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303 嬉しくて楽しいことしかなかったはずなのに

ー/ー



 修学旅行実行委員の藤城皐月(ふじしろさつき)筒井美耶(つついみや)は窓際にある美耶の席に移動した。美耶の前の月花博紀(げっかひろき)の席が空いたので、皐月は博紀の席に座った。
 皐月と美耶を見て、帰りの会でバスレクをしたいと言った新倉美優(にいくらみゆ)と、友人の伊藤恵里沙(いとうえりさ)長谷村菜央(はせむらなお)が皐月たちのところへやってきた。
「ねえ、さっきのバスレクのことなんだけど、もうやることって決まってるの?」
 帰りのバスで流す好きな曲でも伝えに来たのかと思ったら、バスレクの話だった。
「いや、これから筒井と話し合って決めようかなって思ってるんだけど」
「じゃあさ、一つ提案があるんだけど、いいかな?」
 皐月は、美優たちと特別親しいわけではない。美優はクラスの誰とでも親しくしているが、誰とも距離を取っているように見える。
 皐月には美優が一緒にいる恵里沙や菜央にも完全に心を開いていないように感じている。その辺りは自分と似ているなと、皐月は美優にシンパシーを感じている。
 最近の美優はインスタだけでなく、動画投稿も始めたようで、ヒラヒラ踊った動画をネットに上げている。再生回数も多く、人気の投稿者だ。
 美優の影響で恵里沙と菜央もインスタをやっているが、二人はアカウントに鍵をかけている。皐月は美優のインスタをフォローしているが、恵里沙と菜央の投稿は見られない。

「バスレクの提案? いいよ、助かる〜。で、新倉さんたちは何をやりたいの?」
「遊びの名前はわかんないんだけど、『いつどこで誰が何をした』っていう、短い文を作るやつ。わかる?」
「あ〜、わかる。俺は『誰と誰がどこで何をした』ってやつなら、バスレク探しでチェックしてた」
「そうそうそうそう、それそれ! 藤城君の言う『誰と誰が』の方が『いつどこで』よりも面白そうじゃん。それ、やろ?」
「いいよ。バスレクすぐに決まってラッキー。筒井も『誰と誰がどこで何をした』でいいよね?」
「ねえ……私、二人が何を言ってるのかわかんないんだけど……」
「あ、(わり)ぃ悪ぃ。説明するわ」

 この遊びは「誰」と「誰」が「どこ」で「何をした」を紙に書き、それぞれの項目をランダムに取り出して短い文を作る遊びだ。
「例えばね、『美耶ちゃん』と、『藤城君』が、『校舎の屋上』で、『キスをした』とか」
「ヤダー! もう……」
「照れる美耶ちゃん、かわいい〜!」
 恵里沙と菜央が美耶の反応を見て大喜びしていた。
 美耶は女子の間で人気がある。クラスの女子は真っ赤な顔をして照れる美耶を見たくて、よくこうして皐月と美耶をくっつけようとして遊ぶ。
 皐月はそんな女子たちのいじりに寛容で、反抗しないで好きなように言わせている。皐月は美耶の自分への好意を見るのが照れくさいだけで、からかわれることは嫌いではない。

「新倉さん、見たの?」
「えっ?」
「俺たちが屋上でキスしてたの」
「嘘っ! 本当にキスしてたの?」
 美優たちの驚きようが面白い。目を大きく見開いて、口を大きく開けて、漫画のような顔をしている。皐月がこんなに驚く美優たちを見たのは初めてだ。
「ちょっと藤城君、やめてよ〜。それって、二人の秘密でしょ?」
「あっ、そうだった。忘れてた」
 美耶の冗談に恵里沙と菜央が歓声を上げた。うるさい声が教室中に響き渡った。美耶は照れながらも冗談で返してくれるから面白い。
「ねえ、美耶ちゃん。本当に藤城君とキスしてたの?」
 伊藤恵里沙が真顔になって美耶に聞く。
「するわけねーだろ。冗談に決まってんじゃん。な、筒井」
「え〜っ? なんでしてないって嘘つくの? 私、藤城君の熱い口づけでメロメロになったのに〜」
 長谷村菜央が美耶のモノマネをして笑いを取ると、みんなにつられて皐月も笑ってしまった。楽しそうに笑っている美耶を見ていると、美耶とキスしても大丈夫なんじゃないかという気がした。
 皐月は昼休みに栗林真理(くりばやしまり)と教材室でキスをしたことを思い出した。こんな話をしていると美耶ともキスしたくなってしまうので、話を修学旅行に戻し、冷静になろうと思った。

