第87話 インフレーション令嬢

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 パエデロスの農業組合の会長バレイがつきつけてきたものは、さして難しい話でもなかった。かなり身構えてはいたのだが、ジャガイモがあまりにも安すぎるから高く売れということだ。

 そんなに安価にしたつもりもないし、なんだったら結構あちこちで相談をした上で定めた価格だったから意外ではあった。
 無論、バレイの提案には迷うことなく承諾した。

 これで何のことなく場が落ち着くのであれば、それにこしたことはない。
 我の首が繋がったままで済まされるのだから。

 しかして、バレイの要望を加味して値段を釣り上げたジャガイモだったが、驚くべき事に売り上げが劇的に落ちるということはなかった。なんだったら一層我の儲けが伸びに伸びたくらいだ。売れすぎだろう、ジャガイモ。

 ほんのつい最近までは貧乏令嬢にまで落ちぶれるかもしれないと心配していたのに、気付いたら一気に巻き返していた。数奇なこともあったもんだ。

 こんな事態に、ロータスからも一報が届いたが、もはやただの感謝状だった。
 アイツには多額の金も貸してやったわけだし、このパエデロスの発展にも大いに貢献してしまった。

 正直、ここまでするつもりはなかったのだが、今更悪目立ちしてデメリットになることもそんなにないし、暴動やら何やらも沈静化してきたから良しとしよう。

 我はパエデロスという土地をまだ甘く見ていたのかもしれない。
 日々を冒険で生計立てている連中ばかりの集うこの街で、日持ちの良い食料となりうるものを大量に生産していくことがどういうことになるのか。

 ちまたでは、我のことを芋令嬢などと呼ぶ声もあるらしい。いや、なんかそういう呼び名は何となしに不愉快なのだが。
 我を真似してか、パエデロスでも芋農家は増え始めてきて、いよいよもって競争じみたことにもなってきてしまった。

 その先頭を突っ走っている大富豪の我は高みの見物なのだが、いつまでもぼんやりあぐらをかいているとまたうっかり貧乏令嬢になりかけていた、なんてことにもなりかねない。

 だから我は次の一手を打つことにした。

「フィーお嬢様、次の一品でございます」
「うむ」

 我の目の前に皿が差し出される。そこにあるのは、芋料理だ。
 ほくほくにふかした芋を潰して野菜などと混ぜ合わせサラダにしたものから、肉などと一緒に出汁と絡めてみた料理など、様々なものが並ぶ。

 一体何をしているかと言えば、芋料理の開拓だ。金にものを言わせ古今東西からシェフを呼び寄せてジャガイモの可能性についてを追求してみることにした。
 当たればこれでまた一儲けできるだろうからな。

「ふぇ~……どれもおいしそうれすねぇ」

 同じ食卓についたミモザが目をきらきらさせながらよだれを垂らしそうになっている。ミモザもジャガイモというものを知らなかったようで、興味津々の様子。
 森の民エルフなら植物のことには詳しいイメージだったが、よっぽどジャーカランダーという土地は我らには縁遠いところなのだろう。

「遠慮なく食え。芋はいくらでもあるのだからな」

 調べたところによれば、ジャガイモは保存性の高さも優れているが、栄養価も十二分に高いようだ。だからこそ冒険者の間で人気を獲得しているのだろう。

 日頃、ミモザは飲食も忘れて魔具の製作に没頭しているところもある。今日は目一杯芋料理を振る舞ってやろうではないか。

「おいもってホクホクでおいひいでふねぇ~……」

 そのミモザの笑顔だけで我も食事が進むというもの。
 実際のところ、芋はどのように調理しても美味であった。

「これはなかなか裾野の広い食材なのだな」

 どうしてこんなものがこれまで広まってこなかったのかが不思議でならないな。
 そうこうしていくうちに芋料理の皿は次々と運ばれてくる。

「こんなに沢山食べてもいいんでしゅか?」
「ああ……しっかり食え」
「うまいれふ……うまいれふ……」
「おかわりもいいぞ!」

 ミモザがこんなにも嬉しそうに食事にありついている様を見ると、ふと我が初めてミモザをこの屋敷に招待したときのことが思い起こされる。あのときは確か泣きながらパンに齧り付いていたな。あれからミモザとはグンと親密になったものだ。

「おいおい、ミモザ。口元に垂れておるぞ」
「ふぇへへへ~……」

 そっと口元を拭ってやる。
 まあ、こんな感じで相変わらずミモザは子供みたいなものなのだが。

「うちのシェフも、なかなか腕を上げたな。どれもこれも甲乙付けがたい」
「フィーしゃん、新しい料理ができたらどうするんれすか?」
「そりゃまあ、レシピを作って街の食事処に売るつもりだ。材料ごと卸してやればそれなりの稼ぎにもなるだろうしな」

 それが一番手っ取り早い。まさか我がレストランを経営するわけにもいくまい。今も慣れない農業の管理には追われているところだし、そうでなくともミモザの店でも色々と手をつけているところもある。
 その気になればパエデロスのあちこちにレストランを建ててしまうことも可能ではあるが、そこまでは我の本意ではない。

