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2人の休日

ー/ー



 とあるプラント業界の社員にとって、その日曜は憂鬱の一言だった。



 予定されているのは、上司と先輩、そして元請工事責任者との接待ゴルフ。休日をゆっくり過ごすどころか、むしろ神経をすり減らす一日になることは明白だった。

 幹事役を任されたのは自分。プレッシャーは半端ではない。



「ゴルフの進行を円滑にしなきゃいけないし、景品も準備したし、昼食の段取りもちゃんとやった……はずだよな?」



 彼は独り言を呟きながら、出発前に何度も手帳とチェックリストを確認していた。

 ゴルフ場では、すでに上司と先輩、元請の工事責任者が集まり、和やかな雰囲気を装っている。だが、どことなくピリピリした空気も感じ取れる。



「おい、スコアカード持ってるか?」
「飲み物の準備は?」
「昼食は〇〇コースで手配したよな?」



 上司からの確認が飛ぶたびに冷や汗が滲む。全員が楽しむことが目標だが、その実、楽しませるのが幹事の務め。本人が楽しむ余裕など最初からない。

 いざスタートすると、プレー中も気を配ることが山積みだ。打ち損じを笑ってフォローしたり、ラフに入ったボールを探しに行く手伝いをしたり、時には元請の工事責任者のショットを褒めて場を盛り上げたり。



「……これ、仕事より疲れるんじゃないか?」



 心の中でそう呟きながらも、彼は笑顔を絶やさず、接待の任務を全うし続けるのだった。
 彼らが接待ゴルフを円滑に進めている中、静かなコースに突然響き渡る叫び声。



「ファああああああ!」



 一瞬、全員が動きを止める。その叫び声は、大抵危険を知らせるサインだ。振り返ると、彼らから少し離れた場所にゴルフボールが落ちている。どうやら、後ろの組がミスショットをしたらしい。

 先輩がボールを拾い上げながら、険しい表情で呟いた。



「……打ち込みやがってコンニャロー!一体どんなやつだ?」



 怒りを抑えつつ、後ろの組を睨もうと振り返ったその瞬間——。



 ——キイイイイイ!



 キャディカーがドリフトしながら目の前で止まった。タイヤの跡が芝生に刻まれ、一同は唖然とする。

「あぁ……せっかくの芝が……」

 幹事の社員は頭を抱えた。



 そしてキャディカーから飛び降りてきたのは——全身メタリックシルバーの「明らかにヤバいやつ」。狂気じみた笑みを浮かべた男が、ドライバーをぶん回している。



「シャアああ!飛ばすぞ!」



 その勢いと異様な雰囲気に、一同は完全に言葉を失う。ゴルフ場には似つかわしくないほどの異彩を放つその男に、元請の工事責任者も青ざめた顔で呟いた。



「ひえ……」



 接待の雰囲気は完全に崩壊し、幹事は胃がキリキリと痛むのを感じながら、この状況をどうするべきか悩んでいた。

 遅れて、キャディカーからもう一人降りてきた。



 エリシアだ。彼女は優雅に髪をなびかせながら、初めて見るゴルフ場の景色を眺めている。



「これがゴルフ、ねぇ。」



 彼女は興味深そうに周囲を見回しながら言った。



「ヴァイ!意外と良いですわね!」



 ヴァイはドライバーを手に、狂気じみた笑みを浮かべながらそれをポンポンと叩いている。



「ウッヒョおおお! “コレ”で頭以外を打ったのは初めてだぜぇ?」



 彼の手にあるのは、どう見ても「やっすい奴」。どうやらセカストで適当に買った中古のクラブらしい。ボロボロだが、それを気にする様子は全くない。

 幹事たちは遠くから二人を見ながら、完全に困惑していた。



「おい、なんだあれ……?」
「どう見ても素人だろ……しかもまともな素人じゃない。」



 どうやら、エリシアもヴァイもゴルフは初めてらしい。特にヴァイに至っては、これまでクラブを「凶器」としてしか使ったことがないのだろう。正しい使い方をしていること自体が、彼にとっては斬新な体験のようだった。



