第1話 落雷で死ぬ事を震死という
ー/ー世界が、白く焼けた。
閃光と轟音が同時に意識を貫く——いや、「同時」という認識すら後付けだ。
光と音と衝撃が渾然一体となって、俺という存在を呑み込んだ。
「幸運エネルギーが来たわ!」
母の絶叫が、水の中で聴こえているようだ。
——違う。
これは「幸運エネルギー」なんかじゃない。ただの落雷だ。数億ボルトの、ただの物理現象だ。
視界の端から、急速に闇が滲んできた。
次に目を開けたとき、俺は湿った土の匂いの中にいた。
「……生きてる、のか?」
体を起こすと、そこは見覚えのない深い森の中だった。
背の高い、見たこともない形状の樹木が立ち並び、空気はどこかピリピリとした妙な感覚に満ちている。
だが、状況を把握するよりも先に、俺の体がある事実を突きつけてきた。
ぐぅぅぅぅぅ、とお腹がなった。
死んではいないようだ。死んでも空腹だなんて、そんな酷い事ははさすがにないだろう。
少しだけ「餓鬼」という言葉が浮かびかけたが、慌てて消去した。
とりあえず俺は歩き出した。どっちに向かえばいいのかわからないけど、じっとしているよりはいいだろう。
足元の木の根や、石に何度か躓きそうになりながら、俺は歩いた。
歩くにつれ、不安感が増してきた。
景色が変わらない……ように見える。ずっと森の中のままだ。既に元の場所に戻れる自信はない。
いや、ここが元の場所だと言われても否定できない。
そして空腹感。
俺は、昨日の昼から何も食べていないんだ。
それは俺の不運な名前のせいかもしれない。
俺の名前は大府幸。
親が再婚して名字が「大府」になったのだ。
「大不幸」というあだ名をつけられたが、俺は当然のように受け入れた。
俺の人生はあだ名に負けていなかったからだ。
昨日の夜から今朝にかけてもそうだった。
仕事帰りに奮発して頼んだデリバリーのピザは、配達員が家の前のマンホールで滑って派手に転んで、「ピザだったもの」に成り果てた。
仕方なく冷凍食品を温めようとレンジに入れたが、いくらやっても暖かくならない。このレンジ2度目の故障だ。
俺は仕事で疲れていたのもあってコンビニには行かずに、空腹のまま眠りについた。
そのくらい、よくある事だ。
早朝、俺を待っていたのは、合鍵を持った身内による襲撃だった。
「幸! 起きなさい! 今日は最高の幸運エネルギーが降り注ぐ日なのよ!」
「早く起きて幸! 山に登って、内なる宇宙とシンクロするわよ!」
スピリチュアルに人生のすべてを捧げた母と姉に拉致され、パワースポットとして名高い山へと連行された。
「まず何か食わしてくれ」という俺の主張は当然のように無視された。
山の麓からケーブルカーに乗り、さらに頂上まで歩く。
朝飯抜きのまま。
頂上にたどり着くと、俺は崖の先端で手を合わせる母と姉の隣に立たされた。
「さあ、強く願って! あなたの望む未来をビジュアライズするの!」
母の声に、俺は半ば投げやりに目を閉じた。早く終わらせて何か食べたい。
あまりの空腹に俺の脳裏には一つの切実な願いが浮かんでしまった。
……できれば、揚げたての唐揚げがいい……
そう、高校の帰りに学校の近くの商店街で食べたあの唐揚げがいい。
ジュワッという油の音。醤油とニンニクの香ばしい匂い。
サクッとした衣を噛み切れば、中から溢れ出す熱々の肉汁。
俺の全精神が、唐揚げという小宇宙に集中した。
その瞬間……
世界が、白く焼けた。
そう、俺が受けた衝撃は落雷だったのだと思う。
あんな山の上で、後ろからトラックが突っ込んで来るはずないからな。
飛行機ならわからないが……
いずれにしろ俺は、全身に死ぬような衝撃を食らった。
だが今は、なんとも無い。腹が減っているだけだ。
つまり……
その時、目の前を「スカイフィッシュ」が横切った。
「えっ?」
俺はそいつを目で追った。
「スカイフィッシュ」は、ムカデの脚の代わりに羽が生えたような生き物で飛ぶことができる。今俺の目で飛んでいるのもそういう形状をしている。
だが、それは現実には存在しない。カメラのシャッター速度が遅い時に、普通の羽虫がブレて写真に写るからそう見えるだけだ。
俺の目がおかしくなったのか?
