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第3回

ー/ー



「……は?」

「アスールは教えてくれなかった。妊娠を知った友人たちが追及したんだけど、彼女は頑なに口を閉ざして……そのうち、相手はもう死んでいるらしいことが分かって、だれも、訊くに訊けなくなったんだ」


◆◆◆


『蒼駕。あたし、子どもを産むわ』

 4年前。ミスティア国王都を襲撃した魅魔の策略によって引き離され、行方知れずとなった2日後。
 きっと彼女は生きていると、操主と魔断のつながりを頼りに捜し続け、ようやく見つけたとき。彼女は砂漠で座り込み、傷ついたわが身を抱きしめ号泣していた。

 あんなふうに泣く彼女を、蒼駕は見たことがなかった。
 心をすり減らしながら、魂を削りながら、泣いているようだった。
 とにかく錯乱した彼女を連れ戻り、傷の手当てをして、部屋に寝かせて落ち着かせたあと、彼女は蒼駕に告げたのだ。

『蒼駕。あたし、きっとあの人の子どもを産むわ。
 あのことに何の意味もないなんて、そんなはずないもの……』

 何を言っているのか全く分からなかった。分かりたくなかったのかもしれない。
 きっと、混乱しているのだろうと思うことにした。
 しかし彼女はさっさと任地替えを王に申し出、ミスティア国の西の端にある辺境の町、コーダに赴任するという許諾書をもぎ取った。王都の退魔師という輝かしい肩書きを捨てて田舎の警備に着くなど通常は考えられないことだったが、惜しまれつつもその希望は尊重された。
 そして彼女は妊娠していることが医師によって確認され、それから8カ月を経て、セオドアが生まれたのだった。


◆◆◆


「父親がだれなのか、は、分からない」

 もう一度言う。
 その返答に、白悧はあんぐりと口を開ける。
 そのまま数十秒が無駄に過ぎた。

「……………………………………なんだって……?」

 ようやく出た言葉は、問いの形をしていた。
 一時的な思考の混乱が口をついただけで、口にしたかも記憶にないという類いのもの。
 もちろん蒼駕もそれと承知しているので答えたりはしない。時間さえあれば、思考回路はひとりでに回復するのだ。

「……それは、天涯孤独ということか?」

 混乱した頭でも、私生児という言葉を使わないところが彼のいいところだ。
 余計な力を抜くようにふうと息を吐き、背もたれに背中を預ける。

「白金の髪に(みどり)の瞳、か。
 彼女(アスール)はたしか、どっちも暗紅色だったよな……」

 つぶやくが、それは意味のない推測だ。
 さまざまな血が混じった混血の場合、そういった遺伝的なものは役にたたない。
 母親がそうでないからといって、父親がそうだったとは限らないのだ。

 にしても普通気付くぞ、いつも一緒にいた相手に子ども作るくらいの恋人ができたら、とは思う。
 こういうときのため、いくら相手が死んでいるからといって追及の手をゆるめたりせず、絶対聞き出しておかなくてはならなかったことだということも。

 けれど、できなかったという蒼駕の気持ちも、なんとなく理解できてしまうのだ……。

「どうかしたかい?」

 舌打ちの音を聞いた気がして注意を向けてきた蒼駕の瞳を、白悧はもう一度、まじまじと覗きこんだ。そこに浮かんでいるかもしれない何かを探り出そうとするように。

 深々と息を吐き出し、首を振る。

「なんでもない。話を戻そう。
 つまり、引き取り先がなかったわけだ。だが国の保障があるんじゃないか? アスールは退魔中になくなったんだろ?」
「ことわった」

 ……もう何を聞いても驚かない心づもりはできていると思っていたのだが、さすがにこの返答には胃がひきつる思いがした。

「じ、じゃあサキスにおろすのか? だけどおまえも知るとおり、あの町に入りたがってるやつは毎年大勢いて、宮の口ききがあってもなかなか受け入れてもらえないんだぞ?」
「おろす気はないよ」

 もしやまさかとうすうす思っていた言葉をやけにあっさり言いのけてくれた蒼駕に、気が遠のく思いで頭に手を添える。

 口にした、それが何を意味しているのか、本当に理解してるのかこのばかッ!! と、怒鳴りつけたいのを必死でこらえた。
 どうにか気をとり直し、今度こそ、めいっぱい声に力を入れて、ぐっと身をのり出す。

「なら、どうするつもりだ? おれには、ここで育てると、言ってるように聞こえるがっ!」

 相当頭にきていることを全面に押し出してはいるが、隣室で眠る子どものことを考慮して、最大限音量を抑えることだけはしっかり忘れていなかったため、今ひとつ凄味を欠いた言葉に、蒼駕は特にあわてる様子も見せず、うなずきで同意を示した。