「これ、絶対何か問題起きるやつだよな……」



 幹事は内心でそう呟きながら、胃の痛みが増していくのを感じた。



 エリシアとヴァイは、周囲の常識などまるで意に介さず、ゴルフのマナーを無視してその場でショットを始めた。前にはまだ一般プレイヤーの組がいるというのに——。



「え?ちょ、ちょっと待って……!」



 幹事の声は届かず、二人は勝手にプレイを進める。

 エリシアが優雅にドライバーを構え、無駄に美しいフォームで一振りすると、ボールが低空で前方に勢いよく飛んでいった。



「ふふ、これがゴルフですのね!簡単ですわ!」

 ヴァイはそれを見て、負けじと叫ぶ。

「オレ様の番だぜぇ!」



 ドライバーを豪快に振り抜き、ボールをものすごい勢いで打ち込む。だが、ボールは全く狙いとは違う方向に飛んでいった。



 ——ポン!コツン……。



 前の組のプレイヤーたちは突然の打ち込みに驚いて振り返る。声もかけられず、いきなりボールが飛んできたのだから当然だ。



「え、ちょっと……!」



 一人が声を上げるが、エリシアは涼しい顔でクラブを振りながら言った。



「あら、ボールがそちらに行ってしまいましたわね。でもゴルフ場ですもの、そんなこともありますわ。」



 ヴァイは笑いながら叫ぶ。



 「いやぁ!ゴルフって最高だなぁ!オレの超ショット、見ただろ!?」



 幹事は冷や汗を流しながら、頭を抱えた。



(順番を守るのが常識だろ……。前に出るなら声かけろや!)



 周囲の視線が冷たく突き刺さる中、二人はどこ吹く風でショットを続けていた。



 前の組のプレイヤーが、ついに耐えかねて声を上げた。



「ちょっと、順番とか……!」



 だが、その言葉はヴァイには全く届いていない。それどころか、彼はそれを全くの逆解釈で受け取った。



「てめえらおっそいですわね! スロープレーですわよ! スロープレー!」



 エリシアも、完全にマナーを無視して声を上げる。
 ヴァイはさらに調子に乗り、大声で笑いながら続けた。



「そうだぜ!豚のセンズリじゃねえんだぞ!ぎゃ〜はっはっはっはっは〜!」



 プレイヤーたちが唖然とする中、ヴァイはキャディカーに飛び乗り、エリシアを誘った。



「シャアああ!次のホールだ!飛ばすぞ!」



 ——ブウウウゥン!



 キャディカーは煙を上げながらコースを走り去っていった。芝を無残に傷つけながらのその走行に、見ていた人々は頭を抱えた。



「あいつら、一体何なんだ……。」



 幹事の社員は絶望的な顔で、すでにどうにもならない状況に諦めの色を見せ始めていた。



 エリシアは豪快にクラブを振り抜き、ショットを繰り出した。ボールは勢いよく飛んでいったが、飛距離も方向も予想を超えてしまい、着地点がわからなくなった。



「えっと……どこに行きましたの?」



 エリシアは困惑した顔で周囲を見渡すが、誰もその行方を掴んでいない。
 ヴァイは笑いながらキャディカーの隣で叫んだ。



「どうした!?日が暮れちまうぜぇ〜?次打てよ!」



 エリシアは少し考え込んだ後、ため息をついて言った。



「しょうがないですわね〜。」



 そう言うと、スコアカードも持たず、何の確認もなくポケットから新しいボールを取り出し、適当にその辺に置いた。あたかもそこが正しい位置であるかのように振る舞いながら、再びクラブを構える。

 周囲で見ていた他のプレイヤーたちは呆れ顔で見つめていたが、エリシアはそんな視線には気づきもしない。むしろ優雅に言葉を付け加えた。



「こんな風に臨機応変にやるのがゴルフというものでしょう?」



 ヴァイは腹を抱えて大笑いしながら、エリシアの手法を完全に支持している。



「ハッハッハ!そうだ!細かいこと気にすんな!これが新しいゴルフのスタイルだぜ!」



 二人の行動に、他のプレイヤーは静かに頭を抱えた。



 ヴァイが勢いよくショットを繰り出すと、ボールは大きく右にそれ、バンカーへと吸い込まれていった。



「おぉ!ちっせえ砂漠だなぁ!」



 ヴァイは全く気にする様子もなく、楽しげにバンカーに足を踏み入れる。
 エリシアは訂正した。



「いや、バンカーって言うんですわよ!バンカーって!ちっせえ砂漠って何ですの!」



 しかしヴァイは聞く耳を持たず、砂に埋まったボールを引っ張り出そうとクラブを構えた。そして、全力で振り抜く。



 ——パァン!パァン!



