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あなたの幸せを願ってる...…

ー/ー



 新薬ロストメモリーは記憶の消去が出来る。フラッシュバックに苦しむ人に感情と記憶を切り離すために開発された薬だ。

 みんな忘れたい過去、忘れたい感情、忘れたい感覚がある。

 感情と感覚の繋がりは厄介で、消したい記憶の部分を消しても、思い出して苦しんだ過去があればその記憶も消さなければならない。記憶が無いから思い出さないけど、感覚だけ蘇るからだ。

 そこで、大部分を消し幼少期や小学生まで戻ることになる。……私は恐れた。

 ネガティブだけど優しく面倒見の良い姉。優しすぎて空回りするのもご愛嬌。そんなだから損もしちゃうし、けどあんまり気にしていないお姉ちゃん。

「私みたいに苦しんでる人の少しでも光に、希望の星になれたらなって。大袈裟かな? 誰かの役に立ちたいの……あ、これも私なんか言ってもいいかな」

 そう言って自分の個性と向き合って発信していき、緩やかに生活する様子をインスタにあげていた姉。

「なれるよ希望の星! やってみなきゃ何も始まらないでしょ。お姉ちゃんなら出来る」

 事故後も、いつも通り励ましていた私は姉が深刻にずっと苦しんでいた事を知った。

「……私ね、ロスト・メモリーの同意書にサインした」
「え、何で。……あんな怪しい謳い|《うた》文句だよ!?」
「香音には分からないわよ! 私の気持ちなんて……」
「……お姉ちゃん」

 初めて吐露|《とろ》された言葉だった。

「分かってる……香音が私を心配して言ってくれてるって。世の中、もっと苦しい人がいるのに贅沢言っちゃいけないことも。けどね、ダメなのよ。なんの意味もない人生だったなんて嫌なの……」

 分からなかった。人生に意味を求めてるなんて……意味なんてなくたって良いじゃない。私や両親はお姉ちゃんにただ生きてほしい、それだけで幸せなのに。

「人間の欲深さは底知れないわね……」
「ま、待って……」
「大丈夫、記憶を失ったって家族は分かるわよ。いつも通りに接してくれたら……香音も私に優しいからすぐ打ち解ける。だって記憶失ったって『私』なんだから」

──打ち解けなかったよ……お姉ちゃん。

 お姉ちゃんが意地悪な男の子から守ってくれた、プールで遊んだ、転んで怪我した私を背負ってくれた夕暮れ。時に喧嘩もしたけど、お互い服を前後ろ逆に着て家族で笑いあった日も……全部無いんだ。

 私達の過ごした時間は無かった事になるんだ……。

 両親は最初、変わった姉に戸惑っていたけど明るく楽しそうに生きる姉の姿に、徐々に何も言わなくなった。元からそうだとするように姉に合わせるようになった。

 私も……そうしようかな。そうすれば、私のこの記憶も上書きされるかな。私も忘れたい。忘れられるのがこんなに辛いなら……ロスト・メモリーしたい。けど私は家族がいるからしない。大切な記憶だから忘れたくない。

 ああ、お姉ちゃんもこうして苦しんでたのかな。葛藤して決断したのかな。

 もしそうなら……そこでようやく私は姉が差し出したグラスを受け取った。

「お姉ちゃん、今まで口酸っぱく言ってごめんね。心配し過ぎてた……」

 さようなら、お姉ちゃん。はじめましてお姉ちゃん。貴方の幸せを願ってる──

「……なんだ、そうだったの! ふふっビックリ。応援よろしくね〜香音ちゃん」
「お母さんもお父さんも、私達家族はお姉ちゃんに何があっても味方だからね」



 何か分からないけど妹との誤解が解けたようで、私の気分は上がった。

 ほら、全部上手くいく。私はラッキーガール。香音ちゃんと二人で会場の人々を見て微笑んだ。

「私は幸せ者だわ。ラッキーな人生よ。そうでしょ────香音ちゃん」
「うん!」

 後ろを見過ぎたら、つまずいちゃう。歩く道を見据えて前を向いて生きましょ────


◇◇◇

「おや、今回も成功かな? 鈴木先生」

 静かに人知れず会場の外に白い車が停まりドアが開き、鈴木と呼ばれた男は無言で後部座席に乗り込んだ。

「幸せのための記憶消去。毒薬か良薬かは、あなた次第。なーんて怪しい謳い文句、よく一般人の彼女がサインしたねぇ」

 一般人。そう、それ以外には有効的に使われている。本人の同意は必要としない場合も……。

「……悩みの深さは人によるんだろう。おかげで一般人にも適用可能というデータが取れた」

 荷物を横に置いた鈴木は窓の外を眺めて答えたが、それに僅かな哀愁を感じて運転手は後ろに身を乗り出し声をかける。

「ふーん。記憶って人格を形成してるのか? ずいぶん性格違ったけど。まあ彼女が幸せならそれで良いけどさ」
「…………」

 鈴木は紅葉並木を歩く人々に、どこか懐かしい人間2人の寄り添う幻影を見た気がした。

「大丈夫か?」
「……ああ」

 妙な既視感を覚えてジッと見つめていたが声をかけられ、意識を腕の端末に寄越した。端末には時間が大きく点滅表示されている。

「15:50分、任務完了。なんの問題もないさ」
「それならいいさ。じゃ、車出しますよ」


『ロスト・メモリー、幸せのための記憶消去。毒薬か良薬かは、あなた次第』

End.




