第116話 見学と留学生

ー/ー



「いつの間にこんなもんができたんだか」

 まるで城のようにそびえ立つ、石造りの巨大な建造物が、辺境の街と云われたパエデロスの中央に存在感を放っていた。

 何か前々から大規模な工事をやっているなぁ、とは思っていたが、まさか学校を設立させているとまでは思っていなかった。

 移住者も多く、ひょっこり現われた貴族が屋敷やら別荘を建てていくのも日常茶飯みたいなところもあったしな。

「ほへぇ……大きい建物でふねぇ……」

 隣でミモザもポカンと口を開いている。
 ミモザの中での都会のイメージはパエデロスで止まっているだろうし、そんな中で一際大きなものがドドンと現われればそうもなるだろう。

 目の前のソレ――魔導士学院は、今度新たにこのパエデロスで開校するという魔法の才能に乏しい連中を対象とした学校だ。
 まだ入学式には早いが、今日は見学をしにきた。

 一応これまでにも機会はあったのだが、長期間ミモザが店を空けることになるから、そのための準備を入念にしていたら今になってしまった感じだ。

「ネルムフィラ魔導士学院……ね。大層な名前をしおって」
「これから毎日フィーしゃんと通うんでしゅよね」

 改めてそう聞くだけで期待に胸が小躍りしてしまうな。

 我の屋敷からも、ミモザの店からも徒歩で行ける距離を毎朝、登校していき、同じ教室で肩を並べて勉強する。そんな光景が続くのだと。ふふ、よいではないか。

「あら? フィー、それにミモザちゃんも。まだ入学式じゃないわよ」

 校門の鉄柵を前にして、その黒いローブを羽織った赤髪の魔女が何故か立っていた。守衛とか門番ではないだろう。

「ダリアしゃん! えと、今日は見学をしようかと」
「ああ、そういえばまだ校舎内を見てなかったのね。ここのところ、色々な新入生たちの対応してたからうっかりしてたわ」
「教員に任命されたとは聞いていたが、まさか雑用もこなしていたとはな」

 知らんところで何をしてるか分からんな、この女。

「別に雑用じゃないわよ、フィー。パエデロスに初めて設立された学校だから興味津々な貴族の皆様方が押し寄せてきたから処理してただけ」

 ダリアが処理するとかいうと危険なイメージしか沸いてこないが、そういう意味ではないのだろうな。

「わざわざこっちに入学するためだけに移住してくる貴族も出てきちゃって、いやぁ、人手不足だわ」
「まだ開校もしていないのにそんな調子で大丈夫なのか?」
「ん? 心配してくれるの?」
「貴様のことなどどうでもいいが、我とミモザの学校生活がくだらぬ理由で潰されるのだけは勘弁願いたいぞ」

 それだけ言ってやるとダリアもハァと溜め息をついてきた。

「ま、慣れない仕事ばかりで大変なのは大変だけどこんなのは想定内よ。ちゃんとあなたたちの楽しい楽しい学園生活は保障してあげるわ」

 と、自信たっぷりにそう返される。そうでもなければ困るところだ。

「今は休憩中なのれすか?」
「いや、この後も対応をちょっとね。もうそろそろ見える頃だと思うんだけど」

 などと雑談を交わしていると、石畳を叩く蹄の音が向こうから響いてきた。
 装飾の凝ったいかにも金持ちが乗っていそうな豪華な馬車だ。

 どういうわけか、我は何故かソレに見覚えがあった。
 パッパカ、パッパカと馬車は校門の前までやってきて、停まる。
 何故だろう。物凄い嫌な予感がしてくる。

 馬車から使用人らしき者が降りてきて、赤絨毯を広げたかと思えば、扉に手を掛け、カチャリと開く。その中から現われたのは――

「あれ? フィーさんに、ミモザさん?」
「こ、コリウスくん!? どうしてここに?」

――ナンデ、コイツガ、ココニ?

