97. 一筋の光

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「そう、力がないから『命運』を求め、じゃが力がないから実現できず滅ぶんじゃ」

 レオンは言い返せなかった。突破口を見つけたと思ったのに、それは原理的に実現不可能だったのだ。スキル無しにスタンピードに突っ込んでいく前提の話など、どう考えても無理だった。

 希望の光が見えたと思った瞬間に、また闇に突き落とされる。その落差が、心を深くえぐった。

「深入りはせんことだ。『命運』は――人が手を出してよい領域の代物ではない。弄ばれるだけじゃぞ?」

 老司書は同じように挑んで破滅した者たちを見てきたのだろう。その痛みをレオンに味わわせたくないという想いが、声に滲んでいた。

 レオンはキュッと口を結んだ。確かに自分は無力だし、女の子たちを危険な目に遭わせるわけにもいかない。けれど――スキルの復活が可能だと知れただけで、レオンは満足だった。道は見えた。たとえ今すぐには歩めなくても、道があるということが分かった。それだけで、絶望の闇の中に一筋の光が差し込んだのだ。

「ご忠告――感謝します」

 レオンは老司書に向き直り、深々と頭を下げる。

「一歩前に進むことができました!」

 その言葉には、心からの感謝が込められていた。絶望的な情報ばかりの中で、たった一つの希望を見つけられたのだ。

 老司書はうなずくだけで何も言わなかったが、その目には複雑な光が宿っていた。破滅への道を歩もうとする若者への憂い、けれど同時に、その瞳に宿る希望の光への敬意。長い年月を生きてきた老人だからこそ分かる、若さゆえの輝きと危うさ。

 老司書は静かに道を開けた。

 レオンは一礼して禁書庫を後にする。窓の外では夕日が沈みかけており、空は茜色から紫色へと移り変わろうとしていた。

 レオンは足を止め、その美しいグラデーションを眺めながら大きく息を吸う。

 『命運』という言葉が、レオンの胸の中で静かに燃えていた。今の自分には実現する力がない。けれど、いつか必ず。仲間たちと共に力をつけて、いつか必ずこの呪いを打ち破ってみせる。

 懐に入れたルナの手紙に手を当てながら、レオンは図書館を後にした。

 『アルカナの未来は明るいんだよっ』

 その言葉を信じて、今日も一歩前に進めたのだ。


       ◇


 時は少しさかのぼり、少女たちの朝――。

 屋敷を出た四人は、誰も口を開かなかった。いつもならルナが何か文句を言い、ミーシャがからかい、シエルが慌てて仲裁に入り、エリナが呆れたように溜息をつく。そんな賑やかな朝のはずなのに、今日は違った。

 四人とも、レオンのことを考えていた。

 昨夜、暖炉の前で見たレオンの姿が、それぞれの胸に焼き付いている。膝を抱えて震えていた背中、虚ろに揺れていた翠色の瞳。あんなに頼もしくて、あんなに賢くて、いつも自分たちを導いてくれていた人が、あんなにも小さく見えた。その光景を思い出すたびに、胸が締め付けられるような痛みが走る。

(大丈夫かな……一人で……)

 シエルがちらりと後ろを振り返った。もう屋敷は見えない。けれどあそこにレオンがいる。一人で留守番をしながら、きっと今も自分を責めているのだろう。

(……私たちが、しっかりしなきゃ)

 シエルは弓を握る手に力を込めた。今日の依頼を完璧にこなして、胸を張って帰ろう。そしてレオンに言うのだ。「あなたのおかげで頑張れた」と。それが、今の自分にできる精一杯の恩返しだから。


       ◇


 ギルドの重い扉を開けると喧騒が一行を迎えた。酒と汗の匂い、武具のぶつかる音、冒険者たちの野太い笑い声。いつもの光景のはずが、今日はやけに棘を含んでいるように感じられた。

 その理由はすぐに分かった。カウンターへ向かう彼女たちに、周囲のテーブルから値踏みするような視線とわざとらしい囁き声が投げかけられる。

「おい、見ろよ。『アルカナ』だ。けど、今日はあの軍師様はいないのか?」

「へっ、軍師がいなくて大丈夫なのかよ。所詮は男に守られてるだけのお姫様パーティだろ」

「軍師様は他の女のところへ行っちまったか? ガハハハ!」

 下品な笑い声がギルドの空気を濁す。その言葉はレオンの苦悩を知る彼女たちに強烈な不快感を巻き起こす。

 エリナの手が無意識に剣の柄を握り、ギリと奥歯が音を立てた。

(こいつら……レオンの苦悩を知りもしないで……!)

 怒りが胸の奥でふつふつと煮えたぎる。この男たちはただ表面だけを見て、勝手な物差しで人を測って、嘲笑っているだけだ。

「なっ……! 失礼ね! レオンは今日はお留守番なの!」

 カッと顔を赤らめ、ルナが食ってかかろうとする。緋色の瞳には怒りの炎が燃え盛っており、今にも魔力が暴走しそうな気配すら漂っていた。

 その肩をミーシャが優しく、しかし有無を言わせぬ力で制した。

「まあまあ、ルナさん。獣の遠吠えに耳を貸す必要はございませんわ」

 その聖女の視線は今にも呪いを放ちそうな凄まじい怒気をはらんでおり、野次を飛ばした冒険者たちは思わず背筋を凍らせた。普段は「あらあら、うふふ」と微笑んでいるミーシャだが、本気で怒った時の彼女は誰よりも恐ろしい。空色の瞳の奥に宿る冷たい光は、まるで魂を凍てつかせるかのようだった。