「――――っ!
 幼稚舎や保育所じゃないんだぞ、ここは!! まだ1つかそこらのガキを、訓練生と認められるかっ!!」

 蒼駕の冷静さにあおられて飛び出したこの文句には、さすがに蒼駕も顔をしかめる。

「ひどいな。もうじき3つになるんだよ。あの子が傷つくじゃないか」
「そんなことを言ってるんじゃないっ」

 (まと)の外れた返答に脱力する一方で、上手に矛先をそらされた思いでこぶしを作る。

 つかみどころがないというか……薄紙を相手に全力で押しているようで、手応えのなさがどうにも歯がゆい。
 しかしそんな白悧とは対照的に、蒼駕はこともなげな顔でグラスに口をつけている。

 その出所不明の余裕にカッと血がのぼった頭でまたも白悧が何か口にしようとしたとき。蒼駕の唇の前に指が立った。
 流れた視線の先は、隣室の扉だ。半開きになった戸口からあの少女が様子をうかがっているのを見て、白悧も動きを止める。

「どうしたの? うるさかった?」

 優しく蒼駕が訊くが、少女は答えない。寝着の裾をかたく握りしめたまま、視線を床に落としてあちこちうろうろさせている。
 もしや先からの会話を聞かれていたのではと息を詰めた白悧の前。やがて何かを思い切った表情で少女は口を開いた。

「………………ぉ……」

 大きく開いたわりに出た声は細く、1音だけ聞きとれたものの、何を言わんとしているのか皆目わからない。
 なんだそれは、と白悧は首をひねったが、蒼駕は即座に応じて答えた。

