第7話 森精種の羽
ー/ー
「それで、他の星姫だったね」
一度話が逸れたが、シャルロットさんが律儀にも軌道修正してくれた。
「星姫は全部で十二人。そのうち皆に会う機会もあるだろうし、わざわざ挨拶しにいったりはしなくていいんじゃないかな。シュシュみたいに気難しいのもいるしね」
「そうなんですね……。あの、ずっと気になってたんですが……」
口に出したはいいが、やはり聞くべきではないかと躊躇ってしまう。それでも視線はきっちりミルフィエール様の方へ向いてしまい、彼女に怪訝そうな顔をされてしまった。
「何ですの……?」
「……ミルフィエール様のその羽って、背中から生えてるんですか?」
気になって気になって仕方がないことを、思い切って聞いてみた。もしかしたら怒られるようなことを聞いてしまったかもしれない。そう思ったが、意外にもミルフィエール様は、可笑しさを堪えられないといったように、腹を抱えて笑い出した。
シャルロットさんまでも、涙を流しながら大笑いしている。そんなにおかしなことを聞いただろうか。
「貴方、わたくしのことを知らないだけでなく、そもそも森精種を見るのが初めてだって言うんですの? 世間知らずにも程がありますわ。どこの生まれですの?」
「いや、日本……だけど」
“ニホン”という地名に、司官様を含めた三人は揃って首を傾げていた。
恐らくそうだろうとは思っていたが、誰も心当たりがないということは、そもそもここは世界そのものが違うということも考え始めた方がいい気がしてきた。
世界でも日本はそれなりに有名な国の一つだと思っていた俺の方が、滑稽極まりないというのか? そんなことはないだろう。日本は様々な分野で世界に対し、存在感を放っているはず。だから、彼女らが日本を知らないなら、俺がこの国々を知らなくても何ら不思議はない。
それはもう非現実的な結論だが、お互いの暮らす世界が違うからとしか考えられないのだ。
「聞いたことのない場所ですわね……。まあ、宝は目に付くような場所には眠っていませんものね」
ミルフィエール様は、俺が無知を極めた田舎者だとしても、差別的に見るようなことはしないらしい。
「ええ、貴方の言う通り、これはわたくしの背に付いているものですわ。あまり高くは飛べませんが、空中を浮遊することだってできますのよ」
わざわざ後ろを向いて、鮮やかな羽の生えている小さな背を見せてくれるミルフィエール様。羽は淡い桃色や黄色、黄緑色と、様々な色を混ぜて滲ませたように見える。
本当に生えているのだとわかるように、ぱたぱたと動かしたり、ゆっくり羽ばたいてみせたりしてくれた。
「少しなら触らせてあげてもいいんですのよ?」
「いいんですか!?」
「優しく、ですわよ?!」
予想外の申し出に、俺は思わず身を乗り出して、その綺麗な羽に手を伸ばす。
近くで見ると、薄っすらと向こう側が透けて見え、思ったよりも薄そうだということがわかる。
その表面を指先が触れてみると、最初こそフィルムのように硬い印象を受けたが、撫でてみた質感は、どちらかというとシルクのようになめらかで柔らかい。今まで触れたことのあるもののどれとも違う、未知の感触だった。
「……なんか恥ずかしいですわ。もうこのくらいで勘弁してくださいまし」
もじもじといじらしく身を捩るので、俺も何だか恥ずかしくなって、咄嗟に手を引っ込めた。
そんな俺たちの様子を、にやにやと意地の悪い微笑みを浮かべながら見ていたアイリスさんは、お邪魔だったかな、とからかうような視線を向けてくる。
「そろそろ私は帰るけど、シュシュはどうする?」
「あ、わたくしもお暇させていただきますわ」
「まずは魂結ができるようにならないと、何も始まらないしね。私と魂結してくれる気があるなら、今度はうちに遊びにおいでよ」
そう妖しげに微笑むシャルロットさんとは対照的に、ミルフィエール様はこちらを鋭く睨みつけてくる。
「わたくしのところには来ていただかなくて結構ですわ。……何かあれば、わたくしの方から出向きますので」
「ありがとうございます。これから、よろしくお願いします!」
改めて俺からも頭を下げると、こちらこそ、と二人は手を差し伸べてくれた。
小さくて柔らかい手と、しっかりした温かい手を交互に取り、彼女らを見送った。
「さて、それでは君の部屋を案内しよう」
二人を見送った後で、司官様が切り出した。
