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中身が出るほど(中編)

ー/ー



「ただいま帰りまひ? ぁふごっ!?」

 モチコの挨拶は、最後まで正しく発音されなかった。
 どうやら口に巨大な何かが詰め込まれたらしい。

「モッチー初めてのスクロール発射記念〜。おめでと〜」

 シズゥがそう言いながら、モチコの口にコロッケを詰め込んでいた。
 大きなコロッケを。しかも2枚重ねて。

「食べ盛りのモッチーにいっぱい食べさせないとね〜」
「ふご! ふごふごご、ふごぉ!」

 大量のコロッケによりモチコの言語は奪われていた。
 シズゥはコロッケをぎゅうぎゅうと押し込みながら、別の手には次なる3枚目も用意している。

「ふごっ! ふごぉぉーーっ!!」

 これ以上のコロッケは致死量になりかねない。
 モチコは両手で口を押さえ、追加コロッケを全力でお断りした。

「銀河屋のコロッケはおいしいでしょ〜。やっぱり台風にはコロッケだよねえ〜」

 必死にコロッケを咀嚼して、言語の回復を試みる。
 むりやり食べさせられたとはいえ、味はとても良い。

 揚げてから少し時間が経っているようだったが、冷めても問題なくおいしい。
 薄く仕上げた衣はサクリとほどよいクリスピーさが残っているし、じゃがいもの甘さと玉ねぎのコク、牛ひき肉の塩気のバランスもバッチリだった。
 かじると中身が出そうなほど、具がたくさん詰まっている。

「とっへも、おいひいです」

 コロッケを半分くらい食べ終わったモチコは、取り戻しつつある言語で感想を伝える。
 そんなモチコたちを横目に、ミライアは「シャワーを浴びてくる」と待機室(ラウンジ)へ下りて行った。

 今日は勤務時間としてはまだ半分くらい残っているが、あとの時間は台風が通り過ぎるまでタワーで待機となる。
 いまはもうすぐ真夜中、というあたりの時間だ。

 コロッケをようやく食べ切ったモチコは、あることに気付いた。

「あれ? おシズさん、こんな夜中にどうやってコロッケを買って来たんですか?」
「ふふふ〜。極秘ルートで入手したんだよお〜」

 危うくモチコの口に詰め込まれるところだった3枚目のコロッケをかじりながら、シズゥがのんびりとした口調で言う。
 コロッケに極秘入手ルートなんてあるのか? と思ったが、シズゥならあり得そうだ。

「台風が来るとコロッケが爆売れするからねえ〜。特に銀河屋のは人気でなかなか手に入らないんだよ〜」

 この街の人々は台風の日にコロッケを食べる。
 理由はよく分からないが、昔から伝わる風習みたいなものらしい。

 タイフーンシグナルが発令されると、街中のコロッケ屋は大急ぎで大量のコロッケを揚げ始める。
 それを街中の人々が買い込み、持ち帰って家で避難しながら食べるのだ。

 台風が来ればコロッケが売れる。
 これも台風がもたらす利益だと言えるのかもしれない。
 台風が無いと困る人のなかには、コロッケ屋もあるようだ。


 それからしばらくのあいだ、モチコは展望室(コントロールルーム)の端にあるイスで本を読んでいた。
 ミライアはシャワーを浴びたあとでいったん顔を出したが、下の仮眠室にいる、とだけ言ってまたすぐに行ってしまった。
 リサやシズゥはまだ仕事があるので、モチコは邪魔にならないところで本を読むことにしたのだ。

 家から持ってきていた本を読み始めると、ほどなくして台風が上陸した。

 台風としては弱まったとはいえ、ただの雨風とは明らかに違う強い嵐がタワーを包む。
 雨つぶがガラス張りの展望室の窓を叩く音が、絶え間なく聞こえる。

 嵐に運ばれてくる雨の音は一定ではなく、風の強弱に合わせて大きくなったり、小さくなったりを不規則に繰り返す。
 まるで波の音みたいだった。
 その音が意識を集中させてくれたようで、いつの間にかモチコは読書に没頭していた。

