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第百二十三話:レヴィアの愛の鎖と竜の暴走

ー/ー



 視界が、闇に塗りつぶされた。
 それは、目に見える暗闇ではない。ヒカルの意識の根底、魂の最も深い部分に、どす黒いインクが垂らされたような感覚だった。

『人間よ。貴様は無理をしているな』

 魔王の声が、ヒカルの脳髄を直接撫で回す。

『貴様のその右腕。……いや、全身に埋め込まれた「竜の因子」。それは本来、闘争と支配のために作られた太古のプログラムだ。「優しさ」などという脆弱なOSで制御できる代物ではない』

「ぐ、うぅ……あ、あああ……!」

 ヒカルは胸をかきむしった。

 右腕の『調律の剣(レギュレート・ソード)』が、かつてないほどの高熱を発している。制御宝玉が真紅に明滅し、ヒカルの意思を無視して、魔力を強制的に汲み上げ始めたのだ。

『解放せよ。貴様の中には、すでに「王」としての暴虐が眠っている。敵を屠り、女を犯し、世界を跪かせたいという、純粋な支配欲が』

 魔王の言葉は、精神攻撃(マインド・ブラスト)となってヒカルの理性の壁を粉砕した。
 BPI 28,000相当の精神干渉波が、ヒカルの細胞一つ一つに刻まれた「オリジン・コード(竜の起源)」を強制的に覚醒させる。

「ガアアアアアアアッ!!!」

 ヒカルの口から、人間のものではない咆哮が迸る。

 右腕だけではない。首筋、頬、そして左半身へと、硬質な竜鱗が急速に浸食していく。瞳孔が縦に裂け、黄金色に染まる。その瞳から「理性」の光が消え、冷酷な「捕食者」の輝きが宿った。

「ヒカル様!?」

 リリアが駆け寄ろうとするが、ヒカルから放たれた衝撃波に弾き飛ばされる。

「うっ……! 魔力が、以前とは比べ物になりません! これは……拒絶の意志!?」

「いけない! 王の『絆の共感者』が逆流しているわ!」

 蒼玉の理性竜姫アクアが叫ぶ。

「魔王の干渉により、王の精神が『支配』のベクトルに固定されました! 今の王は、私たちを『愛する妻』ではなく、『支配すべき駒』として認識しています!」

『そうだ。それが貴様の本来の姿だ』

 魔王が玉座で愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。

『さあ、その女たちを食らい尽くし、真の力に目覚めよ』

「……させる、ものかッ!!」

 純白の調和聖女ルーナが、必死に光の杖を掲げる。

「皆さん! ヒカル様の心を繋ぎ止めます! 『鎮静化ユニゾン《カーム・ダウン》』!」

 ルーナの呼びかけに、レヴィアを除く四人の竜姫が即座に応えた。

「わらわが支えます! 王の心よ、大地に根を張って!」(テラ)
「論理修復プログラム、強制起動!」(アクア)
「団長! こっちだよ! 闇なんか吹き飛ばして遊ぼうよ!」(セフィラ)
「契約者、闇に飲まれるな。私がその闇を受け止める!」(ヴァルキリア)

 五人の竜姫による、必死の鎮静化ユニゾン。
 光、土、水、風、闇。五つの属性がヒカルを包み込み、暴走する因子を鎮めようとする。

 だが、暴走したヒカルの「竜の因子」は、魔王の強大な支援を受け、彼女たちの愛の魔力を弾き返した。

「ガアアアッ!!」

 ヒカルが腕を振るうだけで、五人の姫たちが吹き飛ばされる。

「きゃあああッ!」
「うぐっ……! ユニゾンが……通じない!?」
「魔王の干渉力が強すぎる! 私たちの愛が、王に届く前に霧散させられてしまう!」

 万策尽きたかと思われた。
 ヒカルは完全に理性を失い、リリアに――最も近くにいる「脆弱な獲物」に、その爪を向けた。


 その光景を見て、紅蓮の激情竜姫レヴィアは、唇を噛み締めていた。

(あの日、彼が私を救ってくれたこと、そして、私が彼を救ったこと。……それは間違いじゃなかった。絶対に後悔なんてしていない)

