表示設定
表示設定
目次 目次




余白の引っ越し

ー/ー



      ー*ー*ー*ー

   扉開く 光も影も待ち受ける
   誰も知らぬ部屋 息をひそめて

      ー*ー*ー*ー


 その部屋は、いつだって「+1」だった。

都心のワンルームを借りれば、奥に小さな板の間がついている。郊外の二LDKに越せば、図面にはない三つ目のドアが現れる。

不動産屋の手違いでも、前の住人の幽霊でもない。ただ、私が荷物を運び込むと、そこには必ず「誰にも貸していない一室」が、静かに口を開けて待っているのだ。


 「また増えてるな」
三十代になって三度目の引越し。今回の新居は、古いレンガ造りのアパートだ。寝室のクローゼットの横に、見慣れぬ細い扉があった。

鍵はかかっていない。開けると、六畳ほどの空間が広がる。白い壁紙に、磨かれたナラ材の床。窓からは、表通りとは違う、どこか懐かしい森の匂いを帯びた風が吹き込んでくる。

私は、この部屋を決して使わない。

家具も置かず、明かりも灯さない。ただ、時折、入り口に立ってその「余白」を眺めるだけだ。

かつて一度だけ、ソファを置いてみたことがある。しかし翌朝、ソファは玄関の三和土(たたき)に放り出され、部屋は「入らないで」と言わんばかりに冷え切っていた。それ以来、私はこの部屋を「世界の荷物置き場」と呼ぶことにしている。


ふと、部屋の隅に小さな影が見えた。


私の飼い猫ではない。それは淡い光を纏った、境界の向こう側の住人のようだった。影は目が合うと、悪びれることもなく、窓から外へと消えていった。


この「+1」の部屋があるおかげで、私の生活は不思議と安定している。

嫌なことがあっても、この空っぽの部屋がすべてを吸い込んでくれる気がするのだ。家賃は変わらない。けれど、私は世界に対して、少しだけ「秘密の避難所」を差し出しているような、奇妙な誇らしさを感じていた。

私は静かに扉を閉めた。

次の引越しでは、どんな景色がこの部屋の窓に映るのだろうか。

誰もいない一室は、今日も静かに、私の日常を支えている。


*日記風雑感*

大寒波襲来。戸締まりしっかり、隙間作らず暖気は閉じ込める。
大きな家に住んでいる人たちは、こんな寒い日はどう過ごしてるのかなあ。

暖房の効いた部屋から、のんびり外を眺める余裕がありそうですよね。
使わない部屋も多い気もするけど……
使われていない部屋には、何が潜んでいるのかな?






スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む コーヒーと心の旋律


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



      ー*ー*ー*ー
   扉開く 光も影も待ち受ける
   誰も知らぬ部屋 息をひそめて
      ー*ー*ー*ー
 その部屋は、いつだって「+1」だった。
都心のワンルームを借りれば、奥に小さな板の間がついている。郊外の二LDKに越せば、図面にはない三つ目のドアが現れる。
不動産屋の手違いでも、前の住人の幽霊でもない。ただ、私が荷物を運び込むと、そこには必ず「誰にも貸していない一室」が、静かに口を開けて待っているのだ。
 「また増えてるな」
三十代になって三度目の引越し。今回の新居は、古いレンガ造りのアパートだ。寝室のクローゼットの横に、見慣れぬ細い扉があった。
鍵はかかっていない。開けると、六畳ほどの空間が広がる。白い壁紙に、磨かれたナラ材の床。窓からは、表通りとは違う、どこか懐かしい森の匂いを帯びた風が吹き込んでくる。
私は、この部屋を決して使わない。
家具も置かず、明かりも灯さない。ただ、時折、入り口に立ってその「余白」を眺めるだけだ。
かつて一度だけ、ソファを置いてみたことがある。しかし翌朝、ソファは玄関の三和土(たたき)に放り出され、部屋は「入らないで」と言わんばかりに冷え切っていた。それ以来、私はこの部屋を「世界の荷物置き場」と呼ぶことにしている。
ふと、部屋の隅に小さな影が見えた。
私の飼い猫ではない。それは淡い光を纏った、境界の向こう側の住人のようだった。影は目が合うと、悪びれることもなく、窓から外へと消えていった。
この「+1」の部屋があるおかげで、私の生活は不思議と安定している。
嫌なことがあっても、この空っぽの部屋がすべてを吸い込んでくれる気がするのだ。家賃は変わらない。けれど、私は世界に対して、少しだけ「秘密の避難所」を差し出しているような、奇妙な誇らしさを感じていた。
私は静かに扉を閉めた。
次の引越しでは、どんな景色がこの部屋の窓に映るのだろうか。
誰もいない一室は、今日も静かに、私の日常を支えている。
*日記風雑感*
大寒波襲来。戸締まりしっかり、隙間作らず暖気は閉じ込める。
大きな家に住んでいる人たちは、こんな寒い日はどう過ごしてるのかなあ。
暖房の効いた部屋から、のんびり外を眺める余裕がありそうですよね。
使わない部屋も多い気もするけど……
使われていない部屋には、何が潜んでいるのかな?