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316 気丈な女の子

ー/ー



 週末のイオンモールは大勢の客で賑わっていた。これだけ人が多ければ、入屋千智(いりやちさと)と二人で歩いていても目立たない。そう考えると、藤城皐月(ふじしろさつき)は少し気が楽になった。
 千智はキャップをかぶっているし、店内は家族連れの客が多い。小学生が二人並んで歩いていても周囲に溶け込んでしまうだろう。皐月は先に買い物を済ませ、後でゆっくりとお茶でもしようと千智に提案した。

 皐月の靴はすぐに決まった。皐月は買うものを選ぶときにほとんど躊躇がないので、すぐに買い物が終わる。
 千智の服選びは少し時間がかかった。千智はストリート系の服を選ぼうとしていて、この日もバスケに似合うスポーティーなコーデで来ていた。
 皐月としては、千智には真理のようにファッション雑誌に出ているようなかわいい服を着てもらいたいと思っている。かわいさ全開の千智を見てみたいからだ。
 豊川のイオンにはニコプチに掲載されているブランドの店はないけれど、かわいい服を売っている店ならいくつかある。皐月は千智を連れて何軒か店をまわった。
「千智、この服似合いそう。ちょっと当ててみてよ」
「イヤだ。皐月君の方が似合いそうだもん」
「何言ってんの? レディースじゃん」
「いいから鏡見てみてよ」
 皐月は鏡の前で千智に勧めた服を当ててみた。
「やっぱり似合ってる……。この服、皐月君が買ったら?」
 千智が嬉しそうに笑っている。確かに我ながら似合ってるな、と思った。でも千智に服を当ててみると、やっぱり千智の方が自分よりも似合ってる。
 こんなやりとりをしながら買い物をしていると、なかなか買い物が終わらない。皐月は初めのうちは服一つ決めるのにも時間がかかって面倒だなと思っていた。
 だが、千智が楽しそうにしているのを見ると、千智が楽しいならいいかと思うようになった。買い物ではなく遊んでいるつもりでいると、皐月も買い物に付き合うのが楽しくなってきた。

 皐月と千智は買い物を終えると、モールの2階にあるスターバックスへ入った。店内の席に空きはあったが、レジには行列ができていた。知っている人がいないかと店内に視線を走らせたが、知った顔はいなかった。
 皐月たちの順番が回ってきた。皐月はダークモカチップフラペチーノを、千智はアーモンドミルクラテを頼んだ。
 皐月たちはかわいい女性の店員に話しかけられ、軽く雑談をした。皐月は紫のヘアカラーを格好いいと煽てられ、千智はストリート系のファッションを格好いいと褒められた。千智のことを褒めた店員の言葉は営業トークではなく、本気のように感じた。
 皐月たちはモール内が良く見える窓際の二人席を避け、比較的空いているセントラルパーク内のテラス席へついた。小さめの円いテーブルに向かい合って座ると親密度が上がるような気がした。千智はここに来て、ようやくキャップを取った。
 皐月と千智は飲み物を飲みながら及川祐希(おいかわゆうき)の高校の文化祭の話をした。話題が途切れたところで、皐月はここまであえて聞かなかった千智の祖母のことを聞いてみた。

「お婆ちゃんの容態はどうなの?」
「うん……癌なんだけど、急に進行しちゃって……」
「そうなんだ……」
 皐月はこの話題を持ち出したことを後悔した。想像していたよりも深刻な話だった。
 本来なら、千智が自分から話し出すのを待つべき話だ。自分から言い出せなかったのは、辛い話になるからに違いない。
「私……塾をやめたら皐月君といっぱい会えるようになると思ってたんだけど、あまり会えなくなるかもしれない」
「いいよ、そんなの。俺は千智の都合に合わせるから」
「ごめんね……」
 千智の目から涙がピュッと飛び出た。水を吐き出したみたいだ。びっくりした皐月はハンカチを出して千智の涙を拭いた。泣いているのに、千智がまったく表情を崩していなかったのが不思議だった。
「大丈夫?」
「うん……ありがとう。恥ずかしいところ見られちゃった」
「何も恥ずかしくないよ」
「私の泣き方が変って、よくお兄ちゃんに笑われるの」

