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浜辺の出会い ①

ー/ー



 ――親子三人でパンと海の幸たっぷりのシチューの夕食を囲んだ後、レイラとキャプテン・ブライスは町の酒場にいた。〈ゴールドバロン海賊団〉で今日、〈ミエール商会〉から没収した隠し財産から各々の分け前を配ることになっているからだ。

「よう、全員集まってるな? では、みなに今日の分け前を分配する。いいな?」

 ブライスが配る金貨の入った(ぬの)(ぶくろ)を、船員たちは「船長、ありがとうございます!」と言って受け取っていく。
 そして最後はレイラが取り分を受け取る番になったのだが……。

「レイラ、お前の分は少し多めにしてあるからな」

「えっ? ありがたいけど……。父さん、あたしの分もみんなと一緒でいいよ」

「いや、受け取ってくれ。お前は副船長ってだけじゃなく、今日は実にいい働きぶりだったからな。これはその当然の報酬というわけだ」

「もらっとけよ、レイラ。船長の厚意に甘えとけ。これはお前だけの特権なんだからな」

 父だけでなく幼なじみのドリーにまで言われてしまうと、レイラもさすがに断れなくなってしまう。

「二人がそこまで言うんなら……。ありがとう、もらっとくよ」

 レイラは二人にお礼を言って、取り分を受け取った。
 そして残りの金貨をブライス船長自身が懐に入れ、海賊団の慰労会も兼ねた酒盛りが始まった。

「さあみんな、今日は俺のおごりだ! じゃんじゃん飲んでくれ!」

 それからの何時間か、酒場ではラム酒が飛ぶように売れ、酒の(さかな)を盛った皿も飛び交った。
 男たちは水のようにラム酒を(あお)って上機嫌になっていたが、やっと飲酒できる年齢に達したレイラは少し飲むと酔いが回ってしまった。

「……ごめん、ドリー。あたしはちょっと外の風に当たって酔いを醒ましてくるよ。父さん、完全に出来上がっちゃってるから悪いけどウチまで連れてきてくれない?」

「分かった。任せとけ。お前はそのまま家に帰った方がいいな。おふくろさんに心配かけちゃいけねえ」

「うん、ありがと。じゃあ、あたしは先に抜けるよ」

 レイラは長い赤髪が風に(もてあそ)ばれるに任せながら、浜辺まで歩いてきた。冷たい潮風が心地いい。

(……海賊を名乗る以上、酒にも強くならないといけないのは分かってるんだけどな……)

 男性と女性では体質が違うのだろうか? レイラの体はなかなか酒を受け付けてくれない。少しでも飲むとすぐに酔ってしまう。そしてそれはすぐに顔に表れてしまうのだ。

 しばらく砂浜に腰を下ろし、海を眺めていたレイラは、浜辺に打ち上げられている人影に目を留めた。彼女は視力がよく、夜目(やめ)が利くのだ。

「大変だ……! 浜に誰かが流されてきてる……」

 彼女はすぐに、打ち上げられた人影の元へ駆け寄った。

 その人物はレイラと変わらないくらいの年齢の、見目麗しい美丈夫だった。
 さらさらとした艶やかな金髪が、打ち寄せる波に洗われてキラキラと月明かりに照らされている。

「……大丈夫、呼吸はあるから生きてるみたいだけど。この人、一体どこから流されてきたんだろう……?」

 潮の流れを計算するより、彼が一体何者なのかを調べる方が早い。レイラは彼の体を(あらた)める。と、彼の左腕に刃物で斬りつけられたような深い傷があることに気づいた。流れ出た血はすでに海水で洗い流されているが、この深手が原因で意識を失っていることは容易に察しがつく。

 何か、この青年の身分が分かるものはないのか――。彼の衣服を調べたレイラは、ズボンのポケットからを見つけて愕然となる。

「これは……、王家の紋章!? ということは、この人は王子様……ってこと?」

 つまり、彼は現グレティン王国国王の第一王子、ルイスということ。彼は王都レスボラの沖から流されたのだと分かり、レイラは何だかきな臭いにおいを感じ取った。

「王子がこんな大ケガをして、こんな辺鄙なところまで流されてくるなんて只事じゃなさそう。一体、都で何が起きてるんだろう……?」

 このことは、自分一人の胸の内にしまっておくには事が大きすぎる。だからといって、父や海賊団の仲間たちがこの王子に危害を加えないという保証はどこにもない。まるで、オオカミの群れにヒツジが一頭迷い込んできたような状況なのだ。

