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ep.22 潜水

ー/ー



 その後、街角にある小洒落たカフェで一服しながら、現状についてを話し合うことにした一行。
 木目調の内装に等間隔に、植物や木製雑貨を配置した自然を感じさせる造り。防音にも気を遣っているのか、外界の喧騒と隔離させるような落ち着いた雰囲気が伺えた。
 店内にはこれまた小洒落たラウンジミュージックが流れており、雰囲気作りに一役を買っていたが、今の千寿流の耳には碌に入ってこなかった。

「へぇ、お友だちをね。それは穏やかではいられないね。僕も昔の友だちとは疎遠になっちゃったからね、困ったときに話し合える友だちってのは、うん、やっぱりいいものだ」

 そう言いながらパチパチと弾ける炭酸のストローに口をつけ、頷く様な仕草を取る。
 窓際に置かれたグラス越しに視える黄金の世界は、無数の泡が揺蕩い、なんだか水族館のようでとてもきれいだった。
 この店では飲み物にもトッピングを自由に追加することが出来るようで、目の前のグラスには山盛りの生クリームとクッキーが乗っていた。
 どうやらこの夜深という男は相当な甘党らしかった。長身の男と山盛り生クリームというアンバランスなギャップに少し困惑する。
 千寿流はその奇妙な光景に気圧されつつも目の前に向き直る。
 男の言っていること自体は悪くない。寧ろ良いことを言っていると思う。が、美味しそうに生クリームを頬張る男の表情からは、何を考えているのかが全く透けてこない。
 千寿流の初見での感想は“怪しい人”だったが、実際面と向かって会話をするうちに“怪しい”は、“不気味”という感情に変化していくのだった。

「でさ、ぶっちゃけた話もう当てもないんでしょ」

 テーブルに肘をついて、長いパフェスプーンをペロリと舐めながら言う。

「えと、そんなことは……その、ないです。ね、シャルちゃん?」

「ちずる シャルルは わかんないよ」

 やれやれと大袈裟に身振りをする男。何も進展がない現状、こうして頼れる人間が目の前に現れたのは僥倖と言わざるを得ないかもしれない。
 でも、それでも目の前の人物に頼るべきじゃないと、千寿流の本能が警鐘を鳴らす。
 理由は分からない。けれど、沸き上がるのは否定の感情。
 初対面の相手にこんな感情を抱くこと自体が、何かいけない事をしているような気分になって、少し落ち込んだ。

 だから、この場から少しでも早く離れたい。

「で、ではその、あたしたちはこれで――」

「だってさ、手掛かりがもしあるのなら、僕みたいな怪しい奴と、こんな暢気にレモンソーダなんか飲まないでしょ。ああ、君達はオレンジジュースだったね」

「……っ」

 見つめられる。図星だった。正直なところ当てなんてない。思いついたから行動を起こしただけ。それで動いているうちはいいが、その先に待つのはきっと落胆と当惑。
 本心を当てられたからだけじゃない。その心を全て見透かすような鋭利な眼差しに一歩も動けなくなる。そう、これはあれだ。蛇に睨まれた蛙だ。
 動きたくても動けない。まるで別の誰かが近衛千寿流というキャラクターを操作して、この場に留まっている。そんな気さえした。

「僕はね、人助けが趣味なんだ。物欲もお金も性欲もその過程に在ればいい。もちろん、選ぶ権利は僕にある」

「……」

「これを言うと笑われちゃうんだけど、それは可笑しなことかな? 利害得失だけが世の中じゃないでしょ。損得勘定だけの人間なんて下らないし、生きている価値がまるでない。計算程度ならロボットでも出来るわけだからね。僕たちには生きる意味。存在する意義が必要なんだよ」

 まくし立てる様に熱弁する男。言っている意味は分かる。いや、分かるような気がするだけ。千寿流は男の言っている言葉の意味を知らなかった。

「世は希望と絶望の転換期。僕は魔獣(マインドイーター)に惨たらしく殺された人間を何人も見てきた。けれどそこから立ち上がり、未来を見据えて行動する人もいる。ただ奪う者がいるのであれば、与えるだけの事が許されてもおかしくないだろう? だってほら、人生はギャンブルじゃあない」