「じゃあ、バスレクは『誰と誰がどこで何をした』でいいか。これに『いつ』を加えて、『いつどこで誰と誰が何をした』っていう、新倉さんのアイデアと合体したのにするのはどう?」
「そうなると『放課後』、『校舎の屋上』で、『美耶ちゃん』と、『藤城君』が、『キスをした』っていう感じになるね」
「もうその話はいいよ〜」
 美耶が恥ずかしがって、菜央の悪ノリを止めた。
「項目が一つ増えちゃうけど、大丈夫? 面倒じゃない?」
 美優はまともに修学旅行実行委員のことを心配した。美優はこういう真面目さと優しさがあるし、空気を読む能力もある。
「まあ、これくらいなら大丈夫だろ。『誰と誰』はクラス全員の名前を使うってことにすれば、当日バスの中でみんなに書いてもらわなくてもいいし」
「そう? ならいいけど。何か手伝えることがあったら言ってね。私たち、手伝うから」
「ありがとう。何かあったら手伝ってもらうわ」
「よかった。これで藤城君の『バスレク係やる?』っていう依頼を少しは果たせたかな」
「新倉さんは義理堅いね。アイデアを出してくれただけでも感謝してるよ。だって面白いって思う人がいることがわかったから」

 美優たち三人は皐月と美耶を残して先に下校した。教室に残ったのは皐月と美耶の二人だけになった。皐月たちはバスレクの打ち合わせを続けた。
「バスレクなんだけどさ、新倉さんが提案してくれたのだけで、前島先生が言った30分の制限時間くらい経っちゃうんじゃないかな? だったら、もうこれ以上考えなくてもいいと思うんだけど、筒井はどう思う?」
「う〜ん。そうかもしれないね〜。藤城君は何か他にバスレク考えてたの? 私、音楽を流すだけでいいかな〜って思ってたから、何も考えてなかったよ〜」
「俺はいくつか考えていたけど、どれもイマイチだったな。面白そうでも、当日の段取りが面倒だとか。イントロ当てクイズなんかいいなって思ったよ。事前に準備をしておけば案外楽だなって思った」
「イントロ当てクイズもやる?」
「まあ、一応バックアップとして準備だけはしておくか。じゃあ、どの曲を問題にするか決めておこうか」
 皐月と美耶は二人だけで教室に残り、イントロ当てクイズの曲を決めてから教室を出た。

 この日は校門で美耶と別れて、皐月は一人で通学路を歩いた。もう学校帰りは誰とも一緒に帰りたくなかった。女子と二人でいるところを誰にも見られたくないからだ。
 今日は朝から及川祐希(おいかわゆうき)と喫茶店に行った。初めて学校で栗林真理とキスをした。その直後に入屋千智と遊び、放課後は新倉美優や長谷村菜央に美耶とのことを煽られた。
 皐月は疲れていた。一人で通学路を歩いていると、今までに感じたことのないくらい気持ちが沈んできた。夏休みの終わりから今日までの間、嬉しくて楽しいことしかなかったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
 狭い路地を抜け、豊川稲荷のスクランブル交差点までやって来た。皐月は一人で歩いているうちに孤独の心地良さを感じ始めていた。このまま家に帰らずに、豊川稲荷の境内で少し時間を潰してから家に帰ることにした。



