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ep.17 横奪2

ー/ー



「アァアァァアアァッ!」

 魔獣(マインドイーター)が吼える。その後も追いかけては躱され、追いかけては躱され、ギリギリのところで必殺の閃光はすべて回避され続けていた。
 度重なる対峙。逃げ続けるだけの弱者。一向に倒れないその羽虫の如き障害に、赤く黒い怒りの感情を募らせていた。

「うるせえな。まあ、そう吼えるなよ。ギャーギャー喚くのは近所のクソガキだけで間に合ってんだ。お前は殺す。必ず殺す。端っから逃げおおせるってんなら見逃したが、攻撃の意思を見せるんなら容赦しねえ。そう決めてんだ」

 ダメ押しの挑発。

「ゥウゥウウゥアァアァァアアァッ!」

 怒りをエネルギーに、空間を制圧、侵食していく。目視できるほどの光の束が収束し、大気がざわめき、空気がひび割れたように悲鳴を上げる。
 魔獣(マインドイーター)の口が開き、これまでで一番の質量をもった溜めらしい“予兆”を見せる。

「待ってたぜ“ソレ”をよ」

 青年は在るはずのない右腕を目の前に翳す。

異能(アクト) 偽装錬環(ぎそうれんかん)『Deceive liberal』。お前の“怒気(ソレ)(もら)ってく」

 偽装錬環『Deceive liberal』

 周りの負の感情を貪り現実を塗り替える(アクト)。これといった制約や制限はないものの、条件を満たさないと効力を発揮できない特殊な性質を持っている。

 異能(アクト)を解放した青年の腕が細胞単位でみるみると再生していく。それと反比例するように魔獣(マインドイーター)の溜めていた超密度のエネルギー、そして怒りの感情が収縮していく。

「ァ……ァ……ア?」

 完全に再生した右腕が光を帯びる。再び空気がひび割れ悲鳴を上げ始める。それは先ほどまで魔獣(マインドイーター)が溜めていた力の奔流。

「異能の開示。お前にゃいらねえよな?」

 カァ――――ッ!!
 照射されるは殲滅の光。辺りを光で埋め尽くし放たれた光線は魔獣(マインドイーター)の中心を貫き、その体に丸く穿たれた空洞を残した。

「ァ……?」

 殺意を振りまき暴れていた人型の魔獣(マインドイーター)にはすでに戦意はない。
 怒りの感情はすべて“奪われて”しまったから。
 攻撃をかわす余力もない。否、回避をするという動作すらも取ることはできない。
 戦う意志すらすべて“奪われて”しまったから。
 眼前の哀れな魔獣(マインドイーター)は攻撃されたという事実を受け止めることも出来ずに、その体を霧散させて消え失せるしかなかった。
 自身の死すらも理解出来ないままに逝くのは果たして幸せな事だろうか。魔獣(マインドイーター)にそのような感情は無い。だから考えるだけ無駄な事だろう。

「……」

 傍から見ていた千寿流は、その異質な光景に目を奪われ、絶句し立ち尽くすしかなかった。

「なんだお前ら、まだいたのかよ」

「そ、その、魔獣(マインドイーター)はやっつけちゃったんです…か」

 千寿流は目の前で起こったことが呑み込めず疑問を訊ねる。

「ああ」

 不機嫌そうな表情は変わらない。いや、もともとそういう顔なのだろうか。青年はそう短く返答を返すと踵を返し立ち去ろうとする。

「あ、えと、ちょ、待ってくださいっ! あの、あたしたちも街まで一緒について行ってもいいですかっ!?」

「やなこった。何でガキの御守りなんかしなきゃいけねえんだ。つかまだ昼飯食えてねーんだよ」

 不機嫌な様子を隠すこともなく青年は振り返る。デジャブである。

「お、お昼ご飯、あたしたちもです! ね、シャルちゃん!」

 目の前の青年は怖いとは思いつつも、見境なく人を傷つける様な悪人でもないことは理解できた。だから、今の魔獣(マインドイーター)のような脅威から守ってほしいと考えたのだ。

「っち、んな泣きそうな顔すんな。あんな化け物はそうそういねえよ。魔獣(マインドイーター)は人類の脅威っつっても知能だけはとびきり悪い。少なくとも“見たら逃げる”、これを徹底しておきゃ死ぬことはねえよ」

「……」

 考えてみればこの青年の言う事ももっともかもしれない。人型の魔獣(マインドイーター)の危険性も身体能力もさっきの戦闘で痛感した。どうあがいても千寿流たちに敵う相手ではなかった。
 それでも逃げ切れたのは獲物と見なされなかったからに他ならない。いや、弱者を追いかけるという習性が無かったというべきか。何にしろ逃げることだけ考えれば問題なく逃げ切れたのも事実だ。

「それでも戦わなきゃいけねえんなら戦って死ね。お前の手にあるその傘、ただの雨傘ってわけでもねえだろ」

 千寿流が持っている傘を顎で指し青年は言う。

「あの、名前だけ、訊いてもいいですか?」

 慌ただしさの連続で、訊く暇もなかった青年に名前を問いかける。

君島灸(きみじまやいと)。どっかでまた会ったら声ぐらいかけてやるよ。まあ、十割方忘れちまうかもしれねえがな」

「あ、あたしたちはっ」

「興味ねー」

 青年は手を後ろ手に振りながら興味なさげに去っていくのだった。

(……別れちゃったみたいになったけど、あの人の行く先に街があるんだよね。じゃあ、その、少し待ってからついて行くことにしよう)