 千智に兄がいることは聞いていた。千智の兄は高校一年生で、東京に残って私立の超進学校に通っている。
 千智の父は週に2日、東京と豊川を行き来していている。父が東京にいない時は家政婦に兄の身の回りの世話をしてもらっている。
「千智、来週の文化祭に行くつもりで服を選んでたんだよね。大変な時みたいだけど、行ってもいいの?」
「お婆ちゃんが行ってきなさいって言ってくれたの。私にあまり気を使わせたくないみたい」
「そうか……。お婆ちゃんの病気の話、祐希にしてもいいのかな?」
「うん、私からもしておく。祐希さんにあまり心配かけたくないから、程々に伝えるつもり」
「わかった。俺も気をつけて話すよ」
 祐希との関係を考えると、皐月は高校の文化祭に行かない方がいいと思い始めていた。三角関係の中に千智を巻き込みたくないからだ。
 それに祐希の恋人の蓮を見たくない。高校に行けば、祐希か祐希の友人の美紅から蓮のことを紹介されることになるだろう。考えるだけで嫉妬で狂いそうになる。
 それでも約束をした以上、千智を祐希の高校に連れていかなければならない。皐月は気持ちを逸らすために、祐希のことを考えないようにした。

「千智って、俺にもお婆ちゃんのことで心配させないようにしてるだろ?」
「それはそうだけど……。両親も私に気を使っているのか、深刻な話を避けているような気がするんだよね。お婆ちゃんがどれくらい悪いのか、私はちゃんと知らされていないと思うの」
「そうなんだ……」
「うん。私はどんな辛いことでも受け止めるつもりでいるんだけどね」
 千智はまだ五年生なのに気丈なことを言う。皐月は祖母の死を意識した時、千智のように強くはいられなかった。
 学校では悲しみを隠すためにわざとはしゃいでいた。そのせいで皐月は五年生の時の担任に目をつけられていた。
「千智が辛くなったら、少しくらい俺を頼ってくれていいからね。もう変な泣き顔見られたんだから、これ以上恥ずかしいことなんて何もないから」
「ありがとう。一人で耐えられなくなったら、また皐月君の前で泣かせてもらうよ」
「その時はまた、変な泣き方をしてもいいよ」
「もうっ! 絶対に泣かないから」
 皐月は辛かった時、芸妓(げいこ)明日美(あすみ)にすがるように甘えていた。皐月も同じように千智を甘えさせたいと思った。