「えぇと、例えばそのぅ……わたしのお店で売るのもありじゃないれふかね」
「ミモザの店で?」

 それは奇妙な提案だ。ミモザの店は魔具の店。冒険に役立つ道具を提供する店であって、食事を提供するような店では決してない。

「もっとこう、振る舞うような料理じゃなくて、携帯食料のようなものならわたしのお店でも取り扱えると思うのでふ」
「携帯食料、か。考えてもみればそうだな。芋を別な切り口で売り込むことを考えておったから冒険者の食料という点を見落としていたな」

 ジャガイモ自体が持ち歩ける食料という認識でいたから意外と盲点だった。
 ただ調理するのではなく、持ち運べて美味しい食料なら売れそうだ。
 それがミモザの店ともなればなおさらのことよ。

 パエデロスにおいてミモザの店は天使の店とも呼ばれるほどの人気を博しているのだからな。今までは魔具をメインに取り扱ってはいたが、エルフ直伝の携帯食料も一応置いてあった。そこに新商品を入荷させるのも発想としては悪くない。

「なるほど、そういうのもいいかもしれないな。試してみる価値はある」
「本当でしゅか?」
「ああ。そうと決まれば方向性を変えよう」

 そうして、腹一杯の芋料理を堪能した後、我とミモザは颯爽と厨房へと向かい、日持ちする携帯食料のレシピ開発を我が有能なるシェフたちに叩きつけた。

 ※ ※ ※

「いかがでしょうか、お嬢様」

 皿に盛られたのは、芋を油で揚げたものだ。
 薄くスライスされたチップスになっており、塩で味付けもされている。

 長時間の冒険において、脂質の多い食料は重宝される。直ぐに消化吸収される糖質と異なり、少ない量でも長時間持続するエネルギーになるからだ。
 この油で揚げた芋であれば携帯食料としては申し分ないだろう。

 最初はもう少し、指先ほどの大きさで揚げてもらっていたのだが、もっと薄く、もっと薄くと注文付けているうちに紙のように薄いチップスになってしまった。

「これ、美味しいでふね!」

 ミモザがパリパリと紙のように薄くスライスされた芋をもりもり食べる。
 カラッと揚げられていることもあり、それなりに固いらしい。
 油でふやけるものかと思ったが、存外そうでもなく、パリパリになるのか。