ここに来てから、魂量の儀に始まり、星姫との話も終わって、これからどうしようかと思っていた矢先のことで、面食らってしまう。
「俺の部屋……? どういうことですか?」
「君にはこの星殿で暮らしてもらう。星冠の器にいなくなられても困るのでな。外出も制限させてもらう故、必ず私に一声かけていただくように」
聞くところによると、この星殿という建物は厳しい進入制限が掛けられており、職員も司官様を含めて三人だけ。彼らと星姫だけが、自由な立ち入りを許されているのだという。
星冠の器というのは、やはりどこか神聖な立ち位置なのかもしれない。
この建物から出られないのなら出られないで、先ほどの資料庫のような部屋で情報を集めるなりなんなり、できることはあるはずだ。
魂結というものができるようにならなければ、俺はただいるだけで何の価値もない。情報がないから、この世界の危機というのもあまり実感できている気がしない。
世界を救うカギを握る俺がこんな有様じゃ、星姫たちにも、この世界にも申し訳ない。
「ここが君の部屋だ。この建物内であれば、基本的に好きに出入りして構わない。私の部屋は隣だ。再三で心苦しいが、外出の場合は必ず私に声を掛けるように」
あらかたの生活設備は整っているそうなので、生活に困ることはなさそうだ。
何の後ろめたさもなく引きこもり生活ができるのは、嬉しいような、少し張り合いがないような感じもする。
「ああそうだ、各部屋に備え付けられたベルを鳴らせば、世話係の者が参るはずだ。何か困ったことがあれば、遠慮なく呼び出すといい。目まぐるしく新しい情報に触れて、今日は疲れただろう。早めに休むといい。では、また明日」
「あ、はい……ありがとうございます」
部屋の入り口で司官様と別れて、ようやく一人になった。
司官様の言う通り、今日は一日でどれほど頭を使ったかわからない。学校の授業でもテストでも、こんなに頭を使ったことはない気がする。
とにかく今日は休んで、今後のことは、明日からまた考えるとしよう。ぼんやりとした頭でそう思いながら、司官様に紹介された部屋に入った。
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「それで、他の|星姫《アステル》だったね」
一度話が逸れたが、シャルロットさんが律儀にも軌道修正してくれた。
「星姫は全部で十二人。そのうち皆に会う機会もあるだろうし、わざわざ挨拶しにいったりはしなくていいんじゃないかな。シュシュみたいに気難しいのもいるしね」
「そうなんですね……。あの、ずっと気になってたんですが……」
口に出したはいいが、やはり聞くべきではないかと躊躇ってしまう。それでも視線はきっちりミルフィエール様の方へ向いてしまい、彼女に怪訝そうな顔をされてしまった。
「何ですの……?」
「……ミルフィエール様のその羽って、背中から生えてるんですか?」
気になって気になって仕方がないことを、思い切って聞いてみた。もしかしたら怒られるようなことを聞いてしまったかもしれない。そう思ったが、意外にもミルフィエール様は、可笑しさを堪えられないといったように、腹を抱えて笑い出した。
シャルロットさんまでも、涙を流しながら大笑いしている。そんなにおかしなことを聞いただろうか。
「貴方、わたくしのことを知らないだけでなく、そもそも|森精種《ロープアロセーラ》を見るのが初めてだって言うんですの? 世間知らずにも程がありますわ。どこの生まれですの?」
「いや、日本……だけど」
“ニホン”という地名に、司官様を含めた三人は揃って首を傾げていた。
恐らくそうだろうとは思っていたが、誰も心当たりがないということは、そもそもここは世界そのものが違うということも考え始めた方がいい気がしてきた。
世界でも日本はそれなりに有名な国の一つだと思っていた俺の方が、滑稽極まりないというのか? そんなことはないだろう。日本は様々な分野で世界に対し、存在感を放っているはず。だから、彼女らが日本を知らないなら、俺がこの国々を知らなくても何ら不思議はない。
それはもう非現実的な結論だが、お互いの暮らす世界が違うからとしか考えられないのだ。
「聞いたことのない場所ですわね……。まあ、宝は目に付くような場所には眠っていませんものね」
ミルフィエール様は、俺が無知を極めた田舎者だとしても、差別的に見るようなことはしないらしい。