「えーと、紹介する必要はないわよね。レッドアイズ国の王子様。このネルムフィラ魔導士学院に通うことになったのよ」
「そうなんれすね。わたしたちもこの学校に通うんでふよ」
「どうもよろしくお願いします。……えへへ」

 我の脳裏にフラッシュバックしていく。
 巨大蜂(ビッグホーネット)の巣で無謀なことをやらかしたポンコツ冒険者。
 魔導機兵(オートマタ)の隠れ工場に正面から潜入した無策な少年。

 しかして、その正体は我が魔王軍に攻め込んできた強大なる軍事国家レッドアイズの王子、コリウスだ。
 もう二度と会うことはないと思っていたのだが、どういう巡り合わせだ。

 思わず我はダリアを肘で小突いて問い訊ねる。

「移住してきた貴族ならまだしも、レッドアイズ国の王子が何故?」
「そりゃあアンタ、説明するまでもない話でしょ」

 ヒソヒソと言葉を交わす。
 全く心当たりがないかといえば、そうでもない。

 パエデロスとレッドアイズの関係は実に複雑。
 冒険者たちが集い金の巡る辺境の地に栄えた都会と、技術革新により地位を得たが名声を失ってしまった国。その二つを結ぶのは、勿論あの男、勇者ロータスだ。

 ロータスの目論見としては、パエデロスを平和の象徴、あらゆる異種族が手を取り合う諍いのない世界の礎にすること。
 その計画は我の知っているところ知らないところでも着々と進行しつつあり、昨今ではようやくパエデロスも国へと成ろうとしていた。

 人種差別のない土地は何処かにはあるだろうが、規模などたかがしれている。
 その点で、パエデロスほどの場所が国となり、より大きくなれば、その影響力は強まり、ますます世界は平和になっていくに違いない。

 その最後の鍵となるのが、ロータスが所属していたレッドアイズ国だ。
 何せ魔王軍を退けた実績のある軍事国家が支援することとなれば、パエデロスはより大きく飛躍することだろう。

 まあ……、中身は少々、いやかなり結構ごちゃごちゃした事情が絡みついていたのだが、ようやくして厄介なしがらみも解けてきたというのはロータス当人からも聞いていた話だ。

「まさかこれもパエデロスとレッドアイズの友好なんちゃらの一環か?」
「そうよ。王子の留学を成功させるのが目的ってわけ」

 いい加減、レッドアイズに固執するのも止めてもらえないものだろうか。
 あんな軍事国家よりもよっぽど平和的に馴れ合える国なんていくらでもあろう。

「ネルムフィラ魔導士学院には、レッドアイズ国の技術者や専門家も多く入ってきているの。実績を獲得できればパエデロスも大きく飛躍できる算段よ」

 なんか、急に学校に通いたくなくなったのだが……。
 今から退学届を申請しても間に合うだろうか。

 でもそうなると、ミモザが一人で入学することになってしまう。
 ミモザの入学は我の説得によって決めたのだから今から我が取り消すのも妙な話。
 それに何より学校に通えることに乗り気のミモザを引き留めたくはない。

 というか、我も学校に通わないのであれば、下手したらミモザはあのコリウスと学校生活を送ることになってしまうのではないか。

 何しろ、あの小僧はミモザの姉――その正体は我だが――にご執心なのだから、なんだかんだで頻繁にミモザに接触するのは目に見えている。

 ミモザがレッドアイズの毒牙に冒されるということなのでは。

 くそぅ、これでは結局学校に通うしか選択肢がないではないか。
 コリウスの入学はおそらく早い段階で決まっていたことだろう。それをあえてダリアは黙っていたに違いない。ものの見事にハメられた気分だ。