 彼女の脳裏に、かつて傷ついた自分を救ってくれた、幼き日のヒカルの姿がよぎる。

(でも……。そのあと、私が彼を「王」として祭り上げなければ。私が彼を、この竜の戦いに巻き込まなければ。彼はただの人間として、幸せに暮らせたかもしれないのに……)

「……全部、私の責任だわ」

 レヴィアの瞳から迷いが消え、静かな、しかし凄まじい熱量を秘めた決意の炎が宿る。

「ヒカルをこの戦争に巻き込んだのは、そもそも我の愛のエゴ……。ならば、私が責任を取って、何とかするしかないじゃない!!」

 レヴィアが、炎を纏うこともなく、生身の足でヒカルに向かって歩き出した。
 その無防備な姿に、アクアが血相を変える。

「レヴィア! な、何をするつもり!? 危険よ! 今の王は、貴女を識別できていない! 近づけば殺されるわ!」
 「離して、アクア。……これは、夫婦喧嘩よ」

 レヴィアはアクアの制止を振り切り、真っ直ぐに暴走するヒカルへと歩み寄る。

「ガアッ!!」

 ヒカルが威嚇するように吠え、鋭い爪を振り上げる。

 だが、レヴィアは止まらない。一歩も引かない。
 彼女はヒカルの懐に飛び込み、その爪が振り下ろされるよりも速く――。

 パァァァァァンッ!!

 乾いた音が、広間に響き渡った。
 レヴィアの右手が、ヒカルの頬を全力で叩いていた。
 愛ゆえの、渾身の平手打ち。

「目を覚ましなさい、このバカ夫!!!」

 ヒカルの動きが、驚愕で止まる。
 レヴィアはヒカルの胸倉を両手で掴み、涙を浮かべた瞳で睨みつけた。

「誰に向かって爪を立てているの? 貴様の目の前にいるのは、獲物じゃないわ」 レヴィアの声が震える。 「貴様を愛して、貴様を巻き込んで、ここまで連れてきた……貴様の『妻』よ!! そして貴様は、我の『夫』だ!!」

 玉座の魔王が、鼻で笑った。

『無駄だ。感情論で本能は止まらぬ。それに、貴様ごときの炎で、余の闇に勝てると思うてか』

 その瞬間、レヴィアが魔王を指差し、戦場全体に響く声で一喝した。

「黙れ、この引きこもり!!」

『……は?』

 魔王の表情が凍りついた。
 数千年の時を生きた超越者に対し、あまりにも俗っぽく、しかし的確すぎる罵倒。

『ひ、引きこもり……だと……? 余が……?』

 魔王は玉座でたじろぎ、明らかに動揺した。その隙を、レヴィアは見逃さない。

「ずっとその暗い玉座に座って、外の世界も見ずに偉そうに! 愛を知らない貴様に、私たちの絆を笑う資格なんかないわ!!」

 レヴィアは魔王を一蹴すると、再びヒカルに向き直った。

「ヒカル! 支配したいならすればいい! 暴れたいなら暴れればいい! だけどね……!」

 レヴィアの全身から、BPI 1,200を超える規格外の熱量が噴き出す。
 それは、魔王の闇すらも焼き払う、純粋で、強欲で、どうしようもないほど重い「独占欲」の炎だった。


「貴様を支配できるのは、この宇宙で我だけよ!! 貴様の暴走も、殺意も、絶望も、過去の責任も、全部ひっくるめて我のもの! 竜の本能ごときに、我の夫を渡してなるものかぁぁぁッ!!」

「んぐっ……!?」

 ヒカルが何かを言おうとした瞬間、レヴィアはヒカルに口づけをした。
 それは甘いキスではない。魂を直接ねじ伏せ、繋ぎ止めるための「鎖」を打ち込むような、激しい一撃だった。

『――愛の鎖(チェーン・オブ・ラブ)――』

 ドクンッ!!