「ええ、貴方の言う通り、これはわたくしの背に付いているものですわ。あまり高くは飛べませんが、空中を浮遊することだってできますのよ」
わざわざ後ろを向いて、鮮やかな羽の生えている小さな背を見せてくれるミルフィエール様。羽は淡い桃色や黄色、黄緑色と、様々な色を混ぜて滲ませたように見える。
本当に生えているのだとわかるように、ぱたぱたと動かしたり、ゆっくり羽ばたいてみせたりしてくれた。
「少しなら触らせてあげてもいいんですのよ?」
「いいんですか!?」
「優しく、ですわよ?!」
予想外の申し出に、俺は思わず身を乗り出して、その綺麗な羽に手を伸ばす。
近くで見ると、薄っすらと向こう側が透けて見え、思ったよりも薄そうだということがわかる。
その表面を指先が触れてみると、最初こそフィルムのように硬い印象を受けたが、撫でてみた質感は、どちらかというとシルクのようになめらかで柔らかい。今まで触れたことのあるもののどれとも違う、未知の感触だった。
「……なんか恥ずかしいですわ。もうこのくらいで勘弁してくださいまし」
もじもじといじらしく身を捩るので、俺も何だか恥ずかしくなって、咄嗟に手を引っ込めた。
そんな俺たちの様子を、にやにやと意地の悪い微笑みを浮かべながら見ていたアイリスさんは、お邪魔だったかな、とからかうような視線を向けてくる。
「そろそろ私は帰るけど、シュシュはどうする?」
「あ、わたくしもお暇させていただきますわ」
「まずは|魂結《リベルト》ができるようにならないと、何も始まらないしね。私と魂結してくれる気があるなら、今度はうちに遊びにおいでよ」
そう妖しげに微笑むシャルロットさんとは対照的に、ミルフィエール様はこちらを鋭く睨みつけてくる。
「わたくしのところには来ていただかなくて結構ですわ。……何かあれば、わたくしの方から出向きますので」
「ありがとうございます。これから、よろしくお願いします!」
改めて俺からも頭を下げると、こちらこそ、と二人は手を差し伸べてくれた。
小さくて柔らかい手と、しっかりした温かい手を交互に取り、彼女らを見送った。
「さて、それでは君の部屋を案内しよう」
二人を見送った後で、司官様が切り出した。
ここに来てから、|魂量の儀《ムジュレ》に始まり、星姫との話も終わって、これからどうしようかと思っていた矢先のことで、面食らってしまう。
「俺の部屋……? どういうことですか?」
「君にはこの|星殿《アストレリア》で暮らしてもらう。|星冠《ノヴァ》の器にいなくなられても困るのでな。外出も制限させてもらう故、必ず私に一声かけていただくように」
聞くところによると、この星殿という建物は厳しい進入制限が掛けられており、職員も司官様を含めて三人だけ。彼らと星姫だけが、自由な立ち入りを許されているのだという。
星冠の器というのは、やはりどこか神聖な立ち位置なのかもしれない。
この建物から出られないのなら出られないで、先ほどの資料庫のような部屋で情報を集めるなりなんなり、できることはあるはずだ。
魂結というものができるようにならなければ、俺はただいるだけで何の価値もない。情報がないから、この世界の危機というのもあまり実感できている気がしない。
世界を救うカギを握る俺がこんな有様じゃ、星姫たちにも、この世界にも申し訳ない。
「ここが君の部屋だ。この建物内であれば、基本的に好きに出入りして構わない。私の部屋は隣だ。再三で心苦しいが、外出の場合は必ず私に声を掛けるように」
あらかたの生活設備は整っているそうなので、生活に困ることはなさそうだ。
何の後ろめたさもなく引きこもり生活ができるのは、嬉しいような、少し張り合いがないような感じもする。
「ああそうだ、各部屋に備え付けられたベルを鳴らせば、世話係の者が参るはずだ。何か困ったことがあれば、遠慮なく呼び出すといい。目まぐるしく新しい情報に触れて、今日は疲れただろう。早めに休むといい。では、また明日」
「あ、はい……ありがとうございます」
部屋の入り口で司官様と別れて、ようやく一人になった。
司官様の言う通り、今日は一日でどれほど頭を使ったかわからない。学校の授業でもテストでも、こんなに頭を使ったことはない気がする。
とにかく今日は休んで、今後のことは、明日からまた考えるとしよう。ぼんやりとした頭でそう思いながら、司官様に紹介された部屋に入った。