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 修学旅行実行委員の|藤城皐月《ふじしろさつき》と|筒井美耶《つついみや》は窓際にある美耶の席に移動した。美耶の前の|月花博紀《げっかひろき》の席が空いたので、皐月は博紀の席に座った。
 皐月と美耶を見て、帰りの会でバスレクをしたいと言った|新倉美優《にいくらみゆ》と、友人の|伊藤恵里沙《いとうえりさ》と|長谷村菜央《はせむらなお》が皐月たちのところへやってきた。
「ねえ、さっきのバスレクのことなんだけど、もうやることって決まってるの?」
 帰りのバスで流す好きな曲でも伝えに来たのかと思ったら、バスレクの話だった。
「いや、これから筒井と話し合って決めようかなって思ってるんだけど」
「じゃあさ、一つ提案があるんだけど、いいかな?」
 皐月は、美優たちと特別親しいわけではない。美優はクラスの誰とでも親しくしているが、誰とも距離を取っているように見える。
 皐月には美優が一緒にいる恵里沙や菜央にも完全に心を開いていないように感じている。その辺りは自分と似ているなと、皐月は美優にシンパシーを感じている。
 最近の美優はインスタだけでなく、動画投稿も始めたようで、ヒラヒラ踊った動画をネットに上げている。再生回数も多く、人気の投稿者だ。
 美優の影響で恵里沙と菜央もインスタをやっているが、二人はアカウントに鍵をかけている。皐月は美優のインスタをフォローしているが、恵里沙と菜央の投稿は見られない。
「バスレクの提案? いいよ、助かる〜。で、新倉さんたちは何をやりたいの?」
「遊びの名前はわかんないんだけど、『いつどこで誰が何をした』っていう、短い文を作るやつ。わかる?」
「あ〜、わかる。俺は『誰と誰がどこで何をした』ってやつなら、バスレク探しでチェックしてた」
「そうそうそうそう、それそれ! 藤城君の言う『誰と誰が』の方が『いつどこで』よりも面白そうじゃん。それ、やろ?」
「いいよ。バスレクすぐに決まってラッキー。筒井も『誰と誰がどこで何をした』でいいよね?」
「ねえ……私、二人が何を言ってるのかわかんないんだけど……」
「あ、|悪《わり》ぃ悪ぃ。説明するわ」
 この遊びは「誰」と「誰」が「どこ」で「何をした」を紙に書き、それぞれの項目をランダムに取り出して短い文を作る遊びだ。
「例えばね、『美耶ちゃん』と、『藤城君』が、『校舎の屋上』で、『キスをした』とか」
「ヤダー! もう……」
「照れる美耶ちゃん、かわいい〜!」
 恵里沙と菜央が美耶の反応を見て大喜びしていた。
 美耶は女子の間で人気がある。クラスの女子は真っ赤な顔をして照れる美耶を見たくて、よくこうして皐月と美耶をくっつけようとして遊ぶ。
 皐月はそんな女子たちのいじりに寛容で、反抗しないで好きなように言わせている。皐月は美耶の自分への好意を見るのが照れくさいだけで、からかわれることは嫌いではない。
「新倉さん、見たの?」
「えっ?」
「俺たちが屋上でキスしてたの」
「嘘っ! 本当にキスしてたの?」
 美優たちの驚きようが面白い。目を大きく見開いて、口を大きく開けて、漫画のような顔をしている。皐月がこんなに驚く美優たちを見たのは初めてだ。
「ちょっと藤城君、やめてよ〜。それって、二人の秘密でしょ?」
「あっ、そうだった。忘れてた」
 美耶の冗談に恵里沙と菜央が歓声を上げた。うるさい声が教室中に響き渡った。美耶は照れながらも冗談で返してくれるから面白い。
「ねえ、美耶ちゃん。本当に藤城君とキスしてたの?」
 伊藤恵里沙が真顔になって美耶に聞く。
「するわけねーだろ。冗談に決まってんじゃん。な、筒井」
「え〜っ? なんでしてないって嘘つくの? 私、藤城君の熱い口づけでメロメロになったのに〜」
 長谷村菜央が美耶のモノマネをして笑いを取ると、みんなにつられて皐月も笑ってしまった。楽しそうに笑っている美耶を見ていると、美耶とキスしても大丈夫なんじゃないかという気がした。
 皐月は昼休みに|栗林真理《くりばやしまり》と教材室でキスをしたことを思い出した。こんな話をしていると美耶ともキスしたくなってしまうので、話を修学旅行に戻し、冷静になろうと思った。
「じゃあ、バスレクは『誰と誰がどこで何をした』でいいか。これに『いつ』を加えて、『いつどこで誰と誰が何をした』っていう、新倉さんのアイデアと合体したのにするのはどう?」
「そうなると『放課後』、『校舎の屋上』で、『美耶ちゃん』と、『藤城君』が、『キスをした』っていう感じになるね」
「もうその話はいいよ〜」
 美耶が恥ずかしがって、菜央の悪ノリを止めた。
「項目が一つ増えちゃうけど、大丈夫? 面倒じゃない?」
 美優はまともに修学旅行実行委員のことを心配した。美優はこういう真面目さと優しさがあるし、空気を読む能力もある。
「まあ、これくらいなら大丈夫だろ。『誰と誰』はクラス全員の名前を使うってことにすれば、当日バスの中でみんなに書いてもらわなくてもいいし」
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 美優たち三人は皐月と美耶を残して先に下校した。教室に残ったのは皐月と美耶の二人だけになった。皐月たちはバスレクの打ち合わせを続けた。
「バスレクなんだけどさ、新倉さんが提案してくれたのだけで、前島先生が言った30分の制限時間くらい経っちゃうんじゃないかな? だったら、もうこれ以上考えなくてもいいと思うんだけど、筒井はどう思う?」
「う〜ん。そうかもしれないね〜。藤城君は何か他にバスレク考えてたの? 私、音楽を流すだけでいいかな〜って思ってたから、何も考えてなかったよ〜」
「俺はいくつか考えていたけど、どれもイマイチだったな。面白そうでも、当日の段取りが面倒だとか。イントロ当てクイズなんかいいなって思ったよ。事前に準備をしておけば案外楽だなって思った」
「イントロ当てクイズもやる?」
「まあ、一応バックアップとして準備だけはしておくか。じゃあ、どの曲を問題にするか決めておこうか」
 皐月と美耶は二人だけで教室に残り、イントロ当てクイズの曲を決めてから教室を出た。
 この日は校門で美耶と別れて、皐月は一人で通学路を歩いた。もう学校帰りは誰とも一緒に帰りたくなかった。女子と二人でいるところを誰にも見られたくないからだ。
 今日は朝から|及川祐希《おいかわゆうき》と喫茶店に行った。初めて学校で栗林真理とキスをした。その直後に入屋千智と遊び、放課後は新倉美優や長谷村菜央に美耶とのことを煽られた。
 皐月は疲れていた。一人で通学路を歩いていると、今までに感じたことのないくらい気持ちが沈んできた。夏休みの終わりから今日までの間、嬉しくて楽しいことしかなかったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
 狭い路地を抜け、豊川稲荷のスクランブル交差点までやって来た。皐月は一人で歩いているうちに孤独の心地良さを感じ始めていた。このまま家に帰らずに、豊川稲荷の境内で少し時間を潰してから家に帰ることにした。