 だが、ボールは思うように飛ばず、砂だけが高々と舞い上がる。

 普通のプレイヤーでも難しいバンカーショットを、ヴァイがまともにこなせるはずもなかった。むしろ、砂がなくなるんじゃないかという勢いでクラブを振り回し続ける。



「ウッヒョおおお!砂遊び最高だぜぇ!」



 ヴァイはテンションを上げながら、まるで砂漠で掘削作業でもしているかのようにクラブを振り続ける。

 一方、エリシアはその光景を見て絶句していた。



「ちょっと!砂が!ああ!砂が!」



 舞い上がった砂がエリシアにも飛んできて、彼女は思わずペッペッと口を払いながら叫んだ。



「ゴルフって紳士のスポーツじゃありませんの!?もうめちゃくちゃですわ!」



 それでもヴァイは止まらず、砂を飛ばしながら歓声を上げている。その異様な光景に、周囲のプレイヤーたちも完全に言葉を失っていた。

 散々バンカーの砂を巻き上げた挙句、ヴァイは急に飽きたようにクラブを肩に担いで言った。



「ま、この辺にしとくか。」



 そう言うと、堂々とボールを手づかみで拾い上げ、そのままバンカーの外へポイッと置いた。

 通常、こういう状況では「罰打」としてスコアに加算されるのがゴルフのルールだが、そもそもこの二人にとってはそんなことはどうでもいい話だった。

 まず、二人ともスコアカードなんてものを持っていないし、記録する様子もない。

 そして何より、「スコア」という概念そのものが存在していない。ゴルフはあくまで「ボールを打つのが楽しい」イベントであり、それ以上の意味は彼らにとって無関係だった。



 バンカーの砂を慣らすことも忘れたまま、エリシアとヴァイはキャディカーに飛び乗り、再びコースを爆走し始めた。



「18ホールって長くねえか!?」



 ヴァイはキャディカーのアクセルを全開にしながら叫んだ。
 エリシアは髪を風になびかせ、のんきに答える。



「あ〜そうですわね。なんで10ホールにしないんでしょうね〜?その方が効率的ですわよね。」



 ——ブウウウゥン!



 キャディカーは芝を削りながら煙を上げ、コースを突っ切る。後ろから注意する声や怒りの視線が飛んできたが、二人は全く気にしていない。



「次のホールで決着つけようぜぇ!」
「そうですわね!何か勝負しましょう!」



 そう話しているうちに、キャディカーは曲がり角をスリップしながらさらに加速していく。もはやゴルフとは何の関係もない光景に、周囲のプレイヤーたちはただ呆然とするばかりだった。



 二人はキャディカーで勢いよくグリーンに突入した。



 グリーンはゴルフの中でも特に繊細な技術が求められる場所で、芝目を読み、力加減を慎重に調整してボールをカップに沈める楽しみがある。

 だが——。



——パタ……。



 ヴァイが適当に放った一打は当然のようにカップを外れ、ボールはグリーン上を無情に転がった。エリシアも一打を試みるが、同じく外れる。二人は何の感慨もなく顔を見合わせる。



「……グリーンはつまんねえなぁ!」



 ヴァイはドライバーを肩に担ぎ、不満げに吐き捨てた。
 エリシアも腕を組みながら同意する。



「そうですわね。なんか地味ですわ。もっとこう、派手な要素があってもいいと思いません?」



 まさかの発言に、周囲のプレイヤーたちは驚愕の表情を浮かべる。グリーンを「つまらない」と評するプレイヤーなど聞いたことがない。



 だが二人は気にも留めず、なんとその場でプレイを放棄!



「次のホール行くぞぉ!」
「ええ、さっさと行きましょう!」



 ——ブウウウゥン!



