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お屋敷の中庭には友人が生えてくる(前編)

ー/ー



 ミライアと出会った台風の夜から、2日後の朝。
 モチコは、グランシュタイン家のお屋敷へ向かっていた。
 今日はお屋敷のメイドとして働く日だ。

 お屋敷へは、魔導トロッコに乗っていく。
 魔導トロッコは、魔法の力で動く箱型の乗り物だ。
 レールの上を走るトロッコは、一度にたくさんの人間を速く運べるので、この街の交通手段として重宝されている。

「通勤中のトロッコは、絶好の読書タイムだね」

 モチコは機嫌よくつぶやくと、トロッコの座席に座って本を開く。
 ひと昔前の魔導トロッコは『動く風呂桶』と言われるような、簡素な乗り物だったらしい。
 いまは屋根もあり、前後左右にガラス窓も付いたので、トロッコ内は読書ができるほどに快適だ。

「お、灯台(タワー)だ」

 ふと顔を上げると、トロッコの窓からタワーが見えた。
 トロッコは途中でタワーの近くを通ったあと、しばらく海沿いを走ってからお屋敷へとたどり着く。
 モチコは読んでいた本をいったん閉じ、窓ごしに見えるタワーと海を眺めることにした。

 ミライアの家で夜を明かしたあの日。
 夜明けを迎えたモチコは、寝ているミライアを起こさずに、ひとりで家に帰ることにした。
 ミライアは気持ち良さそうに寝ていたし、モチコも買い物に寄ってから帰ろうと思ったからだ。
 ひとりでミライアの家を出て、街で買い物をしてから自宅に帰り、夜は早めに眠った。
 そして起きたのが、今朝だ。


――終点です。お忘れ物のないようにご注意ください。

 アナウンスが流れ、トロッコが終点の貴族街へ着く。
 貴族街には、たくさんの貴族の屋敷と、高級な店が並んでいる。
 建物だけでなく、道路のレンガも高そうな石だ。

 立派な建物のあいだを歩いていくと、その中でもひときわ威厳のある建物が見えた。
 この街の領主、グランシュタイン家のお屋敷だ。

 このお屋敷は、驚くほど大きい。
 広大な敷地の中に、10個以上の建物があり、大きな庭園と池もある。
 池には立派な橋までかかっていた。さすが領主の家。

 数十段もある大階段を上って、お屋敷の本館にたどり着く。
 この階段を上るとき、偉い人はやっぱり高いところに住むんだなあ、と思ったりする。

 モチコは本館の脇にある小さい建物に入った。
 ここはメイドの集まる事務所のような場所で、メイド館と呼ばれている。
 ここでメイド服に着替えるのだ。

「よしよし、ばっちりグー」

 全身メイド仕様になったモチコは、鏡の前で変なところがないかチェックする。
 髪がちょっと跳ねていた部分を直し、最後に黒ぶちメガネをきちんとかけ直した。

 ロングスカートの黒いワンピースは、くるりと回ると広がってかわいいので気に入っている。
 ほどよくフリルのついたエプロンとヘッドドレスも、品が良くて好みだった。


 準備が整うと、メイド長に挨拶しに向かう。
 メイド長は机の前に座って、書類を見ているようだ。

「おはようございます、メイド長」
「おはよう、カザミモリさん」

 メイド長は、モチコを名字で呼ぶ。
 黒髪を長めのボブにしているメイド長は、若く見えるがモチコよりだいぶ歳上らしい。
 落ち着いた黒い瞳には、赤いアンダーリムのメガネをかけていて、仕事ができそうな印象だ。

「聞いたよ。灯台(タワー)で働くんだって?」
「急なことでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 すでに話は伝わっていたらしい。
 メイド長がハキハキとした声で言う。

「急でビックリはしたけどね。あちらもうちのお屋敷の管轄みたいなものだし、困った時はお互い様ってところかな」
「お屋敷のシフトとの兼ね合いとか、大丈夫でしょうか?」
「昨日の朝、タワーからお屋敷に連絡があってね。交渉はすぐにまとまったよ」

 それはすごい。
 おシズさんは『上手いこと調整しておく』なんて言っていたけれど。
 こんな簡単に交渉をまとめるとは、いったいどんな技を使ったんだろうか。

 メイド長は、持っていた書類を見ながら話を続ける。

「タワーでは夜勤みたいだね。日勤と夜勤が混ざって、無茶なシフトにならないように調整しよう」
「ありがとうございます」
「うちもスタッフを完全に手放すほどの余裕はないから、お屋敷とタワーが半々くらいでシフトを組ませてもらうよ。よろしくね」
「わかりました。よろしくお願いします」

 モチコの返事に、メイド長は満足そうにうなずいた。

「よし。じゃあ、カザミモリさんの本日のお仕事は……」

 メイド長は机の上にある予定表に目を通しながら言う。

「午前中は、本館2階の廊下の掃除。午後はいつも通り、図書館に行ってね」
「はい。では、行ってきます」

 タワーの仕事の件がどうなるか心配だったので、モチコはひとまずホッとした。
 お屋敷の仕事も気に入っていたので、両方の仕事をかけ持ちできるのは、モチコにとっても嬉しい話だ。

 モチコはメイド長のいる部屋を出ると、誰もいない廊下で、くるりと一回転する。
 メイド服のスカートが機嫌よくふわりと広がるのを感じながら、メイド館をあとにした。

(後編へ続く)




