨の中、夜深と同じくフードを深く被った人物が現れる。

「フン、テメーみてえな劣悪野郎にも、最低限の心っつーの? そういうもんがあると知って、私は驚きだよ、けひひひ」

「君は?」

「うるせえ。魔獣(マインドイーター)に名乗る名前なんかねーよ、バーカ」

 初対面だというのに随分な物言いだった。

「テメーらはよ、大人しく鏖殺されてぐちゃぼこに成るだけの存在なんだよ。そんな下等種族になんで名乗らなきゃいけねぇ、ああ? まじキモいな、鳥肌モンだよお前」

 影がゆらりと動く。逆光で正確には判断できないが、そのシルエットから女性だということが見て取れる。
 フードで出来た影で夜深からは視えないが、顔中には無数の古傷が刻まれており、それをごまかすように闘牛の刺青が彫られていた。
 その正体は『強欲(テラ)』に所属する“残忍刻薄の赤い雫(デスドロップ)”水無瀬雫その人。

「あらら、でもさ、自己紹介は大事でしょ。たとえ今日だけの邂逅だとしても。ほら、僕は鬼竜院夜深。鬼に竜に寺院。夜が深まるで夜深。君は?」

「うるせーっつーの! ド低能かテメーは!? 名乗る義理なんざねーって言ってるだろうが!」

「ふふふ、そっか、まあいいや」

 夜深は口角を上げて小馬鹿にするように、やれやれと両手をあげる仕草を取る。
 多勢に無勢のこの状況で、なぜここまで余裕を持った態度を崩さずにいられるのか。表情に出すことはなかったが、雫は口汚く罵りつつも内心疑問を感じていた。

(っち、ピエロヤローが。しかし驚いたなマジで。こんだけまともに意思疎通ができる魔獣(マインドイーター)がいるなんて、世界は広いわ)

「できりゃー生け捕りにして、研究対象として持ち帰ってやりたいが、まー無理かもな、けひひひひ」

 まともに会話が成立する事に驚愕するものの、口では挑発をし続けて相手のペースを乱すことに注力する。
 乗ってくれば僥倖、別に崩れなくてもいい。それでだめなら警戒を高めて確実に葬るだけだ。これが基本。水無瀬雫の戦い方(やりかた)だ。
 こちらの戦力は十を超え周りを囲んでいる。いわゆる完全包囲というやつだ。圧倒的に有利であるこの状況なら、相手から仕掛けて来てもらった方が御し易い。
 例え夜深(あいて)がどんな行動を取ろうと、後の先で制する自信が雫にはあった。

「あらら、僕のこと魔獣(マインドイーター)と勘違いしてます? 心外だな。いやー、それか無知蒙昧を装って、誰彼構わず襲うストーカーだったりして。ほんと、怖い世の中だ」

 挑発を挑発で返す。

「貴様! さっきからの態度といい、水無瀬隊長のことを愚弄するのかっ!」

 別方向からの声。男が持つライトが怒りでブレる。どうやら目の前にいる水無瀬雫という女の部下なのだろう。侮辱されて耐え切れなくなったのか。

「おめーらは動くんじゃねーよ。こんなカスクソ虫の魔獣(マインドイーター)。私一人で十分だっつーの」

 部下が歩みだそうとするのを確認し、すぐさま制止する。雫という女は口汚い物言いだが、夜深の出方を窺う心の中は氷のように冷静だった。

「へー、君も最低限は理解できてるんだね。そのガサツな物言い、脳みそに筋肉でも詰まってるんじゃないかと思ってたけど、腐っても隊長ってわけだ?」

「貴様ぁぁああぁッ!」

 再び先ほどの男の声。激昂に身を任せ夜深に向かって近づこうとするものの。

「動くんじゃねーよ雨宮(あまみや)ぁッ! ダボハゼみたいにひょいひょい引っかかってんじゃねえ! 大馬鹿かテメエはっ!」

 雨宮と呼ばれた男は再び静止する。しかし、隊長が侮辱され怒りは収まっていないのだろう、手に持つライトの焦点が小刻みにブレていた。

「あのさ、僕が言うことでもないけど、部下の躾はちゃんとしておいたほうがいいよ? 隊ってのは一人の間抜けが輪を乱すことで一瞬で崩壊することもあるからさ」

「フン、だな。そりゃ同感だ。だが余計なお世話だ。つーか、テメーこそ間抜けなんだよ。だらだらと喋り続けて内部崩壊を考えてんのか? だとしたら無駄だぜ。浅はかな魔獣(マインドイーター)の考えってやつか? けひひ、ウケるな」

 雫は夜深の周りを歩きながら様子を伺う。夜深は身構えるでもなく棒立ちの状態だったが、それが逆に不気味すぎた。不敵に笑う男の表情は観念したというわけでもない。
 背後からなら獲れる。確信に近い自信がある。しかし、踏み込む事ができない。
 “この状況を窮地と認識していない”
 周りを十人以上の人間に包囲され、銃口を向けられている。いつでも手をかけることができる、と首元にナイフを突きつけているにも等しいこの状況を、窮地と認識していないのだ。

 もう一度考え直す必要がある。冷静に現状を把握して確実に仕留めるんだ。
 雫は夜深の挑発により、少し火照った頭を降りしきる雨で冷やしながら、もう一度思考を巡らすのだった。


