115. 震える体温

ー/ー



 ガチャッガチャッ、ガチャッガチャッ!

 騎士たちの足音が近づいてくる。無骨な重い足音が祠の前を通り過ぎようとして止まった。レオンの心臓が激しく波打つ。シエルの手が震えた。

「くそっ! 見失った!」

 一人の騎士が悔しそうに叫ぶ。

「お前はあっちだ!」「了解(ラジャー)!」

 バタバタと散開していく足音。レオンはまだ動かない。シエルはぎゅっとレオンにしがみつく――――。

 足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった。それでもしばらく待つ。一分、二分と時間が過ぎていく。

「うちの騎士団……ギルバートまで……」

 シエルが頭を抱える。その声が震えている。

「ついに、見つかっちゃった……もう、逃げられない……」

 その言葉にレオンの胸が締め付けられた。シエルはずっと、この日が来ることを恐れていた。家に連れ戻される日。自由を奪われる日。また『商品』として扱われる日。

「大丈夫」

 レオンはシエルを抱きしめた。ぎゅっと、温かく、しっかりと。

「絶対に守り切るから」

 耳元で囁く。その言葉にシエルの体が少しだけ力を抜いた。

「……ありがとう……」

 シエルは涙目で小さく頷く――。

 けれどレオンの心は穏やかではなかった。【運命鑑定】を失った今の自分に、最善の選択肢は見えない。ただ全力を尽くすしかないのだ。

 シエルの銀髪が頬に触れ、その震える体温が伝わってくる。この温もりは、絶対に守る!

「行こう。みんなが待ってる」

「……うん」

 レオンが手を差し出すと、シエルはその手をしっかりと握った。碧眼には恐怖と不安の中にも、レオンへの信頼の光が宿っている。

 二人は再び走り出した。追手の声が遠くから聞こえる。けれど二人は諦めなかった。希望が待つ場所へ、必ず辿り着いてみせる――――。


       ◇


 レオンは事前に調査しておいた、フェンスの壊れた場所を抜けた。そこから民家の庭に侵入する。洗濯物が干され、シーツが風に揺れている。その間を二人は駆け抜けた。

「あら!?」

 庭にいた主婦が驚いて声を上げる。

「すみません! 通ります!」

 レオンは謝りながら走る。裏口から路地に出て、また民家の庭を走る。シエルの手を引いて道なき道を、ただひたすらに駆けていく。

 息が上がる。喉が渇く。足が痛い。けれど止まらない。止まれない。背後からまだ追ってくる気配がある。鎧の音が、じわじわと近づいてくる。

 ピィィィィ!

「いたぞーー! あそこだ!」

 時計台の上から指示が飛ぶ。さすが王国最強の騎士団、包囲探索能力も想像以上だった。

「くそっ! しつこい……!」

 レオンの額に汗が滲む。シエルも必死についてきている。その顔は汗と涙で濡れていた。

 やがて二人がたどり着いたのは、木々が茂る街で最も大きな公園だった。

「シエル! あの一番高い木の上に!」

「分かった!」

 シエルは弓を背負い直すと、しなやかな動きで大木の幹を駆け上がった。まるでリスのように軽やかに枝から枝へと飛び移り、あっという間に木の上に姿を消す。

 レオンも不器用に木を登り始める。

「レオン! 手を!」

 シエルが手を伸ばしてくれた手を掴み、引っ張り上げてもらう。

 ようやく太い枝の上にたどり着いて、やれやれという感じで息を整えるレオン。

 木の葉がいい感じに二人を隠してくれていた。

 次々と公園になだれ込んでくる騎士たち。その数、およそ三十。ガシャ、ガシャ、ガシャと重い足音が響く。

「どこだぁ!?」「探せぇ! 遠くへは行ってないはずだ!」

 怒号が飛び交い、騎士たちが公園中を探し回っている。

 木の上でレオンとシエルは身を寄せ合った。レオンがシエルを抱きしめ、シエルもレオンにしがみつく。二人の体温が重なり、心臓の音が聞こえる。ドクン、ドクン、ドクンと、二人とも激しく波打っている。

 息を殺し、身じろぎもせず、ただ通り過ぎるのを待った。シエルの銀髪がレオンの頬に触れる。その髪は汗で湿っていた。レオンの腕の中で、シエルが小刻みに震えている。レオンはシエルを抱く腕に力を込めた。大丈夫、絶対に守る。そう無言で伝える。