 身振りを加えての演述。想いが籠っているのは傍から見ても明らかだった。兎にも角にも人助けが好きなんだ。だから、きっと善人なのだ。

「僕はこうも思うんだ。一人一人が誰か一人の為に手を取り合えたのなら、それはきっと素晴らしい世界になるってね。それならこんな塵溜(せかい)でもきっと幸せな世界に変われるよ」

 しかし、相対する千寿流には肝心の男から、何も訴えかける様な熱が感じられなかった。例えるなら役を完璧に演じるだけの機械人形の様なそんな冷たさ。
 他の誰も気付いていない、気付けない。千寿流はその冷たさを魂の輪郭で感じ取る。

 店内は空調が効いており、温度も適切に保たれていたにも拘らず、気が付けば全身の毛穴が逆立つような、そんな異様さを感じ取っていた。
 まるでこのカフェそのものが水の中のような、水族館の中のような、そんな息苦しさを感じた。

「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね。僕の名前は鬼竜院夜深(きりゅういんよみ)。鬼に竜に寺院。それに夜が深まるで夜深。君たちは?」

 溺れかけていた意識が声を投げ掛けられこの場に呼び戻される。大丈夫、自己紹介ぐらいなら返せる。

「えっと、あたしは近衛千寿流、です。あ、こっちは――」

「シャルルは シャルルだよ! キヨミお兄ーさん よろしくね!」

「ふふふ、よろしくね。あ、キヨミじゃなくて夜深だからね。ふふふ、僕、子供好きなんだよ。君たちとは仲良くやれそうだ」

 そう言いながら夜深はストローをグラスの中に突き刺す。
 中では厚目の輪切りにしたレモンの一切れが串刺しにされ、ゆらゆらと揺れていた。


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 その後、街角にある小洒落たカフェで一服しながら、現状についてを話し合うことにした一行。
 木目調の内装に等間隔に、植物や木製雑貨を配置した自然を感じさせる造り。防音にも気を遣っているのか、外界の喧騒と隔離させるような落ち着いた雰囲気が伺えた。
 店内にはこれまた小洒落たラウンジミュージックが流れており、雰囲気作りに一役を買っていたが、今の千寿流の耳には碌に入ってこなかった。
「へぇ、お友だちをね。それは穏やかではいられないね。僕も昔の友だちとは疎遠になっちゃったからね、困ったときに話し合える友だちってのは、うん、やっぱりいいものだ」
 そう言いながらパチパチと弾ける炭酸のストローに口をつけ、頷く様な仕草を取る。
 窓際に置かれたグラス越しに視える黄金の世界は、無数の泡が揺蕩い、なんだか水族館のようでとてもきれいだった。
 この店では飲み物にもトッピングを自由に追加することが出来るようで、目の前のグラスには山盛りの生クリームとクッキーが乗っていた。
 どうやらこの夜深という男は相当な甘党らしかった。長身の男と山盛り生クリームというアンバランスなギャップに少し困惑する。
 千寿流はその奇妙な光景に気圧されつつも目の前に向き直る。
 男の言っていること自体は悪くない。寧ろ良いことを言っていると思う。が、美味しそうに生クリームを頬張る男の表情からは、何を考えているのかが全く透けてこない。
 千寿流の初見での感想は“怪しい人”だったが、実際面と向かって会話をするうちに“怪しい”は、“不気味”という感情に変化していくのだった。
「でさ、ぶっちゃけた話もう当てもないんでしょ」
 テーブルに肘をついて、長いパフェスプーンをペロリと舐めながら言う。
「えと、そんなことは……その、ないです。ね、シャルちゃん?」
「ちずる シャルルは わかんないよ」