 キャディカーは再び唸りを上げ、グリーンを荒らしながら猛スピードで次のホールへと向かう。プレイヤーたちは呆然とその後ろ姿を見送り、もはや何も言う気力を失っていた。



 奇妙な二人が去った後、接待ゴルフを続けていた一同は、昼食の時間になりクラブハウスへと向かった。だが、誰も先ほどの二人のことが頭から離れない。



 席に着くと、上司がポツリと呟いた。



「……何だったんだあいつらは。」



 先輩も腕を組みながら眉をひそめる。



「いや、ゴルフとは言えない何かだったな……。クラブ振り回して、キャディカーで芝荒らして……。」



 幹事の社員は、冷や汗を拭いながら恐る恐る言った。



「えっと……もしかして、外人か何かだったんじゃないですかね?文化の違いとか、そういう……。」



 全員が「まあ、それなら納得できなくもないか」という空気を漂わせながら頷いた。

 しかし、何かおかしいという思いは消えず、話題は自然と二人の奇行について再び盛り上がっていく。



「でもよ、普通、あそこまで無茶苦茶にはならないだろ。」
「そうだよな……。グリーンを『地味』なんて言う奴、聞いたことねえ。」



 結局、二人の正体は謎のまま、話題は尽きなかった。幹事は胃の痛みを感じながらも、接待を続けるべく気を取り直そうと努力していた。



 クラブハウスの静かな雰囲気を破るように、あの二人が騒がしい声を上げながら入ってきた。



「てかさぁ、全部ドライバー一本でいいんじゃね!?」



 ヴァイが大声で話しながら革ジャンをバサバサと鳴らしている。
 エリシアはそれに対し、あくまで冷静に反論する。



「ヴァイ、流石にそれはあり得ませんわよ。グリーン用のパターは必須ですわ。合わせて二本でしょ!」



 一同はそのやり取りに耳を奪われ、思わず顔を見合わせる。



「——うわぁ……」



 誰かが呟き、他のメンバーも内心で同意する。



 さらによく見ると、二人の服装があり得ないことに気づいて、視線が釘付けになる。ゴルフ場では普通、コース用とクラブハウス用で服装の区別が求められるが、二人にはそんな常識は一切通じていない。

 ヴァイは素肌に革ジャンという明らかにゴルフとは縁遠い格好で、ポケットからは謎のパーツやドライバー用のグリップが覗いている。一方エリシアも似たような革ジャン姿で、黒いスリムパンツに大きなサングラスをかけており、どこかサングラスの奥で優雅な笑みを浮かべている。



「……なんだよ素肌に革ジャンって。」
「いや、あの女も革ジャンだぞ……これ、ゴルフに来る服装か?」



 場内の誰もが口にこそ出さないが、二人がゴルフ場で完全に浮いていることは明らかだった。そして、クラブハウスの品のある空間にはあまりにミスマッチな存在感を放つ二人に、一同は再び困惑するのだった。



 クラブハウス内のレストランに入るや否や、エリシアとヴァイはさっそくテーブルに陣取り、メニューを見ながら大騒ぎを始めた。



「ウヒョおおお!さすが高級ゴルフ場だなぁ!こんなメニュー見たことねえぜ!」



 ヴァイはテンション高く叫びながら、次々に注文を追加していく。



「これとこれ、あとこのステーキセットも追加だ!」



 エリシアはメニューをじっくり眺めながら、優雅に微笑む。



「私もこちらのビーフシチュー、それとこのローストチキンを。」



 だが、運ばれてきた料理を前にすると、二人の勢いはさらに加速した。



「ウッヒョおおお!これがゴルフ場の飯か!最高だぜ!」



 ヴァイは目の前のステーキにがっついた。
 エリシアも一口ビーフシチューを味わい、ビールをぐいっと飲み干す。


「ふふっ、やっぱりゴルフには豪華な食事が欠かせませんわね!これが紳士淑女のスポーツの醍醐味というものでしょう!」



 周囲の客たちは呆然としながらも、二人の異様な存在感と食欲に圧倒されている。ゴルフ場のレストランで静かに談笑を楽しむ雰囲気など、二人の爆発的なテンションによって完全に打ち砕かれていた。



「あと、このデザート全部持ってきて!」



 ヴァイの声が響き渡り、スタッフは困惑しながらも注文を受けに来る。

 二人はゴルフのマナーも何も関係なく、ひたすら料理を堪能している。もはや彼らがここにいる目的は、ゴルフではなく「飲み食い」ではないかと誰もが思い始めていた。



 二人はレストランで料理をしこたま堪能し、わいわい騒いだ後、満足そうな表情で席を立った。



「いやぁ〜、ゴルフ場の飯ってこんなにうまいんだな!」



 ヴァイはステーキの余韻を引きずりながら、大きなゲップをしそうなのを堪えつつ歩き出す。
 エリシアもビールを最後まで飲み干し、優雅に髪を整えながら言った。



「ほんと、楽しい時間でしたわ!でもゴルフはもう十分ですわね。」



 二人はゴルフのことなどすっかり忘れたかのように、レストランを後にする。そしてそのまま駐車場へと向かうと、ピカピカに磨かれたメルセデスGクラスに乗り込んだ。

 ヴァイがハンドルを握りながら言う。



「シャアああ!ドライブの方がよっぽど楽しいだろ!いっちょ飛ばすぜぇ!」



 エリシアもサングラスをかけ直し、満足げに微笑む。



「そうですわね。ゴルフも悪くはありませんでしたけど、私たちにはもっと刺激的な遊びが似合いますわ。」



 ——ブオオオオォォン!