「さあさ、せっかくだし、フィーもミモザちゃんも、王子様と一緒に学校見学と行きましょうか。みんな揃って同級生ってことになるんだしね」

 色々なことを言いたかったのだが、もはや脱力して言葉が出なかった。
 こうして我はミモザとコリウスを引き連れ、ダリアに校内を案内されるのだった。


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「いつの間にこんなもんができたんだか」
 まるで城のようにそびえ立つ、石造りの巨大な建造物が、辺境の街と云われたパエデロスの中央に存在感を放っていた。
 何か前々から大規模な工事をやっているなぁ、とは思っていたが、まさか学校を設立させているとまでは思っていなかった。
 移住者も多く、ひょっこり現われた貴族が屋敷やら別荘を建てていくのも日常茶飯みたいなところもあったしな。
「ほへぇ……大きい建物でふねぇ……」
 隣でミモザもポカンと口を開いている。
 ミモザの中での都会のイメージはパエデロスで止まっているだろうし、そんな中で一際大きなものがドドンと現われればそうもなるだろう。
 目の前のソレ――魔導士学院は、今度新たにこのパエデロスで開校するという魔法の才能に乏しい連中を対象とした学校だ。
 まだ入学式には早いが、今日は見学をしにきた。
 一応これまでにも機会はあったのだが、長期間ミモザが店を空けることになるから、そのための準備を入念にしていたら今になってしまった感じだ。
「ネルムフィラ魔導士学院……ね。大層な名前をしおって」
「これから毎日フィーしゃんと通うんでしゅよね」
 改めてそう聞くだけで期待に胸が小躍りしてしまうな。
 我の屋敷からも、ミモザの店からも徒歩で行ける距離を毎朝、登校していき、同じ教室で肩を並べて勉強する。そんな光景が続くのだと。ふふ、よいではないか。
「あら? フィー、それにミモザちゃんも。まだ入学式じゃないわよ」
 校門の鉄柵を前にして、その黒いローブを羽織った赤髪の魔女が何故か立っていた。守衛とか門番ではないだろう。
「ダリアしゃん! えと、今日は見学をしようかと」
「ああ、そういえばまだ校舎内を見てなかったのね。ここのところ、色々な新入生たちの対応してたからうっかりしてたわ」
「教員に任命されたとは聞いていたが、まさか雑用もこなしていたとはな」
 知らんところで何をしてるか分からんな、この女。
「別に雑用じゃないわよ、フィー。パエデロスに初めて設立された学校だから興味津々な貴族の皆様方が押し寄せてきたから処理してただけ」
 ダリアが処理するとかいうと危険なイメージしか沸いてこないが、そういう意味ではないのだろうな。
「わざわざこっちに入学するためだけに移住してくる貴族も出てきちゃって、いやぁ、人手不足だわ」
「まだ開校もしていないのにそんな調子で大丈夫なのか?」
「ん? 心配してくれるの?」
「貴様のことなどどうでもいいが、我とミモザの学校生活がくだらぬ理由で潰されるのだけは勘弁願いたいぞ」
 それだけ言ってやるとダリアもハァと溜め息をついてきた。
「ま、慣れない仕事ばかりで大変なのは大変だけどこんなのは想定内よ。ちゃんとあなたたちの楽しい楽しい学園生活は保障してあげるわ」
 と、自信たっぷりにそう返される。そうでもなければ困るところだ。
「今は休憩中なのれすか?」
「いや、この後も対応をちょっとね。もうそろそろ見える頃だと思うんだけど」
 などと雑談を交わしていると、石畳を叩く蹄の音が向こうから響いてきた。
 装飾の凝ったいかにも金持ちが乗っていそうな豪華な馬車だ。
 どういうわけか、我は何故かソレに見覚えがあった。
 パッパカ、パッパカと馬車は校門の前までやってきて、停まる。
 何故だろう。物凄い嫌な予感がしてくる。
 馬車から使用人らしき者が降りてきて、赤絨毯を広げたかと思えば、扉に手を掛け、カチャリと開く。その中から現われたのは――
「あれ? フィーさんに、ミモザさん?」