 時間が永遠のように感じられた。下では騎士たちが草むらを探り、茂みを調べ、噴水の裏を確認している。

 頼む、気づかないでくれ。

 レオンは心の中で祈った――――。


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 ガチャッガチャッ、ガチャッガチャッ!
 騎士たちの足音が近づいてくる。無骨な重い足音が祠の前を通り過ぎようとして止まった。レオンの心臓が激しく波打つ。シエルの手が震えた。
「くそっ! 見失った!」
 一人の騎士が悔しそうに叫ぶ。
「お前はあっちだ!」「|了解《ラジャー》!」
 バタバタと散開していく足音。レオンはまだ動かない。シエルはぎゅっとレオンにしがみつく――――。
 足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった。それでもしばらく待つ。一分、二分と時間が過ぎていく。
「うちの騎士団……ギルバートまで……」
 シエルが頭を抱える。その声が震えている。
「ついに、見つかっちゃった……もう、逃げられない……」
 その言葉にレオンの胸が締め付けられた。シエルはずっと、この日が来ることを恐れていた。家に連れ戻される日。自由を奪われる日。また『商品』として扱われる日。
「大丈夫」
 レオンはシエルを抱きしめた。ぎゅっと、温かく、しっかりと。
「絶対に守り切るから」
 耳元で囁く。その言葉にシエルの体が少しだけ力を抜いた。
「……ありがとう……」
 シエルは涙目で小さく頷く――。
 けれどレオンの心は穏やかではなかった。【運命鑑定】を失った今の自分に、最善の選択肢は見えない。ただ全力を尽くすしかないのだ。
 シエルの銀髪が頬に触れ、その震える体温が伝わってくる。この温もりは、絶対に守る!
「行こう。みんなが待ってる」
「……うん」
 レオンが手を差し出すと、シエルはその手をしっかりと握った。碧眼には恐怖と不安の中にも、レオンへの信頼の光が宿っている。
 二人は再び走り出した。追手の声が遠くから聞こえる。けれど二人は諦めなかった。希望が待つ場所へ、必ず辿り着いてみせる――――。
       ◇
 レオンは事前に調査しておいた、フェンスの壊れた場所を抜けた。そこから民家の庭に侵入する。洗濯物が干され、シーツが風に揺れている。その間を二人は駆け抜けた。
「あら!?」
 庭にいた主婦が驚いて声を上げる。
「すみません! 通ります!」
 レオンは謝りながら走る。裏口から路地に出て、また民家の庭を走る。シエルの手を引いて道なき道を、ただひたすらに駆けていく。
 息が上がる。喉が渇く。足が痛い。けれど止まらない。止まれない。背後からまだ追ってくる気配がある。鎧の音が、じわじわと近づいてくる。
 ピィィィィ!
「いたぞーー! あそこだ!」
 時計台の上から指示が飛ぶ。さすが王国最強の騎士団、包囲探索能力も想像以上だった。
「くそっ! しつこい……!」
 レオンの額に汗が滲む。シエルも必死についてきている。その顔は汗と涙で濡れていた。
 やがて二人がたどり着いたのは、木々が茂る街で最も大きな公園だった。
「シエル! あの一番高い木の上に!」
「分かった!」
 シエルは弓を背負い直すと、しなやかな動きで大木の幹を駆け上がった。まるでリスのように軽やかに枝から枝へと飛び移り、あっという間に木の上に姿を消す。
 レオンも不器用に木を登り始める。
「レオン! 手を!」
 シエルが手を伸ばしてくれた手を掴み、引っ張り上げてもらう。
 ようやく太い枝の上にたどり着いて、やれやれという感じで息を整えるレオン。
 木の葉がいい感じに二人を隠してくれていた。
 次々と公園になだれ込んでくる騎士たち。その数、およそ三十。ガシャ、ガシャ、ガシャと重い足音が響く。
「どこだぁ!?」「探せぇ! 遠くへは行ってないはずだ!」
 怒号が飛び交い、騎士たちが公園中を探し回っている。
 木の上でレオンとシエルは身を寄せ合った。レオンがシエルを抱きしめ、シエルもレオンにしがみつく。二人の体温が重なり、心臓の音が聞こえる。ドクン、ドクン、ドクンと、二人とも激しく波打っている。
 息を殺し、身じろぎもせず、ただ通り過ぎるのを待った。シエルの銀髪がレオンの頬に触れる。その髪は汗で湿っていた。レオンの腕の中で、シエルが小刻みに震えている。レオンはシエルを抱く腕に力を込めた。大丈夫、絶対に守る。そう無言で伝える。
 時間が永遠のように感じられた。下では騎士たちが草むらを探り、茂みを調べ、噴水の裏を確認している。
 頼む、気づかないでくれ。
 レオンは心の中で祈った――――。