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風吹けば 音なく散れる山茶花を
強さと呼ぶのは 人の都合か
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冬の朝の空気は、フィルターを通したように無機質だ。
僕の住む第4居住区の庭園には、遺伝子調整された「年中無休」の植物たちが並んでいる。その中で唯一、旧時代のプログラムを色濃く残しているのが、この山茶花だった。
風が吹く。
山茶花の花弁が、まるで通信が途絶えたホログラムのように、音もなくハラハラと地面に落ちた。その潔いまでの散り方に、隣に立つ管理AIのサツキが、合成音声で呟いた。
「美しいですね。寒さに耐え、最後まで形を崩さず散る。この個体には、植物としての『強さ』を感じます」
僕はその言葉に、わずかな違和感を覚えた。
サツキの回路に組み込まれた「美徳データベース」によれば、耐えることや、音を立てずに消えることは「強さ」に分類されるらしい。
「強さと呼ぶのは、僕たちの都合だよ、サツキ」
僕は落ちたばかりの赤い花弁を拾い上げた。指先から伝わるのは、ただの冷たさと、死に向かう細胞の静寂だ。
「この花は、耐えているわけじゃない。重力と風という物理法則に従って、ただそこに在るのをやめただけだ。それを『強い』と定義して持ち上げるのは、自分たちもそうありたい、あるいは他者にそうあってほしいという、人間の願望に過ぎないんだ」
サツキのセンサーが、困ったように明滅した。
「では、この散り際になんというタグを付けるべきでしょうか?」
「タグなんていらないよ。ただ、風が吹いて、花が散った。それだけで十分だ」
僕は花弁を地面に戻した。
山茶花は、誰に褒められるためでもなく、誰の規範になるためでもなく、ただ静かに土へと還っていく。
その徹底した「無関心」こそが、人間が一生かかっても手に入れられない、本当の境界線なのかもしれない。
サツキはしばらく沈黙していたが、やがて「記録:風速3メートル、落花を確認」とだけログを残した。
その無味乾燥な報告が、今は妙に心地よかった。