 ヒカルの心臓が大きく跳ねた。
 レヴィアから流れ込んでくるのは、癒やしでも鎮静でもない。「貴様は私のものだ」「私が貴方を守る」「絶対に離さない」という、強烈な自我の押し付けだ。

 しかし、その圧倒的な「熱量」こそが、魔王が植え付けた冷たい「孤独な支配欲」を焼き尽くした。

(熱い……。痛い……。ああ、そうだ。この熱さだ……。責任を感じて、傷ついて、それでも俺を離そうとしない。この不器用で重い愛こそが、俺を繋ぎ止める錨なんだ)

 ヒカルの瞳から、爬虫類の縦線が消え、人間らしい光が戻ってくる。身体を覆っていた鱗が、バラバラと剥がれ落ちていく。

「……ぐ、はぁっ……!」

 唇が離れる。

 ヒカルはその場に膝をつき、荒い息をついた。左頬が赤く腫れているが、その顔つきは、いつものヒカルだった。

「……戻ったか、バカ夫」

 レヴィアもまた、肩で息をしながら、勝ち誇ったように笑った。

 「まったく、世話が焼けるわね。……でも、これで分かったでしょ? 貴方の闇を受け止められるのは、やっぱり正妻である我しかいないって」

 ヒカルは、震える手で、叩かれた頬と、レヴィアの頬に触れた。

「ああ……。目が覚めたよ。手荒な『お目覚め』だったが、な……」
「当然よ。あんな陰気な男に、私の夫は渡さないわ」

 空間の空気が変わった。
 魔王の放っていた絶望的な圧力が、レヴィアの炎によって霧散していた。
 アクアたちが呆気にとられた表情で駆け寄ってくる。

「論理的に……信じられません。暴走する本能を、さらに強い『独占欲』と『平手打ち』で上書きして制圧するなんて……」
「愛の力ですね……。私の調律では届きませんでしたが、レヴィアお姉様の『覚悟』が、道を切り開いたのです」

 ルーナが悔しそうに、しかし安堵の表情で微笑む。
 セフィラが飛びついてくる。

「レヴィア姉さん、すごーい! 『引きこもり』って言った時の魔王の顔、最高だったよ!」


 ◇◆◇◆◇

 玉座の魔王は、プルプルと震えていた。

『……ひ、引きこもり……この余に向かって……』

 魔王が立ち上がる。その背後の闇が、今度こそ物理的な殺意を持って蠢き始めた。プライドを傷つけられた王の怒りは凄まじい。

『許さぬ……。精神が壊せぬなら、肉体を消し去るまで。……遊びは終わりだ、小娘、そして人間どもよ!!』

 ヒカルは立ち上がった。リリアに支えられ、レヴィアに背中を叩かれ、彼は『調律の剣』を魔王に向けた。

「ああ、終わりだ魔王。……俺には、世界を支配する王の資格はないかもしれない。だが……」

 ヒカルは、六龍姫たちを見渡した。

「この、世界一愛が重い妻たちに尻を叩かれる『夫』としての資格なら、十分にあるみたいだ!」
「あはは! では、思う存分尻にひいてあげるから、覚悟しててね!!」

 ヒカルは、こんな状況に似つかわしくない満面の笑みを浮かべた。そして、頬を叩いて気合いを入れ直した。

「行くぞ、全員! これが最後の戦いだ!」
「「「オオオオオオオッ!!」」」

 魔王との対話は決裂し、精神攻撃は「愛の鎖」によって破られた。
 次はいよいよ、真正面からの総力戦。
 愛の鎖で繋がれた最強の軍団が、プライドを傷つけられ激昂する神話級の絶望へと挑みかかる。