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 週末のイオンモールは大勢の客で賑わっていた。これだけ人が多ければ、|入屋千智《いりやちさと》と二人で歩いていても目立たない。そう考えると、|藤城皐月《ふじしろさつき》は少し気が楽になった。
 千智はキャップをかぶっているし、店内は家族連れの客が多い。小学生が二人並んで歩いていても周囲に溶け込んでしまうだろう。皐月は先に買い物を済ませ、後でゆっくりとお茶でもしようと千智に提案した。
 皐月の靴はすぐに決まった。皐月は買うものを選ぶときにほとんど躊躇がないので、すぐに買い物が終わる。
 千智の服選びは少し時間がかかった。千智はストリート系の服を選ぼうとしていて、この日もバスケに似合うスポーティーなコーデで来ていた。
 皐月としては、千智には真理のようにファッション雑誌に出ているようなかわいい服を着てもらいたいと思っている。かわいさ全開の千智を見てみたいからだ。
 豊川のイオンにはニコプチに掲載されているブランドの店はないけれど、かわいい服を売っている店ならいくつかある。皐月は千智を連れて何軒か店をまわった。
「千智、この服似合いそう。ちょっと当ててみてよ」
「イヤだ。皐月君の方が似合いそうだもん」
「何言ってんの? レディースじゃん」
「いいから鏡見てみてよ」
 皐月は鏡の前で千智に勧めた服を当ててみた。
「やっぱり似合ってる……。この服、皐月君が買ったら?」
 千智が嬉しそうに笑っている。確かに我ながら似合ってるな、と思った。でも千智に服を当ててみると、やっぱり千智の方が自分よりも似合ってる。
 こんなやりとりをしながら買い物をしていると、なかなか買い物が終わらない。皐月は初めのうちは服一つ決めるのにも時間がかかって面倒だなと思っていた。
 だが、千智が楽しそうにしているのを見ると、千智が楽しいならいいかと思うようになった。買い物ではなく遊んでいるつもりでいると、皐月も買い物に付き合うのが楽しくなってきた。
 皐月と千智は買い物を終えると、モールの2階にあるスターバックスへ入った。店内の席に空きはあったが、レジには行列ができていた。知っている人がいないかと店内に視線を走らせたが、知った顔はいなかった。
 皐月たちの順番が回ってきた。皐月はダークモカチップフラペチーノを、千智はアーモンドミルクラテを頼んだ。
 皐月たちはかわいい女性の店員に話しかけられ、軽く雑談をした。皐月は紫のヘアカラーを格好いいと煽てられ、千智はストリート系のファッションを格好いいと褒められた。千智のことを褒めた店員の言葉は営業トークではなく、本気のように感じた。
 皐月たちはモール内が良く見える窓際の二人席を避け、比較的空いているセントラルパーク内のテラス席へついた。小さめの円いテーブルに向かい合って座ると親密度が上がるような気がした。千智はここに来て、ようやくキャップを取った。
 皐月と千智は飲み物を飲みながら|及川祐希《おいかわゆうき》の高校の文化祭の話をした。話題が途切れたところで、皐月はここまであえて聞かなかった千智の祖母のことを聞いてみた。
「お婆ちゃんの容態はどうなの?」
「うん……癌なんだけど、急に進行しちゃって……」
「そうなんだ……」
 皐月はこの話題を持ち出したことを後悔した。想像していたよりも深刻な話だった。
 本来なら、千智が自分から話し出すのを待つべき話だ。自分から言い出せなかったのは、辛い話になるからに違いない。
「私……塾をやめたら皐月君といっぱい会えるようになると思ってたんだけど、あまり会えなくなるかもしれない」
「いいよ、そんなの。俺は千智の都合に合わせるから」
「ごめんね……」
 千智の目から涙がピュッと飛び出た。水を吐き出したみたいだ。びっくりした皐月はハンカチを出して千智の涙を拭いた。泣いているのに、千智がまったく表情を崩していなかったのが不思議だった。
「大丈夫?」
「うん……ありがとう。恥ずかしいところ見られちゃった」
「何も恥ずかしくないよ」
「私の泣き方が変って、よくお兄ちゃんに笑われるの」
 千智に兄がいることは聞いていた。千智の兄は高校一年生で、東京に残って私立の超進学校に通っている。
 千智の父は週に2日、東京と豊川を行き来していている。父が東京にいない時は家政婦に兄の身の回りの世話をしてもらっている。
「千智、来週の文化祭に行くつもりで服を選んでたんだよね。大変な時みたいだけど、行ってもいいの?」
「お婆ちゃんが行ってきなさいって言ってくれたの。私にあまり気を使わせたくないみたい」
「そうか……。お婆ちゃんの病気の話、祐希にしてもいいのかな?」
「うん、私からもしておく。祐希さんにあまり心配かけたくないから、程々に伝えるつもり」
「わかった。俺も気をつけて話すよ」
 祐希との関係を考えると、皐月は高校の文化祭に行かない方がいいと思い始めていた。三角関係の中に千智を巻き込みたくないからだ。
 それに祐希の恋人の蓮を見たくない。高校に行けば、祐希か祐希の友人の美紅から蓮のことを紹介されることになるだろう。考えるだけで嫉妬で狂いそうになる。
 それでも約束をした以上、千智を祐希の高校に連れていかなければならない。皐月は気持ちを逸らすために、祐希のことを考えないようにした。
「千智って、俺にもお婆ちゃんのことで心配させないようにしてるだろ?」
「それはそうだけど……。両親も私に気を使っているのか、深刻な話を避けているような気がするんだよね。お婆ちゃんがどれくらい悪いのか、私はちゃんと知らされていないと思うの」
「そうなんだ……」
「うん。私はどんな辛いことでも受け止めるつもりでいるんだけどね」
 千智はまだ五年生なのに気丈なことを言う。皐月は祖母の死を意識した時、千智のように強くはいられなかった。
 学校では悲しみを隠すためにわざとはしゃいでいた。そのせいで皐月は五年生の時の担任に目をつけられていた。
「千智が辛くなったら、少しくらい俺を頼ってくれていいからね。もう変な泣き顔見られたんだから、これ以上恥ずかしいことなんて何もないから」
「ありがとう。一人で耐えられなくなったら、また皐月君の前で泣かせてもらうよ」
「その時はまた、変な泣き方をしてもいいよ」
「もうっ! 絶対に泣かないから」
 皐月は辛かった時、|芸妓《げいこ》の|明日美《あすみ》にすがるように甘えていた。皐月も同じように千智を甘えさせたいと思った。