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 新薬ロストメモリーは記憶の消去が出来る。フラッシュバックに苦しむ人に感情と記憶を切り離すために開発された薬だ。
 みんな忘れたい過去、忘れたい感情、忘れたい感覚がある。
 感情と感覚の繋がりは厄介で、消したい記憶の部分を消しても、思い出して苦しんだ過去があればその記憶も消さなければならない。記憶が無いから思い出さないけど、感覚だけ蘇るからだ。
 そこで、大部分を消し幼少期や小学生まで戻ることになる。……私は恐れた。
 ネガティブだけど優しく面倒見の良い姉。優しすぎて空回りするのもご愛嬌。そんなだから損もしちゃうし、けどあんまり気にしていないお姉ちゃん。
「私みたいに苦しんでる人の少しでも光に、希望の星になれたらなって。大袈裟かな? 誰かの役に立ちたいの……あ、これも私なんか言ってもいいかな」
 そう言って自分の個性と向き合って発信していき、緩やかに生活する様子をインスタにあげていた姉。
「なれるよ希望の星! やってみなきゃ何も始まらないでしょ。お姉ちゃんなら出来る」
 事故後も、いつも通り励ましていた私は姉が深刻にずっと苦しんでいた事を知った。
「……私ね、ロスト・メモリーの同意書にサインした」
「え、何で。……あんな怪しい謳い|《うた》文句だよ!?」
「香音には分からないわよ! 私の気持ちなんて……」
「……お姉ちゃん」
 初めて吐露|《とろ》された言葉だった。
「分かってる……香音が私を心配して言ってくれてるって。世の中、もっと苦しい人がいるのに贅沢言っちゃいけないことも。けどね、ダメなのよ。なんの意味もない人生だったなんて嫌なの……」
 分からなかった。人生に意味を求めてるなんて……意味なんてなくたって良いじゃない。私や両親はお姉ちゃんにただ生きてほしい、それだけで幸せなのに。
「人間の欲深さは底知れないわね……」
「ま、待って……」
「大丈夫、記憶を失ったって家族は分かるわよ。いつも通りに接してくれたら……香音も私に優しいからすぐ打ち解ける。だって記憶失ったって『私』なんだから」
──打ち解けなかったよ……お姉ちゃん。
 お姉ちゃんが意地悪な男の子から守ってくれた、プールで遊んだ、転んで怪我した私を背負ってくれた夕暮れ。時に喧嘩もしたけど、お互い服を前後ろ逆に着て家族で笑いあった日も……全部無いんだ。
 私達の過ごした時間は無かった事になるんだ……。
 両親は最初、変わった姉に戸惑っていたけど明るく楽しそうに生きる姉の姿に、徐々に何も言わなくなった。元からそうだとするように姉に合わせるようになった。
 私も……そうしようかな。そうすれば、私のこの記憶も上書きされるかな。私も忘れたい。忘れられるのがこんなに辛いなら……ロスト・メモリーしたい。けど私は家族がいるからしない。大切な記憶だから忘れたくない。
 ああ、お姉ちゃんもこうして苦しんでたのかな。葛藤して決断したのかな。
 もしそうなら……そこでようやく私は姉が差し出したグラスを受け取った。
「お姉ちゃん、今まで口酸っぱく言ってごめんね。心配し過ぎてた……」
 さようなら、お姉ちゃん。はじめましてお姉ちゃん。貴方の幸せを願ってる──
「……なんだ、そうだったの! ふふっビックリ。応援よろしくね〜香音ちゃん」
「お母さんもお父さんも、私達家族はお姉ちゃんに何があっても味方だからね」
 何か分からないけど妹との誤解が解けたようで、私の気分は上がった。
 ほら、全部上手くいく。私はラッキーガール。香音ちゃんと二人で会場の人々を見て微笑んだ。
「私は幸せ者だわ。ラッキーな人生よ。そうでしょ────香音ちゃん」
「うん!」
 後ろを見過ぎたら、つまずいちゃう。歩く道を見据えて前を向いて生きましょ────
◇◇◇
「おや、今回も成功かな? 鈴木先生」
 静かに人知れず会場の外に白い車が停まりドアが開き、鈴木と呼ばれた男は無言で後部座席に乗り込んだ。
「幸せのための記憶消去。毒薬か良薬かは、あなた次第。なーんて怪しい謳い文句、よく一般人の彼女がサインしたねぇ」
 一般人。そう、それ以外には有効的に使われている。本人の同意は必要としない場合も……。
「……悩みの深さは人によるんだろう。おかげで一般人にも適用可能というデータが取れた」
 荷物を横に置いた鈴木は窓の外を眺めて答えたが、それに僅かな哀愁を感じて運転手は後ろに身を乗り出し声をかける。
「ふーん。記憶って人格を形成してるのか? ずいぶん性格違ったけど。まあ彼女が幸せならそれで良いけどさ」
「…………」
 鈴木は紅葉並木を歩く人々に、どこか懐かしい人間2人の寄り添う幻影を見た気がした。
「大丈夫か?」
「……ああ」
 妙な既視感を覚えてジッと見つめていたが声をかけられ、意識を腕の端末に寄越した。端末には時間が大きく点滅表示されている。
「15:50分、任務完了。なんの問題もないさ」
「それならいいさ。じゃ、車出しますよ」
『ロスト・メモリー、幸せのための記憶消去。毒薬か良薬かは、あなた次第』
End.