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第25話 素直に

ー/ー



 橘さんの部屋に二人で向かった。

 空気が重かった。

 駅の近くで一緒にいた女の人は誰なんだろう。

 部屋に入ってリビングに行ったら、橘さんはバルコニーに行った。
 私はゆっくりと橘さんの後について行った。
 橘さんは椅子に座って夜景を見ていた。

 なんの話をされるのだろう。
 もし橘さんに突き放されたら、私は仕事をちゃんとこなせるのだろうか。
 何もかも失ってしまうの?
 手を伸ばした夢も。

 ──暫く沈黙が続いた。

「……ごめん」

 橘さんから出た言葉が意外だった。
 でも、それがどういう意味かわからない。

「何の事でしょうか……」
「俺はあの日、美鈴を放置してしまった。嫉妬して」

 嫉妬……だったんだ。

「自分で蒔いた種なんで、橘さんは気にしないでください」
「何でお前は強がるんだよ。確かに小説については厳しくすると言った。でも、美鈴は自分から線を引いている」
「それは……今の関係を壊したくなかったからで……。橘さんの足を引っ張りたくないんです」

 私達は両想いだけど恋人ではない。
 私は橘さんを縛れない。

「で、あれからどうしてるんだ?書いてるのか?何か」
「何も書いてません。小説も読んでません。」
「気持ちはどうだ?すっきりしたか?」
「いえ……空っぽになっちゃいました」

 小説を手放した私は、ただ毎日を漂っていた。
 特に目標もなく。

「これからどうしたい?」

 わからない。何もわからない。
 涙が溢れてきた。

「泣くくらいなら素直になれよ」
「素直って何ですか?」
「今のお前を曝け出せよ」
「え?」
「今日、駅前にいただろ。視線を感じて見たら美鈴だった。」

 ……まさか見られていたなんて。

「あれは会社に新しく来た子で、歓迎会の帰りに一緒になっただけだ」
「そうだったんですね」
「安心した?」
「言いたくないです」

 嫉妬してる自分なんて見せたくない。

「もうさ、そうやって我慢しないで全部言えよ」

 橘さんに引っ張られて抱きしめられた。

「美鈴の気持ち俺に全部ぶつけて。何も余計な事考えないで」

 橘さんの優しい声に胸の奥が震えて、涙が止まらなくなる。

「橘さんが他の人と一緒にいるの見て、凄く嫌でした。誰にも渡したくないです。橘さんに触れていいのは私だけです。小説を書けるようになりたいです」

 次々と溢れてくる本音。

「そうか……安心した」
「私……みっともないです」
「みっともなくない。俺を好きなら当然出る感情だろ」

 そういう気持ちを剥き出しにする人間にはなりたくなかった。
 でも、それが本心。

「じゃあ俺を縛ればいい。俺がどこにも行けなくなるくらい。美鈴が安心するように」

「……わかりました。もう我慢するのはやめます」

 橘さんの香りの中、私は素直になってみようと思った。


 ──なのに、なぜだろう……


 何で私は縛られてるんだろう。

 私の手はネクタイで縛られている。
 俺を縛れと橘さんは言ったはず。

「どういう事なんでしょうこれは……」
「美鈴が素直になると言ったから、素直になれるように」

 意味がわからない……。

「もう何も隠すな。恥じらうな。美鈴の全てを俺に曝け出せ」
「何をするんですか?」

 橘さんは何かを考えていた。

「よし……お前は夫に飼われてる人妻だ。マッチングアプリで出会った大学生と恋に落ちる」

 また設定を出してきた。

「また書かせるんですか!?」
「俺は言ってるだけ。書くかは美鈴次第」

 また勝手に物語が頭の中に広がる。
 自分が作った設定だと上手く書けないのに。

「本当の気持ちは言わない、認めない、でも体は正直。まるで美鈴そっくりな女」

 橘さんの唇が身体に触れるたびに声を漏らしてしまう。

「男は言うよ『認めろ』って。『俺しかもう反応しないくせに』って。」
「橘さんに似たキャラですね…その大学生…」
「俺と美鈴の別の物語だから」

 私と橘さんの物語……。
 二人で紡ぐ物語……?
 そう考えるのが正しいかはわからない。

 ただ、人妻は大学生に、泣きながら愛の言葉を溢した──

 ◇ ◇ ◇

 橘さんが寝静まったあと、バッグに入れてた三浦さんからもらった小説を出した。
 何が書かれているのか気になっていた。
 そこに書いてあったのは──

 高校生の男の子と歳上の女の人の切ない恋物語だった。
 びっくりしたのが、そういうシーンがあった事だった。
 繊細な表現で、主人公の気持ちが溢れてくる。
 私は結末に涙した。

「……ふーん。いい話だね」
「わっ!」

 いつの間にか橘さんも見ていた。

「いつ渡されたの?」
「今日偶然会った時です」

 そのあと最後のページの隅に何か小さく文字が書いてあった。

 "嫌な気持ちにさせてごめん"