 やれやれと大袈裟に身振りをする男。何も進展がない現状、こうして頼れる人間が目の前に現れたのは僥倖と言わざるを得ないかもしれない。
 でも、それでも目の前の人物に頼るべきじゃないと、千寿流の本能が警鐘を鳴らす。
 理由は分からない。けれど、沸き上がるのは否定の感情。
 初対面の相手にこんな感情を抱くこと自体が、何かいけない事をしているような気分になって、少し落ち込んだ。
 だから、この場から少しでも早く離れたい。
「で、ではその、あたしたちはこれで――」
「だってさ、手掛かりがもしあるのなら、僕みたいな怪しい奴と、こんな暢気にレモンソーダなんか飲まないでしょ。ああ、君達はオレンジジュースだったね」
「……っ」
 見つめられる。図星だった。正直なところ当てなんてない。思いついたから行動を起こしただけ。それで動いているうちはいいが、その先に待つのはきっと落胆と当惑。
 本心を当てられたからだけじゃない。その心を全て見透かすような鋭利な眼差しに一歩も動けなくなる。そう、これはあれだ。蛇に睨まれた蛙だ。
 動きたくても動けない。まるで別の誰かが近衛千寿流というキャラクターを操作して、この場に留まっている。そんな気さえした。
「僕はね、人助けが趣味なんだ。物欲もお金も性欲もその過程に在ればいい。もちろん、選ぶ権利は僕にある」
「……」
「これを言うと笑われちゃうんだけど、それは可笑しなことかな? 利害得失だけが世の中じゃないでしょ。損得勘定だけの人間なんて下らないし、生きている価値がまるでない。計算程度ならロボットでも出来るわけだからね。僕たちには生きる意味。存在する意義が必要なんだよ」
 まくし立てる様に熱弁する男。言っている意味は分かる。いや、分かるような気がするだけ。千寿流は男の言っている言葉の意味を知らなかった。
「世は希望と絶望の転換期。僕は|魔獣《マインドイーター》に惨たらしく殺された人間を何人も見てきた。けれどそこから立ち上がり、未来を見据えて行動する人もいる。ただ奪う者がいるのであれば、与えるだけの事が許されてもおかしくないだろう? だってほら、人生はギャンブルじゃあない」
 身振りを加えての演述。想いが籠っているのは傍から見ても明らかだった。兎にも角にも人助けが好きなんだ。だから、きっと善人なのだ。
「僕はこうも思うんだ。一人一人が誰か一人の為に手を取り合えたのなら、それはきっと素晴らしい世界になるってね。それならこんな|塵溜《せかい》でもきっと幸せな世界に変われるよ」
 しかし、相対する千寿流には肝心の男から、何も訴えかける様な熱が感じられなかった。例えるなら役を完璧に演じるだけの機械人形の様なそんな冷たさ。
 他の誰も気付いていない、気付けない。千寿流はその冷たさを魂の輪郭で感じ取る。
 店内は空調が効いており、温度も適切に保たれていたにも拘らず、気が付けば全身の毛穴が逆立つような、そんな異様さを感じ取っていた。
 まるでこのカフェそのものが水の中のような、水族館の中のような、そんな息苦しさを感じた。
「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね。僕の名前は|鬼竜院夜深《きりゅういんよみ》。鬼に竜に寺院。それに夜が深まるで夜深。君たちは?」
 溺れかけていた意識が声を投げ掛けられこの場に呼び戻される。大丈夫、自己紹介ぐらいなら返せる。
「えっと、あたしは近衛千寿流、です。あ、こっちは――」
「シャルルは シャルルだよ! キヨミお兄ーさん よろしくね!」
「ふふふ、よろしくね。あ、キヨミじゃなくて夜深だからね。ふふふ、僕、子供好きなんだよ。君たちとは仲良くやれそうだ」
 そう言いながら夜深はストローをグラスの中に突き刺す。
 中では厚目の輪切りにしたレモンの一切れが串刺しにされ、ゆらゆらと揺れていた。