エンジン音が轟き、Gクラスは猛スピードでゴルフ場の駐車場を後にした。芝生やスコアカードの乱れを残した二人の姿はもうそこにはない。ゴルフ場にいた誰もが、去っていく車を見送りながら静かに呟いた。



「あいつら、結局何しに来たんだ……。」



 一方のエリシアとヴァイは、どこか新しい騒ぎを求めるかのように、ゴルフ場をあとにして次の目的地へ向かうのだった。



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 とあるプラント業界の社員にとって、その日曜は憂鬱の一言だった。
 予定されているのは、上司と先輩、そして元請工事責任者との接待ゴルフ。休日をゆっくり過ごすどころか、むしろ神経をすり減らす一日になることは明白だった。
 幹事役を任されたのは自分。プレッシャーは半端ではない。
「ゴルフの進行を円滑にしなきゃいけないし、景品も準備したし、昼食の段取りもちゃんとやった……はずだよな?」
 彼は独り言を呟きながら、出発前に何度も手帳とチェックリストを確認していた。
 ゴルフ場では、すでに上司と先輩、元請の工事責任者が集まり、和やかな雰囲気を装っている。だが、どことなくピリピリした空気も感じ取れる。
「おい、スコアカード持ってるか?」
「飲み物の準備は?」
「昼食は〇〇コースで手配したよな?」
 上司からの確認が飛ぶたびに冷や汗が滲む。全員が楽しむことが目標だが、その実、楽しませるのが幹事の務め。本人が楽しむ余裕など最初からない。
 いざスタートすると、プレー中も気を配ることが山積みだ。打ち損じを笑ってフォローしたり、ラフに入ったボールを探しに行く手伝いをしたり、時には元請の工事責任者のショットを褒めて場を盛り上げたり。
「……これ、仕事より疲れるんじゃないか?」
 心の中でそう呟きながらも、彼は笑顔を絶やさず、接待の任務を全うし続けるのだった。
 彼らが接待ゴルフを円滑に進めている中、静かなコースに突然響き渡る叫び声。
「ファああああああ!」
 一瞬、全員が動きを止める。その叫び声は、大抵危険を知らせるサインだ。振り返ると、彼らから少し離れた場所にゴルフボールが落ちている。どうやら、後ろの組がミスショットをしたらしい。
 先輩がボールを拾い上げながら、険しい表情で呟いた。
「……打ち込みやがってコンニャロー!一体どんなやつだ?」
 怒りを抑えつつ、後ろの組を睨もうと振り返ったその瞬間——。
 ——キイイイイイ!
 キャディカーがドリフトしながら目の前で止まった。タイヤの跡が芝生に刻まれ、一同は唖然とする。
「あぁ……せっかくの芝が……」
 幹事の社員は頭を抱えた。
 そしてキャディカーから飛び降りてきたのは——全身メタリックシルバーの「明らかにヤバいやつ」。狂気じみた笑みを浮かべた男が、ドライバーをぶん回している。
「シャアああ!飛ばすぞ!」
 その勢いと異様な雰囲気に、一同は完全に言葉を失う。ゴルフ場には似つかわしくないほどの異彩を放つその男に、元請の工事責任者も青ざめた顔で呟いた。
「ひえ……」
 接待の雰囲気は完全に崩壊し、幹事は胃がキリキリと痛むのを感じながら、この状況をどうするべきか悩んでいた。
 遅れて、キャディカーからもう一人降りてきた。
 エリシアだ。彼女は優雅に髪をなびかせながら、初めて見るゴルフ場の景色を眺めている。
「これがゴルフ、ねぇ。」
 彼女は興味深そうに周囲を見回しながら言った。
「ヴァイ!意外と良いですわね!」
 ヴァイはドライバーを手に、狂気じみた笑みを浮かべながらそれをポンポンと叩いている。
「ウッヒョおおお! “コレ”で頭以外を打ったのは初めてだぜぇ?」
 彼の手にあるのは、どう見ても「やっすい奴」。どうやらセカストで適当に買った中古のクラブらしい。ボロボロだが、それを気にする様子は全くない。
 幹事たちは遠くから二人を見ながら、完全に困惑していた。
「おい、なんだあれ……?」
「どう見ても素人だろ……しかもまともな素人じゃない。」
 どうやら、エリシアもヴァイもゴルフは初めてらしい。特にヴァイに至っては、これまでクラブを「凶器」としてしか使ったことがないのだろう。正しい使い方をしていること自体が、彼にとっては斬新な体験のようだった。
「これ、絶対何か問題起きるやつだよな……」
 幹事は内心でそう呟きながら、胃の痛みが増していくのを感じた。