みんなのリアクション

 ミライアと出会った台風の夜から、2日後の朝。
 モチコは、グランシュタイン家のお屋敷へ向かっていた。
 今日はお屋敷のメイドとして働く日だ。
 お屋敷へは、魔導トロッコに乗っていく。
 魔導トロッコは、魔法の力で動く箱型の乗り物だ。
 レールの上を走るトロッコは、一度にたくさんの人間を速く運べるので、この街の交通手段として重宝されている。
「通勤中のトロッコは、絶好の読書タイムだね」
 モチコは機嫌よくつぶやくと、トロッコの座席に座って本を開く。
 ひと昔前の魔導トロッコは『動く風呂桶』と言われるような、簡素な乗り物だったらしい。
 いまは屋根もあり、前後左右にガラス窓も付いたので、トロッコ内は読書ができるほどに快適だ。
「お、|灯台《タワー》だ」
 ふと顔を上げると、トロッコの窓からタワーが見えた。
 トロッコは途中でタワーの近くを通ったあと、しばらく海沿いを走ってからお屋敷へとたどり着く。
 モチコは読んでいた本をいったん閉じ、窓ごしに見えるタワーと海を眺めることにした。
 ミライアの家で夜を明かしたあの日。
 夜明けを迎えたモチコは、寝ているミライアを起こさずに、ひとりで家に帰ることにした。
 ミライアは気持ち良さそうに寝ていたし、モチコも買い物に寄ってから帰ろうと思ったからだ。
 ひとりでミライアの家を出て、街で買い物をしてから自宅に帰り、夜は早めに眠った。
 そして起きたのが、今朝だ。
――終点です。お忘れ物のないようにご注意ください。
 アナウンスが流れ、トロッコが終点の貴族街へ着く。
 貴族街には、たくさんの貴族の屋敷と、高級な店が並んでいる。
 建物だけでなく、道路のレンガも高そうな石だ。
 立派な建物のあいだを歩いていくと、その中でもひときわ威厳のある建物が見えた。
 この街の領主、グランシュタイン家のお屋敷だ。
 このお屋敷は、驚くほど大きい。
 広大な敷地の中に、10個以上の建物があり、大きな庭園と池もある。
 池には立派な橋までかかっていた。さすが領主の家。
 数十段もある大階段を上って、お屋敷の本館にたどり着く。
 この階段を上るとき、偉い人はやっぱり高いところに住むんだなあ、と思ったりする。
 モチコは本館の脇にある小さい建物に入った。
 ここはメイドの集まる事務所のような場所で、メイド館と呼ばれている。
 ここでメイド服に着替えるのだ。
「よしよし、ばっちりグー」
 全身メイド仕様になったモチコは、鏡の前で変なところがないかチェックする。
 髪がちょっと跳ねていた部分を直し、最後に黒ぶちメガネをきちんとかけ直した。
 ロングスカートの黒いワンピースは、くるりと回ると広がってかわいいので気に入っている。
 ほどよくフリルのついたエプロンとヘッドドレスも、品が良くて好みだった。
 準備が整うと、メイド長に挨拶しに向かう。
 メイド長は机の前に座って、書類を見ているようだ。
「おはようございます、メイド長」
「おはよう、カザミモリさん」
 メイド長は、モチコを名字で呼ぶ。
 黒髪を長めのボブにしているメイド長は、若く見えるがモチコよりだいぶ歳上らしい。
 落ち着いた黒い瞳には、赤いアンダーリムのメガネをかけていて、仕事ができそうな印象だ。
「聞いたよ。|灯台《タワー》で働くんだって?」
「急なことでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
 すでに話は伝わっていたらしい。
 メイド長がハキハキとした声で言う。
「急でビックリはしたけどね。あちらもうちのお屋敷の管轄みたいなものだし、困った時はお互い様ってところかな」
「お屋敷のシフトとの兼ね合いとか、大丈夫でしょうか?」
「昨日の朝、タワーからお屋敷に連絡があってね。交渉はすぐにまとまったよ」
 それはすごい。
 おシズさんは『上手いこと調整しておく』なんて言っていたけれど。
 こんな簡単に交渉をまとめるとは、いったいどんな技を使ったんだろうか。
 メイド長は、持っていた書類を見ながら話を続ける。
「タワーでは夜勤みたいだね。日勤と夜勤が混ざって、無茶なシフトにならないように調整しよう」
「ありがとうございます」
「うちもスタッフを完全に手放すほどの余裕はないから、お屋敷とタワーが半々くらいでシフトを組ませてもらうよ。よろしくね」
「わかりました。よろしくお願いします」
 モチコの返事に、メイド長は満足そうにうなずいた。
「よし。じゃあ、カザミモリさんの本日のお仕事は……」
 メイド長は机の上にある予定表に目を通しながら言う。
「午前中は、本館2階の廊下の掃除。午後はいつも通り、図書館に行ってね」
「はい。では、行ってきます」
 タワーの仕事の件がどうなるか心配だったので、モチコはひとまずホッとした。
 お屋敷の仕事も気に入っていたので、両方の仕事をかけ持ちできるのは、モチコにとっても嬉しい話だ。
 モチコはメイド長のいる部屋を出ると、誰もいない廊下で、くるりと一回転する。
 メイド服のスカートが機嫌よくふわりと広がるのを感じながら、メイド館をあとにした。
(後編へ続く)