「こ、コリウスくん!? どうしてここに?」
――ナンデ、コイツガ、ココニ?
「えーと、紹介する必要はないわよね。レッドアイズ国の王子様。このネルムフィラ魔導士学院に通うことになったのよ」
「そうなんれすね。わたしたちもこの学校に通うんでふよ」
「どうもよろしくお願いします。……えへへ」
 我の脳裏にフラッシュバックしていく。
 巨大蜂《ビッグホーネット》の巣で無謀なことをやらかしたポンコツ冒険者。
 魔導機兵《オートマタ》の隠れ工場に正面から潜入した無策な少年。
 しかして、その正体は我が魔王軍に攻め込んできた強大なる軍事国家レッドアイズの王子、コリウスだ。
 もう二度と会うことはないと思っていたのだが、どういう巡り合わせだ。
 思わず我はダリアを肘で小突いて問い訊ねる。
「移住してきた貴族ならまだしも、レッドアイズ国の王子が何故?」
「そりゃあアンタ、説明するまでもない話でしょ」
 ヒソヒソと言葉を交わす。
 全く心当たりがないかといえば、そうでもない。
 パエデロスとレッドアイズの関係は実に複雑。
 冒険者たちが集い金の巡る辺境の地に栄えた都会と、技術革新により地位を得たが名声を失ってしまった国。その二つを結ぶのは、勿論あの男、勇者ロータスだ。
 ロータスの目論見としては、パエデロスを平和の象徴、あらゆる異種族が手を取り合う諍いのない世界の礎にすること。
 その計画は我の知っているところ知らないところでも着々と進行しつつあり、昨今ではようやくパエデロスも国へと成ろうとしていた。
 人種差別のない土地は何処かにはあるだろうが、規模などたかがしれている。
 その点で、パエデロスほどの場所が国となり、より大きくなれば、その影響力は強まり、ますます世界は平和になっていくに違いない。
 その最後の鍵となるのが、ロータスが所属していたレッドアイズ国だ。
 何せ魔王軍を退けた実績のある軍事国家が支援することとなれば、パエデロスはより大きく飛躍することだろう。
 まあ……、中身は少々、いやかなり結構ごちゃごちゃした事情が絡みついていたのだが、ようやくして厄介なしがらみも解けてきたというのはロータス当人からも聞いていた話だ。
「まさかこれもパエデロスとレッドアイズの友好なんちゃらの一環か?」
「そうよ。王子の留学を成功させるのが目的ってわけ」
 いい加減、レッドアイズに固執するのも止めてもらえないものだろうか。
 あんな軍事国家よりもよっぽど平和的に馴れ合える国なんていくらでもあろう。
「ネルムフィラ魔導士学院には、レッドアイズ国の技術者や専門家も多く入ってきているの。実績を獲得できればパエデロスも大きく飛躍できる算段よ」
 なんか、急に学校に通いたくなくなったのだが……。
 今から退学届を申請しても間に合うだろうか。
 でもそうなると、ミモザが一人で入学することになってしまう。
 ミモザの入学は我の説得によって決めたのだから今から我が取り消すのも妙な話。
 それに何より学校に通えることに乗り気のミモザを引き留めたくはない。
 というか、我も学校に通わないのであれば、下手したらミモザはあのコリウスと学校生活を送ることになってしまうのではないか。
 何しろ、あの小僧はミモザの姉――その正体は我だが――にご執心なのだから、なんだかんだで頻繁にミモザに接触するのは目に見えている。
 ミモザがレッドアイズの毒牙に冒されるということなのでは。
 くそぅ、これでは結局学校に通うしか選択肢がないではないか。
 コリウスの入学はおそらく早い段階で決まっていたことだろう。それをあえてダリアは黙っていたに違いない。ものの見事にハメられた気分だ。
「さあさ、せっかくだし、フィーもミモザちゃんも、王子様と一緒に学校見学と行きましょうか。みんな揃って同級生ってことになるんだしね」
 色々なことを言いたかったのだが、もはや脱力して言葉が出なかった。
 こうして我はミモザとコリウスを引き連れ、ダリアに校内を案内されるのだった。