 エリシアとヴァイは、周囲の常識などまるで意に介さず、ゴルフのマナーを無視してその場でショットを始めた。前にはまだ一般プレイヤーの組がいるというのに——。
「え?ちょ、ちょっと待って……!」
 幹事の声は届かず、二人は勝手にプレイを進める。
 エリシアが優雅にドライバーを構え、無駄に美しいフォームで一振りすると、ボールが低空で前方に勢いよく飛んでいった。
「ふふ、これがゴルフですのね!簡単ですわ!」
 ヴァイはそれを見て、負けじと叫ぶ。
「オレ様の番だぜぇ!」
 ドライバーを豪快に振り抜き、ボールをものすごい勢いで打ち込む。だが、ボールは全く狙いとは違う方向に飛んでいった。
 ——ポン!コツン……。
 前の組のプレイヤーたちは突然の打ち込みに驚いて振り返る。声もかけられず、いきなりボールが飛んできたのだから当然だ。
「え、ちょっと……!」
 一人が声を上げるが、エリシアは涼しい顔でクラブを振りながら言った。
「あら、ボールがそちらに行ってしまいましたわね。でもゴルフ場ですもの、そんなこともありますわ。」
 ヴァイは笑いながら叫ぶ。
 「いやぁ!ゴルフって最高だなぁ!オレの超ショット、見ただろ!?」
 幹事は冷や汗を流しながら、頭を抱えた。
(順番を守るのが常識だろ……。前に出るなら声かけろや!)
 周囲の視線が冷たく突き刺さる中、二人はどこ吹く風でショットを続けていた。
 前の組のプレイヤーが、ついに耐えかねて声を上げた。
「ちょっと、順番とか……!」
 だが、その言葉はヴァイには全く届いていない。それどころか、彼はそれを全くの逆解釈で受け取った。
「てめえらおっそいですわね! スロープレーですわよ! スロープレー!」
 エリシアも、完全にマナーを無視して声を上げる。
 ヴァイはさらに調子に乗り、大声で笑いながら続けた。
「そうだぜ!豚のセンズリじゃねえんだぞ!ぎゃ〜はっはっはっはっは〜!」
 プレイヤーたちが唖然とする中、ヴァイはキャディカーに飛び乗り、エリシアを誘った。
「シャアああ!次のホールだ!飛ばすぞ!」
 ——ブウウウゥン!
 キャディカーは煙を上げながらコースを走り去っていった。芝を無残に傷つけながらのその走行に、見ていた人々は頭を抱えた。
「あいつら、一体何なんだ……。」
 幹事の社員は絶望的な顔で、すでにどうにもならない状況に諦めの色を見せ始めていた。
 エリシアは豪快にクラブを振り抜き、ショットを繰り出した。ボールは勢いよく飛んでいったが、飛距離も方向も予想を超えてしまい、着地点がわからなくなった。
「えっと……どこに行きましたの?」
 エリシアは困惑した顔で周囲を見渡すが、誰もその行方を掴んでいない。
 ヴァイは笑いながらキャディカーの隣で叫んだ。
「どうした!?日が暮れちまうぜぇ〜?次打てよ!」
 エリシアは少し考え込んだ後、ため息をついて言った。
「しょうがないですわね〜。」
 そう言うと、スコアカードも持たず、何の確認もなくポケットから新しいボールを取り出し、適当にその辺に置いた。あたかもそこが正しい位置であるかのように振る舞いながら、再びクラブを構える。
 周囲で見ていた他のプレイヤーたちは呆れ顔で見つめていたが、エリシアはそんな視線には気づきもしない。むしろ優雅に言葉を付け加えた。
「こんな風に臨機応変にやるのがゴルフというものでしょう?」
 ヴァイは腹を抱えて大笑いしながら、エリシアの手法を完全に支持している。
「ハッハッハ!そうだ!細かいこと気にすんな!これが新しいゴルフのスタイルだぜ!」
 二人の行動に、他のプレイヤーは静かに頭を抱えた。
 ヴァイが勢いよくショットを繰り出すと、ボールは大きく右にそれ、バンカーへと吸い込まれていった。
「おぉ!ちっせえ砂漠だなぁ!」
 ヴァイは全く気にする様子もなく、楽しげにバンカーに足を踏み入れる。
 エリシアは訂正した。
「いや、バンカーって言うんですわよ!バンカーって!ちっせえ砂漠って何ですの!」
 しかしヴァイは聞く耳を持たず、砂に埋まったボールを引っ張り出そうとクラブを構えた。そして、全力で振り抜く。
 ——パァン!パァン!
 だが、ボールは思うように飛ばず、砂だけが高々と舞い上がる。
 普通のプレイヤーでも難しいバンカーショットを、ヴァイがまともにこなせるはずもなかった。むしろ、砂がなくなるんじゃないかという勢いでクラブを振り回し続ける。
