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第9話:限界のその先へ

ー/ー



心氣顕現の修行を始めて、一週間が経過していた。
海人は、ほとんど飲まず食わずの状態で、ひたすら氣の制御に挑み続けていた。
目の下には深い隈ができ、頬もこけていたが、眼差しには鋭さが宿っていた。

「おーい、そろそろ身体が干からびるぞ」

どこか呆れたような声が、修行場の広場に響いた。

声の主は桐生だった。
両肩に巨大な魔獣の死体を担ぎ、血に濡れたままの足取りで現れる。

「……どれくらい経った?」

「まるっと一週間だな。よくまぁここまで没頭できるもんだ。飯くらい食え。獲ってきたぞ」

海人の視線が、桐生の足元に落とされた魔獣へと向く。
それは、頭が二つある狼のような魔獣だった。全身が黒い毛で覆われ、口元からは毒のような粘液が滴っていた。

「……コイツ、食えるのか?」

「案外イケるぞ。クセは強いが、しっかり焼けばタンパク質のかたまりだ。まぁ……ちょっとスジ張ってるがな」

桐生は慣れた手つきで魔獣の皮を剥ぎ、内臓を取り除き、手早く串に刺して火にくべていく。
火がパチパチと音を立て、肉が焼ける香ばしい匂いが広がった。

「なあ桐生。あんたが“心氣顕現”を会得するまで、どれくらいかかった?」

「……十年、だな」

「十年!? ……そんなに?」

「儂の場合は氣の絶対量が足りなかったからな。お前と違って、氣を満たすまでに時間がかかった。だが、お前は違う。お前には、既に十分すぎる氣がある。必要なのは――きっかけだ」

海人は黙って空を見上げた。

(3ヶ月の期限……あと何日残っている?
 力を得なければ、試練に生き残れず……それ以上に――あいつらと向き合う資格すらない)

海人の胸には、焔木一族への不信感が根強く残っていた。
この試練が茶番に終わる可能性は十分ある。たとえ生還しても、再び封印される可能性すらある。

(だから、俺は――力を得なきゃならない)

「……守られながら修行するのは、甘えかもしれないな」

「うん? なんか言ったか?」

「いや。……この肉を食ったら、俺はこの場を離れる。島を歩き、己を追い詰めて修行する」

「無茶言うな。今のお前が島を出歩けば、すぐ魔獣の餌だぞ」

「その程度で死ぬなら、それまでの命だったってことだ。俺は、そこまで追い詰めないと変われない」

桐生はしばらく沈黙したあと、焼けた串肉を手渡した。

「……お前、儂と同じくらいイカれてるな」

「俺の人生なんて、どうでもいい過去の連続だった。だから、変えたい。今ここで」

「ふむ……そこまで言うなら、止めはしない」

そう言って桐生は奥から一枚の紙を取り出し、海人に差し出す。

「これは?」

「儂が独自に作った、この島の地図だ。危険地帯も、拠点に適した場所も記してある。餞別だ」

海人は受け取った地図に目を通し、島の中央部に立入禁止と記されたエリアがあることに気づく。

「この山のあたりは……?」

「そこには近づくな。儂でも踏み込めん。

この島の中でも別格の魔獣が棲んでいる。下手すれば一瞬で喰われる」

「了解。……行かないさ。今の俺じゃ、まだそいつに挑む資格はない」

海人は荷物をまとめると、桐生に頭を下げた。

「世話になった。生きていれば、また会おう」

「おう、死ぬなよ。海人」

地図を頼りに、海人は島の探索を始めた。
幾度となく魔獣に遭遇しながらも、鍛えた剣術と機転で乗り切っていく。

(……やはり実戦は一番鍛えられる)

そして川沿いを歩いていた海人の目の前に、それは現れた。

――巨大な滝。

岩肌を割って流れ落ちる水流は轟音を響かせ、下流には清らかな水が溜まっている。

「……ここだ。修行の場所は、ここにする」

彼は滝の下に簡易テントを張り、薬草で魔獣除けの煙を焚き、罠を仕掛けて簡易の拠点を築いた。

「……幽閉中に覚えたサバイバル知識が役に立つとはな。
ほんと、時間だけは腐るほどあったからな」

水を汲もうと川に近づいたとき――

「……綺麗だな。滝なんて、生まれて初めて見た」

思わず見とれたその瞬間――

ググッ

足元に違和感。次の瞬間、強烈な引きにより水中へと引きずり込まれた。

(んぐっ!? なに――!?)

視界に現れたのは、巨大なトカゲのような魔獣。
その尾が足に絡まり、鋭い牙を光らせて迫ってくる。

(くそっ……水中じゃ、力が……!)

懸命に刀を抜いて斬りかかろうとするが、水の抵抗に負けて刃は浅くしか刺さらない。

(……まずい。息ももたない。もう、やるしか――)

海人は両手に力を込めた。

(……心氣顕現――一度でもいい、出ろ!)

イメージ。刀の形。感触。重さ。

今、ここで形を得なければ死ぬ。魔獣の牙が肩に食い込む――それでも集中を切らさず、力を込めた。

ズブリッ

手に、赤黒い氣の塊が刀の形を取り、閃いた。

「――っ!」

その刃が魔獣の腹を突き抜け、血が水中に滲んだ。
魔獣は断末魔の叫びを上げ、流れに乗って川下へ消えていった。

(……やった、か……)

だが、喜ぶ間もなかった。
顕現した刀は不安定なまま氣を暴走させ――

ボンッ!!