 声をかけるとまた怒られそうなので、出来るだけ距離が開くのを待って、二人はコソ泥の様にそそくさと後をつけるのだった。


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「アァアァァアアァッ!」
 |魔獣《マインドイーター》が吼える。その後も追いかけては躱され、追いかけては躱され、ギリギリのところで必殺の閃光はすべて回避され続けていた。
 度重なる対峙。逃げ続けるだけの弱者。一向に倒れないその羽虫の如き障害に、赤く黒い怒りの感情を募らせていた。
「うるせえな。まあ、そう吼えるなよ。ギャーギャー喚くのは近所のクソガキだけで間に合ってんだ。お前は殺す。必ず殺す。端っから逃げおおせるってんなら見逃したが、攻撃の意思を見せるんなら容赦しねえ。そう決めてんだ」
 ダメ押しの挑発。
「ゥウゥウウゥアァアァァアアァッ!」
 怒りをエネルギーに、空間を制圧、侵食していく。目視できるほどの光の束が収束し、大気がざわめき、空気がひび割れたように悲鳴を上げる。
 |魔獣《マインドイーター》の口が開き、これまでで一番の質量をもった溜めらしい“予兆”を見せる。
「待ってたぜ“ソレ”をよ」
 青年は在るはずのない右腕を目の前に翳す。
「|異能《アクト》 |偽装錬環《ぎそうれんかん》『Deceive liberal』。お前の“|怒気《ソレ》”|奪《もら》ってく」
 偽装錬環『Deceive liberal』
 周りの負の感情を貪り現実を塗り替える|力《アクト》。これといった制約や制限はないものの、条件を満たさないと効力を発揮できない特殊な性質を持っている。
 |異能《アクト》を解放した青年の腕が細胞単位でみるみると再生していく。それと反比例するように|魔獣《マインドイーター》の溜めていた超密度のエネルギー、そして怒りの感情が収縮していく。
「ァ……ァ……ア?」
 完全に再生した右腕が光を帯びる。再び空気がひび割れ悲鳴を上げ始める。それは先ほどまで|魔獣《マインドイーター》が溜めていた力の奔流。
「異能の開示。お前にゃいらねえよな?」
 カァ――――ッ!!
 照射されるは殲滅の光。辺りを光で埋め尽くし放たれた光線は|魔獣《マインドイーター》の中心を貫き、その体に丸く穿たれた空洞を残した。
「ァ……?」
 殺意を振りまき暴れていた人型の|魔獣《マインドイーター》にはすでに戦意はない。
 怒りの感情はすべて“奪われて”しまったから。
 攻撃をかわす余力もない。否、回避をするという動作すらも取ることはできない。
 戦う意志すらすべて“奪われて”しまったから。
 眼前の哀れな|魔獣《マインドイーター》は攻撃されたという事実を受け止めることも出来ずに、その体を霧散させて消え失せるしかなかった。
 自身の死すらも理解出来ないままに逝くのは果たして幸せな事だろうか。|魔獣《マインドイーター》にそのような感情は無い。だから考えるだけ無駄な事だろう。
「……」
 傍から見ていた千寿流は、その異質な光景に目を奪われ、絶句し立ち尽くすしかなかった。
「なんだお前ら、まだいたのかよ」
「そ、その、|魔獣《マインドイーター》はやっつけちゃったんです…か」
 千寿流は目の前で起こったことが呑み込めず疑問を訊ねる。
「ああ」
 不機嫌そうな表情は変わらない。いや、もともとそういう顔なのだろうか。青年はそう短く返答を返すと踵を返し立ち去ろうとする。
「あ、えと、ちょ、待ってくださいっ! あの、あたしたちも街まで一緒について行ってもいいですかっ!?」
「やなこった。何でガキの御守りなんかしなきゃいけねえんだ。つかまだ昼飯食えてねーんだよ」
 不機嫌な様子を隠すこともなく青年は振り返る。デジャブである。
「お、お昼ご飯、あたしたちもです! ね、シャルちゃん!」
 目の前の青年は怖いとは思いつつも、見境なく人を傷つける様な悪人でもないことは理解できた。だから、今の|魔獣《マインドイーター》のような脅威から守ってほしいと考えたのだ。
「っち、んな泣きそうな顔すんな。あんな化け物はそうそういねえよ。|魔獣《マインドイーター》は人類の脅威っつっても知能だけはとびきり悪い。少なくとも“見たら逃げる”、これを徹底しておきゃ死ぬことはねえよ」
「……」
 考えてみればこの青年の言う事ももっともかもしれない。人型の|魔獣《マインドイーター》の危険性も身体能力もさっきの戦闘で痛感した。どうあがいても千寿流たちに敵う相手ではなかった。
 それでも逃げ切れたのは獲物と見なされなかったからに他ならない。いや、弱者を追いかけるという習性が無かったというべきか。何にしろ逃げることだけ考えれば問題なく逃げ切れたのも事実だ。
「それでも戦わなきゃいけねえんなら戦って死ね。お前の手にあるその傘、ただの雨傘ってわけでもねえだろ」
 千寿流が持っている傘を顎で指し青年は言う。
「あの、名前だけ、訊いてもいいですか?」
 慌ただしさの連続で、訊く暇もなかった青年に名前を問いかける。
「|君島灸《きみじまやいと》。どっかでまた会ったら声ぐらいかけてやるよ。まあ、十割方忘れちまうかもしれねえがな」
「あ、あたしたちはっ」
「興味ねー」
 青年は手を後ろ手に振りながら興味なさげに去っていくのだった。
(……別れちゃったみたいになったけど、あの人の行く先に街があるんだよね。じゃあ、その、少し待ってからついて行くことにしよう)
 声をかけるとまた怒られそうなので、出来るだけ距離が開くのを待って、二人はコソ泥の様にそそくさと後をつけるのだった。