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第44話 死神殺戮領域

ー/ー



 神へのはっきりとした全体的な信仰心が希薄で、死者として居心地のいい日本。

 そこには数多くの死神が存在している。

 ヴァルキリーが三騎も日本に集中しているのはその影響が大きい。

 故に「血戦派」の侵攻は日本からは行われなかった。

 「ヴァンパイア」という言葉の発祥の地である東欧では、現代でも比較的多くの吸血鬼が発生する。

 個で狩りを全うできる吸血鬼狩りは現地で活動していることも多い。

 その為、最初に狙われたのは東欧の吸血鬼狩りだった。

 東欧の死神が失踪し人間に吸血鬼被害が出たことをヴァルキリーが把握した時期には、既に「血戦派」による日本の吸血鬼狩りのリストアップは終わっていた。

 どの吸血鬼がどの死神を殺す役割なのか、綿密に計画が立てられていたのだ。

 日本での対応が遅れた理由としては管理すべき死神の多さ、カグツチによる東京の変容もあったが、死神の失踪を内紛としてロスヴァイセが処理したことが決定的だった。

 吸血鬼狩りに関しては狩場の縄張り争いが頻繁に起こるからである。

 東欧の死神が自然発生した吸血鬼を狩るのに対し、日本の死神は泳がせている吸血鬼が増やした生まれたてを群れで分け合うからだ。

 その飼い殺しの吸血鬼は家畜同然に、死神の餌として仲間を増やす。

 生かさず殺さず死神に飼われている吸血鬼は「血戦派」の接触に応じ、死神の情報を明け渡した。

 ヴァルキリーにとって死神が灰になって消失するのは容易に感知できるが、霊力を吸い尽くされて死んだ場合はその限りではない。

 この数週間で多数の吸血鬼狩りの死体が発見され、ヘルムヴィーゲはすぐさま動いた。

 人間の分身を使って死神の現状にヴァルキリーよりも詳しい椿響子に接触。

 ヴァルキリーとしてはロスヴァイセから権限を取り上げ、使い魔たちによる吸血鬼狩りの一斉捜索を行ったのだった。

 頭首ロデリックは極東のヴァルキリーたち相手に慎重に立ち回ったが、造作もなく事は進んだ。

 政治ごっこに明け暮れていた「貴族主義」派閥だった頃の方がよっぽど気を遣っていた。

 そして今「血戦派」は吸血鬼狩りの保護を進めるヴァルキリー・グリムゲルデを襲撃していた。



「アッハハ~! グリムゲルデ閣下、おひさ~!」

「貴様、セクレタリーか!?」

「ノンノン! 今は、エリザベートってよ・ん・で・よ・ね?」

 グリムゲルデの周囲を覆う霧の至る所からセクレタリー改めエリザベートの声が聞こえる。

 霧が発生する直前まで、ヴァルキリーの本拠地である「謁見の間」に繋がる国会議事堂の正門近くで守備にあたっていたグリムゲルデ。

 彼女は今、数メートル先も見通せない濃霧の中にいた。

 そこにコツコツとブーツがコンクリートを踏みしめる音が響く。

 目の前に現れたのは濃紺の軍服に身を包んだ男。明治陸軍の軍服である。

「死神たちの指揮官、ヴァルキリー・グリムゲルデ殿とお見受けする。いざ尋常に勝負……!」

 男は手のひらから抜刀するように赤黒い刀を引き抜くと、グリムゲルデに相対する。

(並みの吸血鬼ではない。異能者の血でここまで強化されるものなのか……?)