「モッチー、お茶の時間だよ~」

 声をかけられて気がつくと、シズゥとリサがテーブルの向かい側に座っていた。
 台風は過ぎ去ったようで、展望室のガラス越しに夜明け前の穏やかな空が見える。

「ミライアとモチコちゃんのおかげで、今回も街に大きな被害は出なかったわ」
「それならよかったです」

 リサの言葉を聞いて、モチコはほっとした。
 初めての台風戦は無事に任務をまっとうできたようだ。

「残りの時間は魔女のお茶会だよ~」

 シズゥがティーカップに注いでくれたお茶は、黄緑色をしていた。
 紅茶にしては色がうすく、緑茶にしては黄みがかっている。

 モチコが黒ぶちメガネを曇らせながらカップをのぞくと、湯気から甘い香りがした。

「このお茶もすごくいい香りですね。甘い香りがします」
「今回はリサが好きなお茶にしたよ~。何のお茶だと思う~?」
「うーん。前回のアールグレイじゃないことは分かります」

 お茶に詳しくないモチコの精いっぱいの回答だ。
 ひとくち飲んでみると、甘くてやわらかい香りがふわっと広がった。
 この香りは、どこかで知っている香りだ……。ええと――。

「あ! 桃、ですね」
「正解よ、モチコちゃん。これは白桃烏龍茶なの」
「ハクトウウーロン茶。なるほど」

 たしかに、言われてみるとウーロン茶だ。
 最初にふわりと来る華やかな白桃の香りはスッと消えて、すぐにウーロン茶のさっぱりとした後味だけが残る。
 桃のフレーバーもしっかり楽しめるのに、甘さが残らないから飲みやすい。
 シズゥによると、茶葉の発酵度合いが低いと黄色っぽいお茶になるらしい。

 そのあとは3人で世間話をしながら、コロッケの残りと一緒にお茶を楽しんだ。
 残り2枚のコロッケのうち、1枚はリサが、もう1枚をシズゥとモチコが半分に分けて食べた。
 リサ以外のふたりはさっきも食べたので半分で充分だ。

 リサはコロッケを両手で持ちながら、小さい口で少しづつ食べている。
 シズゥはひとくちごとに「うま~」といいながら、本当においしそうに頬張っていた。

 揚げ物のコロッケと、さっぱりした白桃烏龍茶の相性が良くて、モチコもぺろりと食べてしまった。
 そのあと全員がコロッケを食べ終わるころには、白桃烏龍茶をみんなで2杯ずつ飲み干していた。

「ありゃ~。白桃烏龍茶の葉っぱのストックが無くなっちゃったねえ~。隊長に今度きいてみるかあ~」
「隊長?」
「モチコちゃんはまだ会ったことがなかったわね。私たち白組を含めて、全部で6つのチームをまとめている隊長よ」
「隊長は赤組のアルビレオだよ~」

 赤組と聞いてモチコは思い出した。たしかマルシャが赤いスカーフをしていたな。
 ということは、隊長はマルシャの相方か。

 そういえば、まだ他の組のメンバーにはほとんど会ったことがない。
 ちゃんと話したのはマルシャとチャンチャルくらいだ。

 朝番と交代するときも、引継ぎはリサとシズゥがやっておいてくれる。
 ほかの組の、リサとシズゥの役職にあたる人――ナビゲーターとディスパッチャーになら、すれ違う時に挨拶くらいはしたことがある。

 だが、アルビレオは全く見かけなかった。
 どのチームのアルビレオも、台風が退勤まぎわに迫っていなければ早めにあがってしまうのだろう。

「お、みんなお茶の最中かな?」

 と、そこに、螺旋階段を上ってきたミライアが声をかけてきた。

(後編へ続く)