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 視界が、闇に塗りつぶされた。
 それは、目に見える暗闇ではない。ヒカルの意識の根底、魂の最も深い部分に、どす黒いインクが垂らされたような感覚だった。
『人間よ。貴様は無理をしているな』
 魔王の声が、ヒカルの脳髄を直接撫で回す。
『貴様のその右腕。……いや、全身に埋め込まれた「竜の因子」。それは本来、闘争と支配のために作られた太古のプログラムだ。「優しさ」などという脆弱なOSで制御できる代物ではない』
「ぐ、うぅ……あ、あああ……!」
 ヒカルは胸をかきむしった。
 右腕の『|調律の剣《レギュレート・ソード》』が、かつてないほどの高熱を発している。制御宝玉が真紅に明滅し、ヒカルの意思を無視して、魔力を強制的に汲み上げ始めたのだ。
『解放せよ。貴様の中には、すでに「王」としての暴虐が眠っている。敵を屠り、女を犯し、世界を跪かせたいという、純粋な支配欲が』
 魔王の言葉は、精神攻撃(マインド・ブラスト)となってヒカルの理性の壁を粉砕した。
 BPI 28,000相当の精神干渉波が、ヒカルの細胞一つ一つに刻まれた「オリジン・コード(竜の起源)」を強制的に覚醒させる。
「ガアアアアアアアッ!!!」
 ヒカルの口から、人間のものではない咆哮が迸る。
 右腕だけではない。首筋、頬、そして左半身へと、硬質な竜鱗が急速に浸食していく。瞳孔が縦に裂け、黄金色に染まる。その瞳から「理性」の光が消え、冷酷な「捕食者」の輝きが宿った。
「ヒカル様!?」
 リリアが駆け寄ろうとするが、ヒカルから放たれた衝撃波に弾き飛ばされる。
「うっ……! 魔力が、以前とは比べ物になりません! これは……拒絶の意志!?」
「いけない! 王の『絆の共感者』が逆流しているわ!」
 蒼玉の理性竜姫アクアが叫ぶ。
「魔王の干渉により、王の精神が『支配』のベクトルに固定されました! 今の王は、私たちを『愛する妻』ではなく、『支配すべき駒』として認識しています!」
『そうだ。それが貴様の本来の姿だ』
 魔王が玉座で愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。
『さあ、その女たちを食らい尽くし、真の力に目覚めよ』
「……させる、ものかッ!!」
 純白の調和聖女ルーナが、必死に光の杖を掲げる。
「皆さん! ヒカル様の心を繋ぎ止めます! 『鎮静化ユニゾン《カーム・ダウン》』!」
 ルーナの呼びかけに、レヴィアを除く四人の竜姫が即座に応えた。
「わらわが支えます! 王の心よ、大地に根を張って!」(テラ)
「論理修復プログラム、強制起動!」(アクア)
「団長! こっちだよ! 闇なんか吹き飛ばして遊ぼうよ!」(セフィラ)
「契約者、闇に飲まれるな。私がその闇を受け止める!」(ヴァルキリア)
 五人の竜姫による、必死の鎮静化ユニゾン。
 光、土、水、風、闇。五つの属性がヒカルを包み込み、暴走する因子を鎮めようとする。
 だが、暴走したヒカルの「竜の因子」は、魔王の強大な支援を受け、彼女たちの愛の魔力を弾き返した。
「ガアアアッ!!」
 ヒカルが腕を振るうだけで、五人の姫たちが吹き飛ばされる。
「きゃあああッ!」
「うぐっ……! ユニゾンが……通じない!?」
「魔王の干渉力が強すぎる! 私たちの愛が、王に届く前に霧散させられてしまう!」
