93. 心の拠り所

ー/ー



「だ、大丈夫よ? これくらい……」

 ルナは目を泳がせながら恥ずかしそうに呟く。

 レオンは丁寧に優しく、まるで妹の世話をするかのように頬の煤を拭っていく。不思議なことに、こうしてルナの世話を焼いていると、どこか懐かしい気持ちになる。胸の奥に温かいものが広がって、同時に切ない痛みも感じる。

(リナも……こうやって世話を焼いてやりたかったな……)

 妹はまだ幼いまま逝ってしまった。成長した姿を見ることも、こうして世話を焼いてやることも、もうできない。そう思っていたのに、ルナの世話をしていると、なぜかその想いが少しだけ満たされるような気がするのだ。


       ◇


(レオンが……こんなに近くに……)

 ルナの心臓がドクンと高鳴った。レオンの翠色の瞳がすぐそこにある。その瞳を見つめていると、ルナの胸の奥で何かがざわめいた。恋心だけでなく懐かしいような、切ないような、よく分からない感情。自分でも説明できない、不思議な感覚だった。

「よし、これできれいになった」

 レオンがにっこりと微笑む。その笑顔を見た瞬間、ルナの心が溶けそうになった。

「よかった……怪我してなくて」

「う、うん……ありがと……」

 視線をキョロキョロと落ち着きなく泳がせながら、ルナは胸の奥の不思議な温かさを感じていた。


       ◇


 焦げたパンとベーコンだけの少し寂しい朝食になってしまったが、それでも五人で囲む食卓は温かく笑い声が絶えなかった。

 ルナの失敗談で盛り上がり、シエルが次は自分が料理すると宣言し、ミーシャが「あら、楽しみですわ」と眉間にしわを寄せ、エリナが「私も手伝う」と身を乗り出す。ルナは「次こそは絶対に成功させるんだから!」と拳を握りしめ、その横でレオンが「魔力は使わないでね」と苦笑している。

 レオンはその光景を見ながら、心から思った。

(僕たちはもう、家族なんだな)

 血の繋がりはない。出会ってからまだ日も浅い。けれど確かにここには家族がいる。スキルを失って絶望の淵に沈んでいた自分を救い上げてくれた、大切な家族が。

 ふとルナの方を見ると、彼女は一生懸命に焦げたパンにジャムを塗っていた。その横顔を見ていると、また胸の奥がチクリと痛む。

 しかし、勝手に妹の面影をルナに重ねるのは、ルナにとっては失礼な話だろう。

 いくら小柄で可愛いからといって、亡くなった人の代わりと見るのは誰も幸せにしない。

 レオンは小さく首を振って、コーヒーをすすった。

 亡くなった人は思い出の中にたまに思い出すくらいがいいのだ。いい加減卒業しないとならない。

 ルナがジャムを塗りすぎてパンからはみ出し、「あーもう!」と叫んでいる。その様子を見てみんなが笑い、ルナがさらに顔を赤くする。

 その光景を見ながら、レオンは心に温かいものが満たされていくのを感じていた。

 窓の外では朝日がますます高く昇り、新しい一日の始まりを告げている。

 この温かな食卓、この賑やかな笑い声、この愛おしい仲間たち。

 それこそが、レオンにとっての新しい「光」だった。

 【運命鑑定】という神がかったスキルを失っても、この光さえあれば前に進める。そう確信できる朝だった。


       ◇


 朝食を終えた頃、ルナがバン!とテーブルを叩いて立ち上がった。

「よし! じゃあ今日は、あたしたちだけでギルドの依頼をこなしてくる!」

「え……?」

 その宣言にレオンは混乱し、眉をひそめる。

「レオンは屋敷でゆっくり休んでて!」

 ルナはレオンの顔色を窺うようにそう続けた。その声には、彼を心配する気持ちが滲み出ている。昨夜、暖炉の前で見たレオンの疲れ切った横顔が、ルナの脳裏に焼き付いていたのだ。

「いや、しかし……」

 レオンが戸惑った声を出すと、シエルも力強く頷いた。

「そうよ。レオンは昨夜、あまり眠れていないだろうし……ボクたちだけで行ってくるよ」

 碧眼が優しくレオンを見つめている。男装の弓手は、いつもより少しだけ声を柔らかくして、まるで傷ついた小鳥を労わるような眼差しを向けていた。

「で、でも……」

 レオンはキュッと口を結んだ。胸の奥に痛みが走る。確かに戦闘では役に立たない。血を見れば体が動かなくなる自分は、前線に立つことすらできない。せめて荷物持ちくらいはやらせて欲しかったが、そう言われてしまうともう何も言えなかった。レオンの視線が下を向き、肩がわずかに落ちる。

