80. これは、炭ね

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 レオンはぽかんと口を開けて、凍り付く。

 それは確かに、【運命鑑定】のインターフェースだった。

 あの見慣れた半透明のウィンドウ。

 だが――。

 メッセージが、壊れていた。

 意味不明な記号の羅列。解読不能な、ただのノイズ。

 まるで壊れた機械が吐き出すエラーメッセージのような、グロテスクな文字列。

 かつては的確な言葉が整然と並んでいたのに、今は崩れ落ちた瓦礫のように壊れ果てている。

「くっ!」

 レオンはその意味不明なメッセージを解読できないか必死に頭を動かしてみたが――。

 支離滅裂でとても何かの意味があるとは思えなかった。

 レオンの顔から、血の気が引いた。

(ダメだ……完全に、壊れてしまった……)

 手が震え、視界が滲む。

 自分の快進撃を支えてくれた【運命鑑定】。

 未来を視る力。最適な選択肢を示してくれる、神からの贈り物。

 それが――完全に壊れてしまった。

 レオンは頭を抱えた。

 両手で髪をかきむしり、膝を抱え込む。

 これは直るのだろうか――?

 そもそもスキルが壊れた例など、聞いたことがないのだ。

 スキルは神から与えられた絶対の力。それが損なわれるなど――前例がない。

 つまり、治療法も、回復方法も、何もわからない。

(もし……もし、直らなかったら?)

 その考えが脳裏をよぎった瞬間――。

 レオンの心に、絶望が流れ込んできた。

 思い描いていた輝かしい未来が、音を立てて崩れていく。

 少女たちと共に最強のパーティを作る夢。

 大陸中にアルカナの名を轟かせる夢。

 皆で笑い合い、共に歩む未来。

 全てが――霧のように、消えていく。

 脳裏に、あの日の光景が蘇る。

 ――七年前。

 暴走する馬車。悲鳴を上げる群衆。

 そして、自分の目の前で――。

「リナ……!」

 妹の名前が、無意識に口から漏れた。

 あの時も、自分は何もできなかった。

 目の前で大切な人が消えていくのを、ただ見ているしかできなかった。

 そして今また――かけがえのない大切なものを失ってしまった。

「くぅぅぅ……っ」

 喉の奥から、苦しげな声が漏れた。

 レオンは再び、無力な自分と向き合わされる。

 戦えない。血を見れば体が動かなくなる。そして今、未来を視る力も失った。

 自分には、何が残っているのだろう?

