悔恨と胸の穴
ー/ー私には大好きな曾祖母がいた。
いつも「大きくなったねぇ」と言って、その細くて震える手で、ありったけの優しさで撫でてくれた。そんなこと起こらないのに、そっとそっと傷付けぬよう、気を遣って柔らかく。
つまり、ひいおばあちゃんにとって私は、いくつになっても小さくかわいいひ孫なのだ。
そんなひいおばあちゃんも年々衰えてゆき、それは身体機能はもちろんのこと、脳だって同じことだった。
家に定期的にお世話をする人が来るたびに、その人を私と勘違いして「大きくなったねぇ」と、あの優しい手で撫でていたらしい。
その話を聞いたときは、私はただお茶目を見たような気持ちで笑っていた。それが、もう戻れないほどの衰えであることなんて、少し考えれば分かったはずなのに。
次に会ったとき、ひいおばあちゃんは病室のベッドで、いくつかの人工的な管に繋がれて横たわっていた。呼んでも意識はハッキリしていないらしく、返ってくるのは“返事”ではなく“反応”だった。
ときどき苦しそうに顔を歪めて、知らない低さで唸るその人を見て、私のひいおばあちゃんは死ぬのだと理解したように思う。
その後たびたび顔を見にきては、私はひいおばあちゃんではなく、苦しげなその人を見ることになった。ついに、私はその人に会いに行くのをやめていた。
だから、それは当然だった。
次に会うのはそのときだなんて、その瞬間から決まってた。
母は声を抑えることなく「おばあちゃん」と呼んで泣いていた。私の前では、ひいおばあちゃんは常に『ひいおばあちゃん』と呼ばれていた。それが共通の代名詞だった。だから、お母さんにとっては私のひいおばあちゃんは『おばあちゃん』なんだなんてことを、どこかぼんやり考えていた。
自分は泣いてないくせに、涙のひとすじも流さない妹に、どこか苛立っていたと思う。まるでそれが不謹慎なことであるというような、妙な怒りを覚えている。
手を握る。もう片方の手で、ひいおばあちゃんの額に触れた。ひいおばあちゃんの額は、まだあたたかかった。指先と違って、あたたかかった。
まだ生きているような気がした。だってこんなにあたたかい。そのあたたかさは、間違いなくひいおばあちゃんだったのだ。死んだなんて言われても、難しかった。
私は込み上げそうになるものをなぜかムキになって堪え、心の中でひいおばあちゃんとお別れをした。
その後、ひいおばあちゃんの足に、火傷のような痕跡があるのが分かった。病院側が電気毛布のようなものを使って、ひいおばあちゃんを温めていたらしい。そしてそれが低温やけどのようになり、それが死後になって分かったということだった。
それを聞いて、病室のベッドで呻くあの姿を思い出してしまった。
あれは、いったい何に苦しんでいたのか。まさか……まさかコレが原因で、コレに苦しめられていたんじゃないか。それを私はどんな気持ちで見過ごしていたのか。
こんな苦痛に、私が来たときも、帰っても、寝ても覚めてもずっとずっと曝されていたなんて。
そしてその苦痛から救ったのが、私でも家族でもなく、ひたすら冷たい死だったなんて……そんな最期があっていいはずがなかった。そんな考えが一瞬で脳内を駆け巡る。
その後に見たひいおばあちゃんは、もうあまり覚えてない。棺には知らない人が入ってて、その次にはもう骨だった。『すごく頑丈な骨ですね』なんて、喜べばいいのだろうけど、感情をなにも動かさない言葉だけが耳に残っている。
私とひいおばあちゃんとの別れは、そんなぐちゃぐちゃな一連の出来事だった。私は胸に空いた穴を自覚して、自分で思った以上にひいおばあちゃんの存在が大きかったことを知った。
そんなひいおばあちゃんの穴を、私は決して埋めないことを心に決めたはずなのに、今ではスッカリ癒えてしまった。痛みを忘却が薄れさせ、穴を時間が埋めていた。あまりにも無遠慮で暴力的に抗い難く、とても残酷に……私は癒えてしまってた。
それでもたびたび疼くことがある。
————あのとき、私がひいおばあちゃんの苦痛に気づいていたなら、ひいおばあちゃんはその優しさに見合った穏やかな最期を迎えられたのではないか。
そんな考えを浮かべるたびに、私は痛みを思い出し、少しだけ胸中に穴を取り戻すのだった。
今でもときどき胸が疼く。そのたび私はひいおばあちゃんの温もりと、私自身の罪を思い出している。
こうして。
今も。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
私には大好きな曾祖母がいた。
いつも「大きくなったねぇ」と言って、その細くて震える手で、ありったけの優しさで撫でてくれた。そんなこと起こらないのに、そっとそっと傷付けぬよう、気を遣って柔らかく。
つまり、ひいおばあちゃんにとって私は、いくつになっても小さくかわいいひ孫なのだ。
そんなひいおばあちゃんも年々衰えてゆき、それは身体機能はもちろんのこと、脳だって同じことだった。
家に定期的にお世話をする人が来るたびに、その人を私と勘違いして「大きくなったねぇ」と、あの優しい手で撫でていたらしい。