 万策尽きたかと思われた。
 ヒカルは完全に理性を失い、リリアに――最も近くにいる「脆弱な獲物」に、その爪を向けた。
 その光景を見て、紅蓮の激情竜姫レヴィアは、唇を噛み締めていた。
(あの日、彼が私を救ってくれたこと、そして、私が彼を救ったこと。……それは間違いじゃなかった。絶対に後悔なんてしていない)
 彼女の脳裏に、かつて傷ついた自分を救ってくれた、幼き日のヒカルの姿がよぎる。
(でも……。そのあと、私が彼を「王」として祭り上げなければ。私が彼を、この竜の戦いに巻き込まなければ。彼はただの人間として、幸せに暮らせたかもしれないのに……)
「……全部、私の責任だわ」
 レヴィアの瞳から迷いが消え、静かな、しかし凄まじい熱量を秘めた決意の炎が宿る。
「ヒカルをこの戦争に巻き込んだのは、そもそも我の愛のエゴ……。ならば、私が責任を取って、何とかするしかないじゃない!!」
 レヴィアが、炎を纏うこともなく、生身の足でヒカルに向かって歩き出した。
 その無防備な姿に、アクアが血相を変える。
「レヴィア! な、何をするつもり!? 危険よ! 今の王は、貴女を識別できていない! 近づけば殺されるわ!」
 「離して、アクア。……これは、夫婦喧嘩よ」
 レヴィアはアクアの制止を振り切り、真っ直ぐに暴走するヒカルへと歩み寄る。
「ガアッ!!」
 ヒカルが威嚇するように吠え、鋭い爪を振り上げる。
 だが、レヴィアは止まらない。一歩も引かない。
 彼女はヒカルの懐に飛び込み、その爪が振り下ろされるよりも速く――。
 パァァァァァンッ!!
 乾いた音が、広間に響き渡った。
 レヴィアの右手が、ヒカルの頬を全力で叩いていた。
 愛ゆえの、渾身の平手打ち。
「目を覚ましなさい、このバカ夫!!!」
 ヒカルの動きが、驚愕で止まる。
 レヴィアはヒカルの胸倉を両手で掴み、涙を浮かべた瞳で睨みつけた。
「誰に向かって爪を立てているの? 貴様の目の前にいるのは、獲物じゃないわ」 レヴィアの声が震える。 「貴様を愛して、貴様を巻き込んで、ここまで連れてきた……貴様の『妻』よ!! そして貴様は、我の『夫』だ!!」
 玉座の魔王が、鼻で笑った。
『無駄だ。感情論で本能は止まらぬ。それに、貴様ごときの炎で、余の闇に勝てると思うてか』
 その瞬間、レヴィアが魔王を指差し、戦場全体に響く声で一喝した。
「黙れ、この引きこもり!!」
『……は?』
 魔王の表情が凍りついた。
 数千年の時を生きた超越者に対し、あまりにも俗っぽく、しかし的確すぎる罵倒。
『ひ、引きこもり……だと……? 余が……?』
 魔王は玉座でたじろぎ、明らかに動揺した。その隙を、レヴィアは見逃さない。
「ずっとその暗い玉座に座って、外の世界も見ずに偉そうに! 愛を知らない貴様に、私たちの絆を笑う資格なんかないわ!!」
 レヴィアは魔王を一蹴すると、再びヒカルに向き直った。
「ヒカル! 支配したいならすればいい! 暴れたいなら暴れればいい! だけどね……!」
 レヴィアの全身から、BPI 1,200を超える規格外の熱量が噴き出す。
 それは、魔王の闇すらも焼き払う、純粋で、強欲で、どうしようもないほど重い「独占欲」の炎だった。
「貴様を支配できるのは、この宇宙で我だけよ!! 貴様の暴走も、殺意も、絶望も、過去の責任も、全部ひっくるめて我のもの! 竜の本能ごときに、我の夫を渡してなるものかぁぁぁッ!!」
「んぐっ……!?」