「……とにかく、生きてると分かった以上、傷の手当てをしないと。まずはウチに連れて帰って、母さんには事情を話してしばらくウチで休ませてあげよう」

 レイラは彼の濡れた体を軽々と持ち上げ、背負って家へと引き返した。細身だがこれでも女だてらに海賊稼業をしているので、力だけはあるのだ。
 それに王子も細身で、全身ずぶ濡れであることを差し引いても体重が思った以上に軽いから、というのもあった。


   * * * *


 レイラが家に着いた時、母のロージーは娘がずぶ濡れの青年を背負っていることに大変驚いていた。

「母さん、この人ケガしてるのよ。とりあえず、あたしの部屋のベッドに寝かせるから、二階まで運ぶの手伝って。それと、薬箱を持ってきて」

「分かったわ。お父さんはまだ帰ってきてないから……。今のうちに運びましょうね」

 父のバリーがまだ酒場にいてよかった。もし帰ってきていたら、ケガ人だということもお構いなしに叩き出されかねない。

 どうにか母と二人で、青年を二階にある自分の部屋まで運ぶと、レイラは彼の左腕の傷を手当てし始めた。

 傷口によく効く傷薬を塗りこみ、丁寧に包帯を巻いていった。
 この薬はレイラも傷を負った時によく塗ってもらうのだが、けっこう傷口に()みる。大の男ですら痛い痛いと悲鳴を上げるほどに。それなのに、この王子は(うめ)き声一つ上げず、こんこんと眠っている。夢見が悪いのか、時々眉根に深いシワを刻みながら。

「……この人、どんなつらい目に遭ったんだろう……?」

 おおよそ戦いとは無縁であろう、高貴な身分である王族の彼がこんなに深手を負うほどの出来事とはどんな事態なのだろう? このポートレプカは王都から離れているので、あちらの情報がなかなか入ってこないのだ。
 父は今日、王宮の財務担当のグリウスと会っていた。何か聞いてはいないだろうか。

 レイラは枕元に置かれた手桶の冷たい水の中で、彼の額に当てていてぬるくなった手拭いを絞りなおした。そして、再び彼の額に当てなおすと――。

「…………ん……?」

「……あ、気がついたみたいだね。よかった」

 王子がようやく意識を取り戻した。目を開けた彼は、ボンヤリとした意識のままで部屋の中を見渡し、レイラと目が合う。

「ここは……どこだ……? 君は……」

「ここはポートレプカにあるあたしの家。そしてあたしの名前はレイラ・ブライス。〈ゴールドバロン海賊団〉の船長、バリー・ブライスの娘で副船長だよ。あんたはルイス王子だよね? 王都の沖から流されてきたんでしょう?」