その話を聞いたときは、私はただお茶目を見たような気持ちで笑っていた。それが、もう戻れないほどの衰えであることなんて、少し考えれば分かったはずなのに。
家に定期的にお世話をする人が来るたびに、その人を私と勘違いして「大きくなったねぇ」と、あの優しい手で撫でていたらしい。
その話を聞いたときは、私はただお茶目を見たような気持ちで笑っていた。それが、もう戻れないほどの衰えであることなんて、少し考えれば分かったはずなのに。
次に会ったとき、ひいおばあちゃんは病室のベッドで、いくつかの人工的な管に繋がれて横たわっていた。呼んでも意識はハッキリしていないらしく、返ってくるのは“返事”ではなく“反応”だった。
ときどき苦しそうに顔を歪めて、知らない低さで唸るその人を見て、私のひいおばあちゃんは死ぬのだと理解したように思う。
その後たびたび顔を見にきては、私はひいおばあちゃんではなく、苦しげなその人を見ることになった。ついに、私はその人に会いに行くのをやめていた。
その後たびたび顔を見にきては、私はひいおばあちゃんではなく、苦しげなその人を見ることになった。ついに、私はその人に会いに行くのをやめていた。
だから、それは当然だった。
次に会うのは《《そのとき》》だなんて、その瞬間から決まってた。
次に会うのは《《そのとき》》だなんて、その瞬間から決まってた。
母は声を抑えることなく「おばあちゃん」と呼んで泣いていた。私の前では、ひいおばあちゃんは常に『ひいおばあちゃん』と呼ばれていた。それが共通の代名詞だった。だから、お母さんにとっては私のひいおばあちゃんは『おばあちゃん』なんだなんてことを、どこかぼんやり考えていた。
自分は泣いてないくせに、涙のひとすじも流さない妹に、どこか苛立っていたと思う。まるでそれが不謹慎なことであるというような、妙な怒りを覚えている。
自分は泣いてないくせに、涙のひとすじも流さない妹に、どこか苛立っていたと思う。まるでそれが不謹慎なことであるというような、妙な怒りを覚えている。
手を握る。もう片方の手で、ひいおばあちゃんの額に触れた。ひいおばあちゃんの額は、まだあたたかかった。指先と違って、あたたかかった。
まだ生きているような気がした。だってこんなにあたたかい。そのあたたかさは、間違いなくひいおばあちゃんだったのだ。死んだなんて言われても、難しかった。
私は込み上げそうになるものをなぜかムキになって堪え、心の中でひいおばあちゃんとお別れをした。
まだ生きているような気がした。だってこんなにあたたかい。そのあたたかさは、間違いなくひいおばあちゃんだったのだ。死んだなんて言われても、難しかった。
私は込み上げそうになるものをなぜかムキになって堪え、心の中でひいおばあちゃんとお別れをした。
その後、ひいおばあちゃんの足に、火傷のような痕跡があるのが分かった。病院側が電気毛布のようなものを使って、ひいおばあちゃんを温めていたらしい。そしてそれが低温やけどのようになり、それが死後になって分かったということだった。
それを聞いて、病室のベッドで呻くあの姿を思い出してしまった。
それを聞いて、病室のベッドで呻くあの姿を思い出してしまった。
あれは、いったい何に苦しんでいたのか。まさか……まさかコレが原因で、コレに苦しめられていたんじゃないか。それを私はどんな気持ちで見過ごしていたのか。
こんな苦痛に、私が来たときも、帰っても、寝ても覚めてもずっとずっと曝されていたなんて。
そしてその苦痛から救ったのが、私でも家族でもなく、ひたすら冷たい死だったなんて……そんな最期があっていいはずがなかった。そんな考えが一瞬で脳内を駆け巡る。
こんな苦痛に、私が来たときも、帰っても、寝ても覚めてもずっとずっと曝されていたなんて。
そしてその苦痛から救ったのが、私でも家族でもなく、ひたすら冷たい死だったなんて……そんな最期があっていいはずがなかった。そんな考えが一瞬で脳内を駆け巡る。
その後に見たひいおばあちゃんは、もうあまり覚えてない。棺には知らない人が入ってて、その次にはもう骨だった。『すごく頑丈な骨ですね』なんて、喜べばいいのだろうけど、感情をなにも動かさない言葉だけが耳に残っている。
私とひいおばあちゃんとの別れは、そんなぐちゃぐちゃな一連の出来事だった。私は胸に空いた穴を自覚して、自分で思った以上にひいおばあちゃんの存在が大きかったことを知った。
そんなひいおばあちゃんの穴を、私は決して埋めないことを心に決めたはずなのに、今ではスッカリ癒えてしまった。痛みを忘却が薄れさせ、穴を時間が埋めていた。あまりにも無遠慮で暴力的に抗い難く、とても残酷に……私は癒えてしまってた。
それでもたびたび疼くことがある。
————あのとき、私がひいおばあちゃんの苦痛に気づいていたなら、ひいおばあちゃんはその優しさに見合った穏やかな最期を迎えられたのではないか。
そんな考えを浮かべるたびに、私は痛みを思い出し、少しだけ胸中に|穴《ひいおばあちゃんの居場所》を取り戻すのだった。
今でもときどき胸が疼く。そのたび私はひいおばあちゃんの温もりと、私自身の罪を思い出している。
こうして。
今も。