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「ただいま帰りまひ? ぁふごっ!?」
 モチコの挨拶は、最後まで正しく発音されなかった。
 どうやら口に巨大な何かが詰め込まれたらしい。
「モッチー初めてのスクロール発射記念〜。おめでと〜」
 シズゥがそう言いながら、モチコの口にコロッケを詰め込んでいた。
 大きなコロッケを。しかも2枚重ねて。
「食べ盛りのモッチーにいっぱい食べさせないとね〜」
「ふご! ふごふごご、ふごぉ!」
 大量のコロッケによりモチコの言語は奪われていた。
 シズゥはコロッケをぎゅうぎゅうと押し込みながら、別の手には次なる3枚目も用意している。
「ふごっ! ふごぉぉーーっ!!」
 これ以上のコロッケは致死量になりかねない。
 モチコは両手で口を押さえ、追加コロッケを全力でお断りした。
「銀河屋のコロッケはおいしいでしょ〜。やっぱり台風にはコロッケだよねえ〜」
 必死にコロッケを咀嚼して、言語の回復を試みる。
 むりやり食べさせられたとはいえ、味はとても良い。
 揚げてから少し時間が経っているようだったが、冷めても問題なくおいしい。
 薄く仕上げた衣はサクリとほどよいクリスピーさが残っているし、じゃがいもの甘さと玉ねぎのコク、牛ひき肉の塩気のバランスもバッチリだった。
 かじると中身が出そうなほど、具がたくさん詰まっている。
「とっへも、おいひいです」
 コロッケを半分くらい食べ終わったモチコは、取り戻しつつある言語で感想を伝える。
 そんなモチコたちを横目に、ミライアは「シャワーを浴びてくる」と|待機室《ラウンジ》へ下りて行った。
 今日は勤務時間としてはまだ半分くらい残っているが、あとの時間は台風が通り過ぎるまでタワーで待機となる。
 いまはもうすぐ真夜中、というあたりの時間だ。
 コロッケをようやく食べ切ったモチコは、あることに気付いた。
「あれ? おシズさん、こんな夜中にどうやってコロッケを買って来たんですか?」
「ふふふ〜。極秘ルートで入手したんだよお〜」
 危うくモチコの口に詰め込まれるところだった3枚目のコロッケをかじりながら、シズゥがのんびりとした口調で言う。
 コロッケに極秘入手ルートなんてあるのか? と思ったが、シズゥならあり得そうだ。
「台風が来るとコロッケが爆売れするからねえ〜。特に銀河屋のは人気でなかなか手に入らないんだよ〜」
 この街の人々は台風の日にコロッケを食べる。
 理由はよく分からないが、昔から伝わる風習みたいなものらしい。
 タイフーンシグナルが発令されると、街中のコロッケ屋は大急ぎで大量のコロッケを揚げ始める。
 それを街中の人々が買い込み、持ち帰って家で避難しながら食べるのだ。
 台風が来ればコロッケが売れる。
 これも台風がもたらす利益だと言えるのかもしれない。
 台風が無いと困る人のなかには、コロッケ屋もあるようだ。
 それからしばらくのあいだ、モチコは|展望室《コントロールルーム》の端にあるイスで本を読んでいた。
 ミライアはシャワーを浴びたあとでいったん顔を出したが、下の仮眠室にいる、とだけ言ってまたすぐに行ってしまった。
 リサやシズゥはまだ仕事があるので、モチコは邪魔にならないところで本を読むことにしたのだ。
 家から持ってきていた本を読み始めると、ほどなくして台風が上陸した。
 台風としては弱まったとはいえ、ただの雨風とは明らかに違う強い嵐がタワーを包む。
 雨つぶがガラス張りの展望室の窓を叩く音が、絶え間なく聞こえる。