「レイラ、君は海賊……なのか。でも、どうして僕が王子だと……」

「悪いとは思ったけど、あんたの身分を調べるために服を検めさせてもらったのよ。そしたら、ポケットにこれが入ってて。それって王族の紋章でしょう?」

 レイラは自分の着ていたベストのポケットにしまっていた王家の証を彼に返した。

「ああ、そうだ。僕はこの国の第一王子にして正統な王位継承者、ルイスだ。でも、そうか……。都の沖からこんなに遠いところまで流されてきてしまったのか」

 紋章を受け取った彼――ルイス王子は、レイラの目を真っすぐに見つめて改めて自らの身分を明かした。

「ねえ、王子。都で一体何が起きてるの? 一国の王子がこんなに深い傷を負わされて、こんな遠くまで流されてきてるなんてただ事じゃないでしょう? 一体何があったの?」

 レイラはただ、真実を知りたいだけだった。海賊ではあっても人の道を外れたような行為はしない、むしろ困っている人がいると助けたいと思っていたからだ。

「実は……、王都では今、反乱が起きつつあるんだ。僕もその反逆者に命を狙われ、殺されかけた。君に助けられなかったら、今ごろ死んでいたかもしれない」


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 ――親子三人でパンと海の幸たっぷりのシチューの夕食を囲んだ後、レイラとキャプテン・ブライスは町の酒場にいた。〈ゴールドバロン海賊団〉で今日、〈ミエール商会〉から没収した隠し財産から各々の分け前を配ることになっているからだ。
「よう、全員集まってるな? では、みなに今日の分け前を分配する。いいな?」
 ブライスが配る金貨の入った|布《ぬの》|袋《ぶくろ》を、船員たちは「船長、ありがとうございます!」と言って受け取っていく。
 そして最後はレイラが取り分を受け取る番になったのだが……。
「レイラ、お前の分は少し多めにしてあるからな」
「えっ? ありがたいけど……。父さん、あたしの分もみんなと一緒でいいよ」
「いや、受け取ってくれ。お前は副船長ってだけじゃなく、今日は実にいい働きぶりだったからな。これはその当然の報酬というわけだ」
「もらっとけよ、レイラ。船長の厚意に甘えとけ。これはお前だけの特権なんだからな」
 父だけでなく幼なじみのドリーにまで言われてしまうと、レイラもさすがに断れなくなってしまう。
「二人がそこまで言うんなら……。ありがとう、もらっとくよ」
 レイラは二人にお礼を言って、取り分を受け取った。
 そして残りの金貨をブライス船長自身が懐に入れ、海賊団の慰労会も兼ねた酒盛りが始まった。
「さあみんな、今日は俺のおごりだ! じゃんじゃん飲んでくれ!」
 それからの何時間か、酒場ではラム酒が飛ぶように売れ、酒の|肴《さかな》を盛った皿も飛び交った。
 男たちは水のようにラム酒を|呷《あお》って上機嫌になっていたが、やっと飲酒できる年齢に達したレイラは少し飲むと酔いが回ってしまった。
「……ごめん、ドリー。あたしはちょっと外の風に当たって酔いを醒ましてくるよ。父さん、完全に出来上がっちゃってるから悪いけどウチまで連れてきてくれない?」
「分かった。任せとけ。お前はそのまま家に帰った方がいいな。おふくろさんに心配かけちゃいけねえ」
「うん、ありがと。じゃあ、あたしは先に抜けるよ」
 レイラは長い赤髪が風に|弄《もてあそ》ばれるに任せながら、浜辺まで歩いてきた。冷たい潮風が心地いい。
(……海賊を名乗る以上、酒にも強くならないといけないのは分かってるんだけどな……)
 男性と女性では体質が違うのだろうか? レイラの体はなかなか酒を受け付けてくれない。少しでも飲むとすぐに酔ってしまう。そしてそれはすぐに顔に表れてしまうのだ。
 しばらく砂浜に腰を下ろし、海を眺めていたレイラは、浜辺に打ち上げられている人影に目を留めた。彼女は視力がよく、|夜目《やめ》が利くのだ。
「大変だ……! 浜に誰かが流されてきてる……」
 彼女はすぐに、打ち上げられた人影の元へ駆け寄った。
 その人物はレイラと変わらないくらいの年齢の、見目麗しい美丈夫だった。
 さらさらとした艶やかな金髪が、打ち寄せる波に洗われてキラキラと月明かりに照らされている。
「……大丈夫、呼吸はあるから生きてるみたいだけど。この人、一体どこから流されてきたんだろう……?」
 潮の流れを計算するより、彼が一体何者なのかを調べる方が早い。レイラは彼の体を|検《あらた》める。と、彼の左腕に刃物で斬りつけられたような深い傷があることに気づいた。流れ出た血はすでに海水で洗い流されているが、この深手が原因で意識を失っていることは容易に察しがつく。
