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ep.25 笑顔の達人

ー/ー



「呪い……ですか」

 そう鸚鵡返しを口にした命の声は微かに上ずっていた。
 聞きなれない単語と、“呪い”という不吉な印象しか抱けない言葉に、どう反応すればいいのか分からないようだった。

「ああ、呪いとはいっても僕の理解が及ばない事象ってだけですよ。安心してください、葵君の容態は見てわかる通り安定している」

 自分の不用意な発言に不安がらせてしまったことに気づき、いっそう笑顔を浮かべて訂正の言葉を口にする。

「きっと今回の症状、解決のピースは葵君自身が握っている。だから今は待ち続けましょう。葵君の目が覚めるまで」

 命の手を両手でやさしく握り、勇気づける様に夜深は言葉を続ける。

「大丈夫。葵という名前、立葵は名前の通りまっすぐ伸びしっかりとした逞しい茎を育む。葵君もきっと元気になってくれますよ」

 それでも微かに震える命の手。焦らせるでもなく、何処に行くでもなく、夜深は黙ったまま彼女の手が落ち着きを取り戻すまで静かに手を握り続けた。
 部屋には暖かい風とすやすやと穏やかな寝息だけが流れている。十分程度の沈黙。葵の気持ちよさそうに眠る顔を見ていた彼女の手の震えはいつしか収まっていた。

「じゃあ、僕は一度客間に戻らせてもらいますね。葵君が目を覚ました時、僕みたいな男がいたら気が落ち着かないでしょうから。もう問題はないと思うけど、葵君の容態が急変したら直ぐに呼んでください」

 落ち着きを取り戻した彼女にそう言いながら、返事を待たず夜深はドアノブに手をかける。

「はいっ、ありがとうございますっ! 本当に、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

 弾かれたように立ち上がり、彼女は深々と頭を下げる。堰を切ったように溢れ出るのは感謝の言葉。それは長く暗いトンネルの中で、ようやく一筋の光を見つけた放浪者の祈りにも似ていた。
 その言葉を背に受けながら夜深は寝室を後にするのだった。



 一方、千寿流たちは客間でしりとりをしていた。
 説明不要のシンプルなルールにも関わらず、終わりの言葉を単語を絞った「る」攻めや、文字数を制限するローカルルールなど、意外と奥が深いのがしりとりという遊びだ。

「じゃあ しりとりの“り”からね!」

「えっ!?」

 お決まりのフレーズから、駆け引きの熱いゲームの火蓋が切って落とされる――様に見えたが。

「えっとね リーナスのほうそく!」

「い、いきなり始まった!? シャルちゃん?」

「はーやーく! せいげんじかん さんじゅうびょう だよ! まけたほうは きょうのデザート もらっちゃうからね!」

 遊びの主導権はいつもシャルが握っている。
 ルールの追加も変更も思いのまま。横暴と思われるかもしれないがそれを感じさせない、不快にさせない人柄が彼女の魅力だった。

「え、えと……く、クマちゃん、じゃなくてクマ!」

 危うく“ん”で終わらせてしまう事に寸でのところで気付き慌てて言い直す千寿流。いつもの悪癖がしりとりというゲームの邪魔をしていた。

「マコーミックてんもんだい!」

「え、えと、天文台だから。……い、犬!」

 シャルの繰り出す難しめの単語に疑問を覚えつつも、なんとか返していく千寿流。
 その後も三十秒という制限もあり、軽快にテンポよく進む。

「“か”だね じゃあ カルマンフィルター!」

「カルマン?オペラ?え、なにそれ!?」

 先ほどから難しめの単語が続いており、何となくで流していたが、最初から最後までまるきり聞き覚えのない単語に、流石の千寿流もツッコミを入れる。

「ちずる“た”だよ!」

「え~そうだなぁ。た、た、た。たまごかけご飯!……いやっ、たまごご飯――あ」

 たまごかけご飯の最後の文字に、“ん”がついていたことにとっさに気づいて直前で言い直すが、結局“ん”で終わる言葉を言いきってしまう千寿流。

(あぅうぅ、しまった。TKGだったら行けてたのになぁ)