「ウッヒョおおお!砂遊び最高だぜぇ!」
 ヴァイはテンションを上げながら、まるで砂漠で掘削作業でもしているかのようにクラブを振り続ける。
 一方、エリシアはその光景を見て絶句していた。
「ちょっと!砂が!ああ!砂が!」
 舞い上がった砂がエリシアにも飛んできて、彼女は思わずペッペッと口を払いながら叫んだ。
「ゴルフって紳士のスポーツじゃありませんの!?もうめちゃくちゃですわ!」
 それでもヴァイは止まらず、砂を飛ばしながら歓声を上げている。その異様な光景に、周囲のプレイヤーたちも完全に言葉を失っていた。
 散々バンカーの砂を巻き上げた挙句、ヴァイは急に飽きたようにクラブを肩に担いで言った。
「ま、この辺にしとくか。」
 そう言うと、堂々とボールを手づかみで拾い上げ、そのままバンカーの外へポイッと置いた。
 通常、こういう状況では「罰打」としてスコアに加算されるのがゴルフのルールだが、そもそもこの二人にとってはそんなことはどうでもいい話だった。
 まず、二人ともスコアカードなんてものを持っていないし、記録する様子もない。
 そして何より、「スコア」という概念そのものが存在していない。ゴルフはあくまで「ボールを打つのが楽しい」イベントであり、それ以上の意味は彼らにとって無関係だった。
 バンカーの砂を慣らすことも忘れたまま、エリシアとヴァイはキャディカーに飛び乗り、再びコースを爆走し始めた。
「18ホールって長くねえか!?」
 ヴァイはキャディカーのアクセルを全開にしながら叫んだ。
 エリシアは髪を風になびかせ、のんきに答える。
「あ〜そうですわね。なんで10ホールにしないんでしょうね〜?その方が効率的ですわよね。」
 ——ブウウウゥン!
 キャディカーは芝を削りながら煙を上げ、コースを突っ切る。後ろから注意する声や怒りの視線が飛んできたが、二人は全く気にしていない。
「次のホールで決着つけようぜぇ!」
「そうですわね!何か勝負しましょう!」
 そう話しているうちに、キャディカーは曲がり角をスリップしながらさらに加速していく。もはやゴルフとは何の関係もない光景に、周囲のプレイヤーたちはただ呆然とするばかりだった。
 二人はキャディカーで勢いよくグリーンに突入した。
 グリーンはゴルフの中でも特に繊細な技術が求められる場所で、芝目を読み、力加減を慎重に調整してボールをカップに沈める楽しみがある。
 だが——。
——パタ……。
 ヴァイが適当に放った一打は当然のようにカップを外れ、ボールはグリーン上を無情に転がった。エリシアも一打を試みるが、同じく外れる。二人は何の感慨もなく顔を見合わせる。
「……グリーンはつまんねえなぁ!」
 ヴァイはドライバーを肩に担ぎ、不満げに吐き捨てた。
 エリシアも腕を組みながら同意する。
「そうですわね。なんか地味ですわ。もっとこう、派手な要素があってもいいと思いません?」
 まさかの発言に、周囲のプレイヤーたちは驚愕の表情を浮かべる。グリーンを「つまらない」と評するプレイヤーなど聞いたことがない。
 だが二人は気にも留めず、なんとその場でプレイを放棄!
「次のホール行くぞぉ!」
「ええ、さっさと行きましょう!」
 ——ブウウウゥン!
 キャディカーは再び唸りを上げ、グリーンを荒らしながら猛スピードで次のホールへと向かう。プレイヤーたちは呆然とその後ろ姿を見送り、もはや何も言う気力を失っていた。
 奇妙な二人が去った後、接待ゴルフを続けていた一同は、昼食の時間になりクラブハウスへと向かった。だが、誰も先ほどの二人のことが頭から離れない。
 席に着くと、上司がポツリと呟いた。
「……何だったんだあいつらは。」
 先輩も腕を組みながら眉をひそめる。
「いや、ゴルフとは言えない何かだったな……。クラブ振り回して、キャディカーで芝荒らして……。」
 幹事の社員は、冷や汗を拭いながら恐る恐る言った。
「えっと……もしかして、外人か何かだったんじゃないですかね?文化の違いとか、そういう……。」
 全員が「まあ、それなら納得できなくもないか」という空気を漂わせながら頷いた。
 しかし、何かおかしいという思いは消えず、話題は自然と二人の奇行について再び盛り上がっていく。
「でもよ、普通、あそこまで無茶苦茶にはならないだろ。」
「そうだよな……。グリーンを『地味』なんて言う奴、聞いたことねえ。」