「おやすみなさい」

 と。

 瞬間、少女はぐっとあごを引いて、とまどったように首を小刻みにふるい、口をもごもごさせて何か言わんとしていたが、あきらめたようで、すぐ隣室へ引っこんでしまった。

 ばたんと大きな音がして閉まった扉の向こうで、ごそごそ寝台へもぐりこむ音がする。

「ね? かわいいだろう?」

 同意されるものと信じきってにこにこしている蒼駕を見て、言葉にならない短い唸りを発したあと。唐突に白悧は立ち上がった。

「食堂行って、夕飯3人分もらってくる。ちょっと遅いけど、厨房主に言えば何か適当に作ってくれるだろ。
 腹が空くと、やたら怒りっぽくなるからなっ」

 言うなり、2人の了承も得ないでさっさと部屋から出て行ってしまった。


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「……は?」
「アスールは教えてくれなかった。妊娠を知った友人たちが追及したんだけど、彼女は頑なに口を閉ざして……そのうち、相手はもう死んでいるらしいことが分かって、だれも、訊くに訊けなくなったんだ」
◆◆◆
『蒼駕。あたし、子どもを産むわ』
 4年前。ミスティア国王都を襲撃した魅魔の策略によって引き離され、行方知れずとなった2日後。
 きっと彼女は生きていると、操主と魔断のつながりを頼りに捜し続け、ようやく見つけたとき。彼女は砂漠で座り込み、傷ついたわが身を抱きしめ号泣していた。
 あんなふうに泣く彼女を、蒼駕は見たことがなかった。
 心をすり減らしながら、魂を削りながら、泣いているようだった。
 とにかく錯乱した彼女を連れ戻り、傷の手当てをして、部屋に寝かせて落ち着かせたあと、彼女は蒼駕に告げたのだ。
『蒼駕。あたし、きっとあの人の子どもを産むわ。
 あのことに何の意味もないなんて、そんなはずないもの……』
 何を言っているのか全く分からなかった。分かりたくなかったのかもしれない。
 きっと、混乱しているのだろうと思うことにした。
 しかし彼女はさっさと任地替えを王に申し出、ミスティア国の西の端にある辺境の町、コーダに赴任するという許諾書をもぎ取った。王都の退魔師という輝かしい肩書きを捨てて田舎の警備に着くなど通常は考えられないことだったが、惜しまれつつもその希望は尊重された。
 そして彼女は妊娠していることが医師によって確認され、それから8カ月を経て、セオドアが生まれたのだった。
◆◆◆
「父親がだれなのか、は、分からない」
 もう一度言う。
 その返答に、白悧はあんぐりと口を開ける。
 そのまま数十秒が無駄に過ぎた。
「……………………………………なんだって……?」
 ようやく出た言葉は、問いの形をしていた。
 一時的な思考の混乱が口をついただけで、口にしたかも記憶にないという類いのもの。
 もちろん蒼駕もそれと承知しているので答えたりはしない。時間さえあれば、思考回路はひとりでに回復するのだ。
「……それは、天涯孤独ということか?」
 混乱した頭でも、私生児という言葉を使わないところが彼のいいところだ。
 余計な力を抜くようにふうと息を吐き、背もたれに背中を預ける。
「白金の髪に|翠《みどり》の瞳、か。
 |彼女《アスール》はたしか、どっちも暗紅色だったよな……」
 つぶやくが、それは意味のない推測だ。
 さまざまな血が混じった混血の場合、そういった遺伝的なものは役にたたない。
 母親がそうでないからといって、父親がそうだったとは限らないのだ。
 にしても普通気付くぞ、いつも一緒にいた相手に子ども作るくらいの恋人ができたら、とは思う。
 こういうときのため、いくら相手が死んでいるからといって追及の手をゆるめたりせず、絶対聞き出しておかなくてはならなかったことだということも。
 けれど、できなかったという蒼駕の気持ちも、なんとなく理解できてしまうのだ……。
「どうかしたかい?」
 舌打ちの音を聞いた気がして注意を向けてきた蒼駕の瞳を、白悧はもう一度、まじまじと覗きこんだ。そこに浮かんでいるかもしれない何かを探り出そうとするように。
 深々と息を吐き出し、首を振る。
「なんでもない。話を戻そう。
 つまり、引き取り先がなかったわけだ。だが国の保障があるんじゃないか? アスールは退魔中になくなったんだろ?」
「ことわった」
 ……もう何を聞いても驚かない心づもりはできていると思っていたのだが、さすがにこの返答には胃がひきつる思いがした。
「じ、じゃあサキスにおろすのか? だけどおまえも知るとおり、あの町に入りたがってるやつは毎年大勢いて、宮の口ききがあってもなかなか受け入れてもらえないんだぞ?」
「おろす気はないよ」
 もしやまさかとうすうす思っていた言葉をやけにあっさり言いのけてくれた蒼駕に、気が遠のく思いで頭に手を添える。
 口にした、それが何を意味しているのか、本当に理解してるのかこのばかッ!! と、怒鳴りつけたいのを必死でこらえた。
 どうにか気をとり直し、今度こそ、めいっぱい声に力を入れて、ぐっと身をのり出す。
「なら、どうするつもりだ? おれには、ここで育てると、言ってるように聞こえるがっ!」
 相当頭にきていることを全面に押し出してはいるが、隣室で眠る子どものことを考慮して、最大限音量を抑えることだけはしっかり忘れていなかったため、今ひとつ凄味を欠いた言葉に、蒼駕は特にあわてる様子も見せず、うなずきで同意を示した。
「――――っ!
 幼稚舎や保育所じゃないんだぞ、ここは!! まだ1つかそこらのガキを、訓練生と認められるかっ!!」
 蒼駕の冷静さにあおられて飛び出したこの文句には、さすがに蒼駕も顔をしかめる。
「ひどいな。もうじき3つになるんだよ。あの子が傷つくじゃないか」
「そんなことを言ってるんじゃないっ」
 |的《まと》の外れた返答に脱力する一方で、上手に矛先をそらされた思いでこぶしを作る。
 つかみどころがないというか……薄紙を相手に全力で押しているようで、手応えのなさがどうにも歯がゆい。
 しかしそんな白悧とは対照的に、蒼駕はこともなげな顔でグラスに口をつけている。
 その出所不明の余裕にカッと血がのぼった頭でまたも白悧が何か口にしようとしたとき。蒼駕の唇の前に指が立った。
 流れた視線の先は、隣室の扉だ。半開きになった戸口からあの少女が様子をうかがっているのを見て、白悧も動きを止める。
「どうしたの? うるさかった?」
 優しく蒼駕が訊くが、少女は答えない。寝着の裾をかたく握りしめたまま、視線を床に落としてあちこちうろうろさせている。
 もしや先からの会話を聞かれていたのではと息を詰めた白悧の前。やがて何かを思い切った表情で少女は口を開いた。
「………………ぉ……」
 大きく開いたわりに出た声は細く、1音だけ聞きとれたものの、何を言わんとしているのか皆目わからない。
 なんだそれは、と白悧は首をひねったが、蒼駕は即座に応じて答えた。
「おやすみなさい」
 と。
 瞬間、少女はぐっとあごを引いて、とまどったように首を小刻みにふるい、口をもごもごさせて何か言わんとしていたが、あきらめたようで、すぐ隣室へ引っこんでしまった。
 ばたんと大きな音がして閉まった扉の向こうで、ごそごそ寝台へもぐりこむ音がする。
「ね? かわいいだろう?」
 同意されるものと信じきってにこにこしている蒼駕を見て、言葉にならない短い唸りを発したあと。唐突に白悧は立ち上がった。
「食堂行って、夕飯3人分もらってくる。ちょっと遅いけど、厨房主に言えば何か適当に作ってくれるだろ。
 腹が空くと、やたら怒りっぽくなるからなっ」
 言うなり、2人の了承も得ないでさっさと部屋から出て行ってしまった。