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次のエピソードへ進む ep.35 夜に散りゆく


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 降りしきる雨の中、夜深と同じくフードを深く被った人物が現れる。
「フン、テメーみてえな劣悪野郎にも、最低限の心っつーの? そういうもんがあると知って、私は驚きだよ、けひひひ」
「君は?」
「うるせえ。|魔獣《マインドイーター》に名乗る名前なんかねーよ、バーカ」
 初対面だというのに随分な物言いだった。
「テメーらはよ、大人しく鏖殺されてぐちゃぼこに成るだけの存在なんだよ。そんな下等種族になんで名乗らなきゃいけねぇ、ああ? まじキモいな、鳥肌モンだよお前」
 影がゆらりと動く。逆光で正確には判断できないが、そのシルエットから女性だということが見て取れる。
 フードで出来た影で夜深からは視えないが、顔中には無数の古傷が刻まれており、それをごまかすように闘牛の刺青が彫られていた。
 その正体は『|強欲《テラ》』に所属する“残忍刻薄の|赤い雫《デスドロップ》”水無瀬雫その人。
「あらら、でもさ、自己紹介は大事でしょ。たとえ今日だけの邂逅だとしても。ほら、僕は鬼竜院夜深。鬼に竜に寺院。夜が深まるで夜深。君は?」
「うるせーっつーの! ド低能かテメーは!? 名乗る義理なんざねーって言ってるだろうが!」
「ふふふ、そっか、まあいいや」
 夜深は口角を上げて小馬鹿にするように、やれやれと両手をあげる仕草を取る。
 多勢に無勢のこの状況で、なぜここまで余裕を持った態度を崩さずにいられるのか。表情に出すことはなかったが、雫は口汚く罵りつつも内心疑問を感じていた。
(っち、ピエロヤローが。しかし驚いたなマジで。こんだけまともに意思疎通ができる|魔獣《マインドイーター》がいるなんて、世界は広いわ)
「できりゃー生け捕りにして、研究対象として持ち帰ってやりたいが、まー無理かもな、けひひひひ」
 まともに会話が成立する事に驚愕するものの、口では挑発をし続けて相手のペースを乱すことに注力する。
 乗ってくれば僥倖、別に崩れなくてもいい。それでだめなら警戒を高めて確実に葬るだけだ。これが基本。水無瀬雫の|戦い方《やりかた》だ。
 こちらの戦力は十を超え周りを囲んでいる。いわゆる完全包囲というやつだ。圧倒的に有利であるこの状況なら、相手から仕掛けて来てもらった方が御し易い。
 例え|夜深《あいて》がどんな行動を取ろうと、後の先で制する自信が雫にはあった。
「あらら、僕のこと|魔獣《マインドイーター》と勘違いしてます? 心外だな。いやー、それか無知蒙昧を装って、誰彼構わず襲うストーカーだったりして。ほんと、怖い世の中だ」
 挑発を挑発で返す。
「貴様! さっきからの態度といい、水無瀬隊長のことを愚弄するのかっ!」
 別方向からの声。男が持つライトが怒りでブレる。どうやら目の前にいる水無瀬雫という女の部下なのだろう。侮辱されて耐え切れなくなったのか。
「おめーらは動くんじゃねーよ。こんなカスクソ虫の|魔獣《マインドイーター》。私一人で十分だっつーの」
 部下が歩みだそうとするのを確認し、すぐさま制止する。雫という女は口汚い物言いだが、夜深の出方を窺う心の中は氷のように冷静だった。
「へー、君も最低限は理解できてるんだね。そのガサツな物言い、脳みそに筋肉でも詰まってるんじゃないかと思ってたけど、腐っても隊長ってわけだ?」
「貴様ぁぁああぁッ!」
 再び先ほどの男の声。激昂に身を任せ夜深に向かって近づこうとするものの。
「動くんじゃねーよ|雨宮《あまみや》ぁッ! ダボハゼみたいにひょいひょい引っかかってんじゃねえ! 大馬鹿かテメエはっ!」
 雨宮と呼ばれた男は再び静止する。しかし、隊長が侮辱され怒りは収まっていないのだろう、手に持つライトの焦点が小刻みにブレていた。
「あのさ、僕が言うことでもないけど、部下の躾はちゃんとしておいたほうがいいよ? 隊ってのは一人の間抜けが輪を乱すことで一瞬で崩壊することもあるからさ」
「フン、だな。そりゃ同感だ。だが余計なお世話だ。つーか、テメーこそ間抜けなんだよ。だらだらと喋り続けて内部崩壊を考えてんのか? だとしたら無駄だぜ。浅はかな|魔獣《マインドイーター》の考えってやつか? けひひ、ウケるな」
 雫は夜深の周りを歩きながら様子を伺う。夜深は身構えるでもなく棒立ちの状態だったが、それが逆に不気味すぎた。不敵に笑う男の表情は観念したというわけでもない。
 背後からなら獲れる。確信に近い自信がある。しかし、踏み込む事ができない。
 “この状況を窮地と認識していない”
 周りを十人以上の人間に包囲され、銃口を向けられている。いつでも手をかけることができる、と首元にナイフを突きつけているにも等しいこの状況を、窮地と認識していないのだ。
 もう一度考え直す必要がある。冷静に現状を把握して確実に仕留めるんだ。
 雫は夜深の挑発により、少し火照った頭を降りしきる雨で冷やしながら、もう一度思考を巡らすのだった。