だがそいつが木の幹にとまっても、形は変わらなかった。
つまり、視覚効果でムカデの様に見えるわけじゃなく、そういう形をしている生物ということだ。
考えられることは二つ。
1つ目。「スカイフィッシュは実在した!」
2つ目。「ここは地球じゃない!」
状況を整理しよう。
俺は、全身に死ぬような衝撃を受けて意識を失った。
そして見知らぬ森で意識を取り戻した。
身体は無事だ。
見知らぬ植物に囲まれている。
地球にはいないはずの生き物がいる。
ここから導き出される妥当な答え。
俺は死んだ。そして生まれ変わった。
地球じゃない場所に!
つまり「異世界転生」!
……いや、まだ早い。もう少し状況証拠を集めるんだ。
とはいえ、既に脚が悲鳴をあげている。
幹の太い木の根元に、崩れ落ちるように座り込んだ。
疲れた。腹が減った。
とりあえず何か食わせてくれ。
切実な空腹感の中、死ぬ前にイメージした唐揚げが脳内に浮かんだ。今度はさっきよりも更に鮮明だ。
《黄金色に輝く衣。立ち上る湯気。レモンを絞った瞬間の瑞々しい香り。あの唐揚げの味を、この口の中に》
空腹による食べ物への執念が、俺の脳内に唐揚げを完璧に再構築した。
頭上で「ガァッ!」という甲高い鳴き声が響いた。
声のした上方を見上げると鳥がいた。唐揚げになっていない、生身の鳥だ。
その鳥から何かが風を切って落ちてくる。それは、俺の目の前に、ボトッ、と音を立てて転がった。
「なんだ……!?」
俺は地面に落ちた「それ」を凝視した。
そこに転がっていたのは、唐揚げではなかった。
「……カエル?」
しかも、ただのカエルじゃない。
太い串に刺さって、こんがりと、実にていねいに塩焼きにされたカエルだった。
ツッコミの言葉が次々に思い浮かぶ。
だが、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
背に腹は変えられない。俺は震える手でその串を掴み、汚れを振り落としてカエルの足に食らいついた。
「……う、うまい」
淡白な鶏肉のような味わいに、絶妙な塩加減。
一気に緊張が解けたのがわかる。
なぜか涙が出てきた。
夢中でカエルを貪り食う俺の頭の中に、唐突に女の声が響いた。
「カエル、美味しい? 残念ながら唐揚げじゃなかったけどね。うふふ」
「……誰……?」
俺が串を口に運ぶのをやめて周囲を見渡すと、いつの間にか辺りの景色が真っ白な空間に変わっていた。
目の前には、白いドレスの女性が立っていた。
閃光と轟音が同時に意識を貫く——いや、「同時」という認識すら後付けだ。
光と音と衝撃が渾然一体となって、俺という存在を呑み込んだ。
「幸運エネルギーが来たわ!」
母の絶叫が、水の中で聴こえているようだ。
——違う。
これは「幸運エネルギー」なんかじゃない。ただの落雷だ。数億ボルトの、ただの物理現象だ。
視界の端から、急速に闇が滲んできた。
次に目を開けたとき、俺は湿った土の匂いの中にいた。
「……生きてる、のか?」
体を起こすと、そこは見覚えのない深い森の中だった。
背の高い、見たこともない形状の樹木が立ち並び、空気はどこかピリピリとした妙な感覚に満ちている。
だが、状況を把握するよりも先に、俺の体がある事実を突きつけてきた。
ぐぅぅぅぅぅ、とお腹がなった。
死んではいないようだ。死んでも空腹だなんて、そんな酷い事ははさすがにないだろう。
少しだけ「餓鬼」という言葉が浮かびかけたが、慌てて消去した。
とりあえず俺は歩き出した。どっちに向かえばいいのかわからないけど、じっとしているよりはいいだろう。
足元の木の根や、石に何度か躓きそうになりながら、俺は歩いた。
歩くにつれ、不安感が増してきた。
景色が変わらない……ように見える。ずっと森の中のままだ。既に元の場所に戻れる自信はない。
いや、ここが元の場所だと言われても否定できない。
そして空腹感。
俺は、昨日の昼から何も食べていないんだ。
それは俺の不運な名前のせいかもしれない。
俺の名前は大府幸。
親が再婚して名字が「大府」になったのだ。
「大不幸」というあだ名をつけられたが、俺は当然のように受け入れた。
俺の人生はあだ名に負けていなかったからだ。
昨日の夜から今朝にかけてもそうだった。
仕事帰りに奮発して頼んだデリバリーのピザは、配達員が家の前のマンホールで滑って派手に転んで、「ピザだったもの」に成り果てた。
仕方なく冷凍食品を温めようとレンジに入れたが、いくらやっても暖かくならない。このレンジ2度目の故障だ。
俺は仕事で疲れていたのもあってコンビニには行かずに、空腹のまま眠りについた。