 心の中で自分のミスを反省する千寿流。TKGだとそもそもしりとりにならないので成立しないのだが。

「ンヤルゲンゲ!」

「――え、続くの!?」

 終わらないしりとりが再開したと思った直後、ガチャり、とドアノブが回りニコニコ顔の夜深が顔を見せる。

「なになに、二人とも随分と楽しそうじゃないか。しりとり、僕も混ぜてよ」

 千寿流とシャルが座っている向かい側の席に腰を下ろしてそう言った。
 不敵に笑う夜深の表情を見るからに、しりとりに対して相当な自信を持っているようだった。

「いいよ! キヨミお兄さんも いれてあげる!」

「ふふふ、僕、強いよ? どうやらシャルちゃんも相当な物知りみたいだけど、僕には勝てないかもね」

「えひひひ、二人ともあたしじゃまったく相手にならないよ」

 その後もシャルが主導権を握るしりとりという遊びは、あれだけ暗く沈んでいた千寿流の表情を、いつの間にか笑顔に変えていた。


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次のエピソードへ進む ep.26 少し眠たい帰り道


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「呪い……ですか」
 そう鸚鵡返しを口にした命の声は微かに上ずっていた。
 聞きなれない単語と、“呪い”という不吉な印象しか抱けない言葉に、どう反応すればいいのか分からないようだった。
「ああ、呪いとはいっても僕の理解が及ばない事象ってだけですよ。安心してください、葵君の容態は見てわかる通り安定している」
 自分の不用意な発言に不安がらせてしまったことに気づき、いっそう笑顔を浮かべて訂正の言葉を口にする。
「きっと今回の症状、解決のピースは葵君自身が握っている。だから今は待ち続けましょう。葵君の目が覚めるまで」
 命の手を両手でやさしく握り、勇気づける様に夜深は言葉を続ける。
「大丈夫。葵という名前、立葵は名前の通りまっすぐ伸びしっかりとした逞しい茎を育む。葵君もきっと元気になってくれますよ」
 それでも微かに震える命の手。焦らせるでもなく、何処に行くでもなく、夜深は黙ったまま彼女の手が落ち着きを取り戻すまで静かに手を握り続けた。
 部屋には暖かい風とすやすやと穏やかな寝息だけが流れている。十分程度の沈黙。葵の気持ちよさそうに眠る顔を見ていた彼女の手の震えはいつしか収まっていた。
「じゃあ、僕は一度客間に戻らせてもらいますね。葵君が目を覚ました時、僕みたいな男がいたら気が落ち着かないでしょうから。もう問題はないと思うけど、葵君の容態が急変したら直ぐに呼んでください」
 落ち着きを取り戻した彼女にそう言いながら、返事を待たず夜深はドアノブに手をかける。
「はいっ、ありがとうございますっ! 本当に、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
 弾かれたように立ち上がり、彼女は深々と頭を下げる。堰を切ったように溢れ出るのは感謝の言葉。それは長く暗いトンネルの中で、ようやく一筋の光を見つけた放浪者の祈りにも似ていた。
 その言葉を背に受けながら夜深は寝室を後にするのだった。
 一方、千寿流たちは客間でしりとりをしていた。
 説明不要のシンプルなルールにも関わらず、終わりの言葉を単語を絞った「る」攻めや、文字数を制限するローカルルールなど、意外と奥が深いのがしりとりという遊びだ。
「じゃあ しりとりの“り”からね!」
「えっ!?」
 お決まりのフレーズから、駆け引きの熱いゲームの火蓋が切って落とされる――様に見えたが。
「えっとね リーナスのほうそく!」
「い、いきなり始まった!? シャルちゃん?」
「はーやーく! せいげんじかん さんじゅうびょう だよ! まけたほうは きょうのデザート もらっちゃうからね!」
 遊びの主導権はいつもシャルが握っている。
 ルールの追加も変更も思いのまま。横暴と思われるかもしれないがそれを感じさせない、不快にさせない人柄が彼女の魅力だった。
「え、えと……く、クマちゃん、じゃなくてクマ!」
 危うく“ん”で終わらせてしまう事に寸でのところで気付き慌てて言い直す千寿流。いつもの悪癖がしりとりというゲームの邪魔をしていた。
「マコーミックてんもんだい!」
「え、えと、天文台だから。……い、犬!」
 シャルの繰り出す難しめの単語に疑問を覚えつつも、なんとか返していく千寿流。
 その後も三十秒という制限もあり、軽快にテンポよく進む。
「“か”だね じゃあ カルマンフィルター!」
「カルマン?オペラ?え、なにそれ!?」
 先ほどから難しめの単語が続いており、何となくで流していたが、最初から最後までまるきり聞き覚えのない単語に、流石の千寿流もツッコミを入れる。
「ちずる“た”だよ!」
「え~そうだなぁ。た、た、た。たまごかけご飯!……いやっ、たまごご飯――あ」
 たまごかけご飯の最後の文字に、“ん”がついていたことにとっさに気づいて直前で言い直すが、結局“ん”で終わる言葉を言いきってしまう千寿流。
(あぅうぅ、しまった。TKGだったら行けてたのになぁ)
 心の中で自分のミスを反省する千寿流。TKGだとそもそもしりとりにならないので成立しないのだが。
「ンヤルゲンゲ!」
「――え、続くの!?」
 終わらないしりとりが再開したと思った直後、ガチャり、とドアノブが回りニコニコ顔の夜深が顔を見せる。
「なになに、二人とも随分と楽しそうじゃないか。しりとり、僕も混ぜてよ」
 千寿流とシャルが座っている向かい側の席に腰を下ろしてそう言った。
 不敵に笑う夜深の表情を見るからに、しりとりに対して相当な自信を持っているようだった。
「いいよ! キヨミお兄さんも いれてあげる!」
「ふふふ、僕、強いよ? どうやらシャルちゃんも相当な物知りみたいだけど、僕には勝てないかもね」
「えひひひ、二人ともあたしじゃまったく相手にならないよ」
 その後もシャルが主導権を握るしりとりという遊びは、あれだけ暗く沈んでいた千寿流の表情を、いつの間にか笑顔に変えていた。