「私も指揮官ではあるが、総司令は姉上だ」

「そうか。だがどちらにしても討ち取れれば大金星であることには間違いない」

 グリムゲルデも抜剣し、目の前の男に細心の注意を払いながら霧による結界の性質を理解しようとする。

 周囲にいた仮面兵の姿もなく、入り込んでくる様子もない。

 男が急速に踏み込み、グリムゲルデがその一撃を受け止める。

 双方が密着したタイミングで男の口元が笑った。

 すかさず距離を取ろうとするグリムゲルデだったが、一瞬遅かった。

「──起動・死神殺戮領域」

 急速にグリムゲルデが身体に込めた霊力が大気に流れ、彼女の身体が重くなる。

「不意打ちのようで気が進まないが、御免」

 男が空間ごと切り裂くような突きを繰り出した。

 グリムゲルデは剣で受けるが思うように力が入らない。

 弾き飛ばされる剣。そして彼女の仮面がその突きを受け止めた。仮面が砕け、額から血が垂れる。

「四六時中仮面(これ)を付けていなければ発動しない加護など鬱陶しかったが、今となっては感謝すべきかもな」

「……好機を逃した。エリザベート殿、俺は退く」

「え~! シズマきゅんホントにいいの~!?」

 グリムゲルデが大気へ霊力が流出する現象を意に介さず、全身に霊力を滾らせる姿を見てシズマと呼ばれた男は撤退を決意する。

 通常の死神ならまだしも、ヴァルキリーが霊力を惜しまず注ぎ込んでくる状況は想定していない。

 弱体化した瞬間に一撃で決着を付けるつもりだったからだ。

「いい。出してくれ」

 シズマは霧に溶け込むようにして消える。

 彼の姿が消えると、グリムゲルデの周囲を固めていた数人の仮面兵と彼らの護衛していた吸血鬼狩りが皆倒れていた。

 霧が発生し、グリムゲルデが状況を把握する前の一瞬でシズマは全員を斬ってのけたのだった。

 周囲は見通せるようにはなったが、霊力を奪う霧は消えない。

(死神殺戮領域という術式。これが死神狩りの種なのか……?)