 私と次会った時に渡そうと、ずっとこれを持っていたのかな……。

「やっぱり三浦さんは凄いですね。こんな素敵な話が書けるなんて」
「俺は?」
「翠川先生は私の中でナンバーワンですよ」

 もう小説を書くのをやめようかと思ったけど、また書いてみようと思えた。



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 橘さんの部屋に二人で向かった。
 空気が重かった。
 駅の近くで一緒にいた女の人は誰なんだろう。
 部屋に入ってリビングに行ったら、橘さんはバルコニーに行った。
 私はゆっくりと橘さんの後について行った。
 橘さんは椅子に座って夜景を見ていた。
 なんの話をされるのだろう。
 もし橘さんに突き放されたら、私は仕事をちゃんとこなせるのだろうか。
 何もかも失ってしまうの?
 手を伸ばした夢も。
 ──暫く沈黙が続いた。
「……ごめん」
 橘さんから出た言葉が意外だった。
 でも、それがどういう意味かわからない。
「何の事でしょうか……」
「俺はあの日、美鈴を放置してしまった。嫉妬して」
 嫉妬……だったんだ。
「自分で蒔いた種なんで、橘さんは気にしないでください」
「何でお前は強がるんだよ。確かに小説については厳しくすると言った。でも、美鈴は自分から線を引いている」
「それは……今の関係を壊したくなかったからで……。橘さんの足を引っ張りたくないんです」
 私達は両想いだけど恋人ではない。
 私は橘さんを縛れない。
「で、あれからどうしてるんだ?書いてるのか?何か」
「何も書いてません。小説も読んでません。」
「気持ちはどうだ?すっきりしたか?」
「いえ……空っぽになっちゃいました」
 小説を手放した私は、ただ毎日を漂っていた。
 特に目標もなく。
「これからどうしたい?」
 わからない。何もわからない。
 涙が溢れてきた。
「泣くくらいなら素直になれよ」
「素直って何ですか?」
「今のお前を曝け出せよ」
「え?」
「今日、駅前にいただろ。視線を感じて見たら美鈴だった。」
 ……まさか見られていたなんて。
「あれは会社に新しく来た子で、歓迎会の帰りに一緒になっただけだ」
「そうだったんですね」
「安心した?」
「言いたくないです」
 嫉妬してる自分なんて見せたくない。
「もうさ、そうやって我慢しないで全部言えよ」
 橘さんに引っ張られて抱きしめられた。
「美鈴の気持ち俺に全部ぶつけて。何も余計な事考えないで」
 橘さんの優しい声に胸の奥が震えて、涙が止まらなくなる。
「橘さんが他の人と一緒にいるの見て、凄く嫌でした。誰にも渡したくないです。橘さんに触れていいのは私だけです。小説を書けるようになりたいです」
 次々と溢れてくる本音。
「そうか……安心した」
「私……みっともないです」
「みっともなくない。俺を好きなら当然出る感情だろ」
 そういう気持ちを剥き出しにする人間にはなりたくなかった。
 でも、それが本心。
「じゃあ俺を縛ればいい。俺がどこにも行けなくなるくらい。美鈴が安心するように」
「……わかりました。もう我慢するのはやめます」
 橘さんの香りの中、私は素直になってみようと思った。
 ──なのに、なぜだろう……
 何で私は縛られてるんだろう。
 私の手はネクタイで縛られている。
 俺を縛れと橘さんは言ったはず。
「どういう事なんでしょうこれは……」
「美鈴が素直になると言ったから、素直になれるように」
 意味がわからない……。
「もう何も隠すな。恥じらうな。美鈴の全てを俺に曝け出せ」
「何をするんですか?」
 橘さんは何かを考えていた。
「よし……お前は夫に飼われてる人妻だ。マッチングアプリで出会った大学生と恋に落ちる」
 また設定を出してきた。
「また書かせるんですか!?」
「俺は言ってるだけ。書くかは美鈴次第」
 また勝手に物語が頭の中に広がる。
 自分が作った設定だと上手く書けないのに。
「本当の気持ちは言わない、認めない、でも体は正直。まるで美鈴そっくりな女」
 橘さんの唇が身体に触れるたびに声を漏らしてしまう。
「男は言うよ『認めろ』って。『俺しかもう反応しないくせに』って。」
「橘さんに似たキャラですね…その大学生…」
「俺と美鈴の別の物語だから」
 私と橘さんの物語……。
 二人で紡ぐ物語……?
 そう考えるのが正しいかはわからない。
 ただ、人妻は大学生に、泣きながら愛の言葉を溢した──
 ◇ ◇ ◇
 橘さんが寝静まったあと、バッグに入れてた三浦さんからもらった小説を出した。
 何が書かれているのか気になっていた。
 そこに書いてあったのは──
 高校生の男の子と歳上の女の人の切ない恋物語だった。
 びっくりしたのが、そういうシーンがあった事だった。
 繊細な表現で、主人公の気持ちが溢れてくる。
 私は結末に涙した。
「……ふーん。いい話だね」
「わっ!」
 いつの間にか橘さんも見ていた。
「いつ渡されたの?」
「今日偶然会った時です」
 そのあと最後のページの隅に何か小さく文字が書いてあった。
 "嫌な気持ちにさせてごめん"
 私と次会った時に渡そうと、ずっとこれを持っていたのかな……。
「やっぱり三浦さんは凄いですね。こんな素敵な話が書けるなんて」
「俺は?」
「翠川先生は私の中でナンバーワンですよ」
 もう小説を書くのをやめようかと思ったけど、また書いてみようと思えた。