海人の手の中で爆発。
衝撃波と共に彼の体は川から打ち上げられ、滝の岩盤に叩きつけられた。

「うおぉぉぉぉぉおおおおっ!!!」

そして――海人の意識は、深く、闇の中に沈んでいった。


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次のエピソードへ進む 第10話:刹那の焦燥


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心氣顕現の修行を始めて、一週間が経過していた。
海人は、ほとんど飲まず食わずの状態で、ひたすら氣の制御に挑み続けていた。
目の下には深い隈ができ、頬もこけていたが、眼差しには鋭さが宿っていた。
「おーい、そろそろ身体が干からびるぞ」
どこか呆れたような声が、修行場の広場に響いた。
声の主は桐生だった。
両肩に巨大な魔獣の死体を担ぎ、血に濡れたままの足取りで現れる。
「……どれくらい経った?」
「まるっと一週間だな。よくまぁここまで没頭できるもんだ。飯くらい食え。獲ってきたぞ」
海人の視線が、桐生の足元に落とされた魔獣へと向く。
それは、頭が二つある狼のような魔獣だった。全身が黒い毛で覆われ、口元からは毒のような粘液が滴っていた。
「……コイツ、食えるのか?」
「案外イケるぞ。クセは強いが、しっかり焼けばタンパク質のかたまりだ。まぁ……ちょっとスジ張ってるがな」
桐生は慣れた手つきで魔獣の皮を剥ぎ、内臓を取り除き、手早く串に刺して火にくべていく。
火がパチパチと音を立て、肉が焼ける香ばしい匂いが広がった。
「なあ桐生。あんたが“心氣顕現”を会得するまで、どれくらいかかった?」
「……十年、だな」
「十年!? ……そんなに?」
「儂の場合は氣の絶対量が足りなかったからな。お前と違って、氣を満たすまでに時間がかかった。だが、お前は違う。お前には、既に十分すぎる氣がある。必要なのは――きっかけだ」
海人は黙って空を見上げた。
(3ヶ月の期限……あと何日残っている?
 力を得なければ、試練に生き残れず……それ以上に――あいつらと向き合う資格すらない)
海人の胸には、焔木一族への不信感が根強く残っていた。
この試練が茶番に終わる可能性は十分ある。たとえ生還しても、再び封印される可能性すらある。
(だから、俺は――力を得なきゃならない)
「……守られながら修行するのは、甘えかもしれないな」
「うん? なんか言ったか?」
「いや。……この肉を食ったら、俺はこの場を離れる。島を歩き、己を追い詰めて修行する」
「無茶言うな。今のお前が島を出歩けば、すぐ魔獣の餌だぞ」
「その程度で死ぬなら、それまでの命だったってことだ。俺は、そこまで追い詰めないと変われない」
桐生はしばらく沈黙したあと、焼けた串肉を手渡した。
「……お前、儂と同じくらいイカれてるな」
「俺の人生なんて、どうでもいい過去の連続だった。だから、変えたい。今ここで」
「ふむ……そこまで言うなら、止めはしない」
そう言って桐生は奥から一枚の紙を取り出し、海人に差し出す。
「これは?」
「儂が独自に作った、この島の地図だ。危険地帯も、拠点に適した場所も記してある。餞別だ」
海人は受け取った地図に目を通し、島の中央部に立入禁止と記されたエリアがあることに気づく。
「この山のあたりは……?」
「そこには近づくな。儂でも踏み込めん。
この島の中でも別格の魔獣が棲んでいる。下手すれば一瞬で喰われる」
「了解。……行かないさ。今の俺じゃ、まだそいつに挑む資格はない」
海人は荷物をまとめると、桐生に頭を下げた。
「世話になった。生きていれば、また会おう」
「おう、死ぬなよ。海人」
地図を頼りに、海人は島の探索を始めた。
幾度となく魔獣に遭遇しながらも、鍛えた剣術と機転で乗り切っていく。
(……やはり実戦は一番鍛えられる)
そして川沿いを歩いていた海人の目の前に、それは現れた。
――巨大な滝。
岩肌を割って流れ落ちる水流は轟音を響かせ、下流には清らかな水が溜まっている。
「……ここだ。修行の場所は、ここにする」
彼は滝の下に簡易テントを張り、薬草で魔獣除けの煙を焚き、罠を仕掛けて簡易の拠点を築いた。
「……幽閉中に覚えたサバイバル知識が役に立つとはな。
ほんと、時間だけは腐るほどあったからな」
水を汲もうと川に近づいたとき――
「……綺麗だな。滝なんて、生まれて初めて見た」
思わず見とれたその瞬間――
ググッ
足元に違和感。次の瞬間、強烈な引きにより水中へと引きずり込まれた。
(んぐっ!? なに――!?)
視界に現れたのは、巨大なトカゲのような魔獣。
その尾が足に絡まり、鋭い牙を光らせて迫ってくる。
(くそっ……水中じゃ、力が……!)
懸命に刀を抜いて斬りかかろうとするが、水の抵抗に負けて刃は浅くしか刺さらない。
(……まずい。息ももたない。もう、やるしか――)
海人は両手に力を込めた。
(……心氣顕現――一度でもいい、出ろ!)
イメージ。刀の形。感触。重さ。
今、ここで形を得なければ死ぬ。魔獣の牙が肩に食い込む――それでも集中を切らさず、力を込めた。
ズブリッ
手に、赤黒い氣の塊が刀の形を取り、閃いた。
「――っ!」
その刃が魔獣の腹を突き抜け、血が水中に滲んだ。
魔獣は断末魔の叫びを上げ、流れに乗って川下へ消えていった。
(……やった、か……)
だが、喜ぶ間もなかった。
顕現した刀は不安定なまま氣を暴走させ――
ボンッ!!
海人の手の中で爆発。
衝撃波と共に彼の体は川から打ち上げられ、滝の岩盤に叩きつけられた。
「うおぉぉぉぉぉおおおおっ!!!」
そして――海人の意識は、深く、闇の中に沈んでいった。