 スタンピードを止めたのは、少女たちの力だ。

 カインを倒したのも、エリナの剣だ。

 自分は――ただ、指示を出していただけ。

 それすらも、【運命鑑定】が教えてくれたことを伝えていただけ。

 自分自身の力じゃない。

 スキルの力だったんだ。

 本当の自分には、何もない。

 何もできない、ただの――無力な少年。

 追放された時と、何も変わっていない。

 いや、むしろ悪化している。あの時は、まだスキルがあったのだ。

 今は、それすらも失った。

 完全に、何もない。

 レオンはベッドに倒れ込み、天井を見つめる――。

 暗闇の向こうの白い天井が、やけに遠く見えた。

 まるで、もう二度と光が当たらない場所に落ち込んでしまったかのように。

「なんなんだよぉ……」

 小さく、かすれ声で呟く。

「なんで、俺ばっかり……」

 涙が、零れた。

 止めどなく溢れてくる熱い雫が、頬を伝って枕を濡らす。

「俺は、これからどうやって生きていったらいいんだ……?」

 声が、震える。

 暗闇がレオンを包み込んでいた。

 少年は、ただ一人――絶望の海に沈んでいく。


        ◇


 翌日――。

 レオンは、部屋から出られなかった。

 ベッドでごろごろと横になりながら、ぼんやりと天井を見つめ続ける。
 起き上がる気力すら湧いてこない。食欲もない。ただ、無気力に時間だけが過ぎていった。

 窓の外から、鳥の声が聞こえる。

 世界は、何事もなかったかのように動き続けているのだ。

 だが、レオンの時間だけが止まっていた。

 ――俺がいなくても、世界は回るんだな。

 そんな、自嘲(じちょう)めいた考えが頭をよぎる。


         ◇

 その頃――屋敷の厨房では、四人の少女たちが奮闘していた。

「ちょっと! 火が強すぎるわよ、ルナ!」

「う、うるさいわね! こっちは加減がわかんないのよ!」

 赤髪の少女が慌てて火力を調節するが、フライパンの上の肉は既に真っ黒に焦げていた。

「あらあら……これは、炭ね」

 ミーシャが困ったように微笑む。いつもの「あらあら、うふふ」とは違う、本当に困った笑顔だった。

「ボクの切った野菜、なんだかおいしそうに見えないんだけど……」

 シエルがまな板を見せる。そこには、親指大から拳大まで、見事にバラバラなサイズの野菜が並んでいた。

「……弓の腕とは、別物なのね」

 エリナが(あき)れたように呟く。しかし、彼女自身も包丁を持つ手が危なっかしい。

「あんただって、さっき指切りそうになってたじゃない」

「……うるさい」

 四人とも、料理の経験などほとんどなかった。



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 レオンはぽかんと口を開けて、凍り付く。
 それは確かに、【運命鑑定】のインターフェースだった。
 あの見慣れた半透明のウィンドウ。
 だが――。
 メッセージが、壊れていた。
 意味不明な記号の羅列。解読不能な、ただのノイズ。
 まるで壊れた機械が吐き出すエラーメッセージのような、グロテスクな文字列。
 かつては的確な言葉が整然と並んでいたのに、今は崩れ落ちた瓦礫のように壊れ果てている。
「くっ!」
 レオンはその意味不明なメッセージを解読できないか必死に頭を動かしてみたが――。
 支離滅裂でとても何かの意味があるとは思えなかった。
 レオンの顔から、血の気が引いた。
(ダメだ……完全に、壊れてしまった……)
 手が震え、視界が滲む。
 自分の快進撃を支えてくれた【運命鑑定】。
 未来を視る力。最適な選択肢を示してくれる、神からの贈り物。
 それが――完全に壊れてしまった。
 レオンは頭を抱えた。
 両手で髪をかきむしり、膝を抱え込む。
 これは直るのだろうか――?
 そもそもスキルが壊れた例など、聞いたことがないのだ。
 スキルは神から与えられた絶対の力。それが損なわれるなど――前例がない。
 つまり、治療法も、回復方法も、何もわからない。
(もし……もし、直らなかったら?)
 その考えが脳裏をよぎった瞬間――。
 レオンの心に、絶望が流れ込んできた。
 思い描いていた輝かしい未来が、音を立てて崩れていく。
 少女たちと共に最強のパーティを作る夢。
 大陸中にアルカナの名を轟かせる夢。
 皆で笑い合い、共に歩む未来。
 全てが――霧のように、消えていく。
 脳裏に、あの日の光景が蘇る。
 ――七年前。
 暴走する馬車。悲鳴を上げる群衆。
 そして、自分の目の前で――。
「リナ……!」
 妹の名前が、無意識に口から漏れた。
 あの時も、自分は何もできなかった。
 目の前で大切な人が消えていくのを、ただ見ているしかできなかった。
 そして今また――かけがえのない大切なものを失ってしまった。
「くぅぅぅ……っ」
 喉の奥から、苦しげな声が漏れた。
 レオンは再び、無力な自分と向き合わされる。
 戦えない。血を見れば体が動かなくなる。そして今、未来を視る力も失った。
 自分には、何が残っているのだろう?
 スタンピードを止めたのは、少女たちの力だ。
 カインを倒したのも、エリナの剣だ。
 自分は――ただ、指示を出していただけ。
 それすらも、【運命鑑定】が教えてくれたことを伝えていただけ。
 自分自身の力じゃない。
 スキルの力だったんだ。
 本当の自分には、何もない。
 何もできない、ただの――無力な少年。
 追放された時と、何も変わっていない。
 いや、むしろ悪化している。あの時は、まだスキルがあったのだ。
 今は、それすらも失った。
 完全に、何もない。
 レオンはベッドに倒れ込み、天井を見つめる――。
 暗闇の向こうの白い天井が、やけに遠く見えた。
 まるで、もう二度と光が当たらない場所に落ち込んでしまったかのように。
「なんなんだよぉ……」
 小さく、かすれ声で呟く。
「なんで、俺ばっかり……」
 涙が、零れた。
 止めどなく溢れてくる熱い雫が、頬を伝って枕を濡らす。
「俺は、これからどうやって生きていったらいいんだ……?」
 声が、震える。
 暗闇がレオンを包み込んでいた。
 少年は、ただ一人――絶望の海に沈んでいく。
        ◇
 翌日――。
 レオンは、部屋から出られなかった。
 ベッドでごろごろと横になりながら、ぼんやりと天井を見つめ続ける。
 起き上がる気力すら湧いてこない。食欲もない。ただ、無気力に時間だけが過ぎていった。
 窓の外から、鳥の声が聞こえる。
 世界は、何事もなかったかのように動き続けているのだ。
 だが、レオンの時間だけが止まっていた。
 ――俺がいなくても、世界は回るんだな。
 そんな、|自嘲《じちょう》めいた考えが頭をよぎる。
         ◇
 その頃――屋敷の厨房では、四人の少女たちが奮闘していた。
「ちょっと! 火が強すぎるわよ、ルナ!」
「う、うるさいわね! こっちは加減がわかんないのよ!」
 赤髪の少女が慌てて火力を調節するが、フライパンの上の肉は既に真っ黒に焦げていた。
「あらあら……これは、炭ね」
 ミーシャが困ったように微笑む。いつもの「あらあら、うふふ」とは違う、本当に困った笑顔だった。
「ボクの切った野菜、なんだかおいしそうに見えないんだけど……」
 シエルがまな板を見せる。そこには、親指大から拳大まで、見事にバラバラなサイズの野菜が並んでいた。
「……弓の腕とは、別物なのね」
 エリナが|呆《あき》れたように呟く。しかし、彼女自身も包丁を持つ手が危なっかしい。
「あんただって、さっき指切りそうになってたじゃない」
「……うるさい」
 四人とも、料理の経験などほとんどなかった。