 結局、二人の正体は謎のまま、話題は尽きなかった。幹事は胃の痛みを感じながらも、接待を続けるべく気を取り直そうと努力していた。
 クラブハウスの静かな雰囲気を破るように、あの二人が騒がしい声を上げながら入ってきた。
「てかさぁ、全部ドライバー一本でいいんじゃね!?」
 ヴァイが大声で話しながら革ジャンをバサバサと鳴らしている。
 エリシアはそれに対し、あくまで冷静に反論する。
「ヴァイ、流石にそれはあり得ませんわよ。グリーン用のパターは必須ですわ。合わせて二本でしょ!」
 一同はそのやり取りに耳を奪われ、思わず顔を見合わせる。
「——うわぁ……」
 誰かが呟き、他のメンバーも内心で同意する。
 さらによく見ると、二人の服装があり得ないことに気づいて、視線が釘付けになる。ゴルフ場では普通、コース用とクラブハウス用で服装の区別が求められるが、二人にはそんな常識は一切通じていない。
 ヴァイは素肌に革ジャンという明らかにゴルフとは縁遠い格好で、ポケットからは謎のパーツやドライバー用のグリップが覗いている。一方エリシアも似たような革ジャン姿で、黒いスリムパンツに大きなサングラスをかけており、どこかサングラスの奥で優雅な笑みを浮かべている。
「……なんだよ素肌に革ジャンって。」
「いや、あの女も革ジャンだぞ……これ、ゴルフに来る服装か?」
 場内の誰もが口にこそ出さないが、二人がゴルフ場で完全に浮いていることは明らかだった。そして、クラブハウスの品のある空間にはあまりにミスマッチな存在感を放つ二人に、一同は再び困惑するのだった。
 クラブハウス内のレストランに入るや否や、エリシアとヴァイはさっそくテーブルに陣取り、メニューを見ながら大騒ぎを始めた。
「ウヒョおおお!さすが高級ゴルフ場だなぁ!こんなメニュー見たことねえぜ!」
 ヴァイはテンション高く叫びながら、次々に注文を追加していく。
「これとこれ、あとこのステーキセットも追加だ!」
 エリシアはメニューをじっくり眺めながら、優雅に微笑む。
「私もこちらのビーフシチュー、それとこのローストチキンを。」
 だが、運ばれてきた料理を前にすると、二人の勢いはさらに加速した。
「ウッヒョおおお!これがゴルフ場の飯か!最高だぜ!」
 ヴァイは目の前のステーキにがっついた。
 エリシアも一口ビーフシチューを味わい、ビールをぐいっと飲み干す。
「ふふっ、やっぱりゴルフには豪華な食事が欠かせませんわね!これが紳士淑女のスポーツの醍醐味というものでしょう!」
 周囲の客たちは呆然としながらも、二人の異様な存在感と食欲に圧倒されている。ゴルフ場のレストランで静かに談笑を楽しむ雰囲気など、二人の爆発的なテンションによって完全に打ち砕かれていた。
「あと、このデザート全部持ってきて!」
 ヴァイの声が響き渡り、スタッフは困惑しながらも注文を受けに来る。
 二人はゴルフのマナーも何も関係なく、ひたすら料理を堪能している。もはや彼らがここにいる目的は、ゴルフではなく「飲み食い」ではないかと誰もが思い始めていた。
 二人はレストランで料理をしこたま堪能し、わいわい騒いだ後、満足そうな表情で席を立った。
「いやぁ〜、ゴルフ場の飯ってこんなにうまいんだな!」
 ヴァイはステーキの余韻を引きずりながら、大きなゲップをしそうなのを堪えつつ歩き出す。
 エリシアもビールを最後まで飲み干し、優雅に髪を整えながら言った。
「ほんと、楽しい時間でしたわ!でもゴルフはもう十分ですわね。」
 二人はゴルフのことなどすっかり忘れたかのように、レストランを後にする。そしてそのまま駐車場へと向かうと、ピカピカに磨かれたメルセデスGクラスに乗り込んだ。
 ヴァイがハンドルを握りながら言う。
「シャアああ!ドライブの方がよっぽど楽しいだろ!いっちょ飛ばすぜぇ!」
 エリシアもサングラスをかけ直し、満足げに微笑む。
「そうですわね。ゴルフも悪くはありませんでしたけど、私たちにはもっと刺激的な遊びが似合いますわ。」
 ——ブオオオオォォン!
エンジン音が轟き、Gクラスは猛スピードでゴルフ場の駐車場を後にした。芝生やスコアカードの乱れを残した二人の姿はもうそこにはない。ゴルフ場にいた誰もが、去っていく車を見送りながら静かに呟いた。
「あいつら、結局何しに来たんだ……。」
 一方のエリシアとヴァイは、どこか新しい騒ぎを求めるかのように、ゴルフ場をあとにして次の目的地へ向かうのだった。