 何か、この青年の身分が分かるものはないのか――。彼の衣服を調べたレイラは、ズボンのポケットから《《あるもの》》を見つけて愕然となる。
「これは……、王家の紋章!? ということは、この人は王子様……ってこと?」
 つまり、彼は現グレティン王国国王の第一王子、ルイスということ。彼は王都レスボラの沖から流されたのだと分かり、レイラは何だかきな臭いにおいを感じ取った。
「王子がこんな大ケガをして、こんな辺鄙なところまで流されてくるなんて只事じゃなさそう。一体、都で何が起きてるんだろう……?」
 このことは、自分一人の胸の内にしまっておくには事が大きすぎる。だからといって、父や海賊団の仲間たちがこの王子に危害を加えないという保証はどこにもない。まるで、オオカミの群れにヒツジが一頭迷い込んできたような状況なのだ。
「……とにかく、生きてると分かった以上、傷の手当てをしないと。まずはウチに連れて帰って、母さんには事情を話してしばらくウチで休ませてあげよう」
 レイラは彼の濡れた体を軽々と持ち上げ、背負って家へと引き返した。細身だがこれでも女だてらに海賊稼業をしているので、力だけはあるのだ。
 それに王子も細身で、全身ずぶ濡れであることを差し引いても体重が思った以上に軽いから、というのもあった。
   * * * *
 レイラが家に着いた時、母のロージーは娘がずぶ濡れの青年を背負っていることに大変驚いていた。
「母さん、この人ケガしてるのよ。とりあえず、あたしの部屋のベッドに寝かせるから、二階まで運ぶの手伝って。それと、薬箱を持ってきて」
「分かったわ。お父さんはまだ帰ってきてないから……。今のうちに運びましょうね」
 父のバリーがまだ酒場にいてよかった。もし帰ってきていたら、ケガ人だということもお構いなしに叩き出されかねない。
 どうにか母と二人で、青年を二階にある自分の部屋まで運ぶと、レイラは彼の左腕の傷を手当てし始めた。
 傷口によく効く傷薬を塗りこみ、丁寧に包帯を巻いていった。
 この薬はレイラも傷を負った時によく塗ってもらうのだが、けっこう傷口に|沁《し》みる。大の男ですら痛い痛いと悲鳴を上げるほどに。それなのに、この王子は|呻《うめ》き声一つ上げず、こんこんと眠っている。夢見が悪いのか、時々眉根に深いシワを刻みながら。
「……この人、どんなつらい目に遭ったんだろう……?」
 おおよそ戦いとは無縁であろう、高貴な身分である王族の彼がこんなに深手を負うほどの出来事とはどんな事態なのだろう? このポートレプカは王都から離れているので、あちらの情報がなかなか入ってこないのだ。
 父は今日、王宮の財務担当のグリウスと会っていた。何か聞いてはいないだろうか。
 レイラは枕元に置かれた手桶の冷たい水の中で、彼の額に当てていてぬるくなった手拭いを絞りなおした。そして、再び彼の額に当てなおすと――。
「…………ん……?」
「……あ、気がついたみたいだね。よかった」
 王子がようやく意識を取り戻した。目を開けた彼は、ボンヤリとした意識のままで部屋の中を見渡し、レイラと目が合う。
「ここは……どこだ……? 君は……」
「ここはポートレプカにあるあたしの家。そしてあたしの名前はレイラ・ブライス。〈ゴールドバロン海賊団〉の船長、バリー・ブライスの娘で副船長だよ。あんたはルイス王子だよね? 王都の沖から流されてきたんでしょう?」
「レイラ、君は海賊……なのか。でも、どうして僕が王子だと……」
「悪いとは思ったけど、あんたの身分を調べるために服を検めさせてもらったのよ。そしたら、ポケットにこれが入ってて。それって王族の紋章でしょう?」
 レイラは自分の着ていたベストのポケットにしまっていた王家の証を彼に返した。
「ああ、そうだ。僕はこの国の第一王子にして正統な王位継承者、ルイスだ。でも、そうか……。都の沖からこんなに遠いところまで流されてきてしまったのか」
 紋章を受け取った彼――ルイス王子は、レイラの目を真っすぐに見つめて改めて自らの身分を明かした。
「ねえ、王子。都で一体何が起きてるの? 一国の王子がこんなに深い傷を負わされて、こんな遠くまで流されてきてるなんてただ事じゃないでしょう? 一体何があったの?」
 レイラはただ、真実を知りたいだけだった。海賊ではあっても人の道を外れたような行為はしない、むしろ困っている人がいると助けたいと思っていたからだ。
「実は……、王都では今、反乱が起きつつあるんだ。僕もその反逆者に命を狙われ、殺されかけた。君に助けられなかったら、今ごろ死んでいたかもしれない」