そのくらい、よくある事だ。
早朝、俺を待っていたのは、合鍵を持った身内による襲撃だった。
「幸! 起きなさい! 今日は最高の幸運エネルギーが降り注ぐ日なのよ!」
「早く起きて幸! 山に登って、内なる宇宙とシンクロするわよ!」
スピリチュアルに人生のすべてを捧げた母と姉に拉致され、パワースポットとして名高い山へと連行された。
「まず何か食わしてくれ」という俺の主張は当然のように無視された。
山の麓からケーブルカーに乗り、さらに頂上まで歩く。
朝飯抜きのまま。
頂上にたどり着くと、俺は崖の先端で手を合わせる母と姉の隣に立たされた。
「さあ、強く願って! あなたの望む未来をビジュアライズするの!」
母の声に、俺は半ば投げやりに目を閉じた。早く終わらせて何か食べたい。
あまりの空腹に俺の脳裏には一つの切実な願いが浮かんでしまった。
……できれば、揚げたての唐揚げがいい……
そう、高校の帰りに学校の近くの商店街で食べたあの唐揚げがいい。
ジュワッという油の音。醤油とニンニクの香ばしい匂い。
サクッとした衣を噛み切れば、中から溢れ出す熱々の肉汁。
俺の全精神が、唐揚げという小宇宙に集中した。
その瞬間……
世界が、白く焼けた。
そう、俺が受けた衝撃は落雷だったのだと思う。
あんな山の上で、後ろからトラックが突っ込んで来るはずないからな。
飛行機ならわからないが……
いずれにしろ俺は、全身に死ぬような衝撃を食らった。
だが今は、なんとも無い。腹が減っているだけだ。
つまり……
その時、目の前を「スカイフィッシュ」が横切った。
「えっ?」
俺はそいつを目で追った。
「スカイフィッシュ」は、ムカデの脚の代わりに羽が生えたような生き物で飛ぶことができる。今俺の目で飛んでいるのもそういう形状をしている。
だが、それは現実には存在しない。カメラのシャッター速度が遅い時に、普通の羽虫がブレて写真に写るからそう見えるだけだ。
俺の目がおかしくなったのか?
だがそいつが木の幹にとまっても、形は変わらなかった。
つまり、視覚効果でムカデの様に見えるわけじゃなく、そういう形をしている生物ということだ。
考えられることは二つ。
1つ目。「スカイフィッシュは実在した!」
2つ目。「ここは地球じゃない!」
状況を整理しよう。
俺は、全身に死ぬような衝撃を受けて意識を失った。
そして見知らぬ森で意識を取り戻した。
身体は無事だ。
見知らぬ植物に囲まれている。
地球にはいないはずの生き物がいる。
ここから導き出される妥当な答え。
俺は死んだ。そして生まれ変わった。
地球じゃない場所に!
つまり「異世界転生」!
……いや、まだ早い。もう少し状況証拠を集めるんだ。
とはいえ、既に脚が悲鳴をあげている。
幹の太い木の根元に、崩れ落ちるように座り込んだ。
疲れた。腹が減った。
とりあえず何か食わせてくれ。
切実な空腹感の中、死ぬ前にイメージした唐揚げが脳内に浮かんだ。今度はさっきよりも更に鮮明だ。
《黄金色に輝く衣。立ち上る湯気。レモンを絞った瞬間の瑞々しい香り。あの唐揚げの味を、この口の中に》
空腹による食べ物への執念が、俺の脳内に唐揚げを完璧に再構築した。
頭上で「ガァッ!」という甲高い鳴き声が響いた。
声のした上方を見上げると鳥がいた。唐揚げになっていない、生身の鳥だ。
その鳥から何かが風を切って落ちてくる。それは、俺の目の前に、ボトッ、と音を立てて転がった。
「なんだ……!?」
俺は地面に落ちた「それ」を凝視した。
そこに転がっていたのは、唐揚げではなかった。
「……カエル?」
しかも、ただのカエルじゃない。
太い串に刺さって、こんがりと、実にていねいに塩焼きにされたカエルだった。
ツッコミの言葉が次々に思い浮かぶ。
だが、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
背に腹は変えられない。俺は震える手でその串を掴み、汚れを振り落としてカエルの足に食らいついた。
「……う、うまい」
淡白な鶏肉のような味わいに、絶妙な塩加減。
一気に緊張が解けたのがわかる。
なぜか涙が出てきた。
夢中でカエルを貪り食う俺の頭の中に、唐突に女の声が響いた。
「カエル、美味しい? 残念ながら唐揚げじゃなかったけどね。うふふ」
「……誰……?」
俺が串を口に運ぶのをやめて周囲を見渡すと、いつの間にか辺りの景色が真っ白な空間に変わっていた。
目の前には、白いドレスの女性が立っていた。
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