「どうだ、店で取り扱えそうか?」
「持ち運ぶ入れ物をどうにかできれば売れそうれす! それくらいならわたしでも作れるから問題ないでしゅね!」

 口元を汚したミモザは笑顔でそう答えてくれた。
 この笑顔が見れて、我も満足だ。


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 パエデロスの農業組合の会長バレイがつきつけてきたものは、さして難しい話でもなかった。かなり身構えてはいたのだが、ジャガイモがあまりにも安すぎるから高く売れということだ。
 そんなに安価にしたつもりもないし、なんだったら結構あちこちで相談をした上で定めた価格だったから意外ではあった。
 無論、バレイの提案には迷うことなく承諾した。
 これで何のことなく場が落ち着くのであれば、それにこしたことはない。
 我の首が繋がったままで済まされるのだから。
 しかして、バレイの要望を加味して値段を釣り上げたジャガイモだったが、驚くべき事に売り上げが劇的に落ちるということはなかった。なんだったら一層我の儲けが伸びに伸びたくらいだ。売れすぎだろう、ジャガイモ。
 ほんのつい最近までは貧乏令嬢にまで落ちぶれるかもしれないと心配していたのに、気付いたら一気に巻き返していた。数奇なこともあったもんだ。
 こんな事態に、ロータスからも一報が届いたが、もはやただの感謝状だった。
 アイツには多額の金も貸してやったわけだし、このパエデロスの発展にも大いに貢献してしまった。
 正直、ここまでするつもりはなかったのだが、今更悪目立ちしてデメリットになることもそんなにないし、暴動やら何やらも沈静化してきたから良しとしよう。
 我はパエデロスという土地をまだ甘く見ていたのかもしれない。
 日々を冒険で生計立てている連中ばかりの集うこの街で、日持ちの良い食料となりうるものを大量に生産していくことがどういうことになるのか。
 ちまたでは、我のことを芋令嬢などと呼ぶ声もあるらしい。いや、なんかそういう呼び名は何となしに不愉快なのだが。
 我を真似してか、パエデロスでも芋農家は増え始めてきて、いよいよもって競争じみたことにもなってきてしまった。
 その先頭を突っ走っている大富豪の我は高みの見物なのだが、いつまでもぼんやりあぐらをかいているとまたうっかり貧乏令嬢になりかけていた、なんてことにもなりかねない。
 だから我は次の一手を打つことにした。
「フィーお嬢様、次の一品でございます」
「うむ」
 我の目の前に皿が差し出される。そこにあるのは、芋料理だ。
 ほくほくにふかした芋を潰して野菜などと混ぜ合わせサラダにしたものから、肉などと一緒に出汁と絡めてみた料理など、様々なものが並ぶ。
 一体何をしているかと言えば、芋料理の開拓だ。金にものを言わせ古今東西からシェフを呼び寄せてジャガイモの可能性についてを追求してみることにした。
 当たればこれでまた一儲けできるだろうからな。
「ふぇ~……どれもおいしそうれすねぇ」
 同じ食卓についたミモザが目をきらきらさせながらよだれを垂らしそうになっている。ミモザもジャガイモというものを知らなかったようで、興味津々の様子。
 森の民エルフなら植物のことには詳しいイメージだったが、よっぽどジャーカランダーという土地は我らには縁遠いところなのだろう。
「遠慮なく食え。芋はいくらでもあるのだからな」
 調べたところによれば、ジャガイモは保存性の高さも優れているが、栄養価も十二分に高いようだ。だからこそ冒険者の間で人気を獲得しているのだろう。
 日頃、ミモザは飲食も忘れて魔具の製作に没頭しているところもある。今日は目一杯芋料理を振る舞ってやろうではないか。
「おいもってホクホクでおいひいでふねぇ~……」
 そのミモザの笑顔だけで我も食事が進むというもの。
 実際のところ、芋はどのように調理しても美味であった。
「これはなかなか裾野の広い食材なのだな」
 どうしてこんなものがこれまで広まってこなかったのかが不思議でならないな。
 そうこうしていくうちに芋料理の皿は次々と運ばれてくる。
「こんなに沢山食べてもいいんでしゅか?」
「ああ……しっかり食え」
「うまいれふ……うまいれふ……」
「おかわりもいいぞ!」
 ミモザがこんなにも嬉しそうに食事にありついている様を見ると、ふと我が初めてミモザをこの屋敷に招待したときのことが思い起こされる。あのときは確か泣きながらパンに齧り付いていたな。あれからミモザとはグンと親密になったものだ。
「おいおい、ミモザ。口元に垂れておるぞ」
「ふぇへへへ~……」
 そっと口元を拭ってやる。
 まあ、こんな感じで相変わらずミモザは子供みたいなものなのだが。
「うちのシェフも、なかなか腕を上げたな。どれもこれも甲乙付けがたい」
「フィーしゃん、新しい料理ができたらどうするんれすか?」
「そりゃまあ、レシピを作って街の食事処に売るつもりだ。材料ごと卸してやればそれなりの稼ぎにもなるだろうしな」
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 その気になればパエデロスのあちこちにレストランを建ててしまうことも可能ではあるが、そこまでは我の本意ではない。
「えぇと、例えばそのぅ……わたしのお店で売るのもありじゃないれふかね」
「ミモザの店で?」
 それは奇妙な提案だ。ミモザの店は魔具の店。冒険に役立つ道具を提供する店であって、食事を提供するような店では決してない。
「もっとこう、振る舞うような料理じゃなくて、携帯食料のようなものならわたしのお店でも取り扱えると思うのでふ」
「携帯食料、か。考えてもみればそうだな。芋を別な切り口で売り込むことを考えておったから冒険者の食料という点を見落としていたな」
 ジャガイモ自体が持ち歩ける食料という認識でいたから意外と盲点だった。
 ただ調理するのではなく、持ち運べて美味しい食料なら売れそうだ。
 それがミモザの店ともなればなおさらのことよ。
 パエデロスにおいてミモザの店は天使の店とも呼ばれるほどの人気を博しているのだからな。今までは魔具をメインに取り扱ってはいたが、エルフ直伝の携帯食料も一応置いてあった。そこに新商品を入荷させるのも発想としては悪くない。
「なるほど、そういうのもいいかもしれないな。試してみる価値はある」
「本当でしゅか?」
「ああ。そうと決まれば方向性を変えよう」
 そうして、腹一杯の芋料理を堪能した後、我とミモザは颯爽と厨房へと向かい、日持ちする携帯食料のレシピ開発を我が有能なるシェフたちに叩きつけた。
 ※ ※ ※
「いかがでしょうか、お嬢様」
 皿に盛られたのは、芋を油で揚げたものだ。
 薄くスライスされたチップスになっており、塩で味付けもされている。
 長時間の冒険において、脂質の多い食料は重宝される。直ぐに消化吸収される糖質と異なり、少ない量でも長時間持続するエネルギーになるからだ。
 この油で揚げた芋であれば携帯食料としては申し分ないだろう。
 最初はもう少し、指先ほどの大きさで揚げてもらっていたのだが、もっと薄く、もっと薄くと注文付けているうちに紙のように薄いチップスになってしまった。
「これ、美味しいでふね!」
 ミモザがパリパリと紙のように薄くスライスされた芋をもりもり食べる。
 カラッと揚げられていることもあり、それなりに固いらしい。
 油でふやけるものかと思ったが、存外そうでもなく、パリパリになるのか。
「どうだ、店で取り扱えそうか?」
「持ち運ぶ入れ物をどうにかできれば売れそうれす! それくらいならわたしでも作れるから問題ないでしゅね!」
 口元を汚したミモザは笑顔でそう答えてくれた。
 この笑顔が見れて、我も満足だ。