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「そう、力がないから『命運』を求め、じゃが力がないから実現できず滅ぶんじゃ」
 レオンは言い返せなかった。突破口を見つけたと思ったのに、それは原理的に実現不可能だったのだ。スキル無しにスタンピードに突っ込んでいく前提の話など、どう考えても無理だった。
 希望の光が見えたと思った瞬間に、また闇に突き落とされる。その落差が、心を深くえぐった。
「深入りはせんことだ。『命運』は――人が手を出してよい領域の代物ではない。弄ばれるだけじゃぞ?」
 老司書は同じように挑んで破滅した者たちを見てきたのだろう。その痛みをレオンに味わわせたくないという想いが、声に滲んでいた。
 レオンはキュッと口を結んだ。確かに自分は無力だし、女の子たちを危険な目に遭わせるわけにもいかない。けれど――スキルの復活が可能だと知れただけで、レオンは満足だった。道は見えた。たとえ今すぐには歩めなくても、道があるということが分かった。それだけで、絶望の闇の中に一筋の光が差し込んだのだ。
「ご忠告――感謝します」
 レオンは老司書に向き直り、深々と頭を下げる。
「一歩前に進むことができました!」
 その言葉には、心からの感謝が込められていた。絶望的な情報ばかりの中で、たった一つの希望を見つけられたのだ。
 老司書はうなずくだけで何も言わなかったが、その目には複雑な光が宿っていた。破滅への道を歩もうとする若者への憂い、けれど同時に、その瞳に宿る希望の光への敬意。長い年月を生きてきた老人だからこそ分かる、若さゆえの輝きと危うさ。
 老司書は静かに道を開けた。
 レオンは一礼して禁書庫を後にする。窓の外では夕日が沈みかけており、空は茜色から紫色へと移り変わろうとしていた。
 レオンは足を止め、その美しいグラデーションを眺めながら大きく息を吸う。
 『命運』という言葉が、レオンの胸の中で静かに燃えていた。今の自分には実現する力がない。けれど、いつか必ず。仲間たちと共に力をつけて、いつか必ずこの呪いを打ち破ってみせる。
 懐に入れたルナの手紙に手を当てながら、レオンは図書館を後にした。
 『アルカナの未来は明るいんだよっ』
 その言葉を信じて、今日も一歩前に進めたのだ。
       ◇
 時は少しさかのぼり、少女たちの朝――。
 屋敷を出た四人は、誰も口を開かなかった。いつもならルナが何か文句を言い、ミーシャがからかい、シエルが慌てて仲裁に入り、エリナが呆れたように溜息をつく。そんな賑やかな朝のはずなのに、今日は違った。
 四人とも、レオンのことを考えていた。
 昨夜、暖炉の前で見たレオンの姿が、それぞれの胸に焼き付いている。膝を抱えて震えていた背中、虚ろに揺れていた翠色の瞳。あんなに頼もしくて、あんなに賢くて、いつも自分たちを導いてくれていた人が、あんなにも小さく見えた。その光景を思い出すたびに、胸が締め付けられるような痛みが走る。
(大丈夫かな……一人で……)
 シエルがちらりと後ろを振り返った。もう屋敷は見えない。けれどあそこにレオンがいる。一人で留守番をしながら、きっと今も自分を責めているのだろう。
(……私たちが、しっかりしなきゃ)
 シエルは弓を握る手に力を込めた。今日の依頼を完璧にこなして、胸を張って帰ろう。そしてレオンに言うのだ。「あなたのおかげで頑張れた」と。それが、今の自分にできる精一杯の恩返しだから。
       ◇
 ギルドの重い扉を開けると喧騒が一行を迎えた。酒と汗の匂い、武具のぶつかる音、冒険者たちの野太い笑い声。いつもの光景のはずが、今日はやけに棘を含んでいるように感じられた。
 その理由はすぐに分かった。カウンターへ向かう彼女たちに、周囲のテーブルから値踏みするような視線とわざとらしい囁き声が投げかけられる。
「おい、見ろよ。『アルカナ』だ。けど、今日はあの軍師様はいないのか?」
「へっ、軍師がいなくて大丈夫なのかよ。所詮は男に守られてるだけのお姫様パーティだろ」
「軍師様は他の女のところへ行っちまったか? ガハハハ!」
 下品な笑い声がギルドの空気を濁す。その言葉はレオンの苦悩を知る彼女たちに強烈な不快感を巻き起こす。
 エリナの手が無意識に剣の柄を握り、ギリと奥歯が音を立てた。
(こいつら……レオンの苦悩を知りもしないで……!)
 怒りが胸の奥でふつふつと煮えたぎる。この男たちはただ表面だけを見て、勝手な物差しで人を測って、嘲笑っているだけだ。
「なっ……! 失礼ね! レオンは今日はお留守番なの!」
 カッと顔を赤らめ、ルナが食ってかかろうとする。緋色の瞳には怒りの炎が燃え盛っており、今にも魔力が暴走しそうな気配すら漂っていた。
 その肩をミーシャが優しく、しかし有無を言わせぬ力で制した。
「まあまあ、ルナさん。獣の遠吠えに耳を貸す必要はございませんわ」
 その聖女の視線は今にも呪いを放ちそうな凄まじい怒気をはらんでおり、野次を飛ばした冒険者たちは思わず背筋を凍らせた。普段は「あらあら、うふふ」と微笑んでいるミーシャだが、本気で怒った時の彼女は誰よりも恐ろしい。空色の瞳の奥に宿る冷たい光は、まるで魂を凍てつかせるかのようだった。