 嵐に運ばれてくる雨の音は一定ではなく、風の強弱に合わせて大きくなったり、小さくなったりを不規則に繰り返す。
 まるで波の音みたいだった。
 その音が意識を集中させてくれたようで、いつの間にかモチコは読書に没頭していた。
「モッチー、お茶の時間だよ~」
 声をかけられて気がつくと、シズゥとリサがテーブルの向かい側に座っていた。
 台風は過ぎ去ったようで、展望室のガラス越しに夜明け前の穏やかな空が見える。
「ミライアとモチコちゃんのおかげで、今回も街に大きな被害は出なかったわ」
「それならよかったです」
 リサの言葉を聞いて、モチコはほっとした。
 初めての台風戦は無事に任務をまっとうできたようだ。
「残りの時間は魔女のお茶会だよ~」
 シズゥがティーカップに注いでくれたお茶は、黄緑色をしていた。
 紅茶にしては色がうすく、緑茶にしては黄みがかっている。
 モチコが黒ぶちメガネを曇らせながらカップをのぞくと、湯気から甘い香りがした。
「このお茶もすごくいい香りですね。甘い香りがします」
「今回はリサが好きなお茶にしたよ~。何のお茶だと思う~?」
「うーん。前回のアールグレイじゃないことは分かります」
 お茶に詳しくないモチコの精いっぱいの回答だ。
 ひとくち飲んでみると、甘くてやわらかい香りがふわっと広がった。
 この香りは、どこかで知っている香りだ……。ええと――。
「あ! 桃、ですね」
「正解よ、モチコちゃん。これは白桃烏龍茶なの」
「ハクトウウーロン茶。なるほど」
 たしかに、言われてみるとウーロン茶だ。
 最初にふわりと来る華やかな白桃の香りはスッと消えて、すぐにウーロン茶のさっぱりとした後味だけが残る。
 桃のフレーバーもしっかり楽しめるのに、甘さが残らないから飲みやすい。
 シズゥによると、茶葉の発酵度合いが低いと黄色っぽいお茶になるらしい。
 そのあとは3人で世間話をしながら、コロッケの残りと一緒にお茶を楽しんだ。
 残り2枚のコロッケのうち、1枚はリサが、もう1枚をシズゥとモチコが半分に分けて食べた。
 リサ以外のふたりはさっきも食べたので半分で充分だ。
 リサはコロッケを両手で持ちながら、小さい口で少しづつ食べている。
 シズゥはひとくちごとに「うま~」といいながら、本当においしそうに頬張っていた。
 揚げ物のコロッケと、さっぱりした白桃烏龍茶の相性が良くて、モチコもぺろりと食べてしまった。
 そのあと全員がコロッケを食べ終わるころには、白桃烏龍茶をみんなで2杯ずつ飲み干していた。
「ありゃ~。白桃烏龍茶の葉っぱのストックが無くなっちゃったねえ~。隊長に今度きいてみるかあ~」
「隊長?」
「モチコちゃんはまだ会ったことがなかったわね。私たち白組を含めて、全部で6つのチームをまとめている隊長よ」
「隊長は赤組のアルビレオだよ~」
 赤組と聞いてモチコは思い出した。たしかマルシャが赤いスカーフをしていたな。
 ということは、隊長はマルシャの相方か。
 そういえば、まだ他の組のメンバーにはほとんど会ったことがない。
 ちゃんと話したのはマルシャとチャンチャルくらいだ。
 朝番と交代するときも、引継ぎはリサとシズゥがやっておいてくれる。
 ほかの組の、リサとシズゥの役職にあたる人――ナビゲーターとディスパッチャーになら、すれ違う時に挨拶くらいはしたことがある。
 だが、アルビレオは全く見かけなかった。
 どのチームのアルビレオも、台風が退勤まぎわに迫っていなければ早めにあがってしまうのだろう。
「お、みんなお茶の最中かな?」
 と、そこに、螺旋階段を上ってきたミライアが声をかけてきた。
(後編へ続く)