 グリムゲルデは額の血を拭った。

 次の瞬間、赤黒い矢尻の矢が赤い軌跡を描きながら一直線にグリムゲルデの心臓目がけ突き進む。

 それを視認せずに手で掴み取るグリムゲルデ。

 矢は掴んでからもグリムゲルデに刺さろうと手の中で暴れ回る。

 第二射が放たれる。もう一方の手で掴む。

 そして第三射。グリムゲルデは両手に握った矢の角度を変え、手を離す。

 勢いのまま後方へ飛んでいく二本の矢。三本目の矢も同様に対応しようとする。

 突然矢が加速した。

 矢羽根に仕込まれた血液が推進剤となっているのだ。

 普段のグリムゲルデであれば十分対応可能な速度であったが、多大な霊力を消費する結界の中にいたのが仇となった。

 掴んだ矢が手をすり抜け、胸に突き刺さる。

 どうにか心臓への直撃は避けたが、矢尻に仕込まれた血が彼女の血液を浸食していく。

 内部から霊力を侵されグリムゲルデが倒れた。

「ったく。静馬もレナードもうちの男連中は当てにならないんだから」

 弓使いの吸血鬼、桐子は言葉とは裏腹にほくそ笑んだ。


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 神へのはっきりとした全体的な信仰心が希薄で、死者として居心地のいい日本。
 そこには数多くの死神が存在している。
 ヴァルキリーが三騎も日本に集中しているのはその影響が大きい。
 故に「血戦派」の侵攻は日本からは行われなかった。
 「ヴァンパイア」という言葉の発祥の地である東欧では、現代でも比較的多くの吸血鬼が発生する。
 個で狩りを全うできる吸血鬼狩りは現地で活動していることも多い。
 その為、最初に狙われたのは東欧の吸血鬼狩りだった。
 東欧の死神が失踪し人間に吸血鬼被害が出たことをヴァルキリーが把握した時期には、既に「血戦派」による日本の吸血鬼狩りのリストアップは終わっていた。
 どの吸血鬼がどの死神を殺す役割なのか、綿密に計画が立てられていたのだ。
 日本での対応が遅れた理由としては管理すべき死神の多さ、カグツチによる東京の変容もあったが、死神の失踪を内紛としてロスヴァイセが処理したことが決定的だった。
 吸血鬼狩りに関しては狩場の縄張り争いが頻繁に起こるからである。
 東欧の死神が自然発生した吸血鬼を狩るのに対し、日本の死神は泳がせている吸血鬼が増やした生まれたてを群れで分け合うからだ。
 その飼い殺しの吸血鬼は家畜同然に、死神の餌として仲間を増やす。
 生かさず殺さず死神に飼われている吸血鬼は「血戦派」の接触に応じ、死神の情報を明け渡した。
 ヴァルキリーにとって死神が灰になって消失するのは容易に感知できるが、霊力を吸い尽くされて死んだ場合はその限りではない。
 この数週間で多数の吸血鬼狩りの死体が発見され、ヘルムヴィーゲはすぐさま動いた。
 人間の分身を使って死神の現状にヴァルキリーよりも詳しい椿響子に接触。
 ヴァルキリーとしてはロスヴァイセから権限を取り上げ、使い魔たちによる吸血鬼狩りの一斉捜索を行ったのだった。
 頭首ロデリックは極東のヴァルキリーたち相手に慎重に立ち回ったが、造作もなく事は進んだ。
 政治ごっこに明け暮れていた「貴族主義」派閥だった頃の方がよっぽど気を遣っていた。
 そして今「血戦派」は吸血鬼狩りの保護を進めるヴァルキリー・グリムゲルデを襲撃していた。
「アッハハ~! グリムゲルデ閣下、おひさ~!」
「貴様、セクレタリーか!?」
「ノンノン! 今は、エリザベートってよ・ん・で・よ・ね?」
 グリムゲルデの周囲を覆う霧の至る所からセクレタリー改めエリザベートの声が聞こえる。
 霧が発生する直前まで、ヴァルキリーの本拠地である「謁見の間」に繋がる国会議事堂の正門近くで守備にあたっていたグリムゲルデ。
 彼女は今、数メートル先も見通せない濃霧の中にいた。
 そこにコツコツとブーツがコンクリートを踏みしめる音が響く。
 目の前に現れたのは濃紺の軍服に身を包んだ男。明治陸軍の軍服である。
「死神たちの指揮官、ヴァルキリー・グリムゲルデ殿とお見受けする。いざ尋常に勝負……!」
 男は手のひらから抜刀するように赤黒い刀を引き抜くと、グリムゲルデに相対する。
(並みの吸血鬼ではない。異能者の血でここまで強化されるものなのか……?)
「私も指揮官ではあるが、総司令は姉上だ」
「そうか。だがどちらにしても討ち取れれば大金星であることには間違いない」
 グリムゲルデも抜剣し、目の前の男に細心の注意を払いながら霧による結界の性質を理解しようとする。
 周囲にいた仮面兵の姿もなく、入り込んでくる様子もない。
 男が急速に踏み込み、グリムゲルデがその一撃を受け止める。
 双方が密着したタイミングで男の口元が笑った。
 すかさず距離を取ろうとするグリムゲルデだったが、一瞬遅かった。
「──起動・死神殺戮領域」
 急速にグリムゲルデが身体に込めた霊力が大気に流れ、彼女の身体が重くなる。
「不意打ちのようで気が進まないが、御免」
 男が空間ごと切り裂くような突きを繰り出した。
 グリムゲルデは剣で受けるが思うように力が入らない。
 弾き飛ばされる剣。そして彼女の仮面がその突きを受け止めた。仮面が砕け、額から血が垂れる。
「四六時中|仮面《これ》を付けていなければ発動しない加護など鬱陶しかったが、今となっては感謝すべきかもな」
「……好機を逃した。エリザベート殿、俺は退く」
「え~! シズマきゅんホントにいいの~!?」
 グリムゲルデが大気へ霊力が流出する現象を意に介さず、全身に霊力を滾らせる姿を見てシズマと呼ばれた男は撤退を決意する。
 通常の死神ならまだしも、ヴァルキリーが霊力を惜しまず注ぎ込んでくる状況は想定していない。
 弱体化した瞬間に一撃で決着を付けるつもりだったからだ。
「いい。出してくれ」
 シズマは霧に溶け込むようにして消える。
 彼の姿が消えると、グリムゲルデの周囲を固めていた数人の仮面兵と彼らの護衛していた吸血鬼狩りが皆倒れていた。
 霧が発生し、グリムゲルデが状況を把握する前の一瞬でシズマは全員を斬ってのけたのだった。
 周囲は見通せるようにはなったが、霊力を奪う霧は消えない。
(死神殺戮領域という術式。これが死神狩りの種なのか……?)
 グリムゲルデは額の血を拭った。
 次の瞬間、赤黒い矢尻の矢が赤い軌跡を描きながら一直線にグリムゲルデの心臓目がけ突き進む。
 それを視認せずに手で掴み取るグリムゲルデ。
 矢は掴んでからもグリムゲルデに刺さろうと手の中で暴れ回る。
 第二射が放たれる。もう一方の手で掴む。
 そして第三射。グリムゲルデは両手に握った矢の角度を変え、手を離す。
 勢いのまま後方へ飛んでいく二本の矢。三本目の矢も同様に対応しようとする。
 突然矢が加速した。
 矢羽根に仕込まれた血液が推進剤となっているのだ。
 普段のグリムゲルデであれば十分対応可能な速度であったが、多大な霊力を消費する結界の中にいたのが仇となった。
 掴んだ矢が手をすり抜け、胸に突き刺さる。
 どうにか心臓への直撃は避けたが、矢尻に仕込まれた血が彼女の血液を浸食していく。
 内部から霊力を侵されグリムゲルデが倒れた。
「ったく。静馬もレナードもうちの男連中は当てにならないんだから」
 弓使いの吸血鬼、桐子は言葉とは裏腹にほくそ笑んだ。