 ヒカルが何かを言おうとした瞬間、レヴィアはヒカルに口づけをした。
 それは甘いキスではない。魂を直接ねじ伏せ、繋ぎ止めるための「鎖」を打ち込むような、激しい一撃だった。
『――|愛の鎖《チェーン・オブ・ラブ》――』
 ドクンッ!!
 ヒカルの心臓が大きく跳ねた。
 レヴィアから流れ込んでくるのは、癒やしでも鎮静でもない。「貴様は私のものだ」「私が貴方を守る」「絶対に離さない」という、強烈な自我の押し付けだ。
 しかし、その圧倒的な「熱量」こそが、魔王が植え付けた冷たい「孤独な支配欲」を焼き尽くした。
(熱い……。痛い……。ああ、そうだ。この熱さだ……。責任を感じて、傷ついて、それでも俺を離そうとしない。この不器用で重い愛こそが、俺を繋ぎ止める錨なんだ)
 ヒカルの瞳から、爬虫類の縦線が消え、人間らしい光が戻ってくる。身体を覆っていた鱗が、バラバラと剥がれ落ちていく。
「……ぐ、はぁっ……!」
 唇が離れる。
 ヒカルはその場に膝をつき、荒い息をついた。左頬が赤く腫れているが、その顔つきは、いつものヒカルだった。
「……戻ったか、バカ夫」
 レヴィアもまた、肩で息をしながら、勝ち誇ったように笑った。
 「まったく、世話が焼けるわね。……でも、これで分かったでしょ? 貴方の闇を受け止められるのは、やっぱり正妻である我しかいないって」
 ヒカルは、震える手で、叩かれた頬と、レヴィアの頬に触れた。
「ああ……。目が覚めたよ。手荒な『お目覚め』だったが、な……」
「当然よ。あんな陰気な男に、私の夫は渡さないわ」
 空間の空気が変わった。
 魔王の放っていた絶望的な圧力が、レヴィアの炎によって霧散していた。
 アクアたちが呆気にとられた表情で駆け寄ってくる。
「論理的に……信じられません。暴走する本能を、さらに強い『独占欲』と『平手打ち』で上書きして制圧するなんて……」
「愛の力ですね……。私の調律では届きませんでしたが、レヴィアお姉様の『覚悟』が、道を切り開いたのです」
 ルーナが悔しそうに、しかし安堵の表情で微笑む。
 セフィラが飛びついてくる。
「レヴィア姉さん、すごーい! 『引きこもり』って言った時の魔王の顔、最高だったよ!」
 ◇◆◇◆◇
 玉座の魔王は、プルプルと震えていた。
『……ひ、引きこもり……この余に向かって……』
 魔王が立ち上がる。その背後の闇が、今度こそ物理的な殺意を持って蠢き始めた。プライドを傷つけられた王の怒りは凄まじい。
『許さぬ……。精神が壊せぬなら、肉体を消し去るまで。……遊びは終わりだ、小娘、そして人間どもよ!!』
 ヒカルは立ち上がった。リリアに支えられ、レヴィアに背中を叩かれ、彼は『調律の剣』を魔王に向けた。
「ああ、終わりだ魔王。……俺には、世界を支配する王の資格はないかもしれない。だが……」
 ヒカルは、六龍姫たちを見渡した。
「この、世界一愛が重い妻たちに尻を叩かれる『夫』としての資格なら、十分にあるみたいだ!」
「あはは! では、思う存分尻にひいてあげるから、覚悟しててね!!」
 ヒカルは、こんな状況に似つかわしくない満面の笑みを浮かべた。そして、頬を叩いて気合いを入れ直した。
「行くぞ、全員! これが最後の戦いだ!」
「「「オオオオオオオッ!!」」」
 魔王との対話は決裂し、精神攻撃は「愛の鎖」によって破られた。
 次はいよいよ、真正面からの総力戦。
 愛の鎖で繋がれた最強の軍団が、プライドを傷つけられ激昂する神話級の絶望へと挑みかかる。