 うつむきかけたレオンのその心の揺らぎを、ミーシャは見逃さなかった。

「あらあら、勘違いなさらないでくださいな」

 彼女は優雅にカップを置くと悪戯っぽく微笑んだ。

「あなたには、あなたにしかできない重要任務をお願いしたいのですわ」

「僕にしか……できない仕事?」

 レオンがけげんそうに顔を上げる。

「ええ」

 ミーシャは優雅に頷いた。

「まずは体調の管理。あなたが心身健康でいていただかないと、アルカナは輝けないのです」

「そ、そう……?」

「当然ですわ。あなたは私たちの――心の拠り所なのですから」

 その言葉にレオンの胸が熱くなる。心の拠り所。その言葉が、どれほど自分を救ってくれるか、ミーシャは分かっているのだろう。



次のエピソードへ進む 94. 未来は明るいんだよっ


みんなのリアクション

「だ、大丈夫よ? これくらい……」
 ルナは目を泳がせながら恥ずかしそうに呟く。
 レオンは丁寧に優しく、まるで妹の世話をするかのように頬の煤を拭っていく。不思議なことに、こうしてルナの世話を焼いていると、どこか懐かしい気持ちになる。胸の奥に温かいものが広がって、同時に切ない痛みも感じる。
(リナも……こうやって世話を焼いてやりたかったな……)
 妹はまだ幼いまま逝ってしまった。成長した姿を見ることも、こうして世話を焼いてやることも、もうできない。そう思っていたのに、ルナの世話をしていると、なぜかその想いが少しだけ満たされるような気がするのだ。
       ◇
(レオンが……こんなに近くに……)
 ルナの心臓がドクンと高鳴った。レオンの翠色の瞳がすぐそこにある。その瞳を見つめていると、ルナの胸の奥で何かがざわめいた。恋心だけでなく懐かしいような、切ないような、よく分からない感情。自分でも説明できない、不思議な感覚だった。
「よし、これできれいになった」
 レオンがにっこりと微笑む。その笑顔を見た瞬間、ルナの心が溶けそうになった。
「よかった……怪我してなくて」
「う、うん……ありがと……」
 視線をキョロキョロと落ち着きなく泳がせながら、ルナは胸の奥の不思議な温かさを感じていた。
       ◇
 焦げたパンとベーコンだけの少し寂しい朝食になってしまったが、それでも五人で囲む食卓は温かく笑い声が絶えなかった。
 ルナの失敗談で盛り上がり、シエルが次は自分が料理すると宣言し、ミーシャが「あら、楽しみですわ」と眉間にしわを寄せ、エリナが「私も手伝う」と身を乗り出す。ルナは「次こそは絶対に成功させるんだから!」と拳を握りしめ、その横でレオンが「魔力は使わないでね」と苦笑している。
 レオンはその光景を見ながら、心から思った。
(僕たちはもう、家族なんだな)
 血の繋がりはない。出会ってからまだ日も浅い。けれど確かにここには家族がいる。スキルを失って絶望の淵に沈んでいた自分を救い上げてくれた、大切な家族が。
 ふとルナの方を見ると、彼女は一生懸命に焦げたパンにジャムを塗っていた。その横顔を見ていると、また胸の奥がチクリと痛む。
 しかし、勝手に妹の面影をルナに重ねるのは、ルナにとっては失礼な話だろう。
 いくら小柄で可愛いからといって、亡くなった人の代わりと見るのは誰も幸せにしない。
 レオンは小さく首を振って、コーヒーをすすった。
 亡くなった人は思い出の中にたまに思い出すくらいがいいのだ。いい加減卒業しないとならない。
 ルナがジャムを塗りすぎてパンからはみ出し、「あーもう!」と叫んでいる。その様子を見てみんなが笑い、ルナがさらに顔を赤くする。
 その光景を見ながら、レオンは心に温かいものが満たされていくのを感じていた。
 窓の外では朝日がますます高く昇り、新しい一日の始まりを告げている。
 この温かな食卓、この賑やかな笑い声、この愛おしい仲間たち。
 それこそが、レオンにとっての新しい「光」だった。
 【運命鑑定】という神がかったスキルを失っても、この光さえあれば前に進める。そう確信できる朝だった。
       ◇
 朝食を終えた頃、ルナがバン!とテーブルを叩いて立ち上がった。
「よし! じゃあ今日は、あたしたちだけでギルドの依頼をこなしてくる!」
「え……?」
 その宣言にレオンは混乱し、眉をひそめる。
「レオンは屋敷でゆっくり休んでて!」
 ルナはレオンの顔色を窺うようにそう続けた。その声には、彼を心配する気持ちが滲み出ている。昨夜、暖炉の前で見たレオンの疲れ切った横顔が、ルナの脳裏に焼き付いていたのだ。
「いや、しかし……」
 レオンが戸惑った声を出すと、シエルも力強く頷いた。
「そうよ。レオンは昨夜、あまり眠れていないだろうし……ボクたちだけで行ってくるよ」
 碧眼が優しくレオンを見つめている。男装の弓手は、いつもより少しだけ声を柔らかくして、まるで傷ついた小鳥を労わるような眼差しを向けていた。
「で、でも……」
 レオンはキュッと口を結んだ。胸の奥に痛みが走る。確かに戦闘では役に立たない。血を見れば体が動かなくなる自分は、前線に立つことすらできない。せめて荷物持ちくらいはやらせて欲しかったが、そう言われてしまうともう何も言えなかった。レオンの視線が下を向き、肩がわずかに落ちる。
 うつむきかけたレオンのその心の揺らぎを、ミーシャは見逃さなかった。
「あらあら、勘違いなさらないでくださいな」
 彼女は優雅にカップを置くと悪戯っぽく微笑んだ。
「あなたには、あなたにしかできない重要任務をお願いしたいのですわ」
「僕にしか……できない仕事?」
 レオンがけげんそうに顔を上げる。
「ええ」
 ミーシャは優雅に頷いた。
「まずは体調の管理。あなたが心身健康でいていただかないと、アルカナは輝けないのです」
「そ、そう……?」
「当然ですわ。あなたは私たちの――心の拠り所なのですから」
 その言葉にレオンの胸が熱くなる。心の拠り所。その言葉が、どれほど自分を救ってくれるか、ミーシャは分かっているのだろう。